ハナノカオリ

桜庭かなめ

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Fragrance 2-ウラヤミノカオリ-

第6話『帰り道』

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 4月26日、金曜日。
 今日は心なしか調子が良かった。
 部活に入っても、昨日とは段違いに身軽だった。ここまで違うと、昨日までの不調が精神的なものであったことを改めて思い知らされる。

「もう元の調子に戻ったわね。安心した」

 練習も無事に終わり、真奈はすっかりと安心しているようだった。

「ゆっくり休めたんだね」
「まあ、ね」
「瑠璃は無理しちゃうところがあるから、たまには昨日みたいに休んだ方がいいんだよ。分かった?」
「ああ、身を持って知ったよ」

 まあ、身体的な疲労もあったからな。
 美咲と別れた後、心が軽やかになってひさしぶりによく眠ることができた。こんなに変わるってことは、私の中では遥香の存在が相当大きいんだな。

「さあ、制服に着替えて帰りましょ」
「ごめん、真奈。今日はちょっと他の子と帰る約束をしてるんだ」
「えっ?」
「実は中学校からの親友の家に泊まる約束をしていて。その子が今、体育館の前で待ってるんだよ」
「そっか……」

 真奈は少しがっかりした表情を見せる。3日連続で一緒に帰れないからかな。

「ごめんね。一緒に帰れない日が続いちゃって」
「ううん、気にしなくていいんだよ」

 真奈はすぐに笑顔になり、私の顔を覗き込むようにして見る。

「それよりも、今の話を聞いてやっと分かった」
「何が?」
「昨日休んだだけにしてはやけに元気があるなと思って。そっか、親友の家に泊まるのが楽しみだったんだ。瑠璃もそういう可愛いところがあるんだね」
「まあ、楽しみなのは否定しないけど……」

 自分でも自覚していたけれど、人から指摘されると恥ずかしいものだ。ていうか、面白そうに見ないでほしい。真奈のいじわる。

「その子は別の高校の子なの?」
「天羽女子の子だよ。別のクラスだけどね」
「そっか。じゃあ、ひさしぶりに話せるから嬉しいのかな?」
「……バレバレだね、まったく」

 つくづく、周りの人が自分のことをよく見ていると思い知らされる。自分では隠しているつもりなのに。
 もしかして、原田絢に写真を送っていることを誰かが気付いているのかな。いや、それだけはバレないように気をつけているから大丈夫なはずだ。

「じゃあ、早くその子のところに行ってあげなよ」
「分かった」

 私は足早く遥香のところに向かうのであった。


 体育館を出ると、入り口の側に遥香が待っていた。

「遥香、待たせたね」
「ううん、ついさっきここに来たから大丈夫。瑠璃ちゃん、お疲れ様」

 笑顔で迎えてくれる遥香は凄く可愛い。
 これから遥香と2人きりで一緒にいられるなんて凄く嬉しい。遥香の笑顔を見てそれを強く思う。原田絢がずるい……じゃなくて羨ましい。

「じゃあ、さっそく行こうか」
「ああ」

 私は遥香と一緒に彼女の家に向かい始める。

「ひさしぶりだよね。こうして瑠璃ちゃんと話すの」
「そうだな。高校生になってからだと初めて……かな」
「別々のクラスになっちゃったもんね。高校生になって瑠璃ちゃんも変わっちゃったのかなって思ったけど、見た目も雰囲気も変わってないようで良かった。私、瑠璃ちゃんのワンサイドアップの髪型気に入ってるの」
「……そう言ってくれると嬉しい」

 中身は変わってるよ。前とは違って酷い女になってる。遥香が想像できないほどの黒くて陰湿な人間に。

「遥香もあまり変わってなくて良かった。元気で可愛いところとか。でも、前よりも活発的になった気がする。彼女さんができたおかげなのかな」
「そ、そうかなぁ……」

 と言いながらも、遥香は頬を赤くして照れている。遥香にとって、やっぱり原田絢の存在は相当大きいようだ。悔しいな、何だか。

 ……悔しい?

