ハナノカオリ

桜庭かなめ

文字の大きさ
上 下
57 / 226
Fragrance 3-メザメノカオリ-

第14話『置き言葉』

しおりを挟む
 広瀬さんと萌衣さんについて行く形で、私は片桐さんの泊まっていた部屋へと向かっている。普通の家とは違って、走ってもすぐには着かない。

「ここです!」

 そう言って、萌衣さんは扉を開く。
 部屋の中に入ると、片桐さんの物らしき大きなバッグがベッドの上にあるのが見えた。バッグの側には折りたたまれた紙が置いてある。

「萌衣さん、ベッドの上にある手紙が杏ちゃんの言っていた?」
「そうだと思います、お嬢様」
「そうですか。さっそく見てみましょう」

 私達は片桐さんが横になっていたベッドまで行き、広瀬さんが『サキへ』と書かれた三つ折りの紙を手に取る。

「私宛になっていますね。何枚もありますね……」
「そんなにあるんだ。何が書いてあるんだろう?」
「……私が音読します」

 広瀬さんは三つ折りとなった紙を開き、ゆっくりと読み始めた。


『サキへ

 この手紙を見つけたっていうことは、あたしがここからいなくなったのを萌衣さんから聞いたんだね。
 今、サキ1人で読んでいるのかな。ハルや原田さんと一緒なのかな。もし、1人なら後でハルと原田さんだけに伝えてくれると嬉しい。
 牡丹が目覚めて、牡丹に二度と会いたくないって言われてからずっと考えてたの。あたし、どうすればいいのかなって。牡丹に会うのが怖くて、サキの家に家出してからもずっとそればかり考えてた。
 それで、今日になってやっと決断することができたんだ。あたし、この世からいなくなろうって。
 1年前、あたしは牡丹のことを苦しめた。牡丹のことを考えずに、原田さんを諦めてあたしの方に向いて欲しいから適当なことを言ったの。そのせいで、牡丹を身体的にも精神的にも物凄い苦しめちゃった。
 この世からいなくなろうって考えは、牡丹が眠った直後から何度も考えた。でも、あたしの中にある悪魔が「原田さんを悪者すればいい」って囁いて、原田さんを傷つけることでそんな気持ちを掻き消してたの。それを繰り返したまま、中学を卒業した。牡丹を眠らせただけでも酷いのに、原田さんまで苦しめるなんて酷いよね。
 高校に入学して、サキとハルに会えて嬉しかった。2人といると一時的にも心が救われた気分になったから。
 遊園地での一件で、牡丹と本音で向き合えばいいんだって思うことができた。牡丹のことが好きだって伝えようって決めたんだ。
 でも、現実は甘くはなかった。牡丹はあたしのことを恨んでた。あたしのせいで苦しんで1年間も眠ることになったんだ、って牡丹に言われて気付いたんだ。私みたいな悪魔はやっぱり、すぐに永遠に眠らなきゃいけないんだって。牡丹の味わった苦しみよりもずっと辛いことを受けなきゃいけないんだって。
 だから、あたしはここから出て行きました。

 サキ。あたしのことをずっと慰めてくれてありがとう。昨日も、会いたくないって言ったけれど、サキの優しさは十分に伝わったよ。本当に嬉しかった。
 ハル。遊園地での一件で真摯に向き合ってくれたから、牡丹への気持ちを再確認できたんだよ。ハルはとても強い女の子だから、これからは恋人の原田さんのことを支えてあげてね。
 原田さん。1年間ずっと酷いことをしてきてごめんなさい。原田さんが牡丹のことをちゃんと考えていたのは分かっていたのに、悪魔だって言い続けて。苦しかったよね。本当にごめんなさい。あと、ハルのことを幸せにしてね。

 あたしはこの世からいなくなるのが本望だから。そのことに関しては誰も悪くないってことをここに書いておきます。いたとしたら、それはあたし自身。

 もし、一緒に読んでいなかったら、ハルと広瀬さんだけにここに書いてあることを伝えてください。


 それじゃ、さようなら。    片桐杏』


 それが手紙に書いてある全てだった。広瀬さんは淡々と読んでいった。
 片桐さんは……今までのことを償うために自らの命を絶とうとしているのか。ということは、この手紙は私達に向けた遺書か。

「嘘だよね。ねえ、これって嘘だよね!」
「落ち着いて! 遥香!」
「だって、だって……!」

 遥香はそう言って、私の胸の中で泣きじゃくっている。

「私だって、嘘であってほしいよ」

 だけど、萌衣さんの話によると小一時間ほど前にこのお屋敷を出た。既にどこかの場所で命を絶ってしまった可能性は否定できない。
 一方、広瀬さんは、

「……こんな手紙、納得していいわけがありません」

 そう言って、片桐さんからの手紙をビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。その時の表情はいつになく怒っている。

