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後日談
第2話『コエ』
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葵のことで家に来たことを告げると、意外だったのか萌ちゃんは目をぱちくりさせた。
「葵ちゃんのことを話したい?」
「うん。ここ最近になって、葵の声を聞いた人が多いみたいで。それで、葵の亡霊がやってきたって騒がれているらしくて……」
亡霊という言葉に何か心当たりがあるらしく、萌ちゃんはうんうんと頷く。
「私もその話は何度か聞いたことがあります。実際に葵ちゃんの声は聞いたことはありませんけど……」
「そっか」
さすがに噂については知っていたか。でも、葵の声は聞いていないのか。真っ先に行きそうな気がするんだけどな。
『うふふっ……』
あれ、笑い声が聞こえた気がしたけれど、聞き間違いかな?
「ねえ、真守。何か笑い声が聞こえなかった?」
「お嬢様も聞こえましたか」
まさかとは思うけれどこの声の正体って、
「葵、なのか……?」
俺がそう問いかけると、さっきの笑い声が再び聞こえてくる。その声は段々と大きくなって、はっきりと葵だと分かった。
『葵だよ。真守お兄ちゃん……』
葵の声で俺の名前を言っている。
まさか、こんなにはっきりと葵の声が聞こえるなんて。こういう声を何人もの人が聞いてきたのか? それなら葵の亡霊がこの世に降りてきたと噂されるのは納得だ。
「葵ちゃんなの? 本当に葵ちゃんなの?」
『そうだよ。萌ちゃん』
ほとんど間を置かずに、萌ちゃんの問いに葵の声が答える。久しぶりに萌ちゃんと会って、葵の話をするから……本当に葵の亡霊がやってきたっていうのか?
「噂を聞いてから初めて葵ちゃんの声を聞いたよ……!」
「これ、葵ちゃんの声だよ! 間違いないって! 懐かしい……」
葵の声が聞こえたことで、萌ちゃんと未来は嬉しそうにしている。
それに対してお嬢様、都築さん、桜さんは青ざめた表情で互いに身を寄せ合っている。葵との関係性の濃さによって反応が分かれているな。
「亡霊の声ってこんなにはっきりと聞こえるものなの?」
「そうよね、由衣……」
あまりに怖いのか、お嬢様と都築さんは抱きしめ合っている。
お嬢様の言うとおり、亡霊の声という割にははっきりと聞こえている。俺にとってこういう声って、耳を澄ましてようやく聞こえるイメージがある。今の聞こえ方だと、まるでこの世に葵がいて、どこかから喋っているように思える。
「う、ううっ……」
気付けば、桜さんが俺の右手をぎゅっと掴んでいた。
「もしかして、桜さん……怖いんですか?」
「当たり前だ! 大人になっても怖いものは怖いんだ!」
桜さんは涙目になってそう言う。刑事だからこういう類いのことは平気だと思っていたんだけど。意外と可愛らしいところもあるんだな。
しかし、こういう風に女性に手を握られても全然動じなくなった。女性恐怖症を再発することはもうなさそうだなと思った。
『真守お兄ちゃん。会いたかったよ。うふふっ……』
「どうやら、真守さんに会いたくて葵ちゃんがここに来たんですね……」
萌ちゃんがそう言う。
おそらく、その言葉の通り、葵の霊は俺に会うためにここに来ているのだろう。ここまではっきりとした声なのだから、その想いはかなり強いものだと分かる。
「真守は怖くないの?」
「俺は特に何とも。ただ、敢えて言うなら……不思議な感覚ですね。こんなにはっきりと葵の声が聞こえると、懐かしさと違和感が混在しているというか。お嬢様は怖いですか?」
「当たり前じゃない!」
そこまできっぱり言われると、兄として複雑な気持ちになる。葵が嫌われているような気がして。霊といってもたった1人の妹だし。
「こんなにはっきりと葵ちゃんの声が聞こえるんだから、姿を見せてくれればいいのに。きっと、女の子っぽくなっているんだろうなぁ」
「そうでしょうね。私も葵ちゃんに会ってみたいです」
葵と親交があった未来と萌ちゃんがそう言ってくれるのは嬉しい。もし、生きていれば中学2年生だ。未来の言う通り、葵もきっと萌ちゃんと同じく女の子っぽくなっていると思う。俺も葵に会ってみたい。
そんな想いとは裏腹に、段々と葵の声が聞こえなくなっていく。満足してどこかに行ってしまったのだろうか。
「葵ちゃん、いなくなってしまいましたね」
「そうみたいだね」
