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第52話『溺愛メイド』
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松雪先生に抱きしめられたことで少し気持ちが落ち着いた。年上の女性の温もりや匂いって何か……いいな。
気付けば、午前6時を過ぎていたので、朝食の準備をするために先生と一緒に1階へと降りる。すると、リビングで、咲希と常盤家の専属メイドの月影さんがまったりと緑茶をすすっていた。
「あっ、おはようございます、翼、里奈先生」
「おはようございます、蓮見様、松雪里奈様」
「おはようございます、咲希、月影さん」
「おはようございます。朝から可愛いメイドさんとご対面だなんて、私は夢を見ているんじゃないかなぁ」
と言いながらも、先生は嬉しそう。
朝のランニングが習慣で早起きする咲希がここにいるのは分かるけど、どうして月影さんがここにいるんだろう。
「蓮見様と里奈様も緑茶はいかがですか? 夏ですが、温かい緑茶を飲むと落ち着きますよ」
「いただきます。先生は?」
「私もいただこうかな。可愛いメイドさんの淹れるお茶なんて滅多に飲めないだろうから」
「ふふっ、かしこまりました。少々お待ちください」
僕は松雪先生と隣り合ってソファーに腰を掛ける。こうしていると、一昨日の夜のことを思い出すな。精神的な状態はかなり違ったけれど、まさかソファーの方がよく眠れるとは思わなかった。
「どうぞ」
「ありがとうございます。うわぁ、メイドさんの淹れてくれた緑茶だ」
先生、とても嬉しそうだ。メイドさんに憧れでもあるのかな?
「ありがとうございます。あの……どうして月影さんがここに? もしかして、常盤さんから何か頼まれたのですか?」
「いいえ、自主的にここに来たのです」
月影さんは真面目な様子でそう言うけど、自主的に来てしまっていいのだろうか。
「実は昨日の深夜……美波お嬢様から私に電話がかかってきまして。明日香様に告白してフラれ、その流れで喧嘩もしてしまい絶交とも言える状況になってしまったと。そのことを話した際は、号泣しているようでした。この旅行で仲良くなった宮代鈴音様にお話しして少しは気分が落ち着いたそうですが、また心細くなってしまい私に電話を掛けたとのことで」
「そ、そうだったんですね」
月影さんの話はこれまでに学校でも話してくれていたし、頼りになるお姉さんみたいな側面もあるのだろう。あと、鈴音さんとはやっぱりこの旅行を通して仲良くなったんだな。
「お嬢様から来てほしいとは言われなかったのですが、お嬢様のことがとても心配になりまして。ですから、すぐにここへ駆けつけたいと旦那様と奥様に申し出た結果、二つ返事で許可をいただくことができました。そして、法定速度をきちんと守りながら夜道を走り、ここにやってきたのです」
「そういう経緯でしたか。夜遅く運転お疲れ様でした」
「いえいえ、愛する美波お嬢様のためですから。疲れなど全くありません。お嬢様から電話からかかってくるまで、少しの間でしたが眠っていましたし」
さすがは常盤家の専属メイド。愛情によって疲れが吹き飛ぶのか。そして、自主的にやってきたというのは、常盤さんに頼まれなかったけどここに来たっていう意味だったんだな。
「ここにやってきてすぐに、美波お嬢様の様子を確認して、別荘の中を掃除しているときにランニングに出かける咲希様と会ったのです」
「あたしも驚きましたよ。まさか、月影さんとここに会うなんて」
「ちょっと待ってください。常盤さんの様子を確認したってことは、部屋の中に? 部屋の場所とか、鍵とかどうしたんですか?」
「この別荘の全ての部屋の鍵は持ってきましたし、お嬢様の部屋は匂いを嗅いでいけば普通に分かりますよ?」
「そ、そうなんですね」
さすがは常盤家の専属メイド……なのかな? 常盤さんの小さい頃からずっと一緒にいるそうだし、常盤さんの匂いはしっかりと覚えているんだろうな。
「夜明けの陽差しによって少しずつ明るくなる中、こっそりと美波お嬢様の部屋に入りました。眠っていることを確認し、気付かれないように頬にキスをしました。スリルがあった分、愛おしさが何倍にも膨れ上がりました」
