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Fragrance 6-キオクノカオリ-
第2話『平行線』
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――別れなさい。
その一言が私の心に深く突き刺さる。反対されるかもしれないとは思っていたけれど、いざ実際に言われると、胸が痛くなる。
お父さんは優しいしお兄ちゃんや私のことを考えてくれている。別れろって言ったのも、私の将来のことを考えて言ってくれたことだと思っている。
けれど、私にだって決して曲げたくない気持ちがある。
「……嫌。絢ちゃんと絶対に別れたくない!」
例え、お父さんに別れろと言われても、絢ちゃんとの関係を解消したくない。絢ちゃんとは恋人同士以外の関係は考えられない。
「父さんは決して原田さんという女の子と離れろと言っているわけじゃない。女の子とは友人同士での付き合いに留めるべきだと言っているだけだ。原田さんとも仲のいい友達として付き合っていくべきだ。同性の間で、一線を越える関係を作るべきじゃない」
「そんなことない。人を好きになることは自由だと思ってる。そこに性別なんて関係ないよ。どうして異性だと普通で、同性だとおかしいみたいなことを言うの!」
それこそ、おかしいよ。差別だよ。確かに同性を好きになる人は、異性を好きになる人よりも大分少ないかもしれないよ。でも、相手が誰であろうと好きだという感情は等しく価値のあるものだと思ってる。それを否定したり、嘲笑ったりするような人の気持ちは理解できないし、したくもない。
いつしか、私はお父さんのことを親じゃなくて、敵のような存在で見てしまっていた。そういう風に見ちゃいけないのに。
「……確かに遥香の言うとおり、気持ちの上では間違ってはいない。でも、同性だからこそできないことだってあれば、辛いこともあるんだ。それに、同性で付き合っていることに偏見を持つ人だって世の中にはまだまだいる。俺は父親として、遥香にそんな辛い想いをさせない」
お父さんは怒った表情をしながらも、私のことを考えてか言葉を選んで、落ち着いた口調でそう言った。
お父さんの言うことは正しい。例えば、女の子同士だったら結婚をすることができないし、子供を作ることもできない。それをとても辛いと思うことはあると思う。けれど、
「……私は絢ちゃんと別れる方がもっと辛いよ」
「遥香が原田さんのことが好きな気持ちは分かる。きっと、どこかで辛い気持ちを味わうことになる。でも、それなら、俺は将来出くわすよりも、ここで別れる方がその辛さは軽いと思うんだ。娘に辛い気持ちをなるべく味会わせたくないと思うのは、親として当然のことだろう。そのために遥香の恋を諦めさせるのも、親の務めだ」
お父さんはとにかく、絢ちゃんと別れる方が、私が幸せになれると思っているんだ。だからこそ心を鬼にしても、絢ちゃんと友人関係に戻すように促している。
親の心、子知らずとはよく言う。
私だってお父さんの気持ちが分からないわけじゃない。私が親だったら今のお父さんのように考える可能性は十分にある。
「でも、それは考えの1つに過ぎないじゃない」
「遥香……」
「お父さんの考えは正しいかもしれないよ。けれど、私は……今、ここで絢ちゃんと別れることで歩めるはずだった未来を歩めない方がよっぽど辛い!」
お父さんにどんなことを言われても、絢ちゃんとの今の関係を解消することだけは絶対にしたくない。その気持ちは変えたくない。
「……母さんはこのことに気付いていたのか?」
「仲のいいお友達だとは思っていたわ。まあ、もしかしたら遥香と原田さんは付き合っているのかも、って思うときはあったけれどね」
と、お母さんは笑ってそう言うだけ。お母さんも薄々は感付いていたのかもしれない。
ていうか、お父さんはお母さんも自分の考えに同意してほしくて訊いてみたのかな。仮にお母さんがお父さんと同じように反対しても、私の気持ちは変わらないけれど。
