ラストグリーン

桜庭かなめ

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第43話『昨晩の真相』

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 まさかの明日香と常盤さんの途中参加があったことで、長めの朝風呂となった。
 のぼせてはまずいので、僕はみんなよりも先にお風呂から出た。時計を見ると、午前6時15分を指していた。40分近く浴室の中にいたのか。
 朝食を作る前に、一旦、部屋に戻って松雪先生の様子を確認してみるか。昨日はかなりの量のお酒を呑んでいたし、お風呂に入る前にも部屋に戻ったけれど、そのときも先生はベッドでぐっすりと眠っていた。今も寝ているんだろうな。
 服を着て僕の部屋である202号室へと戻る。みんなまだ寝ているのか、自分の部屋でゆっくりとしているからか静かだ。
 部屋の扉を開けると中は薄暗い。先生、まだ寝ているのかな。

「……蓮見君?」
「起きていたんですね。おはようございます」

 カーテンを開けると、ここからも綺麗な夏山の青い海が見える。プライベートビーチの砂浜もちょっと見えている。

「今日もいい天気ですね、せん、せい……」

 後ろに振り返ると、恥ずかしそうに僕のことを見る先生がいた。よく見てみると、ふとんはかけているけど肩まで露出しているし、寝ている間に暑くて脱いでしまったのか先生のTシャツやズボンがベッドの側に落ちていた。

「ほ、本当にいい天気だよね、蓮見君。おはよう」
「おはようございます。先生のシャツとズボンがベッドの側に落ちていますよ」

 シャツとズボンを拾って先生の側に置いた。

「……ね、ねえ。蓮見君。ついさっき起きたんだけど、服も下着も全部脱いだ状態になっていて。それで、昨日の夜のことを思い出したら、私、蓮見君のお部屋に行って、ベッドの上で蓮見君に甘えた記憶があって」

 お酒を呑んでいたときのことを覚えているタイプなんだ、先生。下着まで脱いだのはきっと暑かったからだろう。

「昨日の10時過ぎくらいですかね。お酒を持った先生がここに遊びに来て……普段よりもかなり甘えた感じにはなっていましたね」
「そ、そうだったんだね……」

 すると、ふとんで胸を隠したまま先生はゆっくりと体を起こす。顔を赤くしながらチラチラと僕のことを見るけれど、やがてしっかりと僕のことをしっかりと見つめる。

「酔っ払っていたとはいえ、私、教師としてあるまじき行為をしちゃったんだね。教師失格だよ。教師として、人としての責任はちゃんと取るし、もし蓮見君との子供ができていたら、年長者としてしっかりと育てるよ! もちろん、蓮見君が私の夫となる決心がついたら、私、いつでも……!」
「……あの、絶対に勘違いしていますよね、先生」
「えっ?」

 顔を真っ赤にしたまま、先生はきょとんとした様子に。
 先生が言ったような勘違いをしてしまっても仕方ないか。ここは、実際にあったことをしっかりと話そう。

「松雪先生、落ち着いてください。はっきりと言いますが、先生とは体の関係は一切持っていません。確かに、昨晩、酔っ払った先生がお酒を持って僕の部屋に遊びに来ました。このビールを美味しそうに呑んでいました」
「そこまでは記憶があるよ。それで、ベッドに蓮見君と隣同士で座らなかった?」
「ええ。それで、酔っ払っていたのか僕にベッタリとくっついて、ベッドの上に押し倒したところで眠っちゃったんですよ」
「押し倒しちゃったのは事実なんだ……」

 はあっ、と先生はため息をついている。

「でも、本当にそこまでで、僕は先生をこのベッドに寝かせて、お風呂に入って……他の人の部屋にお邪魔する気分にもなれなかったので、リビングのソファーで寝ました。結構気持ち良くて、ぐっすりと眠れましたよ」
「そうだったんだね。ご迷惑をお掛けしました……」

 先生、本当に申し訳なさそうにしている。こうして普段はしっかりとしているので、昨日の夜のことは平成最後の夏の思い出の1つということにしよう。

「いえいえ。あと、昨日はたくさん呑んでいましたけど、体調は大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。本当のことが分かって気持ちも落ち着いた」
「それなら良かったです」

 危うく、ありもしないことで先生の未来が変わってしまうところだった。これを教訓に今夜と明日の夜はあまり酔わないでくれると嬉しい。

「じゃあ、僕は朝ご飯を作りますので、先生はとりあえず服を着てくださいね」
「うん。まるで同棲している恋人みたいな会話だね。あんな男に比べたら、蓮見君の方がよっぽど素敵だし、幸せな未来を歩めそうな気がするよ」
「……そうですか」

 ここまでひどい言われようだと、先生の元カレと一度会ってみたい気もする。
 1階のダイニングキッチンに行くと、そこにはエプロン姿の明日香が朝食の準備を始めていた。また、昨晩寝たソファーに常盤さん横になってくつろいでいた。

「おっ、明日香が朝食の準備をしてくれているんだ」
「うん、そうだよ。和風の朝食だよ。昨日の夜ご飯はつーちゃん達が作ってくれたし。それに、ここに来たら一度はご飯を作らないと」
「明日香の作ってくれる朝食、楽しみだなぁ」
「前に来たときは基本、明日香か僕が食事を作っていたもんね。そういえば、咲希は?」
「ランニングしてお風呂に長く浸かったからか、咲希ちゃんは部屋でゆっくり休みたいって言って自分の部屋に戻っていったよ」
「そっか」