月影さん、うっとりとした様子だ。常盤さんのことを相当溺愛しているものと思われる。これなら、自主的にここまでやってくるわけだ。
「ただ、お嬢様の寝顔は少し悲しげでもありました。ですから、お嬢様を振った明日香様や、喧嘩の発端となった蓮見様のことをほんの一瞬ですが恨みました」
「ええと、その……申し訳なく思っております」
「いえいえ。私こそこのようなことを言ってしまい申し訳ございません。蓮見様の件は予想外でしたが、明日香様のことは主にお食事のときに話すことが多かったので、恋愛感情を抱いている可能性はあるとは思っておりました」
「普段から美波は明日香のことを話していたんですね」
「ええ。それに、明日香様のことを話すときのお嬢様は、美しくも可愛らしい女性に見えましたから。本当に、お嬢様も大人の女性になったのだなと思いますね。メイドを始めたときにはあんなに小さかった美波お嬢様が……」
ということは、かなり長くメイドをやっているんだな。見た目や声は可愛らしいし、そんなに歳を取っているようには見えないけれど。漫画や小説では、常盤家に奉仕するから家系なので小さい頃からお世話している可能性はありそう。
「明日香と美波を元気にしたいのですが、どうすればいいでしょうか? お姉さんがいるそうですけど、お姉さんと喧嘩をしたときとかはどうでした?」
「そうですね……頑固なところもありますから、しばらくの間は口を利かないこともありました。私はお二人の伝令係としてよく使われておりましたね。お二人が小さい頃は、私がそれぞれに『話したいことがある』と嘘を付き、話し合いの場を無理矢理に設けて仲直りさせたことも。ある程度大きくなってからは、私の助けをあまり借りることなく、自ら反省し謝って仲直りしていましたね。ここ何年かは喧嘩すらありませんでした」
「じゃあ、美波にとってひさしぶりの喧嘩だったんですね。相手は大好きな明日香ですし、余計にショックを受けていると」
「ええ。お電話を受けたとき、私も久しぶりのことだと思いましたから。ですから、心配になってここに来たのです」
しょっちゅう喧嘩しているなら「またか……」と思えるけど、最近は全然そういうことがないと心配になるか。僕もその気持ちは分かる。明日香も小さい頃は僕や芽依と喧嘩したことがあったけど、少なくともここ数年くらいは明日香が喧嘩したり、誰かのせいで激しく怒ったりしたことはなかったから。
「お嬢様や明日香様はもちろん、みなさまが明日まで少しでも気持ち良く、そして楽しくここで過ごせるよう、働かせていただきます」
「私達のためにありがとうございます。ただ、そうなると月影さんが泊まられるお部屋は?」
「スタッフ用の部屋がありますので、私はそこで寝るつもりです。お嬢様から聞いているかもしれませんが、この別荘は会合や商談にも使われるので、その際はスタッフが寝泊まりすることもございます。そのためのお部屋は1階に用意されております。以前、プライベートで同行したときは、お嬢様達のご意向で私もゲストルームを使わせていただきました」
そういえば、浴室の近くに『STAFF ONLY』と描かれた看板が付いている扉があったな。あれはスタッフさん用の宿泊部屋だったのか。
「分かりました。月影さんがいることで、きっと美波ちゃんや明日香ちゃんが安心すると思います」
「いえいえ。それに、今の段階ではまだ別荘に来ただけとしか言えません。お二人が元気になられるのが目的ですから。明日香様は分かりませんが、美波お嬢様は紅茶やコーヒーを飲んだり、クッキーやチョコレートを食べたりすると気分が落ち着きますね。特に小さい頃はそういったものでご機嫌を取っていました」
「そうなんですね。明日香も同じような感じです。幸せそうにお菓子を食べているのを見るとこちらまで幸せになるというか」
「その気持ちよく分かります! そのような姿も含めて、お嬢様の可愛らしい姿をたくさん写真に収めてきましたから。一昨日や昨日も美波様のお写真をたくさん見て寂しさを紛らわしておりました」
