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Fragrance 3-メザメノカオリ-
第13話『お嬢様』
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午後6時。
今日は木曜日で茶道部の活動があったので、今から広瀬さんの家に行く予定だ。私は2人との待ち合わせ場所である校門前にいる。
部活帰りの生徒も多く、続々と校門を出るけど、
「凄いな……」
ほとんどの生徒が私の目の前に停車している高級車を一度は見て、そう声を漏らす。私も同じだった。
「誰かを迎えに来たのかな?」
天羽女子は財閥のお嬢様も通っているらしいし、私が見ていないだけでこういう状況は意外とあるのかもしれない。
そんなことを考えていたら、校舎の方から遥香と広瀬さんがこっちに向かって歩いているのが見える。遥香は私に気付いたのか、私に手を振っている。
「絢ちゃん、おまたせ」
「お待たせしました、原田さん」
2人が私の目の前までやってくると、抹茶の上質な香りと和菓子なのか分からないけど、甘い匂いが香ってくる。遥香と2人きりならぎゅっと抱きしめて、顔を埋めて遥香の匂いを堪能するところなんだけど。
「絢ちゃんったら、2人きりなら抱きしめて私の匂いを嗅ごうって思ってたでしょ」
「えっ? か、顔に出てた?」
「……やっぱり。顔に出てないけど、絢ちゃんの考えることは分かるよ」
「遥香……」
嬉しさのあまり、私は遥香のことを思いきり抱きしめる。遥香の甘い匂いが私のことをふわっと包む。
「遥香の匂い、とっても甘い。その口の中には甘さが残っているかな」
「……何言ってるの。いつだって、絢ちゃんには甘く感じられるようにできてるよ。日に日に甘くなってるから」
そう言う遥香は今日一番の可愛さだった。少し小さな声で、耳元で囁くように言うところがたまらない。
「こほん」
勢いで遥香とキスしようとしたとき、広瀬さんのそんな咳払いで私達は我に返った。
「私達、何やってるんだろうね。もう、絢ちゃんがクールな表情で甘い言葉を言うからだよ」
「ご、ごめんね。つい、遥香から甘い匂いがしたから……」
今みたいなことは2人きりの時だけにしないと。恋人宣言をしたからこそ、遥香と一緒にいると注目されてしまう。今も遥香を抱きしめたから、周りの生徒が興味津々で私達のことを見ている。
広瀬さんが側にいなかったら、今頃……勢いでキスをしちゃってたな。
「……まったく、お2人は。時と場合を考えてくださいね」
至近距離で見ていた広瀬さんは頬を赤らめていた。
「ほ、ほら。さっさと私の家に行きますよ。待たせていますし」
「待たせているって……も、もしかして?」
私はすぐそこに停車している黒い高級車を指さす。
「そうですよ。これ、うちのですが……」
広瀬さんは平然とした表情でそう答える。
「と、ということは……広瀬さんってお嬢様なの?」
「うん。そうだよ。話さなかったっけ?」
「……初耳」
驚きが凄いと「えええっ!」って叫ぶ気にもならないんだな。
まさか、広瀬さんが高級車で迎えに来るほどのお嬢様だったとは。清楚で上品な女の子だとは思っていたけど、それもそのはず。だって、お嬢様なんだもん。敬語で話すのが自然に思えるのも何だか納得してしまう。
「広瀬さんって毎日この車に乗って登校しているの?」
「いいえ、地元なので歩きで来ていますよ。大雨の日とかは送ってもらいますけどね。帰りも徒歩ですし、今日は原田さんと遥香ちゃんが家に来るので迎えに来てもらっただけですよ」
「ほ、本物のお嬢様だ……」
広瀬さんに後光が差しているように見える。ま、眩しい。遥香はこんなお方と幼馴染だったのか。
「意外と原田さんって面白い反応を見せるんですね」
「私も同じことを思った。よっぽど美咲ちゃんがお嬢様であることに驚いたんだね」
「小学生の遥香ちゃんが初めて私の家に来たときも同じ反応をしましたけどね。あの時の遥香ちゃん、可愛かったなぁ……」
遥香も同じ反応を見せたんだな。
……って、あれ? ということは、私の今の反応って小学生レベルなの? それはそれで複雑な気分だ。
「では、そろそろ行きましょうか」
広瀬さんがそう言うと、運転席からドライバーの男性が出てきて、素早く後部座席のドアを開く。いかにもお嬢様っぽい光景だ。
「お2人からどうぞ」
「あっ、うん……」
「わあっ、ひさしぶりだなぁ」
高級車なんて乗ったことがないから緊張している私に対して、遥香は普段と変わらない様子だ。今の発言からして過去に何度か乗ったことがあるようだ。
車の後部座席に、私、遥香、広瀬さんの順で乗ると、程なくして広瀬さんの家に向かって走り始めた。
