ラストグリーン

桜庭かなめ

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第42話『浴場で欲情-後編-』

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 更衣室に入ってきた明日香と常盤さんの話し声が聞こえる。そのことで、咲希は僕への抱擁を解く。

「つ、翼。どうしよっか?」
「そうだね……」

 さすがに咲希も焦った表情を見せている。
 真っ先に視線を向けたのは窓の方。換気用なのか開閉できる部分もあるけど、パッと見たところ僕が抜けられるような大きさではない。外に出ることができたとしても、小さなタオル1枚で別荘に戻らなければいけない。

「ここから逃げることは不可能だろうね。隠れられそうなスペースも……ないか」
「このお湯に潜るっていうのは?」
「多少はできるだろうけど、いずれは見つかる。あと、このくらい熱いお湯に潜ったらすぐにのぼせて、それこそ大変なことになる。それに隠れたり、逃げたりすることは考えない方がいいと思う」
「えっ、どうして?」
「……脱いだ服や下着を見られたらすぐにバレる。カゴに入っているから見つかるのも時間の問題。僕が着ていた寝間着は確か、明日香が前に僕の家に泊まりに来たときにも着ていたから」
「なるほどね。覚えている可能性はあるか。しかも、下着まで見られたら翼か羽村君が入っているって思うもんね」
「ああ」

 もう、僕は明日香や常盤さんに事実を知られぬまま逃げられないだろう。

『あれ? これ……つーちゃんの寝間着かな。似たのをつーちゃんが前に着てたの』
『かもね。それだけなら、ごめんって言って立ち去るけど……こっちのカゴには女性ものの下着があるよ』
『あっ、本当だ! めーちゃんのものかな……』
『ブラジャーのサイズやカップを見たけど、芽依ちゃんだと大きすぎる。これだと……きっと咲希だね! 朝のランニングから帰ってきてお風呂に入ろうとしたら、きっと蓮見君とバッタリ会って一緒に入っているんだよ!』
『そ、そうなのかな? それならさっちゃんが羨ましい……』
『とりあえず、確認してみよう』

 常盤さんのその言葉の直後、入り口の扉がゆっくりと開くと、そこには部屋着姿の明日香と常盤さんが。

「お、おはよう! 明日香、美波」
「……おはよう。明日香、常盤さん」

 どんな状況でも、しっかりと挨拶することって重要だよな!
 ただ、今の僕と咲希を見て何を思ったのか、明日香は顔を真っ赤にして、常盤さんはニヤニヤしている。

「お、おはよう! つーちゃん! さっちゃん! みなみんの推理通りだったね」
「ふふっ、絵画をやっていくうちに、一目見れば女性の胸の大きさがだいたい分かるようになったんだ。あっ、おはよう、咲希、蓮見君。2人とも裸ってことは……もしかして、最後までやっちゃった?」
『やってない!』

 それは事実なんだけど、咲希と声が重なったからか何だか恥ずかしい。あと、絵画をやれば胸の大きさって一目で判断できるものなのだろうか。

「とにかく、2人が入るなら外で待っていてくれるかな。すぐに出るから」
「わ、私はつーちゃんがいてくれてかまわないよ! それに、つーちゃんと久しぶりにお風呂に入ってみたかったし……」
「羨ましいって言っていたもんね。まあ、さすがに蓮見君だけなら外で待つけど、明日香と咲希がいるならあたしも一緒に入ろうかな。きっと、蓮見君は変なことはしないだろうし」

 明日香はともかく常盤さんが一緒に入ると言うなんて。何だか意外だ。当たり前だけど、一昨年や去年は彼女と一緒にお風呂に入ったことはない。

「分かった。じゃあ、2人の信頼を裏切らないように気を付けるよ」
「うん。じゃあ、あたし達も服脱ごっか」
「そうだね、みなみん。つーちゃん、さっちゃん、ちょっと待っててね!」

 明日香は一旦、浴室の扉を閉めた。扉の向こうでは2人の楽しそうな声が聞こえてくるな。

「4人で入ることになっちゃったね、翼」
「うん。常盤さんまで一緒に入るって言ったのは意外だったよ」
「……もしかして、常盤さんも翼のことが好きとか」
「それは……ないと思うけど」

 自分も明日香も僕のことが好きだからそう考えたのかも。好きだからこそ僕と一緒にお風呂に入ってみたいんじゃないかと。
 常盤さんが僕のことが好きそうな素振りを見せた記憶がない。明日香とは体を寄り添わせたり、抱きしめたりすることがあるけど。

「もうちょっと2人きりの時間を味わいたかったけど、4人も楽しそうだからそれもいいかな」
「そっか。のぼせるといけないから僕は縁に座るよ」
「うん。あたしものぼせないように洗い場の椅子に座ろっと」

 僕は湯船から上がって、窓の近くの縁に腰を下ろす。もちろん、咲希達に見られたらまずい部分はタオルでしっかりと隠して。
 大浴場から見える景色は草木や海だけだけれどとても綺麗だ。これもすぐ側に常盤家のプライベートビーチがあるからできたことなんだろう。