「……落ち着いたことですし、私……紅茶を淹れてきますね。みなさんはゆっくりしていてください」
そう言って、萌ちゃんはキッチンの方に向かった。
「まさか、こんなタイミングで妹さんの声が聞こえるなんて……」
今もなお、お嬢様は青白い顔をしている。それは都築さんや桜さんも一緒だった。葵の声が聞こえたのがそこまで怖かったのか。
「葵も話に入りたかったのかもしれませんね」
寂しがり屋な部分もあったからな。小学生でまだ幼かったこともあってか、家の中では俺や兄さんと一緒だったことが多かった。
『その通りだよ。真守お兄ちゃん』
「きゃあああっ!」
不意にまた葵の声が聞こえたので、さっきから怖がっているお嬢様、都築さん、桜さん大きな声を出して俺にしがみついてくる。
「葵、帰ったんじゃなかったのか?」
『そんなわけないって。私は真守お兄ちゃんとずっと一緒にいたいと思ってるよ?』
さっきまでは、一方的に俺に会いたいということばかり話していた。だけど、今は……俺と会話をしている。
『昔は萌や未来ちゃんぐらいだったのになぁ。お兄ちゃんはかっこいいから、九条さんや都築さんまで引き付けちゃって。おまけに、大人な日向さんまで』
まるで、本当にどこかから俺達のことを見ているように思える。本当に何が起こっているんだ?
「……何が言いたい? 葵」
こんな声色で葵が話すことはなかった。俺には葵が亡くなった後に出会ったお嬢様達の存在を否定しているように聞こえた。
『……別に何もないよ、お兄ちゃん。モテモテだなぁって思っただけ』
「そうか……」
そんな風には聞こえなかったけどな。
『萌と未来ちゃんが会いたいって言ってくれたのは嬉しいけど、私……死んじゃっているから会いに行けないんだよね。それに、私のことを怖がっている人もいるし、それでいいんじゃないかなぁ』
「そっかぁ。ちょっと残念」
未来は言葉通り残念そうな表情を浮かべる。
ここまでちゃんとした会話をされると、誰かが別の場所から葵の声を真似て喋っているんじゃないかと思ってしまう。このあまりにもリアルな声の正体は何なんだ。
『ただ、ひさしぶりにお兄ちゃん達と話せて嬉しかったよ。じゃあね』
それ以降、葵の声は一切聞こえなくなった。
本当に不思議な体験だった。葵の声が聞こえて、どこかに去ったと思ったらまた聞こえて。それはより会話をしているようだったし。
「お待たせしました」
カップを6つ乗せたトレーを持って、萌ちゃんはリビングに戻ってきた。
「九条さん達、どうしたんですか? 真守さんにしがみついて」
「いや、また葵の声が聞こえてさ。それで……」
「やっぱり葵ちゃんの声だったんですか。キッチンにも微かに聞こえていたので、また葵ちゃんの霊が来ているのかなって……」
さっきよりも声がはっきりとしていたからな。キッチンにいた萌ちゃんにも聞こえたんだろう。
「萌ちゃんとも話せて良かったって言ってたよ」
「……そうですか」
萌ちゃんは紅茶の入ったティーカップを置いていく。
「色々ありましたけど、紅茶を飲んで心を落ち着かせてください」
「ありがとう、萌ちゃん」
俺達は萌ちゃんの淹れてくれた温かい紅茶を飲む。そのおかげで、心を落ち着かせることができた。
俺、萌ちゃん、未来は葵や俺の双子の兄である勇希《ゆうき》兄さんとの話で花を咲かせる。
しかし、お嬢様、都築さん、桜さんは何も口を挟んでこなかった。葵の声が聞こえたことが相当怖かったのだろう。
小一時間ほど経ったところで、俺達は萌ちゃんの家を後にするのであった。
午後8時。
葵の声が聞いてしまったことを引きずっていたからか、お嬢様は夕飯をあまり食べなかった。
今はリビングのソファーでゆっくりしているけれど、お嬢様は俺の横から離れない。まるで甘えて擦り寄ってくる猫のような。
「ううっ……」
「まだ怖いですか?」
「うん……」
まあ、あれだけはっきりと葵の声が聞こえれば怖がってしまうのは分かる。お嬢様の記憶に焼き付いてしまったのかもしれない。
「真守さんの妹さんの声、私は聞いてみたかったですね」
くるみさんはそう言うと、お嬢様と俺に緑茶を出す。
「じゃあ、聞きますか?」
「はっ?」
お嬢様はそう声を出すと、鋭い目つきで俺のことを見る。
「何を馬鹿なことを言ってるの。まさか、ここに妹さんの霊を……」
「さすがにそれはできませんよ。実は萌ちゃんの家のリビングに入ったときから、スマートフォンで会話を録音していたんです。葵の声が聞こえるのであれば、それを録音することもできるんじゃないかって」