 途中、のぼせ防止のために湯船を出ているときもあったけど、結構長い時間湯船に浸かっていたからな。ランニングしたこともあって疲れが襲ったのかもしれない。

「そういえば、蓮見君。咲希から聞いたけれど、昨日はこのソファーで寝たんだって?」
「うん。酔っ払った先生が遊びに来て、ビールを呑んだらすぐに僕のベッドを占領してさ。他の人の部屋にお邪魔する気分でもなかったし、そのソファーで寝たんだ」
「なるほどね。羽村君はきっと陽乃ちゃんと一緒だろうし……誰かの部屋に行かないっていうのは蓮見君らしいかも。……うん、このソファー気持ちいい。お風呂から出た直後か眠気を誘ってくるね。あと、君の匂いも悪くないね」

 ふああっ、と常盤さんは可愛らしいあくびをし、昨晩の僕のようにクッションをぎゅっと抱きしめる。

「確かにこうしていると気持ち良く眠れそう」
「私もつーちゃんの可愛い寝顔を実際に見たかったよ。まあ、さっちゃんに頼んで、写真を送ってもらったんだけどね」

 明日香、とても幸せな表情を浮かべている。手のひらの上で豆腐を切っているときにそんな満面な笑みを浮かべない方がいいのでは。ただ、そんな心配は杞憂であり、流れるように豆腐を切って鍋に入れた。和食って言っていたから豆腐の味噌汁かな。

「おはよう、お兄ちゃん、明日香ちゃん、美波ちゃん」
「おはよう、翼君、明日香ちゃん、美波ちゃん」

「おはよう、めーちゃん、鈴音さん。朝食は私が作っているところだから大丈夫ですよ」
「2人ともおはようでーす」

 おっ、芽依と鈴音さんが一緒にリビングにきた。

「おはよう、芽依、鈴音さん。一緒に来たってことは2人で一緒に寝たんですか?」
「そうだよ、お兄ちゃん。鈴音さんのお部屋にお邪魔して、テレビを観ながらお菓子を食べたり、お兄ちゃんのことをたくさん話したり。楽しかったですよね、鈴音さん」
「そうだね。楽しすぎて気付いたら日付が変わっていたよね」
「それで、私は鈴音さんの豊満な胸を堪能しながら寝ましたとさ」
「あたしのことを抱きしめながら寝たもんね、芽依ちゃん。ただ、新しい妹ができたような気がして嬉しかったよ」

 芽依と鈴音さんは旅行が始まってから本当に仲良くなったよなぁ。胸については最大の凹凸コンビだけど。芽依が鈴音さんのことを抱きしめながら眠る姿が容易に想像できる。

「でも、お兄ちゃん。私が鈴音さんが一緒に寝たと思うなんて。もしかして、お兄ちゃんは明日香ちゃんや咲希ちゃんと一緒に寝たの?」
「ううん、明日香や咲希と一緒に寝たのはあたし。それで、蓮見君は酔っ払った松雪先生の侵攻があってこのソファーで寝たんだよね」
「侵攻ってほどじゃないよ。ただ、お酒を持って遊びに来た松雪先生が僕のベッドで爆睡し始めたからね。他の部屋に行く気にもなれなかったから、今、常盤さんが横になっているソファーで寝たんだよ。意外とぐっすり眠れた」
「お兄ちゃんってどこでも眠れるよね。昔も旅行から帰る車の中でずっと寝ていたこともあったし、深夜のサッカー中継を見たときは机に突っ伏して朝まで寝ていたし」
「確かに、昔ほどじゃないけど、眠気があれば場所を選ばずに眠れるね」

 そんな体質が功を奏したってところかな。

「みんな、おはよう」
「先輩方、おはようございます」

 おっ、羽村と三宅さんが一緒にリビングにやってきた。

「おはよう、羽村、三宅さん」
「おはよう、羽村君、はるちゃん」
「おはよう、羽村君、陽乃ちゃん。2人一緒に降りてきたってことは……昨日の夜、2人きりの時間をさぞかし楽しんだことでしょう!」
「ええと、それは……」

 常盤さんの追及により、三宅さんは昨晩のことを思い出したのか、今までの中で一番の顔の赤さになり、うつ伏せの状態でソファーに倒れ込んだ。

「陽乃ちゃん、そういう反応をするということは、もしかして……もしかする?」
「あううっ……!」

 三宅さんはそんな可愛らしい喘ぎ声を上げ、脚を激しくバタバタさせる。

「常盤さん、興味が湧くのは分かるけど、三宅さんが恥ずかしがっているんだからあまりしつこく訊いたらダメだよ」
「そうだね。……すっごく気になるけど」

 常盤さんは今も興奮気味。この様子だと、旅行の間に羽村と何があったのか聞き出しそうだな。

「……で、実際はどうなんだ? 羽村。三宅さんと楽しい夜を過ごせたか?」
「ああ、人生の中で最高の夜だったよ。陽乃とは……色々な意味で距離が縮まったからな。愛おしい時間だった。きっと、今夜も明日の夜もそんな夜になるだろう」
「……2人ならそうなりそうな気がするよ」

 良かったな、と僕は羽村の肩を軽く叩いた。
 羽村はパッと見、さほど変わらない笑みを浮かべている。きっと嬉しい気持ちでいっぱいなんだろうけど、恥ずかしがっている三宅さんのためなのか、普段と変わらない様子を見せていることがすぐに分かったのであった。
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