「お待たせ、つーちゃん、さっちゃん」
「蓮見君、あたし達がこっちを見てもいいって言うまでは、ちらっとでもあたし達の方を見ないようにね」
「うん、気を付けるよ」

 背後に、服を着ていない同学年の女性が3人いると思うと、ドキドキして体が固まってしまう。この夏山町の美しい自然を見て心を穏やかにしよう。シャワーの音や3人の可愛らしい声が聞こえてくるけど……心が穏やかになってほしい。

「明日香も美波も肌が白くて綺麗で胸が大きくて羨ましいな」
「本当に咲希は胸が好きだね。あたしは明日香ほど胸がないけどね。咲希の背の高さやスタイルの良さは羨ましいと思っているよ。運動神経の良さも。昨日のバレーだって凄かったじゃない」
「ああいうのを何って言うんだっけ、みなみん。む、無双?」
「そうだね。咲希無双だったね。相手チームから見て咲希が運動の柱で、羽村君が頭脳の柱って感じだった」
「それは言えてるかも。2人がいてくれたから、私も鈴音さんも何とかやれたし」

 常盤さん、ズバリ言い当てている気がする。咲希が運動の柱で、羽村が頭脳の柱。いくら運動神経のいい咲希でも対応しきれないときがあったけど、そのときは羽村が上手に指示をして3人で上手くカバーしていた気がする。

「羽村君といえば、昨日はきっと陽乃ちゃんと楽しい時間を過ごしたんだろうね。あたし、昨日の夜に2階の羽村君の部屋の前まで行ったんだけど、中から2人の楽しそうな声が聞こえてきたから」
「美波、そんなことをしていたの? まあ、ベッドも広いから一緒に寝たかもね。もしかしたら色々なことを……」
「朝ご飯のときの2人には注目だね」
「あたしは陽乃ちゃんにさりげなく訊いてみようかな」
「わ、私は2人のことを見たら色々考えてドキドキしちゃうかも……」
「僕は……2人が幸せそうなら何よりだよ。ただ、羽村はこの旅行で三宅さんと思い出を作って、より深い関係にしたいそうだから、咲希や常盤さんが想像しているようなことはしているかもね」

 僕個人としては2人から言ってこない限りは何も訊かず、見守るつもりでいる。昨日の夕ご飯の様子からして、2人で楽しい夜を過ごしたに違いない。

「さてと、洗い終わったから先に入るね、明日香」
「うん、分かった。私もあと少しだからすぐ入るよ」
「それじゃ、あたしもまた入ろうかな」

 咲希と常盤さんと同じタイミングで僕も湯船に浸かることに。やっぱり気持ちいいな。

「はぁ、気持ちいい」
「気持ちいいよね。ランニング後には最高だよ。涼しい時期だったらもっと気持ちいいんだろうなって思うよ」
「寒いときのお風呂って気持ちいいよね。そういえば、昨日教えたルートはどうだった?」
「最高だったよ! 自然いっぱいの景色だし、潮風も気持ち良くて。道も走りやすかったな。明日も明後日も気持ち良く走れそう」
「ふふっ、それは良かった」

 朝のランニングを習慣にしているからこそ楽しめるんだろうな。

「よし。私も入ろう。ええと、私もつーちゃんの隣がいいから、2人ともちょっとだけ動いてもらってもいいかな」
「分かった」

 僕と咲希が少し動くと、明日香は僕のすぐ側で湯船に浸かる。そういえば、この並び……行きの車と一緒だな。右には咲希、左には明日香。ちなみに、常盤さんはちょっと離れたところから楽しげな様子でこちらの方を見ている。

「良かったね、明日香。蓮見君と一緒にお風呂に浸かることができて」
「う、うん。ここ何年かはつーちゃんと一緒にお風呂には入っていなかったからね。だから、さっちゃんがお風呂に入ったことが凄く羨ましくて。実際に一緒に入ってみると、緊張するけれど幸せだな……」

 明日香は僕に照れた表情を見せる。そして、そっと腕を絡ませてきて。互いに素肌を晒していることもあってか、車のときとは違って明日香の柔らかさがダイレクトに伝わってくる。咲希とはまた違った柔らかさで心地よい。

「好きな人の側にいるからか、明日香も咲希も幸せそうだね。特に明日香は絵を描いているときよりも可愛い顔をしてる。……いいな」

 部活でいつも一緒にいる常盤さんだからこそ感じられることなんだろう。

「ねえ、つーちゃん。キスしてもいい?」
「……もちろんいいよ」
「……ありがとう」

 すると、明日香は僕と唇を重ねた。このふっくらとした唇は明日からしいなって思う。
 唇を離すと、明日香は心配になりそうなほどに顔を赤くし、幸せな表情を浮かべた。

「……今までのキスの中で一番ドキドキしました」
「……そっか。僕もドキドキした」

 お風呂に入っているからかな。それとも咲希や常盤さんが僕らのことをニヤニヤしながら見ているからなのかな。
 常盤さんもいるしもっと緊張するかと思ったけど、湯船の気持ち良さが勝って意外とゆったりとできたのであった。
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