葵のことだから、萌ちゃんと久しぶりに再会すれば何か起こると思っていた。その予想が見事に当たったわけだ。
葵の声が聞こえたときから、お屋敷に戻ったら録音した会話を聞こうと思っていた。あまりにもはっきりと聞こえることに違和感を覚えたからだ。
ちょうどいい。くるみさんにも聞いてもらおう。
「葵の声が初めて聞こえたところから、再生しますね」
俺のスマートフォンで萌ちゃんの家での会話を聞く。スーツのポケットに入れていたので、多少音がこもっているものの、声を聞くことには問題ないな。
「妹さんの声、可愛いですね。結構はっきりと聞こえますね」
「亡霊の声なら、こんなにちゃんと聞こえるのはおかしいんじゃないかと思って」
「微かに聞こえるイメージがありますね。耳を澄ましてやっと聞こえる感じといいますか」
「ですよね……」
こうして改めて聞くと、実際に葵がこの場で喋っているように聞こえる。
音声は萌ちゃんがキッチンに紅茶を淹れに行った場面になっている。
『きゃああっ!』
お嬢様、都築さん、桜さんの悲鳴が割れてしまうほどに大きいので、くるみさんは両手で耳を塞ぐ。
「由衣様達の悲鳴が凄いです……」
萌ちゃんがキッチンに行った後は、お嬢様達が俺にしがみついていたこともあり、怖がるお嬢様達の声が葵の声に被ってしまっている箇所が多かった。葵の声に集中していたせいか、お嬢様達がこんなに声を発していても何とも思わなかった。
萌ちゃんがリビングに紅茶を持ってきたところで音声が終わった。
「後半の方は真守さん達と会話していましたね」
「はい。葵は本当に現在の俺達のことを見ているようでした」
今回のことは、主に2つの場面に分けられる。萌ちゃんがリビングにいたときと、萌ちゃんが紅茶を淹れるためにリビングから離れていたときだ。前半は葵が一方的に会いたかったと話すだけで、後半は俺達と会話している。この違いは何を意味しているのか。
「真守さん、もう一度聞いてもいいですか?」
「いいですよ」
「ま、まだ聞くの? もういいじゃない……」
お嬢様はソファーにあったクッションに顔を埋めている。
「すみません、もうちょっと聞きたいんです。嫌であれば、お嬢様は自分の部屋に戻っていてもいいんですよ?」
「いや! 1人になっちゃうもん……」
1人になるくらいならまだここで録音した葵の声を聴いた方がマシってことか。本当に怖かったんだ。
「じゃあ、声を小さめにしますから、もうちょっと頑張ってください」
ボリュームを少し下げてもう一度、リビングでの会話を聞き始める。
「ちょっと、止めていただけますか?」
最初に葵の声が聞こえ始めたところで、くるみさんが待ったをかけた。俺はその通りに音声ファイルを一時停止する。
「どうかしましたか?」
「いえ、何か変な音が聞こえた気がして。妹さんの声が聞こえる直前から、少しボリュームを上げてもらえないでしょうか?」
「分かりました」
くるみさんの言ったことを踏まえて、葵の声が聞こえるちょっと前から再び音声を聞いてみる。
すると、くるみさんの言う通り、葵の声が聞こえる直前に何か変な音が聞こえた。
「これは……機械の音でしょうか」
ピッ、という何か操作したときに出るような音だ。
この音に注意して最後まで聞いてみる。それを何度も繰り返す。
そのことで、とあることに気付いた。
「まさかとは思いますけど……」
実際のあの場で考えていたことが本当なら、録音したような内容になる理由が分かる。だけど、もし……本当にそうだったら。
「とんでもないな……」
信じられない仮説だけど、録音した内容がそうである可能性を示している。
たとえ可能性の段階であっても、それを素通りするようなことはできない。それは、3年前のあの日からのことを覆すことになるから。
「葵ちゃんのことを話したい?」
「うん。ここ最近になって、葵の声を聞いた人が多いみたいで。それで、葵の亡霊がやってきたって騒がれているらしくて……」
亡霊という言葉に何か心当たりがあるらしく、萌ちゃんはうんうんと頷く。
「私もその話は何度か聞いたことがあります。実際に葵ちゃんの声は聞いたことはありませんけど……」
「そっか」
さすがに噂については知っていたか。でも、葵の声は聞いていないのか。真っ先に行きそうな気がするんだけどな。
『うふふっ……』
あれ、笑い声が聞こえた気がしたけれど、聞き間違いかな?
