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第70話『月光が2人を導く』
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「花火大会楽しかったね、つーちゃん」
「そうだね、明日香」
午後9時過ぎ。
花火大会が終わって、僕は明日香と2人きりで高台を後にする。行くときは一緒だった咲希と芽依は鈴音さんのお家でお泊まりをすることに。
また、三宅さんは羽村の家に泊まり、松雪先生は常盤さんのお屋敷にお邪魔して、月影さんと一緒にゆっくりとお酒を呑むつもりらしい。常盤さんはそんな2人に付き合ってあげるとのこと。
花火大会からの帰り道。恋人になった浴衣姿の明日香と2人きりで一緒に歩いていたら……ドキドキしないわけがない。明日香と繋ぐ手がどんどんと温かくなっているのが分かる。
打上花火を見ていたこともあって、さっきまで気付かなかったけど、今日の月は半月なのか。それでも明るくて綺麗だ。
「夕方にこの道を歩いているとき、まさか、つーちゃんと恋人になっているなんて思ってもいなかったよ」
「そっか。僕は告白するときが刻一刻と迫っていたから、緊張しっぱなしだったよ。浴衣姿の明日香がとても可愛いから、感付かれないかどうか心配だった」
「いつもと様子がちょっと違うなって思ったけれど、それはさっちゃんもめーちゃんも浴衣姿だったからだと思ってた」
「みんなの浴衣姿も可愛いと思ったのは本当だよ。それでも、明日香が一番可愛いかな」
「……ありがとう。凄く嬉しい」
すると、明日香は手を一旦離して、僕の腕をぎゅっと抱きしめてくる。そのことで僕の腕が彼女の温かさと柔らかさに包まれていく。
「歩き慣れている道を歩いていて、見慣れている景色が見えるのに……つーちゃんと一緒に歩いているからか、今は何だか初めて来た場所のように思えるよ」
「僕も似たような感覚かな。幼なじみじゃなくて恋人として一緒にいるんだもんね。咲希や芽依がいるならまだしも、明日香と2人きりだと特別な場所を歩いている感じがして、特別な時間を過ごしている気がする」
「うんうん、それ分かる。でも、つーちゃんと2人きりで過ごす時間が当たり前になるといいよね。ただ、尊くて感謝するって意味では、いつまでも特別な時間だって想っておくべきなんだろうけど」
「そうだね。僕としては正式に明日香と一緒にいる関係になっても、こうして側にいると何かいいなとか、幸せだな……って思えるようになっていたいな」
「うん、いつまでもそうありたいね。……ところで、つーちゃん。正式に私と一緒にいる関係って、例えばどういうことかな?」
明日香はにっこりと笑い、上目遣いで僕のことを見てくる。
「……結婚かな、やっぱり」
「結婚か。いい響きだね」
ふふっ、と明日香は声に出して笑った。絶対に僕が何を言うのかを分かっていた反応だ。道端で結婚って言ったから恥ずかしいけれど、周りに人が全然いないし、何よりも明日香の笑顔が可愛いので許そう。
「ねえ、つーちゃん」
「うん?」
「今日、私の家に泊まりに来ない? お父さんとお母さん、1泊2日の旅行に行っているんだ。私がつーちゃん達と旅行に行ったから、自分達も行きたくなったんだって。お兄ちゃんが東京から帰省するのはもう少し先の話だし。だから、今夜は私しかいないの。だから、つーちゃんが来てくれると嬉しいな……って」
「明日香がそう言うなら、今夜は明日香の家でお世話になるよ。実は、芽依が鈴音さんの家に泊まるって聞いたときから、明日香を家に誘おうかなって思っていたんだ。ただ、明日香と2人きりの時間を過ごしたい」
「私も同じだよ。つーちゃんと2人きりの時間をゆっくりと過ごしたい。じゃあ、今夜は私の家でお泊まりだね」
今夜は明日香と一緒に過ごしたいと思っていたけれど、実際にそうなることが決まると途端に緊張してくる。しかも、明日香の家で2人きりだなんて。ただ、楽しくて幸せな時間にしたいな。
明日香も緊張しているのか、そこから急に会話が減ってしまった。明日香からは彼女の履く下駄の音だけが聞こえる時間が続いていって。それでも、彼女の温もりをしっかりと感じられるからか、こういうのもいいなと思えて。
