2 / 226
Fragrance 1-コイノカオリ-
第1話『恋心』
しおりを挟む
4月17日、水曜日。
私が私立天羽女子高等学校に入学してから2週間近くが経った。オリエンテーション期間も終わって、授業も始まっている。今はまだ、先生の自己紹介っていう教科が多いからまだ楽だけど。
天羽女子は鏡原市の中心部にある女子校。地元にあるので迷わずこの高校に進学しようと決め、必死に受験勉強をして何とか入学することができた。
女子校だから、もちろんクラスには女子しかいない。色々な子がいて面白いし、女子だけだからか不思議な安心感がある。
「ハル、一緒にお昼食べようよ」
「うん、そうだね」
私の席の前までやってきて、私をハルと呼ぶ女の子は、片桐杏《かたぎりあんず》ちゃん。高校に入学して初めてできた私の友達。名前の通り、杏の花のように赤い髪が特徴的で、ツインテールの髪型が可愛くてとても似合っている。
あと、私よりも背が小さいからか妹みたいでとても可愛い。
「今、凄く失礼なことを考えてなかった?」
「ううん、そんなことないよ。小さくてとても可愛いなって」
「ち、小さいって身長のこと? それとも胸?」
「え、ええと……」
正直、どっちも小さいと思うよ。お世辞でも大きいとは言えないかも。でも、正直にどっちも小さいって言えないし、どうしよう。
私が返答に困っていると、杏ちゃんは頬を膨らませて、
「何も言えないってことはどっちも小さいって思ってるんでしょ! 今でも毎日、朝と夜に牛乳飲んでるのにどうして効果が出ないんだろう。無駄なのかな」
「そんなことないよ。効果がまだ出てないだけじゃない?」
「まだ、出てないだけか……」
「そうそう。まだ、出てないんだよ。それに、継続は力なりって言うし、きっと色々な所が大きくなっていくよ!」
「……そう考えたら何だか元気が出てきた!」
良かった、元気になって。
杏ちゃんのいいところは普段から明るいこと。何かあっても、すぐにまた元気になって笑顔を見せてくれる。そんな彼女はクラスのムードメーカー的存在で、同時に妹キャラとして可愛がられている。
そんな彼女とすぐに友達になったのが功を奏したのか、クラスの半分以上の女子と友達になってスマホの番号とメアドを交換し合うことができた。
きっと、彼女がいなかったら友達……そこまで多くできなかったんじゃないかな。特技とかもないし。生まれつき髪の色が明るい茶色だということが唯一の特徴だし。
「そういえば、何だか甘い香りがするんだけど。杏ちゃん、香水でもつけてる?」
「うん、手首にちょっとだけ。その香水には杏の花のエキスが入ってる」
「まさに杏ちゃんの香りだ」
甘い蜂蜜のような香りが、杏ちゃんの手首から漂ってくる。
「何かあったんですか? 凄く盛り上がっていましたけど」
私と杏ちゃんのところにやってきて、落ち着いた口調で話しかけてくる女の子は広瀬美咲ちゃん。艶やかな黒いロングヘアが印象的な子。背も高くて羨ましいくらいにスタイルがいい。美咲ちゃんとは小学校の時からの友達で、クラスの中ではもちろん付き合いが一番長い女の子。
ちなみに、美咲ちゃんはどんな人に対しても基本は敬語で話す。本人曰く、敬語の方が自然と話せるらしい。これも立派なお嬢様だからかなぁ。美咲ちゃんの家は日本有数の建設会社を運営していて、彼女のお父さんが社長さん。
「ああ、別にサキには一生縁のないことだよ」