「ねえ、真守。何か笑い声が聞こえなかった?」
「お嬢様も聞こえましたか」
まさかとは思うけれどこの声の正体って、
「葵、なのか……?」
俺がそう問いかけると、さっきの笑い声が再び聞こえてくる。その声は段々と大きくなって、はっきりと葵だと分かった。
『葵だよ。真守お兄ちゃん……』
葵の声で俺の名前を言っている。
まさか、こんなにはっきりと葵の声が聞こえるなんて。こういう声を何人もの人が聞いてきたのか? それなら葵の亡霊がこの世に降りてきたと噂されるのは納得だ。
「葵ちゃんなの? 本当に葵ちゃんなの?」
『そうだよ。萌ちゃん』
ほとんど間を置かずに、萌ちゃんの問いに葵の声が答える。久しぶりに萌ちゃんと会って、葵の話をするから……本当に葵の亡霊がやってきたっていうのか?
「噂を聞いてから初めて葵ちゃんの声を聞いたよ……!」
「これ、葵ちゃんの声だよ! 間違いないって! 懐かしい……」
葵の声が聞こえたことで、萌ちゃんと未来は嬉しそうにしている。
それに対してお嬢様、都築さん、桜さんは青ざめた表情で互いに身を寄せ合っている。葵との関係性の濃さによって反応が分かれているな。
「亡霊の声ってこんなにはっきりと聞こえるものなの?」
「そうよね、由衣……」
あまりに怖いのか、お嬢様と都築さんは抱きしめ合っている。
お嬢様の言うとおり、亡霊の声という割にははっきりと聞こえている。俺にとってこういう声って、耳を澄ましてようやく聞こえるイメージがある。今の聞こえ方だと、まるでこの世に葵がいて、どこかから喋っているように思える。
「う、ううっ……」
気付けば、桜さんが俺の右手をぎゅっと掴んでいた。
「もしかして、桜さん……怖いんですか?」
「当たり前だ! 大人になっても怖いものは怖いんだ!」
桜さんは涙目になってそう言う。刑事だからこういう類いのことは平気だと思っていたんだけど。意外と可愛らしいところもあるんだな。
しかし、こういう風に女性に手を握られても全然動じなくなった。女性恐怖症を再発することはもうなさそうだなと思った。
『真守お兄ちゃん。会いたかったよ。うふふっ……』
「どうやら、真守さんに会いたくて葵ちゃんがここに来たんですね……」
萌ちゃんがそう言う。
おそらく、その言葉の通り、葵の霊は俺に会うためにここに来ているのだろう。ここまではっきりとした声なのだから、その想いはかなり強いものだと分かる。
「真守は怖くないの?」
「俺は特に何とも。ただ、敢えて言うなら……不思議な感覚ですね。こんなにはっきりと葵の声が聞こえると、懐かしさと違和感が混在しているというか。お嬢様は怖いですか?」
「当たり前じゃない!」
そこまできっぱり言われると、兄として複雑な気持ちになる。葵が嫌われているような気がして。霊といってもたった1人の妹だし。
「こんなにはっきりと葵ちゃんの声が聞こえるんだから、姿を見せてくれればいいのに。きっと、女の子っぽくなっているんだろうなぁ」
「そうでしょうね。私も葵ちゃんに会ってみたいです」
葵と親交があった未来と萌ちゃんがそう言ってくれるのは嬉しい。もし、生きていれば中学2年生だ。未来の言う通り、葵もきっと萌ちゃんと同じく女の子っぽくなっていると思う。俺も葵に会ってみたい。
そんな想いとは裏腹に、段々と葵の声が聞こえなくなっていく。満足してどこかに行ってしまったのだろうか。
「葵ちゃん、いなくなってしまいましたね」
「そうみたいだね」
「……落ち着いたことですし、私……紅茶を淹れてきますね。みなさんはゆっくりしていてください」
そう言って、萌ちゃんはキッチンの方に向かった。
「まさか、こんなタイミングで妹さんの声が聞こえるなんて……」
今もなお、お嬢様は青白い顔をしている。それは都築さんや桜さんも一緒だった。葵の声が聞こえたのがそこまで怖かったのか。
「葵も話に入りたかったのかもしれませんね」