そんなことを考えていると明日香の家が見えてきた。家には誰もいないためか、明日香の家は真っ暗だ。
「もう着いちゃったね」
「そうだね。じゃあ、僕は一旦家に帰って、寝間着とか服とかまとめてくるから。20分もあれば戻ってくるからさ」
「分かった。私も浴衣から着替えたり、お風呂とか準備したりして待っているから」
「……うん。じゃあ、行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
明日香の家の前でその言葉を言われると結構くるものがあるな。
僕は自宅に帰り、リビングでゆっくりとテレビを観ていた両親に明日香と付き合うことになり、今夜は彼女の家に泊まると伝えた。
すると、母さんは満面の笑みを浮かべて「色々なことをしてたっぷりと楽しんでね」と言い、父さんは「明日香ちゃんとなら大丈夫だろう」と感慨深そうにしていた。
明日香のお泊まりバッグくらいの大きさのバッグに、寝間着や下着、明日の衣服などを入れていく。こういうことをしていると、本当に明日香の家に泊まるんだなと幸せな気持ちと緊張に包まれる。
まとめた荷物を持って明日香の家に向かう。さっきとは違って明日香の部屋などから灯りが見えている。それだけでも安心感があって。
インターホンを押すと、すぐに玄関から明日香が出てきた。浴衣から着替えた明日香は、デニムのロングスカートに黒いノースリーブの縦セーターを着ている。大人っぽい雰囲気だ。
「おかえりなさい、つーちゃん」
「……ただいま、明日香。その服、よく似合っているね」
「ありがとう。ええと……何か食べる? お風呂に入る? それとも……わ、わたし?」
漫画とかではたまに見るセリフだけど、実際に言われるとキュンとなるな。それは明日香だからだろうか。
何か食べるか、お風呂に入るか、明日香か。お風呂の中で明日香のことをいただくということを思いついてしまったけど、さすがにそれはまずい。
「……まずはコーヒーか紅茶を飲みながら、明日香とゆっくり過ごしたいかな」
「うん! 分かった。じゃあ、温かい紅茶を淹れるね」
「ありがとう」
僕は明日香の家にお邪魔し、彼女の部屋に直行する。小さい頃から数え切れないほどに来ていて、咲希が桜海に帰ってきてからも何度か来ているのに、まるで初めてお邪魔する場所のように思えた。帰り道で明日香が言っていたことってこういう感じだったのかな。
部屋の端に荷物を置いて、ベッドの近くにあるクッションに座る。ほのかに明日香の匂いが香ってくるからか、まるで彼女に抱きしめられるような気がして。夢なんじゃないかと思い頬をつねってみると確かな痛みがあった。
「お待たせ、つーちゃん。チョコレートも持ってきた」
「うん、ありがとう」
紅茶の匂いがしたことで気持ちも少しずつ落ち着いていく。
紅茶とチョコレートをテーブルに置いて、明日香は僕と向かい合うようにして座る。明るいところで改めて彼女のことを見ると、本当に大人っぽくなったなと思う。今年で18歳だもんな。出会ってから15年近く経てば、さすがに変わるか。僕らも幼なじみから恋人になったし。
「どうしたの、つーちゃん。私のことをじっと見ながら微笑んで」
「今の明日香の姿を見て、僕らは大人になったんだなって。幼稚園くらいのときに出会ったからか」
「15年近く経つもんね。それを考えたら、つーちゃんだって大人っぽくなったよ。背も高くなって、かっこよくなって。優しいところは昔と変わらないけど」
「明日香だって、艶っぽくなって、昔以上に可愛くなったよ」
「ありがとう。……ほ、ほら! 冷めないうちに紅茶を飲んで」
明日香は紅茶をゴクゴクと飲んでいる。まだ湯気がしっかりと立っているのに。僕も紅茶を一口飲んでみるけどかなり熱いぞ。部屋も涼しいし、ノースリーブの服を着ているから明日香にとってはちょうどいいのかな。
「ねえ、つーちゃん」
「うん?」
「こうして、私の部屋で2人きりで過ごすのってひさしぶりだよね」
「そうだね。咲希が帰ってきてからも何度か明日香の家にお邪魔したけど、基本的に咲希と一緒だったからね」
「うん。定期試験の勉強とかで、今年に入ってからも何度か2人で過ごしたけど、さっちゃんが帰ってきてからは初めてかな。2人で泊まるなんて本当にひさしぶり。最近、つーちゃんの部屋にお泊まりに行くようになったけど、あれは嫉妬というか、対抗というか。でも、さっちゃんがいなかったら、それさえもなかったかもしれないし。今は感謝かな」
