桜庭かなめ

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特別編

第15話『貸切温泉』

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 午後5時半。
 僕らは1階にある貸切温泉『ふじ』へと向かう。
 せっかくホテルに来たのだからと、部屋を出る前に沙奈会長と一緒に浴衣姿になった。それはみんな一緒だったのか、808号室の琴葉達も浴衣に着替えた。

「って、副会長さん。ビデオカメラを持ってきたんですか」
「うん。貸切温泉がどんな感じなのか気になってね。さっきまで、ホテルの探検も兼ねてロビーとか色々なところを撮影しに行ったんだ」
「そ、そうですか」

 ホテルに着いたら探検したい気持ちは分かる。ましてや、こんなにも人気のある立派なホテルだと。小学校の修学旅行のときも、写真好きのクラスメイトがホテルに着くやいなやカメラ片手にホテルを散策していたっけ。

「副会長さん。女性同士でも会長達の裸とかは撮らないでくださいよ」
「大丈夫だって」
「樹里先輩は私達がちゃんと見るから大丈夫だよ。じゃあ、玲人君。みんなが服を脱いでお風呂に入ったときに私が声をかけるから、それまではここで待ってて」
「ええ、分かりました」

 沙奈会長達は『ふじ』の中に入っていった。
 1人でここに立っていると、周りの人からどう思われるんだろうな。それが不安だけど、誰かが間違って入ってしまわないように見張りをしていると思おう。

『うわあ、沙奈ちゃんスタイルいいね!』
『きゃっ! お姉様……そこはっ』
『あたしもお姉ちゃんみたいになりたいなぁ』
『真奈ちゃんは成長期の真っ最中なんだから大丈夫だって。年下なのにあたしよりも胸がおっきい……』
『琴葉ちゃんもそれなりにあると思うけどね。ただ……確かに、琴葉ちゃんの言うように、真奈ちゃんも沙奈ちゃんみたいになれると思うよ。さすがは姉妹……』
『そう言う樹里先輩だって、脱ぐと凄いですよね』

 引き戸の向こうではそんな話で盛り上がっているな。まるで露天風呂に入っているときに聞こえる女湯での会話のようだ。服を脱ぐと自然と体のことが話題になるのだろうか。

「……って、何を考えているんだ、僕は……」

 耳を塞ごうと思ったけど、そうすると沙奈会長の呼びかけも聞こえなくなってしまうからダメか。メッセージをほしいと会長のスマホに送ったとしても、あんなに盛り上がっていたら気付かないかもしれないし。

『玲人君、みんな貸切温泉の方に行ったから入って大丈夫だよ』
「はい、分かりました」

 ゆっくりと引き戸を開けると、そこには服や下着を全て脱いだ状態でタオル1枚持っている沙奈会長の姿が。

「やあ、玲人君」
「沙奈会長はここに残っているんですか?」
「うん。玲人君のことは信用しているけど、一応、見張りってことで。ほら、かごの中にみんなが脱いだ浴衣や下着があるから、玲人君が顔にすりすりしちゃったり、匂いを嗅いじゃったり、被っちゃったりしないように」

 そう言われると、信用されていないような気がするんですけど。あと、沙奈会長って俺の浴衣や下着をすりすりしたり、匂いを嗅いだり、被ったりしそうだな。
 沙奈会長に見張られている中、僕は浴衣や下着を脱いでいく。ううっ、恋人であり、肌を重ねた経験があっても恥ずかしいな。

「玲人君って、やっぱり見た目よりも筋肉があるよね。みんなも驚くんじゃないかな」
「……そうかもしれませんね。この前、姉さんと一緒にお風呂に入ったとき、前に比べると凄くしっかりとした体つきになったって言われましたもん」
「そういえば、禁固刑の間に筋トレしたって言っていたもんね。……素敵な体だよ」

 そう言うと、沙奈会長は僕のことをぎゅっと抱きしめてくる。互いの肌が直接触れ合っているので、彼女の温もりや匂い、柔らかさが凄く伝わってくるよ。部屋ならまだしも、ここはみんなと来ている貸切温泉。理性を保たなければ。

「2人きりのとき以上にドキドキするね。引き戸の向こうにはお姉様達がいるからかな。恋人同士だからこうしていても大丈夫なのに、何だかいけないことをしているみたいで……」