寂しがり屋な部分もあったからな。小学生でまだ幼かったこともあってか、家の中では俺や兄さんと一緒だったことが多かった。
『その通りだよ。真守お兄ちゃん』
「きゃあああっ!」
不意にまた葵の声が聞こえたので、さっきから怖がっているお嬢様、都築さん、桜さん大きな声を出して俺にしがみついてくる。
「葵、帰ったんじゃなかったのか?」
『そんなわけないって。私は真守お兄ちゃんとずっと一緒にいたいと思ってるよ?』
さっきまでは、一方的に俺に会いたいということばかり話していた。だけど、今は……俺と会話をしている。
『昔は萌や未来ちゃんぐらいだったのになぁ。お兄ちゃんはかっこいいから、九条さんや都築さんまで引き付けちゃって。おまけに、大人な日向さんまで』
まるで、本当にどこかから俺達のことを見ているように思える。本当に何が起こっているんだ?
「……何が言いたい? 葵」
こんな声色で葵が話すことはなかった。俺には葵が亡くなった後に出会ったお嬢様達の存在を否定しているように聞こえた。
『……別に何もないよ、お兄ちゃん。モテモテだなぁって思っただけ』
「そうか……」
そんな風には聞こえなかったけどな。
『萌と未来ちゃんが会いたいって言ってくれたのは嬉しいけど、私……死んじゃっているから会いに行けないんだよね。それに、私のことを怖がっている人もいるし、それでいいんじゃないかなぁ』
「そっかぁ。ちょっと残念」
未来は言葉通り残念そうな表情を浮かべる。
ここまでちゃんとした会話をされると、誰かが別の場所から葵の声を真似て喋っているんじゃないかと思ってしまう。このあまりにもリアルな声の正体は何なんだ。
『ただ、ひさしぶりにお兄ちゃん達と話せて嬉しかったよ。じゃあね』
それ以降、葵の声は一切聞こえなくなった。
本当に不思議な体験だった。葵の声が聞こえて、どこかに去ったと思ったらまた聞こえて。それはより会話をしているようだったし。
「お待たせしました」
カップを6つ乗せたトレーを持って、萌ちゃんはリビングに戻ってきた。
「九条さん達、どうしたんですか? 真守さんにしがみついて」
「いや、また葵の声が聞こえてさ。それで……」
「やっぱり葵ちゃんの声だったんですか。キッチンにも微かに聞こえていたので、また葵ちゃんの霊が来ているのかなって……」
さっきよりも声がはっきりとしていたからな。キッチンにいた萌ちゃんにも聞こえたんだろう。
「萌ちゃんとも話せて良かったって言ってたよ」
「……そうですか」
萌ちゃんは紅茶の入ったティーカップを置いていく。
「色々ありましたけど、紅茶を飲んで心を落ち着かせてください」
「ありがとう、萌ちゃん」
俺達は萌ちゃんの淹れてくれた温かい紅茶を飲む。そのおかげで、心を落ち着かせることができた。
俺、萌ちゃん、未来は葵や俺の双子の兄である勇希《ゆうき》兄さんとの話で花を咲かせる。
しかし、お嬢様、都築さん、桜さんは何も口を挟んでこなかった。葵の声が聞こえたことが相当怖かったのだろう。
小一時間ほど経ったところで、俺達は萌ちゃんの家を後にするのであった。
午後8時。
葵の声が聞いてしまったことを引きずっていたからか、お嬢様は夕飯をあまり食べなかった。
今はリビングのソファーでゆっくりしているけれど、お嬢様は俺の横から離れない。まるで甘えて擦り寄ってくる猫のような。
「ううっ……」
「まだ怖いですか?」
「うん……」
まあ、あれだけはっきりと葵の声が聞こえれば怖がってしまうのは分かる。お嬢様の記憶に焼き付いてしまったのかもしれない。
「真守さんの妹さんの声、私は聞いてみたかったですね」
くるみさんはそう言うと、お嬢様と俺に緑茶を出す。
「じゃあ、聞きますか?」
「はっ?」
お嬢様はそう声を出すと、鋭い目つきで俺のことを見る。
「何を馬鹿なことを言ってるの。まさか、ここに妹さんの霊を……」