杏ちゃんは美咲ちゃんの豊満な胸をじっと見ながら言う。確かに、杏ちゃんの悩みって絶対に美咲ちゃんには縁のないことだね。
「どういうことですか……それって」
「その大きな胸に聞いてみなさい!」
「い、いきなりそんなことを言われても困りますよ! ねえ、遥香ちゃん。杏ちゃん、どうしちゃったんですか?」
「ええと……女の子の抱える切実な悩みについて語っていただけだよ。美咲ちゃんは何も悪くないよ」
「それならいいですけど……」
考えてみれば、杏ちゃんと美咲ちゃんって色々と正反対だよね。身長や背のこともそうだけど、性格もまるで違う。杏ちゃんは活発的で子供らしいところがあるけど、美咲ちゃんは落ち着いていて大人しい。
「それよりも、お昼ご飯……3人で一緒に食べましょう?」
「そうだね、美咲ちゃん」
気づいたら、昼食は杏ちゃんと美咲ちゃんと3人で食べることが習慣になっていた。それも、決まって窓側にある私の机を囲んで。
前は大勢で賑わいながら食べるのが好きだったけど、今はこの2人とアットホームな雰囲気で食べることの方が断然好きになった。気兼ねなく話せるから、かな。
「こうなったら、サキの昼ご飯から何を食えば胸が大きくなるのか研究してやる!」
「私、そんなことを意識して食べていないですよ」
「くっ! さすがに胸の大きい奴の言うことは違う……」
こんな風にね。
周りを見ると、私達みたいに何人か集まってお昼ご飯を食べている子もいる。だけど、そんな子はクラスの3分の1もいない。
クラスの3分の2くらいの子はある女子の周りに集まっていた。休み時間になると、その女子の周りから黄色い悲鳴が絶えず聞こえてくる。
その女子の名前は、原田絢さん。
入学式の日、教室に行けずに困っていたところを助けてくれた女の子のことだ。
つまり、私の好きになった人は超人気者ってこと。
原田さんはスポーツ推薦で天羽女子に入学し、全国大会でも優秀な成績を持つ陸上部に所属している。得意な種目は短距離走と中距離走らしい。
さっぱりとした性格で、何時でも爽やかな微笑みを見せる。端正な顔立ちとボーイッシュな話し方が良いらしく、それ故に『王子様』と称されることが多い。彼女はクラスの中で1番背が高いし、王子様って言いたくなるのは分かるかも。
原田さんの人気はクラスだけでなく1年生全体に広がっている。また、陸上部を通して上級生にも好意を持たれているらしい。
うううっ、私の恋敵……多すぎだよ。
「ハル、また原田さんのこと見てる」
「そうですね。遥香ちゃん、入学式の翌日から度々見ていますよね」
「ふえっ! え、ええと……」
原田さんを見ていると杏ちゃんと美咲ちゃんに指摘され、頬が途端に熱くなる。
だって、原田さんが他の女の子と仲良く喋っているのを見ると、胸が苦しくなるんだもん。気になって仕方ないよ。
「原田さんのことが好きなのがバレバレだよ?」
杏ちゃんが意地悪そうに笑いながら言ってくる。可愛いから許すけど、これが男子だったら頭でも叩いていたと思う。
「あんなにいるんだから、ハルだって行ってくればいいのに」
「……行けたら苦労しないよ」
私は原田さんに恋をしている。
でも、その気持ちを表現することがなかなかできない。
杏ちゃんや美咲ちゃんに原田さんのことが好きだって言えるのは2人が気づいたからであって、自分から打ち明けたわけじゃない。
もっと、気持ちを言葉に乗せることができたらどれだけ楽になるだろう、って度々思っている。そうすれば、原田さんが私へ振り向いてくれるかもしれないのに。
