ハナノカオリ

桜庭かなめ

文字の大きさ
上 下
26 / 226
Fragrance 1-コイノカオリ-

第25話『つよがり』

しおりを挟む
 三度、ジェットコースター前のベンチに座っている。
 お昼ほどではないけど、今でも潮浜シーサイドコースターの前には長蛇の待機列ができている。さすがは人気ナンバーワンのアトラクションだ。

「どのアトラクションに行こうか、絢ちゃん」

 そのようにして声を掛けてみるも、絢ちゃんはなかなか口を開いてくれない。全てが終わったので、気分転換にどこかのアトラクションに行きたいけれど。

「……その前に、少しここで休んでもいいかな」
「うん、いいよ」

 ようやく出た言葉はそんな一言だった。
 やっぱり、さっきのことがあってか絢ちゃんに元気がない。最終的に絢ちゃんは悪くないって分かったけど、卯月さんが自殺未遂をしたことに変わりはない。そのことに今も心に深く傷ついているのだろう。
 絢ちゃんに元気づけられる言葉を掛けたいけどなかなか見つからない。
 互いに無言のまま、1時間も経ってしまったときだった。
 ――プルルッ。
 と、私のスマホの着信音が鳴る。これは電話の方だ。

「ちょっとごめんね」

 私はベンチから離れてスマホの画面を見る。すると、発信者が『香川奈央』となっている。何かあったのかと思いすぐに通話状態にする。

「奈央ちゃん、どうかしたの?」
『いや、ちょっと……2人が今どうしているか気になって』
「ジェットコースター近くのベンチで1時間ぐらいずっと座ってる。絢ちゃんやっぱり元気がなくて、どんな言葉を掛ければいいのか分からなくて……」
『そっか。やっぱり……』
「やっぱり?」
『うん。原田さんが深く落ち込んでいるかもしれないと思って、電話を掛けたの』

 どうやら、奈央ちゃんには今の絢ちゃんの状態になる心当たりがあるようだ。それ故に非常に落ち着いた口調で話している。

『原田さん、教会では怯えていたけど……決して泣かなかったよね』
「そうだね」
『きっと、遥香ちゃんを守りたい一心で。遥香ちゃんの前だけでは絶対に弱いところは見せないんだって強く思っていたんだよ。だから、絶対に泣きはしなかった』
「強い子だって思ったよ」

 泣くどころか、杏ちゃんを笑顔で励ましていた。並大抵の精神力では絶対にできることじゃないと思う。

『でも、遥香ちゃんを探している原田さんを隼人が引き留めたとき、彼女は隼人にすがって泣いてた。自分のせいで遥香ちゃんが誘拐されたんだって』
「そうだったんだ……」

 絢ちゃんの泣いている姿を見たから、奈央ちゃんは心配して電話をかけてきたんだ。

『だから……本音を聞いてあげて。片桐さんのことを通して原田さんのことをどう思ったかは関係なく、原田さんの気持ちを聞いてくれないかな。遥香ちゃんは何も言わなくてもいいから』
「分かった」

 やっぱり、奈央ちゃんは大人だな。私が1時間も声を掛けられなくて悩んでいたことを一瞬で答えを導き出してしまうんだから。

『私には……遥香ちゃんと原田さん、凄く素敵な2人だと思うよ』
「えっ?」
『遥香ちゃんは原田さんに何があっても彼女の優しさを信じ通した。そして、原田さんは遥香ちゃんを守ろうと一生懸命になった。きっと、これ以上にない……最高のカップルなんじゃないかな』
「カップルって……まだ私、告白してないんだけど」
『ご、ごめん。そうだったね。でも、そんな2人を見て……私もそんな関係になりたいなって思ったよ。フリーフォールの後に意識を失った遥香ちゃんのお兄さんと』

 お兄ちゃん、無理して乗らなくてもいいのに。昔から絶叫系が苦手だったじゃん。

「きっと、お兄ちゃんと奈央ちゃんならなれるんじゃないかな」
『……もの凄く時間がかかりそうだけどね。でも、それでもいいんだ。あいつが楽しそうなら私も幸せだし。一緒にならもっとね。好きになるってそういうことじゃないかって思ってる』
「凄く素敵だと思うよ、それ」
『まあ、他の女子と楽しそうだとちょっと妬いちゃうけどね』
「私と同じだ。もう、何度も経験してる」
『……こんな話が盛り上がるなんて、お互いに恋をしている女子だね』
「そうだね」
『あっ、隼人が意識を取り戻しそうだから電話切るね。原田さんのこと……元気にしてあげて。それができるのは遥香ちゃんしかいないから』
「もちろんだよ。じゃあね」
『うん、またね』

 通話を切り、私は絢ちゃんの座っているベンチに戻る。
 絢ちゃんは依然として俯いたままだった。
 私が絢ちゃんを元気にしないと。そのためには彼女の話をしっかりと聞きたい。彼女の本音をきちんと受け止めたい。だから、私は、

「絢ちゃん、あそこに行かない?」

 ある場所に行くことを決めた。
 そう、潮浜シャンサインランドの名物の1つと言われている大観覧車。
 最高点の高さが150メートルと国内最大規模で、乗車時間も30分と他の遊園地の観覧車よりも断トツに長い。また、観覧車から見える遊園地全体の景色と海の景色が綺麗と評判とのこと。