「隼人は? 気付いていたのか?」
「……原田さんと付き合う前に、遥香に相談された」
お兄ちゃんがそう言うと、お父さんの鋭い視線がお兄ちゃんの方に向いた。
「止めなかったのか?」
「……遥香の言うとおり、相手が女性でも人を好きになる気持ちは自由だと思っているからな。そこに文句を付ける方がどうかしてる。たとえ、別れさせるのも親の務めだとか理由を付けても」
そうだった。お兄ちゃんは一度だって、絢ちゃんのことが好きだという私の気持ちを反対することはなかった。
お兄ちゃんのフォローに幾らか心が軽くなって、救われた気がした。私の恋愛を反対する人が身近にいるのは事実だけど、私の恋愛を応援してくれる人が身近にいることもまた事実なのだから。
「俺はそういう風に2人を教育したつもりはないんだけどな……」
呟くように言って、お父さんは鋭い目つきで私やお兄ちゃんを見てくる。
その姿を見た瞬間、それまで辛うじて親だと思えた気持ちが消え去って、完全に敵のように見えてしまう。それと同じように、きっと、お父さんは女性同士で付き合う私のことを娘として見ていない。単純に自分の嫌いな人間なんだ。女性同士で付き合うような人のことが。気持ち悪く思っているのかも。
今までのお父さんの言葉を優しさだとは思えなくなった。単なる文句。私の恋を、絢ちゃんへの想いを馬鹿にするような人は、例えお父さんでも許さない。そんな人との考えはきっとこの先も一生交わることはなく、平行線を辿ってゆくに違いない。
悲しみ、怒り、色々な感情が私の中で激しく渦を巻く。そのせいか、気付けば目から涙が溢れ出していた。
ばかっ。ばかばかっ。ばかばかばかっ!
「恋心を馬鹿にするような人は絶対に許さないんだから! お父さんなんて、大嫌い!」
溢れんばかりの想いをお父さんにぶつけ、私は家を出て行くのであった。あんな人と同じ空間にいたくないから。このどうしようもない気持ちを誰かに静めてもらいたいから。
私の好きな人に無性に会いたくなったから。
その一言が私の心に深く突き刺さる。反対されるかもしれないとは思っていたけれど、いざ実際に言われると、胸が痛くなる。
お父さんは優しいしお兄ちゃんや私のことを考えてくれている。別れろって言ったのも、私の将来のことを考えて言ってくれたことだと思っている。
けれど、私にだって決して曲げたくない気持ちがある。
「……嫌。絢ちゃんと絶対に別れたくない!」
例え、お父さんに別れろと言われても、絢ちゃんとの関係を解消したくない。絢ちゃんとは恋人同士以外の関係は考えられない。
「父さんは決して原田さんという女の子と離れろと言っているわけじゃない。女の子とは友人同士での付き合いに留めるべきだと言っているだけだ。原田さんとも仲のいい友達として付き合っていくべきだ。同性の間で、一線を越える関係を作るべきじゃない」
「そんなことない。人を好きになることは自由だと思ってる。そこに性別なんて関係ないよ。どうして異性だと普通で、同性だとおかしいみたいなことを言うの!」
それこそ、おかしいよ。差別だよ。確かに同性を好きになる人は、異性を好きになる人よりも大分少ないかもしれないよ。でも、相手が誰であろうと好きだという感情は等しく価値のあるものだと思ってる。それを否定したり、嘲笑ったりするような人の気持ちは理解できないし、したくもない。
いつしか、私はお父さんのことを親じゃなくて、敵のような存在で見てしまっていた。そういう風に見ちゃいけないのに。
「……確かに遥香の言うとおり、気持ちの上では間違ってはいない。でも、同性だからこそできないことだってあれば、辛いこともあるんだ。それに、同性で付き合っていることに偏見を持つ人だって世の中にはまだまだいる。俺は父親として、遥香にそんな辛い想いをさせない」
お父さんは怒った表情をしながらも、私のことを考えてか言葉を選んで、落ち着いた口調でそう言った。
お父さんの言うことは正しい。例えば、女の子同士だったら結婚をすることができないし、子供を作ることもできない。それをとても辛いと思うことはあると思う。けれど、
「……私は絢ちゃんと別れる方がもっと辛いよ」
「遥香が原田さんのことが好きな気持ちは分かる。きっと、どこかで辛い気持ちを味わうことになる。でも、それなら、俺は将来出くわすよりも、ここで別れる方がその辛さは軽いと思うんだ。娘に辛い気持ちをなるべく味会わせたくないと思うのは、親として当然のことだろう。そのために遥香の恋を諦めさせるのも、親の務めだ」
お父さんはとにかく、絢ちゃんと別れる方が、私が幸せになれると思っているんだ。だからこそ心を鬼にしても、絢ちゃんと友人関係に戻すように促している。
親の心、子知らずとはよく言う。
私だってお父さんの気持ちが分からないわけじゃない。私が親だったら今のお父さんのように考える可能性は十分にある。
「でも、それは考えの1つに過ぎないじゃない」
「遥香……」
「お父さんの考えは正しいかもしれないよ。けれど、私は……今、ここで絢ちゃんと別れることで歩めるはずだった未来を歩めない方がよっぽど辛い!」
お父さんにどんなことを言われても、絢ちゃんとの今の関係を解消することだけは絶対にしたくない。その気持ちは変えたくない。
「……母さんはこのことに気付いていたのか?」
「仲のいいお友達だとは思っていたわ。まあ、もしかしたら遥香と原田さんは付き合っているのかも、って思うときはあったけれどね」
と、お母さんは笑ってそう言うだけ。お母さんも薄々は感付いていたのかもしれない。
ていうか、お父さんはお母さんも自分の考えに同意してほしくて訊いてみたのかな。仮にお母さんがお父さんと同じように反対しても、私の気持ちは変わらないけれど。
「隼人は? 気付いていたのか?」
「……原田さんと付き合う前に、遥香に相談された」
お兄ちゃんがそう言うと、お父さんの鋭い視線がお兄ちゃんの方に向いた。
「止めなかったのか?」
「……遥香の言うとおり、相手が女性でも人を好きになる気持ちは自由だと思っているからな。そこに文句を付ける方がどうかしてる。たとえ、別れさせるのも親の務めだとか理由を付けても」
そうだった。お兄ちゃんは一度だって、絢ちゃんのことが好きだという私の気持ちを反対することはなかった。
お兄ちゃんのフォローに幾らか心が軽くなって、救われた気がした。私の恋愛を反対する人が身近にいるのは事実だけど、私の恋愛を応援してくれる人が身近にいることもまた事実なのだから。
「俺はそういう風に2人を教育したつもりはないんだけどな……」
呟くように言って、お父さんは鋭い目つきで私やお兄ちゃんを見てくる。
その姿を見た瞬間、それまで辛うじて親だと思えた気持ちが消え去って、完全に敵のように見えてしまう。それと同じように、きっと、お父さんは女性同士で付き合う私のことを娘として見ていない。単純に自分の嫌いな人間なんだ。女性同士で付き合うような人のことが。気持ち悪く思っているのかも。
今までのお父さんの言葉を優しさだとは思えなくなった。単なる文句。私の恋を、絢ちゃんへの想いを馬鹿にするような人は、例えお父さんでも許さない。そんな人との考えはきっとこの先も一生交わることはなく、平行線を辿ってゆくに違いない。
悲しみ、怒り、色々な感情が私の中で激しく渦を巻く。そのせいか、気付けば目から涙が溢れ出していた。
ばかっ。ばかばかっ。ばかばかばかっ!
「恋心を馬鹿にするような人は絶対に許さないんだから! お父さんなんて、大嫌い!」
溢れんばかりの想いをお父さんにぶつけ、私は家を出て行くのであった。あんな人と同じ空間にいたくないから。このどうしようもない気持ちを誰かに静めてもらいたいから。
私の好きな人に無性に会いたくなったから。
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