 沙奈会長はキスしてくる。車の中でキスしたときはあんなに恥ずかしがっていたのに。衣服を全て脱ぐと、精神的に開放されるのだろうか。

「ねえ、玲人君」
「はい」
「……ここでしちゃう? アレは持ってきていないけれど」
「色々な意味でダメですって」

 妖艶な笑みを浮かべて、色っぽい声で言わないでほしい。まったく、今の状況が分かっているのか、この人は。

「夜になったら、部屋でたっぷりとしましょう」
「……そうね。万が一、ここで玲人君と色々なことをしているところをお姉様達に見られたら、旅行中はずっと部屋に引きこもっちゃうかもしれないし」

 それなら、そもそもここでしようとか言わないでほしい。まあ、以前……僕達がイチャイチャしているところを、アリスさんが魔法を使って見ていた可能性があるけれど。

「沙奈会長。前から思っていたんですけど、会長ってとんでもなく変態ですよね」
「……仮にそうだとしても、それは玲人君に対してだけだよ」

 それを爽やかな笑みで言えてしまうところが、変態である証拠なのでは。

「会長の温もりもいいですが、早く温泉の温もりも感じたいです。その前に髪と体を洗いたいですが。もう、僕が入っても大丈夫ですか?」
「ちょっと見てくるね」

 すると、沙奈会長は奥の引き戸を開けて中の様子を確認する。

「もう、玲人君が入っても大丈夫ですか?」
「うん、入ってきていいよー」
「分かりました、樹里先輩。玲人君、大丈夫だって」
「分かりました」

 タオルを腰に巻いて、僕は沙奈会長に付いていく形で浴室に入る。

「おおっ……」

 中は石畳になっていて、奥には6人で入ってもゆったりとできそうな岩風呂がある。自然も楽しめるようになっていて、いかにも旅先の温泉という雰囲気だ。

「あっ、レイ君!」

 肩まで温泉に浸かっている琴葉が、僕に向かって元気に手を振ってくる。琴葉とお風呂に入るのはひさしぶりだけど、小さい頃にたくさん入っているからなのか、恥ずかしがっている様子はあまり見られないな。

「お先に入らせてもらっています、玲人さん、お姉ちゃん。気持ちいいです……」
「気持ちいいね、真奈ちゃん。これを6人で貸切だなんて贅沢だね」

 真奈ちゃんと副会長さんも温泉を堪能しているようだ。

「この温泉気持ちいいよ。玲人も沙奈ちゃんも早く入ってきておいで」
「髪と体を洗ったら入るよ、姉さん」
「私も同じく。6時半まで大丈夫ですから、みなさんゆっくりしてくださいね」

 僕と沙奈会長は入り口近くの洗い場に隣同士で座る。

「まさか、玲人君とこうやって一緒に髪や体を洗うときが来るなんてね。しかも、旅先のホテルで」
「そうですね。思ったよりも早かったです」
「……いつかはこういうときが来るって思ってくれていたの?」
「ええ。だって、沙奈会長とずっと一緒にいるつもりですから。旅行に行って、こうして一緒に温泉に入ることもあるだろうと思っていました」

 それがこんなにも早く、しかも琴葉達と一緒に旅行に行ったときに実現するとは思っていなかったけれど。
 シャワーで髪を濡らしていると、横から沙奈会長に抱きしめられる。

「どうしたんですか、沙奈会長」
「……嬉しかったから、つい」
「ははっ、そうですか。でも、このままだと髪も体も洗えませんよ」
「そうだね。早く洗って、みんなと温泉を楽しもうか」
「ええ」

 僕は沙奈会長の隣で髪と体を洗うことに。昔みたいに琴葉や姉さんが僕の髪や体を洗いに来るようなことはなかった……けど、

「麻実ちゃんの言うように、レイ君……立派な体になったね」
「でしょ? 昔の細い体が嘘みたいだよね」
「脱ぐと凄いという言葉は聞いたことがありますけど、こういうことを言うのでしょうか、樹里ちゃん」
「そうだね、真奈ちゃん。逢坂君って、服を着ているとスラッとした細身なイメージがあるけど、こうして見ると意外と筋肉質だね。肌が綺麗だからか美しい体つき……」
「お姉ちゃんが玲人さんに夢中になるのも分かる気がします」
「ふふっ、そんな体を含めて私は玲人君のことが大好きなんだよ」