部活もあってか、咲希が桜海に帰ってきてからは、彼女と一緒にいる時間の方がかなり多かった。咲希が恋心を今も抱いていたことは転入初日に分かったから、僕が少しでも自分の方へ気持ちを向けてくれるように、定期的に泊まりに来るようになったんだな。
気付けば、明日香は僕の横に座っていて、僕に寄り掛かってくる。
「こうしているととても幸せになれる。つーちゃんと恋人として付き合うことになったのがまだ信じられない自分がいて。夢なんじゃないかって思うよ」
「僕もさっき思ったよ。これは夢じゃないかってさ」
「ふふっ、そうなんだ。ねえ、本当のことだって分かりたいから、私の両頬をつねってくれるかな?」
「いいよ」
僕は明日香の頬をつねってみる。結構柔らかいな。つねりながら色々と動かしてみるとなかなか面白い。
「つ、つーちゃん。本当のことなんだってちゃんと分かったから、つねるのはこのくらいにして」
「分かった。ごめんね、頬が柔らかいから色々とやっちゃったよ」
つねるのを止め、明日香の両頬に手を添えてそっとキスする。紅茶を飲んだとき以上に紅茶の香りがしっかりと感じられる気がして。
唇を離すと明日香はにっこりと笑って、
「……もっと」
そう言うと僕のことを抱きしめ、今度は彼女の方からキスしてきた。気持ちが高ぶっているのか、僕の唇を優しく舐め、僕の口の中に入り込んできて。まるで、今まで溜め込んだ僕への好意をぶつけに来ているようだった。そのためか、段々と紅茶の香りから明日香の匂いの方が強く感じてきた。
どのくらいキスしたのかはもう分からない。ただ、唇を離したときの明日香の幸せそうな笑顔を見ると、そんなのはどうでも良くなってしまった。明日香が幸せであるならそれでいい。
「ねえ、つーちゃん」
「うん?」
「……一緒にお風呂に入りたい。昔みたいに洗いっこしよう? もうお風呂の準備はできているから」
「うん、分かった。一緒に入ろう」
「ありがとう」
これから一緒にお風呂に入るからなのか、明日香は今から顔を真っ赤にしてはにかんでいる。そんなところもまた可愛らしい。
僕もドキドキするけど、のぼせたり湯船で溺れたりしてしまわないように気を付けよう。
「そうだね、明日香」
午後9時過ぎ。
花火大会が終わって、僕は明日香と2人きりで高台を後にする。行くときは一緒だった咲希と芽依は鈴音さんのお家でお泊まりをすることに。
また、三宅さんは羽村の家に泊まり、松雪先生は常盤さんのお屋敷にお邪魔して、月影さんと一緒にゆっくりとお酒を呑むつもりらしい。常盤さんはそんな2人に付き合ってあげるとのこと。
花火大会からの帰り道。恋人になった浴衣姿の明日香と2人きりで一緒に歩いていたら……ドキドキしないわけがない。明日香と繋ぐ手がどんどんと温かくなっているのが分かる。
打上花火を見ていたこともあって、さっきまで気付かなかったけど、今日の月は半月なのか。それでも明るくて綺麗だ。
「夕方にこの道を歩いているとき、まさか、つーちゃんと恋人になっているなんて思ってもいなかったよ」
「そっか。僕は告白するときが刻一刻と迫っていたから、緊張しっぱなしだったよ。浴衣姿の明日香がとても可愛いから、感付かれないかどうか心配だった」
「いつもと様子がちょっと違うなって思ったけれど、それはさっちゃんもめーちゃんも浴衣姿だったからだと思ってた」
「みんなの浴衣姿も可愛いと思ったのは本当だよ。それでも、明日香が一番可愛いかな」
「……ありがとう。凄く嬉しい」
すると、明日香は手を一旦離して、僕の腕をぎゅっと抱きしめてくる。そのことで僕の腕が彼女の温かさと柔らかさに包まれていく。
「歩き慣れている道を歩いていて、見慣れている景色が見えるのに……つーちゃんと一緒に歩いているからか、今は何だか初めて来た場所のように思えるよ」
「僕も似たような感覚かな。幼なじみじゃなくて恋人として一緒にいるんだもんね。咲希や芽依がいるならまだしも、明日香と2人きりだと特別な場所を歩いている感じがして、特別な時間を過ごしている気がする」
「うんうん、それ分かる。でも、つーちゃんと2人きりで過ごす時間が当たり前になるといいよね。ただ、尊くて感謝するって意味では、いつまでも特別な時間だって想っておくべきなんだろうけど」