「徒歩で通える場所なので、すぐに到着しますよ」
「そ、それは有り難い。緊張して落ち着かないから」
一応、タオルで拭いたし、制汗スプレーもしたから大丈夫だと思うけど、シートに私の汗の匂いがつかないかどうか心配なんだ。
「大丈夫だよ、絢ちゃん。ね?」
遥香はそう言うと、私の右手を優しく握ってくれた。そのおかげでほんの少しだけ気分が和らいだ気がする。
そして、広瀬さんの言うとおり、あっという間に彼女の家の前まで着いた。いや、お屋敷というべきだろうか。この大きさだと。
「着きましたよ」
車から降りると目の前には想像よりも遥かに大きな建物が建っていた。私の家なんか比べものにならないくらいに大きく、立派だ。
「遥香ってここに何度も遊びに来たことあるの?」
「うん。でも、今年に入ってからは一度もなかったかな。受験もあったし」
「そ、そうなんだ……」
遥香はやけに落ち着いているけど、それは何度も足を運んでいるからで……緊張して足が震えている私が普通だよな?
「さあ、行きましょう」
私は2人の後をついて行く形で、広瀬さんの家に入った。
「お帰りなさいませ、美咲お嬢様」
「ただいま、萌衣さん」
家に入るなりメイドさんが待っているなんて、これこそお嬢様の真髄だね。茶髪のセミロングのメイドさんも結構可愛い人だな。メイド服も似合っているし。
でも、どうしてこのメイドさん……萌衣さんはおどおどしているんだろう。こういう場面って笑顔を見せるイメージだったけど。
「どうしたんですか。お客様の前で」
「……す、すいません!」
そう言うと、萌衣さんはすぐに満面の笑みを見せてくれる。さすがにプロのメイドさんだけあって、そこら辺のスイッチが入ると凄い。
「おひさしぶりです、遥香さん。制服、とても似合っていますね」
「ありがとう。萌衣さん」
「ええと、こちらのお方は……」
「原田絢さんです。私の友人で、同じクラスの」
「そうですか。初めまして、私、広瀬家の専属メイドの立花萌衣(たちばなもえ)といいます。遥香さんと同じように、私のことは是非名前で呼んでください」
「原田絢です。私のことも名前でお願いします。萌衣さん」
「分かりました、絢さん」
下の名前で、しかも「さん」付けって新鮮な響きでいいな。
声も可愛らしいな。幾つくらいなんだろう? 専属メイドと言っているくらいだから、20歳は超えてるのかな。
そんなことを思っていると、萌衣さんは私のことをじっと見ている。
「お嬢様が前に言っていた遥香さんの彼女さんって……」
「そうです。彼女こそが遥香ちゃんと付き合っている原田絢さんです」
「そうだったんですか。やはり、女子校ですと女の子同士のカップルができるのですね。遥香さんもお目が高いですね。こんなに格好いい爽やかな女の子と付き合っていらっしゃるなんて。遥香さんと絢さん、とてもお似合いだと思います」
「そ、そうですか。ありがとうございます……」
大人の女性にお似合いだと言われると妙に照れるな。隣に立っている遥香も私と同じく照れているみたいだ。
「そういえば、萌衣さん。どうしてさっきは焦ったような表情を? あなたにしては珍しいことですけど」
広瀬さんがそう言うと、萌衣さんは我に返ったように真剣な表情になる。
「じ、実は……小一時間ほど前に杏さんが家を出てしまいまして」
『えええっ!』
私、遥香、広瀬さんの叫び声が重なる。
「な、なぜそれをすぐに私に伝えなかったのですか! 何かあったらすぐに私に連絡することになっていたでしょう!」
「申し訳ございません! 私もそうしようとしたのですが、お嬢様には帰ってきてから言って欲しいと強く言われまして。それに、杏さんの泊まっていたお部屋にお嬢様宛に手紙を書いておいたと……」
「そうですか。すぐに見てみましょう。遥香ちゃんと原田さんもついてきてください!」
どうして、片桐さんはこのお屋敷からいなくなったんだ? 彼女が書き残した広瀬さん宛の手紙にその理由が記されているのだろうか。
片桐さんの真意を知るために、私達は彼女の泊まった部屋に急いで向かうのであった。
今日は木曜日で茶道部の活動があったので、今から広瀬さんの家に行く予定だ。私は2人との待ち合わせ場所である校門前にいる。
部活帰りの生徒も多く、続々と校門を出るけど、
「凄いな……」
ほとんどの生徒が私の目の前に停車している高級車を一度は見て、そう声を漏らす。私も同じだった。
「誰かを迎えに来たのかな?」
天羽女子は財閥のお嬢様も通っているらしいし、私が見ていないだけでこういう状況は意外とあるのかもしれない。
そんなことを考えていたら、校舎の方から遥香と広瀬さんがこっちに向かって歩いているのが見える。遥香は私に気付いたのか、私に手を振っている。
「絢ちゃん、おまたせ」