「絢ちゃんの行きたいアトラクションは2つ行ったでしょ? でも、私の行きたいところは……まだ1つだけなんだよね」
「……そういえば、そうだったね」
「フリーフォールの時に見た海の景色がもう一度見たいの。それに……観覧車の中だったら2人きりでゆっくり話せると思うよ。30分も乗っているわけだし」

 私にできることは絢ちゃんに話しやすい環境を作ることだけだ。やっぱり、本音を話すときには2人で落ち着いて話せる場所の方がいいと思い観覧車に行こうと決めた。
 絢ちゃんは少しの間黙っていたけど、

「……行こうか」

 そっと微笑みながら言った。その微笑みは必死に作っているように見える。奈央ちゃんの言う通り、強い自分を見せようとしているからなのかな。
 私は絢ちゃんの手を引いて、観覧車に向かうのであった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

ダメな君のそばには私

蓮水千夜
恋愛
ダメ男より私と付き合えばいいじゃない! 友人はダメ男ばかり引き寄せるダメ男ホイホイだった!? 職場の同僚で友人の陽奈と一緒にカフェに来ていた雪乃は、恋愛経験ゼロなのに何故か恋愛相談を持ちかけられて──!?

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

報われない恋の育て方

さかき原枝都は
恋愛
片想いってどこまで許してもらえるの? フラれるのわかっていながら告る。 これほど空しいものはないが、告ることで一区切りをつけたい。 ……であっさりフラれて一区切り。て言う訳にもいかず。何の因果か、一緒に住むことに。 再アタックもいいがその前に、なぜかものすごく嫌われてしまっているんですけど。 何故? ただ不思議なことに振られてから言い寄る女の子が出始めてきた。 平凡な単なる高校2年生。 まぁー、確かに秘密の関係であるおねぇさんもいたけれど、僕の取り巻く環境は目まぐるしく変わっていく。 恋愛関係になるのは難しいのか、いや特別に難しい訳じゃない。 お互い好きであればそれでいいんじゃないの? て、そう言うもんじゃないだろ! キスはした、その先に彼女たちは僕を引き寄せようとするけれど、そのまま流されてもいいんだろうか? 僕の周りにうごめく片想い。 自分の片想いは……多分報われない恋何だろう。 それでも……。彼女に対する思いをなくしているわけじゃない。 およそ1年半想いに思った彼女に告白したが、あっさりとフラれてしまう笹崎結城。 彼女との出会いは高校の入学直前の事だった。とある防波堤に迷いたどり着いたとき聞こえてきたアルトサックスの音色。その音色は僕の心を一瞬に奪ってしまった。 金髪ハーフの可愛い女の子。 遠くから眺めるだけの触れてはいけない僕の妖精だった。 そんな彼女が同じ高校の同学年であることを知り、仲良くなりたいと思う気持ちを引きずった1年半。 意を決して告ったら、あっさりとフラれてしまった。汗(笑)! そして訪れた運命という試練と悪戯によって、僕はフラられたあの彼女と共に暮らすことになった。 しかし、彼女は僕の存在は眼中にはなかった。 そして僕の知らない彼女の傷ついた過去の秘密。だからあの時彼女は泣き叫び、その声を天に届けさせたかったんだ。 自分じゃ気が付いていないんだけど、意外と僕ってモテたりしている? 女の片想いが、ふんわりと周りに抱き着くように僕の体にまとう。 本命は恵美なんだ。たとえフラれても……本命は彼女しかいない。 だが、その道は険しく脈どころか糸口さえ見いだせない。 彼女にかかわるとともに、僕の周りに近づく女性たち。 あれ? 実は僕、意外とモテていたりする? 気づかないのは本人のみ。 向かう先は叶わぬ恋。受け入れる思いはなぜか散っていく。 頑張る矛先を変えれば実るかも。 でも、たとえ叶わぬ恋でも想いたい。 なぁ、愛するっていったいどうしたらいいんだろ? 誰か教えてくれない? unrequited love(片思い)ってなんか悲しいんだけど!!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

かわいいわたしを

丘多主記
恋愛
奈々は、王子様のようにかっこよくて、女の子にモテる女子高生 そんな奈々だけど、実はかわいいものが大好きで、王子様とは真逆のメルヘンティックな女の子 だけど、奈々は周りにそれを必死に隠していてる。 そんな奈々がある日、母親からもらったチラシを手に、テディベアショップに行くと、後輩の朱里(あかり)と鉢合わせしてしまい…… 果たして、二人はどんな関係になっていくのか。そして、奈々が本性を隠していた理由とは! ※小説家になろう、ノベルアップ+、Novelismでも掲載しています。また、ツギクルにリンクを載せています

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

わたしと彼女の●●●●●●な関係

悠生ゆう
恋愛
とある会社のとある社員旅行。 恋人(女性)との仲がうまくいていない後輩(女性)と、恋人(男性)からプロポーズされた先輩(女性)のお話。 そして、その旅行の後……

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

処理中です...