「そういえば、2人って原田さんのこと……全然興味がなさそうに思えるけど。そこのところって実際はどうなの?」
杏ちゃんと美咲ちゃんが一度も原田さんの周りに行ったところを見たことがない。それどころか、原田さんのことを話題にしてきたことさえない。それに、何時も他の子のことをニックネームで呼ぶ杏ちゃんが『原田さん』って呼んでいるから、余計に気になってしまう。
「別にあたしは興味ないけど。足の速い女子なんていくらでもいると思ってるし。人気があるのは分かるけどね」
「私もあまり興味はありませんね」
好きな人のことを興味がないと実際に言われると少し腹が立つけど、それと同時にほっとしてしまう。
「それに、私は……」
美咲ちゃんは両手の指を絡ませて、ちらちらと私のことを見てくる。
「すぐ目の前に、原田さんとは比べものにならないくらいに魅力的な人がいますから。小学生のときからずっと一緒にいる」
「美咲ちゃん……」
「だから、原田さんをずっと見ている遥香ちゃん嫉妬しちゃっています」
頬を赤くして、美咲ちゃんは私にそう言った。
本当に美咲ちゃんは友達想いの子だなぁ。嫉妬してくれるほどに、私のことを友達として大切に思ってくれているみたい。
「たとえ私が原田さんの彼女になっても、美咲ちゃんの親友に変わりないよ。もちろん、杏ちゃんとも親友だよ」
杏ちゃんと美咲ちゃんの手をそっと掴み、そう言った。
「原田さんの周りにも行けないでそんなことを言うなんてね」
「だ、だって……好きなんだもん。彼女になりたい気持ちはあるよ」
「はいはい、分かったって。でも、嬉しいよ。あたしもハルとサキは大切な親友だって思ってるよ」
「私も同じです」
高校に入学して友達ができるかどうか最初こそは不安だったけど、小学校から一緒の美咲ちゃんが心の支えになって、杏ちゃんという新しい親友ができた。好きな人もできたし私は恵まれていると思う。
その好きな人……原田さんともっと近づけるように頑張らないと。
「じゃあ、ちょっとシミュレーションでもしてみよっか」
杏ちゃんはちょっと意地悪そうな笑みを浮かべながら、そんなことを言ってくる。
「えっ? 何のシミュレーション?」
「原田さんと話すシミュレーションだって。少しでもやっておけば、実際に話すときに緊張しなくなると思うよ?」
杏ちゃんがこんな提案をしてくるのは、彼女には七色の声を出す力があるから。自己紹介のときに、担任の先生の声をそっくりそのまま真似したときには驚いた。小さい頃から他の人の真似をするのが好きだったらしく、気づいたら全く同じ声が出せていたらしい。努力の賜物だ。
その力は凄く、一度でも耳にした声は正確に再現できるらしい。だから、クラスメイトである原田さんの声はもちろん容易に出せるというのだ。
「いいですね。さっそくやってみましょう!」
「ど、どうして美咲ちゃんまで乗り気なの? でも、やるならちょっと待って! 私、まだ心の準備ができてないから!」
原田さんの声が聞こえるだけで胸が高鳴るのに。杏ちゃんの能力は本当に凄いから、本物だと思って気を乱しそう。
2人とも協力してくれるのは嬉しいけど、最初から本格的すぎるよ。
「ほらほら、目を瞑って。シミュレーションするから」
「う、うん……」
私は杏ちゃんに指示されるままに、目を静かに閉じていく。
杏ちゃんが言うんだって分かっているのに、凄くドキドキしてきた。どんな言葉をかけてくるんだろう?