ここまで好きでいてくれるメイドさんがいつも家にいるとは、常盤さんも幸せ者だな。ただ、愛情が暴走してしまいそうで恐いけど。
「では、美波お嬢様と明日香様の様子を伺いながら、私なりにサポートしていきたいと思います。蓮見様も……複雑な心境だとは思いますが、ゆっくりと考えてください」
「……はい」
月影さんにも言われてしまったな。しっかりと考えないといけないな。
「ところで、月影さん」
「何でしょう? 里奈様」
「ええと、月影さんっておいくつなんですか? 車の運転ができますから18歳以上であることは分かりますが。今の話を聞いていると、美波ちゃんを小さい頃から知っているようですし、でも、姿や声がとても可愛らしいですし……よく分からないんですよね」
真剣な様子で何を訊くのかと思ったら年齢のことか。でも、松雪先生と同じようなことは考えていた。
ふふっ、月影さんは可愛らしく笑う。
「せっかくですから、楽しくクイズ形式にしましょう。蓮見様と咲希様は私がいくつに見ますか?」
「あたしは20歳くらいだと思う! 美波の小さい頃を知っているという話ですが、当時は単なる友達だったということで!」
「僕は20代半ばくらいかなと。メイドという職業に就いた社会人の方ですし。常盤さんからはメイドの仕事もしっかりとこなすと聞いていますから、仕事に慣れてくる年齢ということで」
「……なるほど。お二人はそのような予想をしてくださるのですね。では、正解をお教えしましょうか」
果たして、月影さんの年齢はいくつなのか。
「若く予想していただいてありがとうございます。実は、私……今年の5月で30歳になりました。ギリギリ昭和生まれなんです」
「ええっ! 私よりも年上なんですか!」
「そうです。それでも、私のことは遠慮なく下の名前で呼んでくださいね」
「わ、分かりました! 凛さん! いやぁ、可愛いなぁ」
先生が一番驚いていた。この見た目からして先生の方が年上だと思っていたけれど。
30歳であり、ギリギリ昭和生まれか。僕が2000年生まれだからか、一回り以上の年齢差を感じるな。
「へえ、全然30歳には見えませんね。里奈先生よりも年上だとは信じられないです」
「おい、咲希ちゃん。それって先生が老けてるってことか?」
「いえいえ、先生が大人っぽいのと、こう言っていいのか分かりませんけど……月影さんって幼い雰囲気があるというか。大学生くらいに見えて。高校にも月影さんのような雰囲気の子もいますね……」
「ふふっ、そう言われると気分が若返りますね。常盤家のメイドになったきっかけは、15年くらい前、高校1年生のときに始めたバイトなんです。高校生OKにも関わらず時給が高かったもので。バイトをしていく中、旦那様や奥様を中心に常盤家のみなさまに気に入られたのもあり、高校卒業を機に常盤家の専属メイドに。給料、労働条件、福利厚生もしっかりとしていましたし」
「働きますからそこら辺も重要ですよね。なるほど、15年近くもメイドをしているので、小さい頃の美波を知っているんですね」
「ええ。当時は『凛ちゃん』とか『凛お姉ちゃん』と甘えておりました。お嬢様達が可愛かったことも専属メイドになる決意をした理由の一つでしたね」
今までの話を聞いていればそれも納得かな。月影さん、常盤さんのことを溺愛しているように見えるし。
「……私、今年で28歳になるんですけど、段々と誕生日が来て歳を重ねるのが嫌になってきていたんです。ただ、月影さんを見たらそんなことがどうでも良くなってきました! 私、月影さんみたいに可愛らしい女性になりたいです!」
「ふふっ、そうですか。私は里奈様のことを可愛いと思っていますし、むしろ里奈様が羨ましいくらいに思っているのですよ。背も高く、スタイルも良く、大人の色気を感じますから。私、お休みの日にお買い物に行ったりすると、背もあまり高くなくてこのような顔立ちですから、未だに高校生なのかと訊かれることもありまして。メイド服を着ているときなんて、どこのメイド喫茶でバイトしているのかと言われたりもして。里奈様の大人らしさを身につけたいくらいです」
「……凛さああん!」