「さすがにそれはできませんよ。実は萌ちゃんの家のリビングに入ったときから、スマートフォンで会話を録音していたんです。葵の声が聞こえるのであれば、それを録音することもできるんじゃないかって」
葵のことだから、萌ちゃんと久しぶりに再会すれば何か起こると思っていた。その予想が見事に当たったわけだ。
葵の声が聞こえたときから、お屋敷に戻ったら録音した会話を聞こうと思っていた。あまりにもはっきりと聞こえることに違和感を覚えたからだ。
ちょうどいい。くるみさんにも聞いてもらおう。
「葵の声が初めて聞こえたところから、再生しますね」
俺のスマートフォンで萌ちゃんの家での会話を聞く。スーツのポケットに入れていたので、多少音がこもっているものの、声を聞くことには問題ないな。
「妹さんの声、可愛いですね。結構はっきりと聞こえますね」
「亡霊の声なら、こんなにちゃんと聞こえるのはおかしいんじゃないかと思って」
「微かに聞こえるイメージがありますね。耳を澄ましてやっと聞こえる感じといいますか」
「ですよね……」
こうして改めて聞くと、実際に葵がこの場で喋っているように聞こえる。
音声は萌ちゃんがキッチンに紅茶を淹れに行った場面になっている。
『きゃああっ!』
お嬢様、都築さん、桜さんの悲鳴が割れてしまうほどに大きいので、くるみさんは両手で耳を塞ぐ。
「由衣様達の悲鳴が凄いです……」
萌ちゃんがキッチンに行った後は、お嬢様達が俺にしがみついていたこともあり、怖がるお嬢様達の声が葵の声に被ってしまっている箇所が多かった。葵の声に集中していたせいか、お嬢様達がこんなに声を発していても何とも思わなかった。
萌ちゃんがリビングに紅茶を持ってきたところで音声が終わった。
「後半の方は真守さん達と会話していましたね」
「はい。葵は本当に現在の俺達のことを見ているようでした」
今回のことは、主に2つの場面に分けられる。萌ちゃんがリビングにいたときと、萌ちゃんが紅茶を淹れるためにリビングから離れていたときだ。前半は葵が一方的に会いたかったと話すだけで、後半は俺達と会話している。この違いは何を意味しているのか。
「真守さん、もう一度聞いてもいいですか?」
「いいですよ」
「ま、まだ聞くの? もういいじゃない……」
お嬢様はソファーにあったクッションに顔を埋めている。
「すみません、もうちょっと聞きたいんです。嫌であれば、お嬢様は自分の部屋に戻っていてもいいんですよ?」
「いや! 1人になっちゃうもん……」
1人になるくらいならまだここで録音した葵の声を聴いた方がマシってことか。本当に怖かったんだ。
「じゃあ、声を小さめにしますから、もうちょっと頑張ってください」
ボリュームを少し下げてもう一度、リビングでの会話を聞き始める。
「ちょっと、止めていただけますか?」
最初に葵の声が聞こえ始めたところで、くるみさんが待ったをかけた。俺はその通りに音声ファイルを一時停止する。
「どうかしましたか?」
「いえ、何か変な音が聞こえた気がして。妹さんの声が聞こえる直前から、少しボリュームを上げてもらえないでしょうか?」
「分かりました」
くるみさんの言ったことを踏まえて、葵の声が聞こえるちょっと前から再び音声を聞いてみる。
すると、くるみさんの言う通り、葵の声が聞こえる直前に何か変な音が聞こえた。
「これは……機械の音でしょうか」
ピッ、という何か操作したときに出るような音だ。
この音に注意して最後まで聞いてみる。それを何度も繰り返す。
そのことで、とあることに気付いた。
「まさかとは思いますけど……」
実際のあの場で考えていたことが本当なら、録音したような内容になる理由が分かる。だけど、もし……本当にそうだったら。
「とんでもないな……」
信じられない仮説だけど、録音した内容がそうである可能性を示している。
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