「そうだね。僕としては正式に明日香と一緒にいる関係になっても、こうして側にいると何かいいなとか、幸せだな……って思えるようになっていたいな」
「うん、いつまでもそうありたいね。……ところで、つーちゃん。正式に私と一緒にいる関係って、例えばどういうことかな?」
明日香はにっこりと笑い、上目遣いで僕のことを見てくる。
「……結婚かな、やっぱり」
「結婚か。いい響きだね」
ふふっ、と明日香は声に出して笑った。絶対に僕が何を言うのかを分かっていた反応だ。道端で結婚って言ったから恥ずかしいけれど、周りに人が全然いないし、何よりも明日香の笑顔が可愛いので許そう。
「ねえ、つーちゃん」
「うん?」
「今日、私の家に泊まりに来ない? お父さんとお母さん、1泊2日の旅行に行っているんだ。私がつーちゃん達と旅行に行ったから、自分達も行きたくなったんだって。お兄ちゃんが東京から帰省するのはもう少し先の話だし。だから、今夜は私しかいないの。だから、つーちゃんが来てくれると嬉しいな……って」
「明日香がそう言うなら、今夜は明日香の家でお世話になるよ。実は、芽依が鈴音さんの家に泊まるって聞いたときから、明日香を家に誘おうかなって思っていたんだ。ただ、明日香と2人きりの時間を過ごしたい」
「私も同じだよ。つーちゃんと2人きりの時間をゆっくりと過ごしたい。じゃあ、今夜は私の家でお泊まりだね」
今夜は明日香と一緒に過ごしたいと思っていたけれど、実際にそうなることが決まると途端に緊張してくる。しかも、明日香の家で2人きりだなんて。ただ、楽しくて幸せな時間にしたいな。
明日香も緊張しているのか、そこから急に会話が減ってしまった。明日香からは彼女の履く下駄の音だけが聞こえる時間が続いていって。それでも、彼女の温もりをしっかりと感じられるからか、こういうのもいいなと思えて。
そんなことを考えていると明日香の家が見えてきた。家には誰もいないためか、明日香の家は真っ暗だ。
「もう着いちゃったね」
「そうだね。じゃあ、僕は一旦家に帰って、寝間着とか服とかまとめてくるから。20分もあれば戻ってくるからさ」
「分かった。私も浴衣から着替えたり、お風呂とか準備したりして待っているから」
「……うん。じゃあ、行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
明日香の家の前でその言葉を言われると結構くるものがあるな。
僕は自宅に帰り、リビングでゆっくりとテレビを観ていた両親に明日香と付き合うことになり、今夜は彼女の家に泊まると伝えた。
すると、母さんは満面の笑みを浮かべて「色々なことをしてたっぷりと楽しんでね」と言い、父さんは「明日香ちゃんとなら大丈夫だろう」と感慨深そうにしていた。
明日香のお泊まりバッグくらいの大きさのバッグに、寝間着や下着、明日の衣服などを入れていく。こういうことをしていると、本当に明日香の家に泊まるんだなと幸せな気持ちと緊張に包まれる。
まとめた荷物を持って明日香の家に向かう。さっきとは違って明日香の部屋などから灯りが見えている。それだけでも安心感があって。
インターホンを押すと、すぐに玄関から明日香が出てきた。浴衣から着替えた明日香は、デニムのロングスカートに黒いノースリーブの縦セーターを着ている。大人っぽい雰囲気だ。
「おかえりなさい、つーちゃん」
「……ただいま、明日香。その服、よく似合っているね」
「ありがとう。ええと……何か食べる? お風呂に入る? それとも……わ、わたし?」
漫画とかではたまに見るセリフだけど、実際に言われるとキュンとなるな。それは明日香だからだろうか。
何か食べるか、お風呂に入るか、明日香か。お風呂の中で明日香のことをいただくということを思いついてしまったけど、さすがにそれはまずい。
「……まずはコーヒーか紅茶を飲みながら、明日香とゆっくり過ごしたいかな」
「うん! 分かった。じゃあ、温かい紅茶を淹れるね」
「ありがとう」
僕は明日香の家にお邪魔し、彼女の部屋に直行する。小さい頃から数え切れないほどに来ていて、咲希が桜海に帰ってきてからも何度か来ているのに、まるで初めてお邪魔する場所のように思えた。帰り道で明日香が言っていたことってこういう感じだったのかな。