先生、嬉しさのあまりかソファーから立ち上がって、月影さんのことをぎゅっと抱きしめた。月影さんもそんな先生のことを笑顔で抱きしめている。明日香も常盤さんも今の2人のように、笑顔で抱きしめ合えるときが来ればいいなと思うのであった。
気付けば、午前6時を過ぎていたので、朝食の準備をするために先生と一緒に1階へと降りる。すると、リビングで、咲希と常盤家の専属メイドの月影さんがまったりと緑茶をすすっていた。
「あっ、おはようございます、翼、里奈先生」
「おはようございます、蓮見様、松雪里奈様」
「おはようございます、咲希、月影さん」
「おはようございます。朝から可愛いメイドさんとご対面だなんて、私は夢を見ているんじゃないかなぁ」
と言いながらも、先生は嬉しそう。
朝のランニングが習慣で早起きする咲希がここにいるのは分かるけど、どうして月影さんがここにいるんだろう。
「蓮見様と里奈様も緑茶はいかがですか? 夏ですが、温かい緑茶を飲むと落ち着きますよ」
「いただきます。先生は?」
「私もいただこうかな。可愛いメイドさんの淹れるお茶なんて滅多に飲めないだろうから」
「ふふっ、かしこまりました。少々お待ちください」
僕は松雪先生と隣り合ってソファーに腰を掛ける。こうしていると、一昨日の夜のことを思い出すな。精神的な状態はかなり違ったけれど、まさかソファーの方がよく眠れるとは思わなかった。
「どうぞ」
「ありがとうございます。うわぁ、メイドさんの淹れてくれた緑茶だ」
先生、とても嬉しそうだ。メイドさんに憧れでもあるのかな?
「ありがとうございます。あの……どうして月影さんがここに? もしかして、常盤さんから何か頼まれたのですか?」
「いいえ、自主的にここに来たのです」
月影さんは真面目な様子でそう言うけど、自主的に来てしまっていいのだろうか。
「実は昨日の深夜……美波お嬢様から私に電話がかかってきまして。明日香様に告白してフラれ、その流れで喧嘩もしてしまい絶交とも言える状況になってしまったと。そのことを話した際は、号泣しているようでした。この旅行で仲良くなった宮代鈴音様にお話しして少しは気分が落ち着いたそうですが、また心細くなってしまい私に電話を掛けたとのことで」
「そ、そうだったんですね」
月影さんの話はこれまでに学校でも話してくれていたし、頼りになるお姉さんみたいな側面もあるのだろう。あと、鈴音さんとはやっぱりこの旅行を通して仲良くなったんだな。
「お嬢様から来てほしいとは言われなかったのですが、お嬢様のことがとても心配になりまして。ですから、すぐにここへ駆けつけたいと旦那様と奥様に申し出た結果、二つ返事で許可をいただくことができました。そして、法定速度をきちんと守りながら夜道を走り、ここにやってきたのです」
「そういう経緯でしたか。夜遅く運転お疲れ様でした」
「いえいえ、愛する美波お嬢様のためですから。疲れなど全くありません。お嬢様から電話からかかってくるまで、少しの間でしたが眠っていましたし」
さすがは常盤家の専属メイド。愛情によって疲れが吹き飛ぶのか。そして、自主的にやってきたというのは、常盤さんに頼まれなかったけどここに来たっていう意味だったんだな。
「ここにやってきてすぐに、美波お嬢様の様子を確認して、別荘の中を掃除しているときにランニングに出かける咲希様と会ったのです」
「あたしも驚きましたよ。まさか、月影さんとここに会うなんて」
「ちょっと待ってください。常盤さんの様子を確認したってことは、部屋の中に? 部屋の場所とか、鍵とかどうしたんですか?」
「この別荘の全ての部屋の鍵は持ってきましたし、お嬢様の部屋は匂いを嗅いでいけば普通に分かりますよ?」
「そ、そうなんですね」
さすがは常盤家の専属メイド……なのかな? 常盤さんの小さい頃からずっと一緒にいるそうだし、常盤さんの匂いはしっかりと覚えているんだろうな。
「夜明けの陽差しによって少しずつ明るくなる中、こっそりと美波お嬢様の部屋に入りました。眠っていることを確認し、気付かれないように頬にキスをしました。スリルがあった分、愛おしさが何倍にも膨れ上がりました」
月影さん、うっとりとした様子だ。常盤さんのことを相当溺愛しているものと思われる。これなら、自主的にここまでやってくるわけだ。