「私達は杏ちゃんが笑顔でいて欲しいですから」

 広瀬さんはベッドの上にあったバッグの中を漁っている。

「ダメですね。杏ちゃんのスマートフォンがここにあります。本人に連絡が取れれば一番良かったのですが……」
「でも、どうにかして片桐さんを見つけないと、彼女を止められない……」
「ええ。杏ちゃんの行きそうなところがあればいいのですが……」

 広瀬さんにそう言われてすぐに思いついたのが、卯月さんの家だ。今回の一件には卯月さんという女の子が深く関わっているから。命を絶つ前に卯月さんに会うという可能性も十分に考えられる。

「卯月さんに電話をかけてみる。広瀬さん、遥香を頼む」
「分かりました」

 今も泣いている遥香のことを広瀬さんに委ねて、私はスマートフォンで卯月さんに電話をかけてみる。
 発信してからものの数秒も経たないうちに、

『原田さん? どうかしたの?』
「卯月さん。片桐さんはそっちに来ていないかな」
『来てないけれど、何かあったの?』
「実は片桐さんの友達の家から、彼女の姿が消えちゃって。手紙が残っていたんだけど、彼女はどうやら自らの命を絶とうとしている」
『そ、そんな……』
「卯月さんのところに行く可能性もある。だから、片桐さんが来たらすぐに私に連絡して欲しいんだ」
『う、うん。そうする……』

 その瞬間、電話の向こう側からインターホンの音が聞こえた。そして、

『牡丹。杏ちゃんがお見舞いに来てくれたわよ』

 卯月さんのお母さんの声で、確かにそう言っているのが聞こえた。
 私は遥香や広瀬さん、萌衣さんにも聞こえるようにスピーカーホンにする。
 卯月さんも片桐さんが来たことを知ったのか、通話を切らずに片桐さんの所に向かっているらしい。

『杏ちゃん……』
『牡丹、ひさしぶり。色々あって来られなかったんだ。2人きりで話したいからさ、牡丹の部屋に行っても良いかな?』
『う、うん……』
『ところで、スマートフォンなんて持ってどうしたの?』
『な、何でもないよ。パズルゲームやってただけだから……』
『……そっか』

 卯月さん、上手く誤魔化してくれたな。ここで私と通話しているのがばれたら、どこかに逃げてしまうかもしれないから。
 何かが軋む音が聞こえる。階段を上がって、卯月さんの部屋に向かっているのかな。
 片桐さん、君は卯月さんの前に現れてどうするつもりなんだ?

『うわあ、ひさしぶりだな。牡丹の部屋。全然変わってないね』
『退院してあまり時間も経ってないからね』

 そして、扉が閉まる音が聞こえる。これで、片桐さんの希望通り卯月さんと二人きりになったわけか。

『そ、それで……2人きりで話したいことってなに?』
『……それは、ね』

 片桐さんがそう言ったその直後、

『きゃあっ!』

 卯月さんのそんな悲鳴が電話口から響き渡った。

「どうしたんだ! 卯月さん!」

 思わず、私は卯月さんの名前を呼んでしまった。

『杏ちゃんが……カッターを持って私の方に向けてるの』
「何だって!」

 どうして、カッターを卯月さんに向けているんだ? まさか、自分だけじゃなくて卯月さんも一緒に?

『誰と話してるの? 今の声、原田さんだよね?』
『えっと、その……杏ちゃん、まずは落ち着いて! ……いやあっ!』
「卯月さん! 何があったんだ!」

 ドサッ、という音がした次の瞬間、

『やっぱり、相手は原田さんだったんだ』

 電話口から片桐さんの声がはっきりと聞こえた。どうやら、片桐さんに気付かれてしまったみたいだ。

「そうだよ。今、片桐さんの泊まっていた部屋にいるよ。すぐ側には遥香と広瀬さん、萌衣さんもいる」
『そっか。じゃあ、私の手紙はみんな読んだんだね』
「読んだよ。でも、私達は納得してない。だって、片桐さんには生きていて欲しいんだから! だから、命を絶つことは止めてくれないか!」
「そうです! 杏ちゃんがいなくなったら、皆さん悲しみますよ!」
「杏ちゃん、死ぬなんて言わないでよ……」

 私達の訴えに片桐さんの心も揺れ動いているのか、無言の時が流れる。

『……手紙に書いてあった通りだよ。みんなには感謝してる。でも、もう……これ以上関わらないでよ。これは、あたしと牡丹の問題なんだから』

 片桐さんがそう言うと通話が切れてしまった。

「片桐さん!」

 私はもう一度、卯月さんのスマートフォンに通話をしようと試みるけれど、電源を切られてしまったようで通話ができない。

「ダメだ。電源が切られてる……」
「こうなったら、卯月さんの家に行くしかありませんね。すぐに車を出させます!」
「ありがとう。遥香、皆で卯月さんの家に行こう!」
「……うん。杏ちゃんに会って、思い留まらせたい」