「ひゃうっ」
右手に温かくて柔らかい感触が伝わってくる。杏ちゃんが手を添えているのかな。
『遥香』
原田さんの声で、私のことを呼んでくる。心臓の鼓動が一気に早くなった。そうなるのも杏ちゃんの手が触れているからだと思う。
「は、はい……」
『私、遥香のことが好きだよ。ずっと一緒にいたい。だから、結婚しよう』
単なるシミュレーションなのに。
今の声の主が杏ちゃんだって分かっているのに。
それでも、本能では原田さんの声だと認識して……だから、凄く興奮して。気分が有頂天になっちゃって。だって、原田さんの顔が浮かんじゃったんだもん。
「わ……私も同じことを思ってたの! だから、これからも末永くよろしくお願いしましゅうううっ!」
気づけば、そんなことを言ってしまっていた。
そして、目を開けると私の方に視線を向けたクラスメイト全員の顔が待っていた。もちろん、原田さんも私のことを見ていた。
「もしかして、今の私が言ったこと……」
「……うん、物凄く大きな声で叫んでた。噛んじゃった部分も」
杏ちゃんは苦笑いをして、ただそう言う。
あまりにも杏ちゃんの能力が凄すぎて、私は完全にシミュレーションに溺れていた。だからこそ、現実に戻った今……勢い良く叫んでしまったことが凄く恥ずかしい。全身が熱くなっていく。
「ふええっ!」
恥ずかしすぎて。誰にも今のことで触れられたくなくて。私は机に突っ伏す。
坂井さんって可愛いね、って声がたくさん聞こえるけど、そんなことで顔を上げる元気は取り戻せなかった。
きっと、原田さんに……変な子だって思われた。凄く泣きたい。
こんなことじゃ、原田さんに話しかける勇気を持つどころか、ますます自信がなくなっちゃったよ。今のことで笑われるんじゃないかって不安しかない。理由は絶対に言えないし。
杏ちゃんや美咲ちゃんが悪くないことは分かっているのに、私は2人の謝罪や慰めに何も返事をすることができなかったのであった。
私が私立天羽女子高等学校に入学してから2週間近くが経った。オリエンテーション期間も終わって、授業も始まっている。今はまだ、先生の自己紹介っていう教科が多いからまだ楽だけど。
天羽女子は鏡原市の中心部にある女子校。地元にあるので迷わずこの高校に進学しようと決め、必死に受験勉強をして何とか入学することができた。
女子校だから、もちろんクラスには女子しかいない。色々な子がいて面白いし、女子だけだからか不思議な安心感がある。
「ハル、一緒にお昼食べようよ」
「うん、そうだね」
私の席の前までやってきて、私をハルと呼ぶ女の子は、片桐杏《かたぎりあんず》ちゃん。高校に入学して初めてできた私の友達。名前の通り、杏の花のように赤い髪が特徴的で、ツインテールの髪型が可愛くてとても似合っている。
あと、私よりも背が小さいからか妹みたいでとても可愛い。
「今、凄く失礼なことを考えてなかった?」
「ううん、そんなことないよ。小さくてとても可愛いなって」
「ち、小さいって身長のこと? それとも胸?」
「え、ええと……」
正直、どっちも小さいと思うよ。お世辞でも大きいとは言えないかも。でも、正直にどっちも小さいって言えないし、どうしよう。
私が返答に困っていると、杏ちゃんは頬を膨らませて、
「何も言えないってことはどっちも小さいって思ってるんでしょ! 今でも毎日、朝と夜に牛乳飲んでるのにどうして効果が出ないんだろう。無駄なのかな」
「そんなことないよ。効果がまだ出てないだけじゃない?」
「まだ、出てないだけか……」
「そうそう。まだ、出てないんだよ。それに、継続は力なりって言うし、きっと色々な所が大きくなっていくよ!」
「……そう考えたら何だか元気が出てきた!」
良かった、元気になって。
杏ちゃんのいいところは普段から明るいこと。何かあっても、すぐにまた元気になって笑顔を見せてくれる。そんな彼女はクラスのムードメーカー的存在で、同時に妹キャラとして可愛がられている。
そんな彼女とすぐに友達になったのが功を奏したのか、クラスの半分以上の女子と友達になってスマホの番号とメアドを交換し合うことができた。