部屋の端に荷物を置いて、ベッドの近くにあるクッションに座る。ほのかに明日香の匂いが香ってくるからか、まるで彼女に抱きしめられるような気がして。夢なんじゃないかと思い頬をつねってみると確かな痛みがあった。
「お待たせ、つーちゃん。チョコレートも持ってきた」
「うん、ありがとう」
紅茶の匂いがしたことで気持ちも少しずつ落ち着いていく。
紅茶とチョコレートをテーブルに置いて、明日香は僕と向かい合うようにして座る。明るいところで改めて彼女のことを見ると、本当に大人っぽくなったなと思う。今年で18歳だもんな。出会ってから15年近く経てば、さすがに変わるか。僕らも幼なじみから恋人になったし。
「どうしたの、つーちゃん。私のことをじっと見ながら微笑んで」
「今の明日香の姿を見て、僕らは大人になったんだなって。幼稚園くらいのときに出会ったからか」
「15年近く経つもんね。それを考えたら、つーちゃんだって大人っぽくなったよ。背も高くなって、かっこよくなって。優しいところは昔と変わらないけど」
「明日香だって、艶っぽくなって、昔以上に可愛くなったよ」
「ありがとう。……ほ、ほら! 冷めないうちに紅茶を飲んで」
明日香は紅茶をゴクゴクと飲んでいる。まだ湯気がしっかりと立っているのに。僕も紅茶を一口飲んでみるけどかなり熱いぞ。部屋も涼しいし、ノースリーブの服を着ているから明日香にとってはちょうどいいのかな。
「ねえ、つーちゃん」
「うん?」
「こうして、私の部屋で2人きりで過ごすのってひさしぶりだよね」
「そうだね。咲希が帰ってきてからも何度か明日香の家にお邪魔したけど、基本的に咲希と一緒だったからね」
「うん。定期試験の勉強とかで、今年に入ってからも何度か2人で過ごしたけど、さっちゃんが帰ってきてからは初めてかな。2人で泊まるなんて本当にひさしぶり。最近、つーちゃんの部屋にお泊まりに行くようになったけど、あれは嫉妬というか、対抗というか。でも、さっちゃんがいなかったら、それさえもなかったかもしれないし。今は感謝かな」
部活もあってか、咲希が桜海に帰ってきてからは、彼女と一緒にいる時間の方がかなり多かった。咲希が恋心を今も抱いていたことは転入初日に分かったから、僕が少しでも自分の方へ気持ちを向けてくれるように、定期的に泊まりに来るようになったんだな。
気付けば、明日香は僕の横に座っていて、僕に寄り掛かってくる。
「こうしているととても幸せになれる。つーちゃんと恋人として付き合うことになったのがまだ信じられない自分がいて。夢なんじゃないかって思うよ」
「僕もさっき思ったよ。これは夢じゃないかってさ」
「ふふっ、そうなんだ。ねえ、本当のことだって分かりたいから、私の両頬をつねってくれるかな?」
「いいよ」
僕は明日香の頬をつねってみる。結構柔らかいな。つねりながら色々と動かしてみるとなかなか面白い。
「つ、つーちゃん。本当のことなんだってちゃんと分かったから、つねるのはこのくらいにして」
「分かった。ごめんね、頬が柔らかいから色々とやっちゃったよ」
つねるのを止め、明日香の両頬に手を添えてそっとキスする。紅茶を飲んだとき以上に紅茶の香りがしっかりと感じられる気がして。
唇を離すと明日香はにっこりと笑って、
「……もっと」
そう言うと僕のことを抱きしめ、今度は彼女の方からキスしてきた。気持ちが高ぶっているのか、僕の唇を優しく舐め、僕の口の中に入り込んできて。まるで、今まで溜め込んだ僕への好意をぶつけに来ているようだった。そのためか、段々と紅茶の香りから明日香の匂いの方が強く感じてきた。
どのくらいキスしたのかはもう分からない。ただ、唇を離したときの明日香の幸せそうな笑顔を見ると、そんなのはどうでも良くなってしまった。明日香が幸せであるならそれでいい。
「ねえ、つーちゃん」
「うん?」
「……一緒にお風呂に入りたい。昔みたいに洗いっこしよう? もうお風呂の準備はできているから」
「うん、分かった。一緒に入ろう」
「ありがとう」
これから一緒にお風呂に入るからなのか、明日香は今から顔を真っ赤にしてはにかんでいる。そんなところもまた可愛らしい。
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