 そうだ、私達にできることは片桐さんに会って直に説得することだ。そのためにも、一刻も早く卯月さんの家に行かないと。それまでは、卯月さん、君しか片桐さんを救える人はいないんだ。今こそ、君の本音を片桐さんに伝えてくれないだろうか。
 とんでもない形で、一連の出来事に決着が付きそうになるのであった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

ダメな君のそばには私

蓮水千夜
恋愛
ダメ男より私と付き合えばいいじゃない! 友人はダメ男ばかり引き寄せるダメ男ホイホイだった!? 職場の同僚で友人の陽奈と一緒にカフェに来ていた雪乃は、恋愛経験ゼロなのに何故か恋愛相談を持ちかけられて──!?

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

報われない恋の育て方

さかき原枝都は
恋愛
片想いってどこまで許してもらえるの? フラれるのわかっていながら告る。 これほど空しいものはないが、告ることで一区切りをつけたい。 ……であっさりフラれて一区切り。て言う訳にもいかず。何の因果か、一緒に住むことに。 再アタックもいいがその前に、なぜかものすごく嫌われてしまっているんですけど。 何故? ただ不思議なことに振られてから言い寄る女の子が出始めてきた。 平凡な単なる高校2年生。 まぁー、確かに秘密の関係であるおねぇさんもいたけれど、僕の取り巻く環境は目まぐるしく変わっていく。 恋愛関係になるのは難しいのか、いや特別に難しい訳じゃない。 お互い好きであればそれでいいんじゃないの? て、そう言うもんじゃないだろ! キスはした、その先に彼女たちは僕を引き寄せようとするけれど、そのまま流されてもいいんだろうか? 僕の周りにうごめく片想い。 自分の片想いは……多分報われない恋何だろう。 それでも……。彼女に対する思いをなくしているわけじゃない。 およそ1年半想いに思った彼女に告白したが、あっさりとフラれてしまう笹崎結城。 彼女との出会いは高校の入学直前の事だった。とある防波堤に迷いたどり着いたとき聞こえてきたアルトサックスの音色。その音色は僕の心を一瞬に奪ってしまった。 金髪ハーフの可愛い女の子。 遠くから眺めるだけの触れてはいけない僕の妖精だった。 そんな彼女が同じ高校の同学年であることを知り、仲良くなりたいと思う気持ちを引きずった1年半。 意を決して告ったら、あっさりとフラれてしまった。汗(笑)! そして訪れた運命という試練と悪戯によって、僕はフラられたあの彼女と共に暮らすことになった。 しかし、彼女は僕の存在は眼中にはなかった。 そして僕の知らない彼女の傷ついた過去の秘密。だからあの時彼女は泣き叫び、その声を天に届けさせたかったんだ。 自分じゃ気が付いていないんだけど、意外と僕ってモテたりしている? 女の片想いが、ふんわりと周りに抱き着くように僕の体にまとう。 本命は恵美なんだ。たとえフラれても……本命は彼女しかいない。 だが、その道は険しく脈どころか糸口さえ見いだせない。 彼女にかかわるとともに、僕の周りに近づく女性たち。 あれ? 実は僕、意外とモテていたりする? 気づかないのは本人のみ。 向かう先は叶わぬ恋。受け入れる思いはなぜか散っていく。 頑張る矛先を変えれば実るかも。 でも、たとえ叶わぬ恋でも想いたい。 なぁ、愛するっていったいどうしたらいいんだろ? 誰か教えてくれない? unrequited love(片思い)ってなんか悲しいんだけど!!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

かわいいわたしを

丘多主記
恋愛
奈々は、王子様のようにかっこよくて、女の子にモテる女子高生 そんな奈々だけど、実はかわいいものが大好きで、王子様とは真逆のメルヘンティックな女の子 だけど、奈々は周りにそれを必死に隠していてる。 そんな奈々がある日、母親からもらったチラシを手に、テディベアショップに行くと、後輩の朱里(あかり)と鉢合わせしてしまい…… 果たして、二人はどんな関係になっていくのか。そして、奈々が本性を隠していた理由とは! ※小説家になろう、ノベルアップ+、Novelismでも掲載しています。また、ツギクルにリンクを載せています

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

わたしと彼女の●●●●●●な関係

悠生ゆう
恋愛
とある会社のとある社員旅行。 恋人(女性)との仲がうまくいていない後輩(女性)と、恋人(男性)からプロポーズされた先輩(女性)のお話。 そして、その旅行の後……

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

処理中です...