「お待たせしました、原田さん」
2人が私の目の前までやってくると、抹茶の上質な香りと和菓子なのか分からないけど、甘い匂いが香ってくる。遥香と2人きりならぎゅっと抱きしめて、顔を埋めて遥香の匂いを堪能するところなんだけど。
「絢ちゃんったら、2人きりなら抱きしめて私の匂いを嗅ごうって思ってたでしょ」
「えっ? か、顔に出てた?」
「……やっぱり。顔に出てないけど、絢ちゃんの考えることは分かるよ」
「遥香……」
嬉しさのあまり、私は遥香のことを思いきり抱きしめる。遥香の甘い匂いが私のことをふわっと包む。
「遥香の匂い、とっても甘い。その口の中には甘さが残っているかな」
「……何言ってるの。いつだって、絢ちゃんには甘く感じられるようにできてるよ。日に日に甘くなってるから」
そう言う遥香は今日一番の可愛さだった。少し小さな声で、耳元で囁くように言うところがたまらない。
「こほん」
勢いで遥香とキスしようとしたとき、広瀬さんのそんな咳払いで私達は我に返った。
「私達、何やってるんだろうね。もう、絢ちゃんがクールな表情で甘い言葉を言うからだよ」
「ご、ごめんね。つい、遥香から甘い匂いがしたから……」
今みたいなことは2人きりの時だけにしないと。恋人宣言をしたからこそ、遥香と一緒にいると注目されてしまう。今も遥香を抱きしめたから、周りの生徒が興味津々で私達のことを見ている。
広瀬さんが側にいなかったら、今頃……勢いでキスをしちゃってたな。
「……まったく、お2人は。時と場合を考えてくださいね」
至近距離で見ていた広瀬さんは頬を赤らめていた。
「ほ、ほら。さっさと私の家に行きますよ。待たせていますし」
「待たせているって……も、もしかして?」
私はすぐそこに停車している黒い高級車を指さす。
「そうですよ。これ、うちのですが……」
広瀬さんは平然とした表情でそう答える。
「と、ということは……広瀬さんってお嬢様なの?」
「うん。そうだよ。話さなかったっけ?」
「……初耳」
驚きが凄いと「えええっ!」って叫ぶ気にもならないんだな。
まさか、広瀬さんが高級車で迎えに来るほどのお嬢様だったとは。清楚で上品な女の子だとは思っていたけど、それもそのはず。だって、お嬢様なんだもん。敬語で話すのが自然に思えるのも何だか納得してしまう。
「広瀬さんって毎日この車に乗って登校しているの?」
「いいえ、地元なので歩きで来ていますよ。大雨の日とかは送ってもらいますけどね。帰りも徒歩ですし、今日は原田さんと遥香ちゃんが家に来るので迎えに来てもらっただけですよ」
「ほ、本物のお嬢様だ……」
広瀬さんに後光が差しているように見える。ま、眩しい。遥香はこんなお方と幼馴染だったのか。
「意外と原田さんって面白い反応を見せるんですね」
「私も同じことを思った。よっぽど美咲ちゃんがお嬢様であることに驚いたんだね」
「小学生の遥香ちゃんが初めて私の家に来たときも同じ反応をしましたけどね。あの時の遥香ちゃん、可愛かったなぁ……」
遥香も同じ反応を見せたんだな。
……って、あれ? ということは、私の今の反応って小学生レベルなの? それはそれで複雑な気分だ。
「では、そろそろ行きましょうか」
広瀬さんがそう言うと、運転席からドライバーの男性が出てきて、素早く後部座席のドアを開く。いかにもお嬢様っぽい光景だ。
「お2人からどうぞ」
「あっ、うん……」
「わあっ、ひさしぶりだなぁ」
高級車なんて乗ったことがないから緊張している私に対して、遥香は普段と変わらない様子だ。今の発言からして過去に何度か乗ったことがあるようだ。
車の後部座席に、私、遥香、広瀬さんの順で乗ると、程なくして広瀬さんの家に向かって走り始めた。
「徒歩で通える場所なので、すぐに到着しますよ」
「そ、それは有り難い。緊張して落ち着かないから」
一応、タオルで拭いたし、制汗スプレーもしたから大丈夫だと思うけど、シートに私の汗の匂いがつかないかどうか心配なんだ。
「大丈夫だよ、絢ちゃん。ね?」
遥香はそう言うと、私の右手を優しく握ってくれた。そのおかげでほんの少しだけ気分が和らいだ気がする。
そして、広瀬さんの言うとおり、あっという間に彼女の家の前まで着いた。いや、お屋敷というべきだろうか。この大きさだと。
「着きましたよ」
車から降りると目の前には想像よりも遥かに大きな建物が建っていた。私の家なんか比べものにならないくらいに大きく、立派だ。
「遥香ってここに何度も遊びに来たことあるの?」
「うん。でも、今年に入ってからは一度もなかったかな。受験もあったし」
「そ、そうなんだ……」
遥香はやけに落ち着いているけど、それは何度も足を運んでいるからで……緊張して足が震えている私が普通だよな?