 横と背後から色々と言われるので気が散ってしまう。琴葉や姉さんはまだしも、副会長さんや真奈ちゃんまで僕のことを見ているようだ。そんなに僕の体って、何か惹かれる要素があるのだろうか。彼女達の思考回路がよく分からなくなってきた。

「もうすぐ体も洗い終わりますので、みなさんは温泉の方に戻ってください」
「分かったよ、玲人。みんな、戻ろうか。温泉に来ているんだし、堪能しましょう」

 姉さんのそんな一声で、みんな温泉の方に戻っていく。

「琴葉ちゃんやお姉様だけじゃなくて、樹里先輩や真奈も玲人君の体に興味を示すなんてね。玲人君の体が綺麗だからなのかも。それに、筋肉も結構ついているし」
「……意外すぎて戸惑っちゃいますよ。沙奈会長だけになって正直、ほっとしているところです」
「ふふっ、褒め言葉として受け取っておくよ。嬉しいから泡を流してあげよう」
「ありがとうございます。じゃあ、沙奈会長の方は僕が」
「うん、ありがとう」

 僕らは相手の体についているボディーソープの泡をシャワーで洗い流した。

「これで大丈夫だね。じゃあ、温泉に入ろうか。玲人君」
「はい。楽しみです」

 みんなが待っている温泉へと向かう。温泉の中に、僕が見てはいけないものがいくつもあるけれど、肩から上だけ見るように心がけよう。
 僕は素早く肩まで温泉に浸かる。

「あぁ、気持ちいい……」

 温泉はちょっと熱めだけれど、風が涼しいこともあって心地よい。脚を伸ばしても誰かに当たることもない。これも温泉の醍醐味の一つだなぁ。貸切温泉なのに、こんなにも広いとは思わなかった。

「気持ちいいね、玲人君」
「ええ。癒やされますね」

 壁の近くにある木でできた看板にこの温泉の効能が書かれている。筋肉痛や腰痛に冷え性、慢性疲労に効くそうだ。

「ふふっ」

 気付けば、沙奈会長は僕のすぐ隣に座っており、そっと僕の手を握ってくる。髪を纏めた沙奈会長もとても艶っぽい。

「こうして見てみると、レイ君と沙奈さん……凄くお似合いですよね」
「あたしもそう思ったよ。あと、不思議なんだけど、なぜなのか……2人が年を取ったときの姿が想像できて。2人揃って白髪頭になって。笑っているのか顔には皺が多くてね」
「……2人の未来が見えているのはいいと思うけど、そんな話をされると麻実ちゃんがもうすぐ死んじゃいそうで恐い」
「大丈夫! あと100年は死なないから!」

 姉さんは小さな胸を張りながらそう言った。姉さんだったら100年後も健康に過ごしていそうだ。世界長寿記録を塗り替えられるんじゃないだろうか。

「麻実さんのように、玲人さんとお姉ちゃんの未来の姿までは想像できませんけど、凄くお似合いだと思いますね。あとは、これはあたしのわがままですけど、玲人さんにあたしのお兄さんでいてほしいな……って」
「真奈ちゃんにも気に入られるなんて。逢坂君はモテるねぇ。私も2人ならどんなことでもやっていけると思うよ。近い将来だと、私が卒業した後の生徒会とか。そのためにも沙奈ちゃんと一緒に、逢坂君に色々なことを教えていかないと」
「ですね。これからは体育祭や文化祭に向けて忙しくなるよ、玲人君」
「……精一杯頑張ります」

 学校でのイベントには関わることになるだろうから……これからは大変になりそうだ。まずは一つ一つ仕事を覚えていかなければ。

「そのための英気を養うという意味でも、この旅行は思いっきり楽しもうね」
「……ええ」

 もう既にたくさん楽しんでいますよ。まだ1日目の夕方であることが信じられないくらいに。

「それにしても、逢坂君……胸筋とかもしっかりと鍛えているんだね」
「樹里さんもそう思いましたか? レイ君、昔に比べたら本当にいい体になったような気がします!」
「昔の玲人を知っているからこそビックリするよね、琴葉ちゃん」
「琴葉さんや麻実さんの話を聞くと、昔の玲人さんの裸も見たくなりますね」

 まったく、いつまで僕の体についての話題が続くのやら。彼女達の会話を気にすることなく温泉を堪能することにしよう。
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