「ただ、お嬢様の寝顔は少し悲しげでもありました。ですから、お嬢様を振った明日香様や、喧嘩の発端となった蓮見様のことをほんの一瞬ですが恨みました」
「ええと、その……申し訳なく思っております」
「いえいえ。私こそこのようなことを言ってしまい申し訳ございません。蓮見様の件は予想外でしたが、明日香様のことは主にお食事のときに話すことが多かったので、恋愛感情を抱いている可能性はあるとは思っておりました」
「普段から美波は明日香のことを話していたんですね」
「ええ。それに、明日香様のことを話すときのお嬢様は、美しくも可愛らしい女性に見えましたから。本当に、お嬢様も大人の女性になったのだなと思いますね。メイドを始めたときにはあんなに小さかった美波お嬢様が……」
ということは、かなり長くメイドをやっているんだな。見た目や声は可愛らしいし、そんなに歳を取っているようには見えないけれど。漫画や小説では、常盤家に奉仕するから家系なので小さい頃からお世話している可能性はありそう。
「明日香と美波を元気にしたいのですが、どうすればいいでしょうか? お姉さんがいるそうですけど、お姉さんと喧嘩をしたときとかはどうでした?」
「そうですね……頑固なところもありますから、しばらくの間は口を利かないこともありました。私はお二人の伝令係としてよく使われておりましたね。お二人が小さい頃は、私がそれぞれに『話したいことがある』と嘘を付き、話し合いの場を無理矢理に設けて仲直りさせたことも。ある程度大きくなってからは、私の助けをあまり借りることなく、自ら反省し謝って仲直りしていましたね。ここ何年かは喧嘩すらありませんでした」
「じゃあ、美波にとってひさしぶりの喧嘩だったんですね。相手は大好きな明日香ですし、余計にショックを受けていると」
「ええ。お電話を受けたとき、私も久しぶりのことだと思いましたから。ですから、心配になってここに来たのです」
しょっちゅう喧嘩しているなら「またか……」と思えるけど、最近は全然そういうことがないと心配になるか。僕もその気持ちは分かる。明日香も小さい頃は僕や芽依と喧嘩したことがあったけど、少なくともここ数年くらいは明日香が喧嘩したり、誰かのせいで激しく怒ったりしたことはなかったから。
「お嬢様や明日香様はもちろん、みなさまが明日まで少しでも気持ち良く、そして楽しくここで過ごせるよう、働かせていただきます」
「私達のためにありがとうございます。ただ、そうなると月影さんが泊まられるお部屋は?」
「スタッフ用の部屋がありますので、私はそこで寝るつもりです。お嬢様から聞いているかもしれませんが、この別荘は会合や商談にも使われるので、その際はスタッフが寝泊まりすることもございます。そのためのお部屋は1階に用意されております。以前、プライベートで同行したときは、お嬢様達のご意向で私もゲストルームを使わせていただきました」
そういえば、浴室の近くに『STAFF ONLY』と描かれた看板が付いている扉があったな。あれはスタッフさん用の宿泊部屋だったのか。
「分かりました。月影さんがいることで、きっと美波ちゃんや明日香ちゃんが安心すると思います」
「いえいえ。それに、今の段階ではまだ別荘に来ただけとしか言えません。お二人が元気になられるのが目的ですから。明日香様は分かりませんが、美波お嬢様は紅茶やコーヒーを飲んだり、クッキーやチョコレートを食べたりすると気分が落ち着きますね。特に小さい頃はそういったものでご機嫌を取っていました」
「そうなんですね。明日香も同じような感じです。幸せそうにお菓子を食べているのを見るとこちらまで幸せになるというか」
「その気持ちよく分かります! そのような姿も含めて、お嬢様の可愛らしい姿をたくさん写真に収めてきましたから。一昨日や昨日も美波様のお写真をたくさん見て寂しさを紛らわしておりました」
ここまで好きでいてくれるメイドさんがいつも家にいるとは、常盤さんも幸せ者だな。ただ、愛情が暴走してしまいそうで恐いけど。
「では、美波お嬢様と明日香様の様子を伺いながら、私なりにサポートしていきたいと思います。蓮見様も……複雑な心境だとは思いますが、ゆっくりと考えてください」