 私、遥香が原田絢の彼女になって悔しく感じていたのか。
 でも、どうしてそう感じるのか。そこまではまだ分かっていない。それが前から抱いているモヤモヤとした感情なのか。

「どうかしたの? 何か悩み事でもあるの?」
「い、いや……何でもないよ」

 まずい、また顔に出ちゃったんだ。こういうことばかり考えると、遥香ならきっと感付いてしまうだろう。真奈や椿すら普段の私と違うって気付いたんだから。

「それならいいけれど。でも、あまり無理しない方がいいよ。昨日、実は部活を早退してたんでしょ? 美咲ちゃんから聞いたよ」
「自主練とか色々やってたら疲れが溜まっちゃって。昨日は限界が来ちゃった感じ」
「そうだったんだ。やっぱり、高校になるとレベルが数段上になるものなの?」
「県大会で上位に行った中学校出身の生徒が多いからね。周りのレベルは高いよ。それに、一緒にレギュラーになろうって約束した子もいるし。だから、色々と焦っちゃった部分があったのかも」

 今の話は本当のことだ。入部した同級生は上手い人が多くて刺激になる。レギュラーの座は全員と争うことだ。だから、今まで以上に頑張らないと落ちてしまう、と不安になり焦るときもある。

「素人の私が言うのも何だけど、まずはバスケを楽しむべきだと思うよ。辛いことも悔しいこともあると思うけれど、楽しい気持ちさえ持っていれば、きっと乗り越えることができるんじゃないかなって思う。一緒にレギュラーを目指そうって言った子もきっと、そう思っているんじゃないかな」
「……そうかもしれないな」

 遥香は変わってないよ。私が少しでも困って悩んでいるようだと、優しく寄り添ってくれる。そんな遥香だからこそ、私はどうしても遥香のことが頭から離れなくなるんだ。今みたいに一緒にいると嬉しくなるんだ。

「遥香、手……繋いでもいいかな」

 遥香に触れたくて、勇気を出して言ってみた。

「うん、いいよ」

 遥香は嬉しそうにそう言って、彼女の方から手を繋いできた。
 てっきり、原田絢という彼女がいるから、少しは躊躇うかと思ったのに。喜ばれて向こうから手を繋いで来られると自然にこんな疑問を抱いてしまう。

 ――私のことをどう思っているの?

 手を繋ぐことってみんなに対してできることなの?
 私や美咲、原田絢のような親しい人にしかしないものなの?

 できれば、後者であってほしい。遥香にとって特別な存在であると彼女の口から言ってほしい。言ってくれると気持ちが救われるかもしれないから。

「何だか顔が赤いけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。ただ、遥香から手を掴んできたから驚いちゃっただけ」
「そっか。変わってないな、そういうところ。瑠璃ちゃんってクールに見えてあまり動じない感じだけれど、実はちょっとしたことで驚いちゃったりするよね」
「そ、そうかな……」

 当たってるよ、遥香。私のことをよく見てくれていて嬉しい。
 ちょっとのことで驚くような私だから、あなたを彼女にした原田絢に対して酷いことをしているんだよ。

「遥香」
「なあに?」
「……今夜は遥香と2人きりでいられるんだよね?」

 それが今の私の気持ちを表せる精一杯の言葉だった。とにかく、今は遥香と一緒にいたいって。
 遥香はそんな私の言葉に対して迷わず頷いた。

「2人きりだよ。私も瑠璃ちゃんと同じ気持ちだから。ひさしぶりに瑠璃ちゃんと二人きりで話したいなって思ってたから」
「……そっか。それを聞いて安心した」

 今一度、私は遥香の手を強く握った。
 今夜はずっと遥香は私のことをずっと見てくれる。それだけで安心感があって、嬉しい思いがどんどんと湧き出てくる。
 気付けば、もう遥香の家が見えていたのであった。
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