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第7話『シー・ブロッサム』
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6月2日、土曜日。
昨日よりは雲が多いものの、切れ間から注がれる陽差しが暑く感じる。今年もついに夏が訪れたと実感させられる。
「それでは、今日もよろしくお願いします。翼君、鈴音君」
「はい、マスター」
「今日もご指導お願いします、翼君」
「ええ、鈴音さん」
午前10時。
僕は自宅の近くにある喫茶店『シー・ブロッサム』でアルバイトの仕事を始める。接客はもちろんのこと、コーヒーや紅茶を淹れたり、料理を作ったりもする。
また、それらの業務について、バイトを始めて半月ほどの宮代鈴音さんに教えていくことも僕の仕事だ。ちなみに、彼女は僕より1学年上の大学1年生で、桜海大学の文学部に通っている。大学進学を機に上京して、今は桜海駅の近くのアパートで1人暮らしをしているそうだ。
「やっぱり、翼君はその制服……似合うね」
「そうですか? 鈴音さんもその制服を着るのに慣れてきた感じがします。とても似合っていますよ」
「……ありがとう。嬉しいな」
ここでのバイト歴は僕の方が断然長いけど、鈴音さんの方が年上なので僕は敬語、鈴音さんはタメ口で話している。ただ、最初は逆の方がいいと鈴音さんは主張してきたんだけど、ようやく慣れてきたようだ。赤茶色のショートヘアで、白色のカチューシャを付けているからか、年下にも見えることもある。
鈴音さんとそんなことを話していると若い3人の女性が入ってきた。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「さ、3人ですっ!」
「では、ご案内いたします」
今日みたいに休みの日は若い女性のお客様が多い気がする。マスター曰く、僕がアルバイトを始めてから10代や20代の女性のお客様が多くなったようで。それがとっても嬉しいとのこと。
この喫茶店『シー・ブロッサム』は40年以上前、マスターが奥さまと一緒に開店した。店名は桜海市が由来だけど、そのまま『ブロッサム・シー』と英訳するのはダサいとマスターは判断し、現在の店名にしたそうだ。10年ほど前に奥さまが急病で倒れ、亡くなられるまでは家族で経営していたとのこと。そのことをきっかけに現在のようにアルバイトを雇うようになった。
長年ある喫茶店ということで、桜海で生まれ育った僕の両親や明日香の御両親もこのお店に数え切れないほど来ている。僕も家族で小さい頃から定期的に来ていた。
コーヒーや紅茶は好きだし、料理をするのも楽しいので、高校に入学してすぐにここでバイトを始めたのだ。飲み物についてはマスターから直接教えてもらい、料理については奥さまが遺したレシピを基に作っている。
そういえば、僕がバイトを始めてから明日香や常盤さん、羽村がお店に来たことも何度もあった。明日香は夏休みに短期でバイトをしたことがある。
2年以上やってきたバイトも学校と受験勉強の専念のために、今月末で終わる予定だ。最後までしっかりとやろう。
「いつもご来店ありがとうございます。お水になります。メニューが決まりましたらお呼びください。失礼いたします」
今日のお客様も何だか……僕に熱い視線を送ってくれる。バイトをやっていると必ずと言っていいほど彼女達のようなお客様がいる。
僕が接客をしている間に来た年配のご夫婦に、鈴音さんが接客をしている。落ち着いているし、いい笑顔なので接客について教えることはなさそうかな。
「鈴音さん、いい感じで接客できていましたよ。その調子でやっていきましょう」
カウンターに戻ってきた鈴音さんにそう言うと、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ありがとう、翼君。初めてのときに比べれば、落ち着いてできるようになってきたなって自分でも思ってる。でも、それは……翼君がこのお店にいるからなんだ。安心できるの。翼君がいないと不安になるときがあって。本当はそれじゃいけないんだけれど」
鈴音さんの笑みが苦笑いに変わる。基本的に僕と鈴音さんのシフトが重なるようにしている。たまに違うときはあるけれど、僕並みにバイトを長く続けている人と一緒になるよう配慮されている。
「……鈴音さんの言うことは正しいと思います。ただ、僕と一緒だから安心できると言ってくれるのは嬉しいです。僕も鈴音さんとこの場にいることで気持ちが軽くなっている部分もあります。いつか、未来のバイトの方から頼ってもらえるような人に、安心してもらえるような人になるように、残り1ヶ月で僕が教えてきたいと思います。……って、偉そうに言ってすみません」
マスターからのお願いで僕は鈴音さんの指導者にはなっているけれど、鈴音さんに教えてもらっていることもある。とても柔らかい笑みでお客様に接している姿は、特に見習わなければならないと思っている。
「ううん、気にしないで。それに、翼君は……実際に偉いと思うよ」
そう言うと、僕の見習いたいと思っている柔和な笑みを鈴音さんが見せてくれる。
「すみませーん、注文いいですか?」
僕が席まで案内した女性達の1人がそう言って手を挙げている。
「……鈴音さん。普段通りにやれば大丈夫ですから」
鈴音さんの耳元で小さく囁くと、彼女はしっかりと頷いた。
「は、はい!」
鈴音さんは笑顔で注文を取っているな。大丈夫そうだ。そういえば、僕もバイトを始めたばかりの頃はマスターやバイトの先輩に、遠くから見守ってもらっていたな。
「鈴音君、いい笑顔をしているね。お客様も楽しそうだ」
「……ええ。僕まで楽しくなります」
「私もだよ、翼君。彼女を見ていると出会ったときの妻を思い出すなぁ。いい子が桜海市に来てくれ、この店の一員になってくれた。……有り難いことだ」
うんうん、とマスターは穏やかな笑みを浮かべていた。
「残り1ヶ月、彼女に色々と教えたり、サポートをしたりしてほしい」
「もちろんです。楽しく、しっかりとやっていきます」
「うんうん。その分、お金も弾ませてもらうよ。しかし、翼君が去るとどうなるか。特に若い女性が……ね」
マスター、そう言って僕のことをじっと見ているけれど……これは7月以降も続けてほしいというサインか? 天国にいる奥さまがどう思うか。
「鈴音さんっていう現役女子大生もいますし、ここのコーヒーや料理が好きですから僕もたまに来ます。きっと大丈夫ですよ、マスター」
「……そうなるといいが。そうなるように頑張らなければいけないね」
ははっ、とマスターは声を挙げて笑った。その笑い声が聞こえたのか、鈴音さんが案内した年配のご夫婦も笑っている。
「今日もいい雰囲気ね。マスター、蓮見君。ホットのブレンドコーヒーを2つお願いできますか」
「かしこまりました。私が淹れるから、翼君は鈴音君の受けた注文のものを作りなさい」
「分かりました」
そんなことを話していると、鈴音さんが僕達のいるカウンターに戻ってくる。
「注文が入りました。パンケーキ3つに、ホットコーヒー2つにアイスティー1つお願いします」
「了解。飲み物は私が作るから、翼君はパンケーキを作ってくれるかな」
「分かりました」
僕はパンケーキを3つ作ることに。まだ10時半くらいなので、ランチメニューではなくスイーツの注文が入るか。ちなみに、パンケーキはスイーツの中でも人気メニューの1つだ。
「美味しそうだね、翼君」
「鈴音さん。新しい注文ですか?」
「ううん。飲み物はマスターがやるから、あたしは翼君にパンケーキの作り方を教えてもらいなさいって。失敗したら、あたし達のまかないにすればいいからって」
「分かりました。じゃあ、パンケーキに挑戦してみましょうか。ちなみに、鈴音さんはお料理とかスイーツは作るんですか?」
「うん。一通りは作れるよ。パンケーキも実家でたまに作ってた」
「そうなんですね。じゃあ、さっそくやってみましょう。まずは試しに1枚」
鈴音さんにパンケーキのレシピを見せ、僕はすぐ側で彼女がパンケーキを作るのを指導することに。
「いい感じですね」
元々作ったことがあるだけあって、問題なく進んでいる。その証拠にパンケーキの美味しそうな甘い匂いがしてきた。
「できました! 翼君、味のチェックお願いします」
「はい」
僕は鈴音さんが試しに作ったパンケーキを一口食べてみる。
「うん、甘くて美味しいですね。ふわふわもしていますし。これでいいと思います。鈴音さんも食べてください」
「うん。……美味しい」
鈴音さんはモグモグと食べながら安堵の笑みを浮かべていた。僕が頭を優しく撫でると、その笑みの可愛らしさが増した。
「これであればお客様にも楽しんでもらえそうだ、鈴音君。あと、もう少し焼き色をつければ尚いいね」
気付けば、マスターも鈴音さんの試作のパンケーキを一口食べていた。
「マスターのOKが出ましたね。じゃあ、今の注文分のパンケーキについては、盛りつけは僕がやりますから、焼くのは鈴音さんにお願いしてもいいですか?」
「はい! 頑張ります!」
3人分のパンケーキを鈴音さんが焼き、僕が盛りつけをしていく。そのときの鈴音さんは楽しそうで、それがパンケーキにも伝わっているような気がした。
「じゃあ、僕が持っていきますね」
「お願いします!」
僕はパンケーキを注文した女性達のところに持っていく。
「大変お待たせいたしました。パンケーキでございます」
「うわあっ、美味しそう……」
テーブルの上に置くと、お客様達からそんな声が漏れる。きっと、楽しみや期待の言葉なのだろう。そんな気持ちに応えることができる確信している。
「それでは、ごゆっくり」
カウンターに戻るとき、コーヒーとパンケーキの混ざった匂いを感じて。気持ちが落ち着くな、本当に。
「ううっ、ドキドキする……」
「自分の作った料理を出すのは初めてでしたっけ」
「うん。これが初めてなんだ……」
鈴音さん1人で作ったわけじゃないけれど、主役のパンケーキを焼いたんだもんな。それは緊張するか。
「美味しい!」
「ふわふわしていていいよね!」
「ほどよい甘さが最高!」
3人とも、パンケーキに満足しているようだ。そんな彼女達を見て鈴音さんはほっと胸を撫で下ろした。マスターも右手でOKマークを出していた。
「鈴音君、この調子で料理を作っていくようにしよう。翼君と私で教えていくから」
「はい!」
残り1ヶ月で僕もバイトを辞めるので、鈴音さんに色々と教えることができればいいな。
その後もマスターや鈴音さんと一緒に接客や料理などをしていく。
今日のお客様は休日ということもあってか、若い方が多い。1人で読書をしてゆったりする方もいれば、何人かで来店してコーヒーや紅茶を飲みながら楽しく話をする方もいて。様々なお客様がいるけれど、共通しているのは帰られるときに満足とした表情をしているということだった。その幸せをお裾分けしているような気がして。
午後12時半過ぎ。
「つーちゃん。さっちゃんと一緒に来たよ」
私服姿の明日香と咲希が来店してきたのであった。
昨日よりは雲が多いものの、切れ間から注がれる陽差しが暑く感じる。今年もついに夏が訪れたと実感させられる。
「それでは、今日もよろしくお願いします。翼君、鈴音君」
「はい、マスター」
「今日もご指導お願いします、翼君」
「ええ、鈴音さん」
午前10時。
僕は自宅の近くにある喫茶店『シー・ブロッサム』でアルバイトの仕事を始める。接客はもちろんのこと、コーヒーや紅茶を淹れたり、料理を作ったりもする。
また、それらの業務について、バイトを始めて半月ほどの宮代鈴音さんに教えていくことも僕の仕事だ。ちなみに、彼女は僕より1学年上の大学1年生で、桜海大学の文学部に通っている。大学進学を機に上京して、今は桜海駅の近くのアパートで1人暮らしをしているそうだ。
「やっぱり、翼君はその制服……似合うね」
「そうですか? 鈴音さんもその制服を着るのに慣れてきた感じがします。とても似合っていますよ」
「……ありがとう。嬉しいな」
ここでのバイト歴は僕の方が断然長いけど、鈴音さんの方が年上なので僕は敬語、鈴音さんはタメ口で話している。ただ、最初は逆の方がいいと鈴音さんは主張してきたんだけど、ようやく慣れてきたようだ。赤茶色のショートヘアで、白色のカチューシャを付けているからか、年下にも見えることもある。
鈴音さんとそんなことを話していると若い3人の女性が入ってきた。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「さ、3人ですっ!」
「では、ご案内いたします」
今日みたいに休みの日は若い女性のお客様が多い気がする。マスター曰く、僕がアルバイトを始めてから10代や20代の女性のお客様が多くなったようで。それがとっても嬉しいとのこと。
この喫茶店『シー・ブロッサム』は40年以上前、マスターが奥さまと一緒に開店した。店名は桜海市が由来だけど、そのまま『ブロッサム・シー』と英訳するのはダサいとマスターは判断し、現在の店名にしたそうだ。10年ほど前に奥さまが急病で倒れ、亡くなられるまでは家族で経営していたとのこと。そのことをきっかけに現在のようにアルバイトを雇うようになった。
長年ある喫茶店ということで、桜海で生まれ育った僕の両親や明日香の御両親もこのお店に数え切れないほど来ている。僕も家族で小さい頃から定期的に来ていた。
コーヒーや紅茶は好きだし、料理をするのも楽しいので、高校に入学してすぐにここでバイトを始めたのだ。飲み物についてはマスターから直接教えてもらい、料理については奥さまが遺したレシピを基に作っている。
そういえば、僕がバイトを始めてから明日香や常盤さん、羽村がお店に来たことも何度もあった。明日香は夏休みに短期でバイトをしたことがある。
2年以上やってきたバイトも学校と受験勉強の専念のために、今月末で終わる予定だ。最後までしっかりとやろう。
「いつもご来店ありがとうございます。お水になります。メニューが決まりましたらお呼びください。失礼いたします」
今日のお客様も何だか……僕に熱い視線を送ってくれる。バイトをやっていると必ずと言っていいほど彼女達のようなお客様がいる。
僕が接客をしている間に来た年配のご夫婦に、鈴音さんが接客をしている。落ち着いているし、いい笑顔なので接客について教えることはなさそうかな。
「鈴音さん、いい感じで接客できていましたよ。その調子でやっていきましょう」
カウンターに戻ってきた鈴音さんにそう言うと、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ありがとう、翼君。初めてのときに比べれば、落ち着いてできるようになってきたなって自分でも思ってる。でも、それは……翼君がこのお店にいるからなんだ。安心できるの。翼君がいないと不安になるときがあって。本当はそれじゃいけないんだけれど」
鈴音さんの笑みが苦笑いに変わる。基本的に僕と鈴音さんのシフトが重なるようにしている。たまに違うときはあるけれど、僕並みにバイトを長く続けている人と一緒になるよう配慮されている。
「……鈴音さんの言うことは正しいと思います。ただ、僕と一緒だから安心できると言ってくれるのは嬉しいです。僕も鈴音さんとこの場にいることで気持ちが軽くなっている部分もあります。いつか、未来のバイトの方から頼ってもらえるような人に、安心してもらえるような人になるように、残り1ヶ月で僕が教えてきたいと思います。……って、偉そうに言ってすみません」
マスターからのお願いで僕は鈴音さんの指導者にはなっているけれど、鈴音さんに教えてもらっていることもある。とても柔らかい笑みでお客様に接している姿は、特に見習わなければならないと思っている。
「ううん、気にしないで。それに、翼君は……実際に偉いと思うよ」
そう言うと、僕の見習いたいと思っている柔和な笑みを鈴音さんが見せてくれる。
「すみませーん、注文いいですか?」
僕が席まで案内した女性達の1人がそう言って手を挙げている。
「……鈴音さん。普段通りにやれば大丈夫ですから」
鈴音さんの耳元で小さく囁くと、彼女はしっかりと頷いた。
「は、はい!」
鈴音さんは笑顔で注文を取っているな。大丈夫そうだ。そういえば、僕もバイトを始めたばかりの頃はマスターやバイトの先輩に、遠くから見守ってもらっていたな。
「鈴音君、いい笑顔をしているね。お客様も楽しそうだ」
「……ええ。僕まで楽しくなります」
「私もだよ、翼君。彼女を見ていると出会ったときの妻を思い出すなぁ。いい子が桜海市に来てくれ、この店の一員になってくれた。……有り難いことだ」
うんうん、とマスターは穏やかな笑みを浮かべていた。
「残り1ヶ月、彼女に色々と教えたり、サポートをしたりしてほしい」
「もちろんです。楽しく、しっかりとやっていきます」
「うんうん。その分、お金も弾ませてもらうよ。しかし、翼君が去るとどうなるか。特に若い女性が……ね」
マスター、そう言って僕のことをじっと見ているけれど……これは7月以降も続けてほしいというサインか? 天国にいる奥さまがどう思うか。
「鈴音さんっていう現役女子大生もいますし、ここのコーヒーや料理が好きですから僕もたまに来ます。きっと大丈夫ですよ、マスター」
「……そうなるといいが。そうなるように頑張らなければいけないね」
ははっ、とマスターは声を挙げて笑った。その笑い声が聞こえたのか、鈴音さんが案内した年配のご夫婦も笑っている。
「今日もいい雰囲気ね。マスター、蓮見君。ホットのブレンドコーヒーを2つお願いできますか」
「かしこまりました。私が淹れるから、翼君は鈴音君の受けた注文のものを作りなさい」
「分かりました」
そんなことを話していると、鈴音さんが僕達のいるカウンターに戻ってくる。
「注文が入りました。パンケーキ3つに、ホットコーヒー2つにアイスティー1つお願いします」
「了解。飲み物は私が作るから、翼君はパンケーキを作ってくれるかな」
「分かりました」
僕はパンケーキを3つ作ることに。まだ10時半くらいなので、ランチメニューではなくスイーツの注文が入るか。ちなみに、パンケーキはスイーツの中でも人気メニューの1つだ。
「美味しそうだね、翼君」
「鈴音さん。新しい注文ですか?」
「ううん。飲み物はマスターがやるから、あたしは翼君にパンケーキの作り方を教えてもらいなさいって。失敗したら、あたし達のまかないにすればいいからって」
「分かりました。じゃあ、パンケーキに挑戦してみましょうか。ちなみに、鈴音さんはお料理とかスイーツは作るんですか?」
「うん。一通りは作れるよ。パンケーキも実家でたまに作ってた」
「そうなんですね。じゃあ、さっそくやってみましょう。まずは試しに1枚」
鈴音さんにパンケーキのレシピを見せ、僕はすぐ側で彼女がパンケーキを作るのを指導することに。
「いい感じですね」
元々作ったことがあるだけあって、問題なく進んでいる。その証拠にパンケーキの美味しそうな甘い匂いがしてきた。
「できました! 翼君、味のチェックお願いします」
「はい」
僕は鈴音さんが試しに作ったパンケーキを一口食べてみる。
「うん、甘くて美味しいですね。ふわふわもしていますし。これでいいと思います。鈴音さんも食べてください」
「うん。……美味しい」
鈴音さんはモグモグと食べながら安堵の笑みを浮かべていた。僕が頭を優しく撫でると、その笑みの可愛らしさが増した。
「これであればお客様にも楽しんでもらえそうだ、鈴音君。あと、もう少し焼き色をつければ尚いいね」
気付けば、マスターも鈴音さんの試作のパンケーキを一口食べていた。
「マスターのOKが出ましたね。じゃあ、今の注文分のパンケーキについては、盛りつけは僕がやりますから、焼くのは鈴音さんにお願いしてもいいですか?」
「はい! 頑張ります!」
3人分のパンケーキを鈴音さんが焼き、僕が盛りつけをしていく。そのときの鈴音さんは楽しそうで、それがパンケーキにも伝わっているような気がした。
「じゃあ、僕が持っていきますね」
「お願いします!」
僕はパンケーキを注文した女性達のところに持っていく。
「大変お待たせいたしました。パンケーキでございます」
「うわあっ、美味しそう……」
テーブルの上に置くと、お客様達からそんな声が漏れる。きっと、楽しみや期待の言葉なのだろう。そんな気持ちに応えることができる確信している。
「それでは、ごゆっくり」
カウンターに戻るとき、コーヒーとパンケーキの混ざった匂いを感じて。気持ちが落ち着くな、本当に。
「ううっ、ドキドキする……」
「自分の作った料理を出すのは初めてでしたっけ」
「うん。これが初めてなんだ……」
鈴音さん1人で作ったわけじゃないけれど、主役のパンケーキを焼いたんだもんな。それは緊張するか。
「美味しい!」
「ふわふわしていていいよね!」
「ほどよい甘さが最高!」
3人とも、パンケーキに満足しているようだ。そんな彼女達を見て鈴音さんはほっと胸を撫で下ろした。マスターも右手でOKマークを出していた。
「鈴音君、この調子で料理を作っていくようにしよう。翼君と私で教えていくから」
「はい!」
残り1ヶ月で僕もバイトを辞めるので、鈴音さんに色々と教えることができればいいな。
その後もマスターや鈴音さんと一緒に接客や料理などをしていく。
今日のお客様は休日ということもあってか、若い方が多い。1人で読書をしてゆったりする方もいれば、何人かで来店してコーヒーや紅茶を飲みながら楽しく話をする方もいて。様々なお客様がいるけれど、共通しているのは帰られるときに満足とした表情をしているということだった。その幸せをお裾分けしているような気がして。
午後12時半過ぎ。
「つーちゃん。さっちゃんと一緒に来たよ」
私服姿の明日香と咲希が来店してきたのであった。
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