「……はい」
月影さんにも言われてしまったな。しっかりと考えないといけないな。
「ところで、月影さん」
「何でしょう? 里奈様」
「ええと、月影さんっておいくつなんですか? 車の運転ができますから18歳以上であることは分かりますが。今の話を聞いていると、美波ちゃんを小さい頃から知っているようですし、でも、姿や声がとても可愛らしいですし……よく分からないんですよね」
真剣な様子で何を訊くのかと思ったら年齢のことか。でも、松雪先生と同じようなことは考えていた。
ふふっ、月影さんは可愛らしく笑う。
「せっかくですから、楽しくクイズ形式にしましょう。蓮見様と咲希様は私がいくつに見ますか?」
「あたしは20歳くらいだと思う! 美波の小さい頃を知っているという話ですが、当時は単なる友達だったということで!」
「僕は20代半ばくらいかなと。メイドという職業に就いた社会人の方ですし。常盤さんからはメイドの仕事もしっかりとこなすと聞いていますから、仕事に慣れてくる年齢ということで」
「……なるほど。お二人はそのような予想をしてくださるのですね。では、正解をお教えしましょうか」
果たして、月影さんの年齢はいくつなのか。
「若く予想していただいてありがとうございます。実は、私……今年の5月で30歳になりました。ギリギリ昭和生まれなんです」
「ええっ! 私よりも年上なんですか!」
「そうです。それでも、私のことは遠慮なく下の名前で呼んでくださいね」
「わ、分かりました! 凛さん! いやぁ、可愛いなぁ」
先生が一番驚いていた。この見た目からして先生の方が年上だと思っていたけれど。
30歳であり、ギリギリ昭和生まれか。僕が2000年生まれだからか、一回り以上の年齢差を感じるな。
「へえ、全然30歳には見えませんね。里奈先生よりも年上だとは信じられないです」
「おい、咲希ちゃん。それって先生が老けてるってことか?」
「いえいえ、先生が大人っぽいのと、こう言っていいのか分かりませんけど……月影さんって幼い雰囲気があるというか。大学生くらいに見えて。高校にも月影さんのような雰囲気の子もいますね……」
「ふふっ、そう言われると気分が若返りますね。常盤家のメイドになったきっかけは、15年くらい前、高校1年生のときに始めたバイトなんです。高校生OKにも関わらず時給が高かったもので。バイトをしていく中、旦那様や奥様を中心に常盤家のみなさまに気に入られたのもあり、高校卒業を機に常盤家の専属メイドに。給料、労働条件、福利厚生もしっかりとしていましたし」
「働きますからそこら辺も重要ですよね。なるほど、15年近くもメイドをしているので、小さい頃の美波を知っているんですね」
「ええ。当時は『凛ちゃん』とか『凛お姉ちゃん』と甘えておりました。お嬢様達が可愛かったことも専属メイドになる決意をした理由の一つでしたね」
今までの話を聞いていればそれも納得かな。月影さん、常盤さんのことを溺愛しているように見えるし。
「……私、今年で28歳になるんですけど、段々と誕生日が来て歳を重ねるのが嫌になってきていたんです。ただ、月影さんを見たらそんなことがどうでも良くなってきました! 私、月影さんみたいに可愛らしい女性になりたいです!」
「ふふっ、そうですか。私は里奈様のことを可愛いと思っていますし、むしろ里奈様が羨ましいくらいに思っているのですよ。背も高く、スタイルも良く、大人の色気を感じますから。私、お休みの日にお買い物に行ったりすると、背もあまり高くなくてこのような顔立ちですから、未だに高校生なのかと訊かれることもありまして。メイド服を着ているときなんて、どこのメイド喫茶でバイトしているのかと言われたりもして。里奈様の大人らしさを身につけたいくらいです」
「……凛さああん!」
先生、嬉しさのあまりかソファーから立ち上がって、月影さんのことをぎゅっと抱きしめた。月影さんもそんな先生のことを笑顔で抱きしめている。明日香も常盤さんも今の2人のように、笑顔で抱きしめ合えるときが来ればいいなと思うのであった。
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