きっと、彼女がいなかったら友達……そこまで多くできなかったんじゃないかな。特技とかもないし。生まれつき髪の色が明るい茶色だということが唯一の特徴だし。
「そういえば、何だか甘い香りがするんだけど。杏ちゃん、香水でもつけてる?」
「うん、手首にちょっとだけ。その香水には杏の花のエキスが入ってる」
「まさに杏ちゃんの香りだ」
甘い蜂蜜のような香りが、杏ちゃんの手首から漂ってくる。
「何かあったんですか? 凄く盛り上がっていましたけど」
私と杏ちゃんのところにやってきて、落ち着いた口調で話しかけてくる女の子は広瀬美咲ちゃん。艶やかな黒いロングヘアが印象的な子。背も高くて羨ましいくらいにスタイルがいい。美咲ちゃんとは小学校の時からの友達で、クラスの中ではもちろん付き合いが一番長い女の子。
ちなみに、美咲ちゃんはどんな人に対しても基本は敬語で話す。本人曰く、敬語の方が自然と話せるらしい。これも立派なお嬢様だからかなぁ。美咲ちゃんの家は日本有数の建設会社を運営していて、彼女のお父さんが社長さん。
「ああ、別にサキには一生縁のないことだよ」
杏ちゃんは美咲ちゃんの豊満な胸をじっと見ながら言う。確かに、杏ちゃんの悩みって絶対に美咲ちゃんには縁のないことだね。
「どういうことですか……それって」
「その大きな胸に聞いてみなさい!」
「い、いきなりそんなことを言われても困りますよ! ねえ、遥香ちゃん。杏ちゃん、どうしちゃったんですか?」
「ええと……女の子の抱える切実な悩みについて語っていただけだよ。美咲ちゃんは何も悪くないよ」
「それならいいですけど……」
考えてみれば、杏ちゃんと美咲ちゃんって色々と正反対だよね。身長や背のこともそうだけど、性格もまるで違う。杏ちゃんは活発的で子供らしいところがあるけど、美咲ちゃんは落ち着いていて大人しい。
「それよりも、お昼ご飯……3人で一緒に食べましょう?」
「そうだね、美咲ちゃん」
気づいたら、昼食は杏ちゃんと美咲ちゃんと3人で食べることが習慣になっていた。それも、決まって窓側にある私の机を囲んで。
前は大勢で賑わいながら食べるのが好きだったけど、今はこの2人とアットホームな雰囲気で食べることの方が断然好きになった。気兼ねなく話せるから、かな。
「こうなったら、サキの昼ご飯から何を食えば胸が大きくなるのか研究してやる!」
「私、そんなことを意識して食べていないですよ」
「くっ! さすがに胸の大きい奴の言うことは違う……」
こんな風にね。
周りを見ると、私達みたいに何人か集まってお昼ご飯を食べている子もいる。だけど、そんな子はクラスの3分の1もいない。
クラスの3分の2くらいの子はある女子の周りに集まっていた。休み時間になると、その女子の周りから黄色い悲鳴が絶えず聞こえてくる。
その女子の名前は、原田絢さん。
入学式の日、教室に行けずに困っていたところを助けてくれた女の子のことだ。
つまり、私の好きになった人は超人気者ってこと。
原田さんはスポーツ推薦で天羽女子に入学し、全国大会でも優秀な成績を持つ陸上部に所属している。得意な種目は短距離走と中距離走らしい。
さっぱりとした性格で、何時でも爽やかな微笑みを見せる。端正な顔立ちとボーイッシュな話し方が良いらしく、それ故に『王子様』と称されることが多い。彼女はクラスの中で1番背が高いし、王子様って言いたくなるのは分かるかも。
原田さんの人気はクラスだけでなく1年生全体に広がっている。また、陸上部を通して上級生にも好意を持たれているらしい。
うううっ、私の恋敵……多すぎだよ。
「ハル、また原田さんのこと見てる」
「そうですね。遥香ちゃん、入学式の翌日から度々見ていますよね」
「ふえっ! え、ええと……」
原田さんを見ていると杏ちゃんと美咲ちゃんに指摘され、頬が途端に熱くなる。
だって、原田さんが他の女の子と仲良く喋っているのを見ると、胸が苦しくなるんだもん。気になって仕方ないよ。
「原田さんのことが好きなのがバレバレだよ?」