「さあ、行きましょう」
私は2人の後をついて行く形で、広瀬さんの家に入った。
「お帰りなさいませ、美咲お嬢様」
「ただいま、萌衣さん」
家に入るなりメイドさんが待っているなんて、これこそお嬢様の真髄だね。茶髪のセミロングのメイドさんも結構可愛い人だな。メイド服も似合っているし。
でも、どうしてこのメイドさん……萌衣さんはおどおどしているんだろう。こういう場面って笑顔を見せるイメージだったけど。
「どうしたんですか。お客様の前で」
「……す、すいません!」
そう言うと、萌衣さんはすぐに満面の笑みを見せてくれる。さすがにプロのメイドさんだけあって、そこら辺のスイッチが入ると凄い。
「おひさしぶりです、遥香さん。制服、とても似合っていますね」
「ありがとう。萌衣さん」
「ええと、こちらのお方は……」
「原田絢さんです。私の友人で、同じクラスの」
「そうですか。初めまして、私、広瀬家の専属メイドの立花萌衣(たちばなもえ)といいます。遥香さんと同じように、私のことは是非名前で呼んでください」
「原田絢です。私のことも名前でお願いします。萌衣さん」
「分かりました、絢さん」
下の名前で、しかも「さん」付けって新鮮な響きでいいな。
声も可愛らしいな。幾つくらいなんだろう? 専属メイドと言っているくらいだから、20歳は超えてるのかな。
そんなことを思っていると、萌衣さんは私のことをじっと見ている。
「お嬢様が前に言っていた遥香さんの彼女さんって……」
「そうです。彼女こそが遥香ちゃんと付き合っている原田絢さんです」
「そうだったんですか。やはり、女子校ですと女の子同士のカップルができるのですね。遥香さんもお目が高いですね。こんなに格好いい爽やかな女の子と付き合っていらっしゃるなんて。遥香さんと絢さん、とてもお似合いだと思います」
「そ、そうですか。ありがとうございます……」
大人の女性にお似合いだと言われると妙に照れるな。隣に立っている遥香も私と同じく照れているみたいだ。
「そういえば、萌衣さん。どうしてさっきは焦ったような表情を? あなたにしては珍しいことですけど」
広瀬さんがそう言うと、萌衣さんは我に返ったように真剣な表情になる。
「じ、実は……小一時間ほど前に杏さんが家を出てしまいまして」
『えええっ!』
私、遥香、広瀬さんの叫び声が重なる。
「な、なぜそれをすぐに私に伝えなかったのですか! 何かあったらすぐに私に連絡することになっていたでしょう!」
「申し訳ございません! 私もそうしようとしたのですが、お嬢様には帰ってきてから言って欲しいと強く言われまして。それに、杏さんの泊まっていたお部屋にお嬢様宛に手紙を書いておいたと……」
「そうですか。すぐに見てみましょう。遥香ちゃんと原田さんもついてきてください!」
どうして、片桐さんはこのお屋敷からいなくなったんだ? 彼女が書き残した広瀬さん宛の手紙にその理由が記されているのだろうか。
片桐さんの真意を知るために、私達は彼女の泊まった部屋に急いで向かうのであった。
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