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Fragrance 4-アメノカオリ-
第8話『Last Chance』
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美咲ちゃんからのメールによると、美咲ちゃんは私達のクラスの近くにあるパブリックスペースに霞先輩と一緒にいるとのこと。
私と夏帆さんがパブリックスペースに行くと、霞先輩を膝枕している美咲ちゃんがベンチに座っていた。霞先輩は泣き疲れたのか寝てしまっている。
「霞先輩、泣き止んだら眠ってしまいました」
「それに、生徒会室からずっと走ってたもんね……」
「私が見つけたときにはもう歩いていました。特に逃げる様子もなく、私の横でずっと泣いていました」
「そうだったんだ。まあ、雨宮会長に告白を断られた上に、最低だって言われちゃったからね。ショックを受けない方がおかしいよ」
霞先輩はよく頑張ったと思う。雨宮会長が好きだという気持ちをちゃんと伝えることができたし、雨宮会長に最低だと言われても自分の気持ちを曲げなかった。
「雨宮会長はどうでしたか?」
「……やっぱり、許婚の件が雨宮会長の心を縛り付けているみたい。会社のために許婚と結婚するっていう建前を貫き通すつもりみたいだね」
「それだけ重みのあることなのでしょうね。霞先輩のことが好きだっていう大切な想いをどうにかして抑えるほどですから」
「そう、なのかもしれないね」
もし、私が雨宮会長の立場だったら、私はどうしていたんだろう。好きな女の子への想いを実らせようとするのかな。それとも、雨宮会長のように、周りのことを考えて許婚との結婚を優先してしまうのかな。
「……雨宮会長だって普通の恋する女の子なんだと思う。答えなかったけれど、普通の家庭に生まれて恋愛も自由だったら、きっと霞先輩と付き合っていたと思うよ」
「私もそう思うのです。お姉様の本音は霞先輩と恋人として付き合いたいでしょうから」
「それでも、雨宮会長は許婚との結婚を優先している。そう決めたのに、私達が色々と詮索するから苦しめちゃったのかもしれないね。会長に最低だって言っちゃったけど、本当に最低だったのは私の方だったのかもね」
雨宮会長の事情を知っていながら、恋愛は自由であるべきだ、本音を言うべきだと自分の意見ばかり主張してしまった。雨宮会長のことだから、許婚との結婚の話もきっと悩みに悩んだんだろう。それを私は本音じゃないからって否定し続けちゃったんだ。
「……どうでしょう。でも、霞先輩の告白も、坂井さんの言葉もお姉様の心に届いているはずなのです。許婚と結婚すると言い続けていますが、私にはまだ決めかねているように思えるのです」
「夏帆さん……」
「坂井さん達には感謝しているのです。お姉様にもう一度、本音と向き合うようにさせてくれたのですから。お姉様は今、1人で葛藤していると思います。霞先輩と付き合いたいという本音か、許婚との結婚という建前のどちらに決めるのか」
さっきはあんな態度を取っていたけれど、雨宮会長は霞先輩のことを大切に想っているんだ。そして、雨宮家が運営している会社のことも。だからこそ迷ってしまって、それが何時しか苦しみになってしまう。
「でも、明日にはもう決まっちゃうんだよね。許婚との結婚が」
「そうですね。現段階でほぼ決定という状況です。明日はその件が正式に決定し、合併に向けての具体的な話がされると思います」
「そうなんだ……」
私達がそんなことを話していると、美咲ちゃんに膝枕してもらっていた霞先輩が目を覚ました。
「……あれ、いつの間にか寝ちゃってたんだ」
そして、美咲ちゃんに膝枕をしてもらっていることに気付いたのか、霞先輩は気恥ずかしそうに笑う。
「……私、夏芽ちゃんを苦しめちゃった」
と言って、霞先輩は深いため息をつく。
「夏芽ちゃんの様子が変わったのは私に許婚の話をする直前だったの。もし、許婚の話をしてくれたときに告白していれば、何か変わっていたのかな」
「……どうでしょうね」
もしかしたら、雨宮会長はそのときから霞先輩の気持ちに気付いていたのかもしれない。許婚の件を話すことで、霞先輩に好きだと言ってほしかったのかもしれない。許婚との結婚の話が進んでしまうことを霞先輩に嫌がってほしかったのかもしれない。
「でも、明日には全てが決まってしまうことは確かです。許婚と結婚すると決めるにしても、霞先輩と付き合うにしても」
そう、表面上では明日、決着が付く。
だけど、許婚と結婚することを決めれば、雨宮会長の苦しみはきっと明日以降も続くだろう。なぜなら、雨宮会長は霞先輩のことが好きだという本音を、無理矢理押さえ込んでいるのだから。
「……私と出会わなければ良かったのかな。夏芽ちゃんだってそう言ってたじゃない。私と出会わなければ、苦しい想いをすることはなかったんだって」
「そんなことはないのです。霞先輩。お姉様は高校に入学してから、一段と明るくなりました。それは霞先輩と出会って、好意を持ったからだと思います。お姉様の様子がおかしくなったのは、許婚との結婚の話が出てからなのです。だから、霞先輩と出会わない方が良かったなんてことは絶対にありません。それは妹の私が保証するのです」
「夏帆ちゃん……」
夏帆さんは自分の頬を軽く叩くと、明るい笑顔になった。
「ネガティブに考えていても仕方ないのです。お姉様がまだ本音を言えるチャンスはあるのですから」
「それっていつなの? 夏帆ちゃん」
「……明日の松雪家との話し合いです。そこがラストチャンスだと考えています」
明日に決まってしまうんだから、その時が本音を言うラストチャンスだろう。
「実はお父様は合併について迷っているようなのです。しかし、松雪家の方から合併のことを薦められ、企業ではなく家族としても繋がりを持つために、お姉様の結婚話が浮上したのです」
「でも、結婚の話はほぼ決定であると言っていたと思いますが」
「それは松雪家の方が主に話を進めているからです」
「つまり、雨宮家が松雪家との合併に迷っている今の状況なら、許婚との結婚の話をなくすことのできる可能性があるってことだね」
「そうなのです。お父様も自分の考えだけで決めるような人ではありません。これから担っていく人の考えを訊く場面があると思います」
合併だって、今後のために行うことだ。将来、会社を担っていく予定の人の意見や考えを聞くことは大切なことだと思う。
「そこで雨宮会長が本音を言えばいいってことなんだね」
「ええ。どんな答えでも、本音を話して苦しむことがなくなれば、私はそれで良いと考えています。生徒会室を離れる前、お姉様のことが嫌いだと言ったのは、霞先輩に対する酷い態度もそうですが、本音を一切言葉に出さなかったからです。私だって、お姉様には本音で接して欲しいですから」
あれは夏帆さんの雨宮会長に対する本音だったんだ。
雨宮会長の本音がどんな内容でも、雨宮会長が自分の言葉で本音を話して、彼女を取り巻く苦しみが無くなって欲しい。明日の話し合いが終わるまでに。
「私も夏帆ちゃんと同じだよ。夏芽ちゃんの本音だったら、どんなことでも受け入れるつもりだから。とにかく、夏芽ちゃんには本音を言ってほしい」
霞先輩は力強くそう言った。どうやら気持ちを入れ替えることができたみたい。
「そうですね。ですが、私達にできることはお姉様を見守ることだけです」
「見守るって言っても、雨宮会長が参加する話し合いを見ることなんて……」
「私もお姉様の妹として話し合いに参加することになっているのです。まあ、私はそこにいればいい話なのですが。何とかして会話だけでも霞先輩達に聞けるようにしたいと思っています。あと、私の方から屋敷に入れるようにしておきますので」
こういうことをさらっと言えるのが、さすがは雨宮家の娘という感じだ。
話をリアルタイムで聞けるだけでも十分だ。明日の話し合いがどのように進んでいくのか。そして、雨宮会長の考えを言える場面が出てくるのかが気になるし。
「明日は午前11時から話し合いが始まる予定です。なので、10時50分くらいにお屋敷に来てください。そうすれば、お姉様にもバレることもありませんから」
「……分かったよ、夏帆さん。霞先輩もそれでいいですか?」
「うん。私もどうなるか気になるから」
「それでは、明日は私達3人で雨宮家のお屋敷にお邪魔しますね。私の家のリムジンで行くと雨宮会長に気付かれる可能性があるので、歩いて行った方がいいかもしれませんね」
「そうだね、美咲ちゃん」
「では、これで決まりですね。会話を聞く方法は明日、お伝えします」
霞先輩と付き合うか。それとも、許婚と結婚することを決めるのか。全ては明日の話し合いにかかっている。
私達は話の内容を聞くことだけしかできないけれど、雨宮会長が本音を言うことを願おう。苦しみから解き放たれるような結論に至って欲しい。
そして、私達は帰路に就く。
分厚い雲に覆われていた今朝の空模様とは違って、今は雲の切れ間から光が差し込んでいた。
私と夏帆さんがパブリックスペースに行くと、霞先輩を膝枕している美咲ちゃんがベンチに座っていた。霞先輩は泣き疲れたのか寝てしまっている。
「霞先輩、泣き止んだら眠ってしまいました」
「それに、生徒会室からずっと走ってたもんね……」
「私が見つけたときにはもう歩いていました。特に逃げる様子もなく、私の横でずっと泣いていました」
「そうだったんだ。まあ、雨宮会長に告白を断られた上に、最低だって言われちゃったからね。ショックを受けない方がおかしいよ」
霞先輩はよく頑張ったと思う。雨宮会長が好きだという気持ちをちゃんと伝えることができたし、雨宮会長に最低だと言われても自分の気持ちを曲げなかった。
「雨宮会長はどうでしたか?」
「……やっぱり、許婚の件が雨宮会長の心を縛り付けているみたい。会社のために許婚と結婚するっていう建前を貫き通すつもりみたいだね」
「それだけ重みのあることなのでしょうね。霞先輩のことが好きだっていう大切な想いをどうにかして抑えるほどですから」
「そう、なのかもしれないね」
もし、私が雨宮会長の立場だったら、私はどうしていたんだろう。好きな女の子への想いを実らせようとするのかな。それとも、雨宮会長のように、周りのことを考えて許婚との結婚を優先してしまうのかな。
「……雨宮会長だって普通の恋する女の子なんだと思う。答えなかったけれど、普通の家庭に生まれて恋愛も自由だったら、きっと霞先輩と付き合っていたと思うよ」
「私もそう思うのです。お姉様の本音は霞先輩と恋人として付き合いたいでしょうから」
「それでも、雨宮会長は許婚との結婚を優先している。そう決めたのに、私達が色々と詮索するから苦しめちゃったのかもしれないね。会長に最低だって言っちゃったけど、本当に最低だったのは私の方だったのかもね」
雨宮会長の事情を知っていながら、恋愛は自由であるべきだ、本音を言うべきだと自分の意見ばかり主張してしまった。雨宮会長のことだから、許婚との結婚の話もきっと悩みに悩んだんだろう。それを私は本音じゃないからって否定し続けちゃったんだ。
「……どうでしょう。でも、霞先輩の告白も、坂井さんの言葉もお姉様の心に届いているはずなのです。許婚と結婚すると言い続けていますが、私にはまだ決めかねているように思えるのです」
「夏帆さん……」
「坂井さん達には感謝しているのです。お姉様にもう一度、本音と向き合うようにさせてくれたのですから。お姉様は今、1人で葛藤していると思います。霞先輩と付き合いたいという本音か、許婚との結婚という建前のどちらに決めるのか」
さっきはあんな態度を取っていたけれど、雨宮会長は霞先輩のことを大切に想っているんだ。そして、雨宮家が運営している会社のことも。だからこそ迷ってしまって、それが何時しか苦しみになってしまう。
「でも、明日にはもう決まっちゃうんだよね。許婚との結婚が」
「そうですね。現段階でほぼ決定という状況です。明日はその件が正式に決定し、合併に向けての具体的な話がされると思います」
「そうなんだ……」
私達がそんなことを話していると、美咲ちゃんに膝枕してもらっていた霞先輩が目を覚ました。
「……あれ、いつの間にか寝ちゃってたんだ」
そして、美咲ちゃんに膝枕をしてもらっていることに気付いたのか、霞先輩は気恥ずかしそうに笑う。
「……私、夏芽ちゃんを苦しめちゃった」
と言って、霞先輩は深いため息をつく。
「夏芽ちゃんの様子が変わったのは私に許婚の話をする直前だったの。もし、許婚の話をしてくれたときに告白していれば、何か変わっていたのかな」
「……どうでしょうね」
もしかしたら、雨宮会長はそのときから霞先輩の気持ちに気付いていたのかもしれない。許婚の件を話すことで、霞先輩に好きだと言ってほしかったのかもしれない。許婚との結婚の話が進んでしまうことを霞先輩に嫌がってほしかったのかもしれない。
「でも、明日には全てが決まってしまうことは確かです。許婚と結婚すると決めるにしても、霞先輩と付き合うにしても」
そう、表面上では明日、決着が付く。
だけど、許婚と結婚することを決めれば、雨宮会長の苦しみはきっと明日以降も続くだろう。なぜなら、雨宮会長は霞先輩のことが好きだという本音を、無理矢理押さえ込んでいるのだから。
「……私と出会わなければ良かったのかな。夏芽ちゃんだってそう言ってたじゃない。私と出会わなければ、苦しい想いをすることはなかったんだって」
「そんなことはないのです。霞先輩。お姉様は高校に入学してから、一段と明るくなりました。それは霞先輩と出会って、好意を持ったからだと思います。お姉様の様子がおかしくなったのは、許婚との結婚の話が出てからなのです。だから、霞先輩と出会わない方が良かったなんてことは絶対にありません。それは妹の私が保証するのです」
「夏帆ちゃん……」
夏帆さんは自分の頬を軽く叩くと、明るい笑顔になった。
「ネガティブに考えていても仕方ないのです。お姉様がまだ本音を言えるチャンスはあるのですから」
「それっていつなの? 夏帆ちゃん」
「……明日の松雪家との話し合いです。そこがラストチャンスだと考えています」
明日に決まってしまうんだから、その時が本音を言うラストチャンスだろう。
「実はお父様は合併について迷っているようなのです。しかし、松雪家の方から合併のことを薦められ、企業ではなく家族としても繋がりを持つために、お姉様の結婚話が浮上したのです」
「でも、結婚の話はほぼ決定であると言っていたと思いますが」
「それは松雪家の方が主に話を進めているからです」
「つまり、雨宮家が松雪家との合併に迷っている今の状況なら、許婚との結婚の話をなくすことのできる可能性があるってことだね」
「そうなのです。お父様も自分の考えだけで決めるような人ではありません。これから担っていく人の考えを訊く場面があると思います」
合併だって、今後のために行うことだ。将来、会社を担っていく予定の人の意見や考えを聞くことは大切なことだと思う。
「そこで雨宮会長が本音を言えばいいってことなんだね」
「ええ。どんな答えでも、本音を話して苦しむことがなくなれば、私はそれで良いと考えています。生徒会室を離れる前、お姉様のことが嫌いだと言ったのは、霞先輩に対する酷い態度もそうですが、本音を一切言葉に出さなかったからです。私だって、お姉様には本音で接して欲しいですから」
あれは夏帆さんの雨宮会長に対する本音だったんだ。
雨宮会長の本音がどんな内容でも、雨宮会長が自分の言葉で本音を話して、彼女を取り巻く苦しみが無くなって欲しい。明日の話し合いが終わるまでに。
「私も夏帆ちゃんと同じだよ。夏芽ちゃんの本音だったら、どんなことでも受け入れるつもりだから。とにかく、夏芽ちゃんには本音を言ってほしい」
霞先輩は力強くそう言った。どうやら気持ちを入れ替えることができたみたい。
「そうですね。ですが、私達にできることはお姉様を見守ることだけです」
「見守るって言っても、雨宮会長が参加する話し合いを見ることなんて……」
「私もお姉様の妹として話し合いに参加することになっているのです。まあ、私はそこにいればいい話なのですが。何とかして会話だけでも霞先輩達に聞けるようにしたいと思っています。あと、私の方から屋敷に入れるようにしておきますので」
こういうことをさらっと言えるのが、さすがは雨宮家の娘という感じだ。
話をリアルタイムで聞けるだけでも十分だ。明日の話し合いがどのように進んでいくのか。そして、雨宮会長の考えを言える場面が出てくるのかが気になるし。
「明日は午前11時から話し合いが始まる予定です。なので、10時50分くらいにお屋敷に来てください。そうすれば、お姉様にもバレることもありませんから」
「……分かったよ、夏帆さん。霞先輩もそれでいいですか?」
「うん。私もどうなるか気になるから」
「それでは、明日は私達3人で雨宮家のお屋敷にお邪魔しますね。私の家のリムジンで行くと雨宮会長に気付かれる可能性があるので、歩いて行った方がいいかもしれませんね」
「そうだね、美咲ちゃん」
「では、これで決まりですね。会話を聞く方法は明日、お伝えします」
霞先輩と付き合うか。それとも、許婚と結婚することを決めるのか。全ては明日の話し合いにかかっている。
私達は話の内容を聞くことだけしかできないけれど、雨宮会長が本音を言うことを願おう。苦しみから解き放たれるような結論に至って欲しい。
そして、私達は帰路に就く。
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