杏ちゃんが意地悪そうに笑いながら言ってくる。可愛いから許すけど、これが男子だったら頭でも叩いていたと思う。
「あんなにいるんだから、ハルだって行ってくればいいのに」
「……行けたら苦労しないよ」
私は原田さんに恋をしている。
でも、その気持ちを表現することがなかなかできない。
杏ちゃんや美咲ちゃんに原田さんのことが好きだって言えるのは2人が気づいたからであって、自分から打ち明けたわけじゃない。
もっと、気持ちを言葉に乗せることができたらどれだけ楽になるだろう、って度々思っている。そうすれば、原田さんが私へ振り向いてくれるかもしれないのに。
「そういえば、2人って原田さんのこと……全然興味がなさそうに思えるけど。そこのところって実際はどうなの?」
杏ちゃんと美咲ちゃんが一度も原田さんの周りに行ったところを見たことがない。それどころか、原田さんのことを話題にしてきたことさえない。それに、何時も他の子のことをニックネームで呼ぶ杏ちゃんが『原田さん』って呼んでいるから、余計に気になってしまう。
「別にあたしは興味ないけど。足の速い女子なんていくらでもいると思ってるし。人気があるのは分かるけどね」
「私もあまり興味はありませんね」
好きな人のことを興味がないと実際に言われると少し腹が立つけど、それと同時にほっとしてしまう。
「それに、私は……」
美咲ちゃんは両手の指を絡ませて、ちらちらと私のことを見てくる。
「すぐ目の前に、原田さんとは比べものにならないくらいに魅力的な人がいますから。小学生のときからずっと一緒にいる」
「美咲ちゃん……」
「だから、原田さんをずっと見ている遥香ちゃん嫉妬しちゃっています」
頬を赤くして、美咲ちゃんは私にそう言った。
本当に美咲ちゃんは友達想いの子だなぁ。嫉妬してくれるほどに、私のことを友達として大切に思ってくれているみたい。
「たとえ私が原田さんの彼女になっても、美咲ちゃんの親友に変わりないよ。もちろん、杏ちゃんとも親友だよ」
杏ちゃんと美咲ちゃんの手をそっと掴み、そう言った。
「原田さんの周りにも行けないでそんなことを言うなんてね」
「だ、だって……好きなんだもん。彼女になりたい気持ちはあるよ」
「はいはい、分かったって。でも、嬉しいよ。あたしもハルとサキは大切な親友だって思ってるよ」
「私も同じです」
高校に入学して友達ができるかどうか最初こそは不安だったけど、小学校から一緒の美咲ちゃんが心の支えになって、杏ちゃんという新しい親友ができた。好きな人もできたし私は恵まれていると思う。
その好きな人……原田さんともっと近づけるように頑張らないと。
「じゃあ、ちょっとシミュレーションでもしてみよっか」
杏ちゃんはちょっと意地悪そうな笑みを浮かべながら、そんなことを言ってくる。
「えっ? 何のシミュレーション?」
「原田さんと話すシミュレーションだって。少しでもやっておけば、実際に話すときに緊張しなくなると思うよ?」
杏ちゃんがこんな提案をしてくるのは、彼女には七色の声を出す力があるから。自己紹介のときに、担任の先生の声をそっくりそのまま真似したときには驚いた。小さい頃から他の人の真似をするのが好きだったらしく、気づいたら全く同じ声が出せていたらしい。努力の賜物だ。
その力は凄く、一度でも耳にした声は正確に再現できるらしい。だから、クラスメイトである原田さんの声はもちろん容易に出せるというのだ。
「いいですね。さっそくやってみましょう!」
「ど、どうして美咲ちゃんまで乗り気なの? でも、やるならちょっと待って! 私、まだ心の準備ができてないから!」
原田さんの声が聞こえるだけで胸が高鳴るのに。杏ちゃんの能力は本当に凄いから、本物だと思って気を乱しそう。
2人とも協力してくれるのは嬉しいけど、最初から本格的すぎるよ。
「ほらほら、目を瞑って。シミュレーションするから」
「う、うん……」
私は杏ちゃんに指示されるままに、目を静かに閉じていく。
杏ちゃんが言うんだって分かっているのに、凄くドキドキしてきた。どんな言葉をかけてくるんだろう?
「ひゃうっ」
右手に温かくて柔らかい感触が伝わってくる。杏ちゃんが手を添えているのかな。
『遥香』
原田さんの声で、私のことを呼んでくる。心臓の鼓動が一気に早くなった。そうなるのも杏ちゃんの手が触れているからだと思う。
「は、はい……」
『私、遥香のことが好きだよ。ずっと一緒にいたい。だから、結婚しよう』
単なるシミュレーションなのに。
今の声の主が杏ちゃんだって分かっているのに。
それでも、本能では原田さんの声だと認識して……だから、凄く興奮して。気分が有頂天になっちゃって。だって、原田さんの顔が浮かんじゃったんだもん。
「わ……私も同じことを思ってたの! だから、これからも末永くよろしくお願いしましゅうううっ!」
気づけば、そんなことを言ってしまっていた。
そして、目を開けると私の方に視線を向けたクラスメイト全員の顔が待っていた。もちろん、原田さんも私のことを見ていた。
「もしかして、今の私が言ったこと……」
「……うん、物凄く大きな声で叫んでた。噛んじゃった部分も」
杏ちゃんは苦笑いをして、ただそう言う。
あまりにも杏ちゃんの能力が凄すぎて、私は完全にシミュレーションに溺れていた。だからこそ、現実に戻った今……勢い良く叫んでしまったことが凄く恥ずかしい。全身が熱くなっていく。
「ふええっ!」
恥ずかしすぎて。誰にも今のことで触れられたくなくて。私は机に突っ伏す。
坂井さんって可愛いね、って声がたくさん聞こえるけど、そんなことで顔を上げる元気は取り戻せなかった。
きっと、原田さんに……変な子だって思われた。凄く泣きたい。
こんなことじゃ、原田さんに話しかける勇気を持つどころか、ますます自信がなくなっちゃったよ。今のことで笑われるんじゃないかって不安しかない。理由は絶対に言えないし。
杏ちゃんや美咲ちゃんが悪くないことは分かっているのに、私は2人の謝罪や慰めに何も返事をすることができなかったのであった。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
ダメな君のそばには私
蓮水千夜
恋愛
ダメ男より私と付き合えばいいじゃない!
友人はダメ男ばかり引き寄せるダメ男ホイホイだった!?
職場の同僚で友人の陽奈と一緒にカフェに来ていた雪乃は、恋愛経験ゼロなのに何故か恋愛相談を持ちかけられて──!?
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
かわいいわたしを
丘多主記
恋愛
奈々は、王子様のようにかっこよくて、女の子にモテる女子高生
そんな奈々だけど、実はかわいいものが大好きで、王子様とは真逆のメルヘンティックな女の子
だけど、奈々は周りにそれを必死に隠していてる。
そんな奈々がある日、母親からもらったチラシを手に、テディベアショップに行くと、後輩の朱里(あかり)と鉢合わせしてしまい……
果たして、二人はどんな関係になっていくのか。そして、奈々が本性を隠していた理由とは!
※小説家になろう、ノベルアップ+、Novelismでも掲載しています。また、ツギクルにリンクを載せています
わたしと彼女の●●●●●●な関係
悠生ゆう
恋愛
とある会社のとある社員旅行。
恋人(女性)との仲がうまくいていない後輩(女性)と、恋人(男性)からプロポーズされた先輩(女性)のお話。
そして、その旅行の後……
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる