恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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続編

第24話『体育祭①-100m走-』

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 校庭にはいくつものテントが設置され、多くの万国旗が飾られ、端の方には生徒が座るブルーシートがたくさん敷かれている。体育の授業のときとは全く違った景色が広がっている。そんな校庭に続々と生徒が集まっていく。
 全校生徒が集まると、体育祭の開会式が行なわれる。校歌を歌ったり、校長先生が長々と話したり、国旗を掲揚したり、体育祭実行委員長が選手宣誓したり。去年も思ったけど、開会式は中学までの体育祭とさほど変わらないな。
 開会式が終わり、最初の種目は100m走。男子、女子の順で実施される。
 100m走に出場する生徒は本部のテント横に集合、と指示があったため、氷織と和男とはここで一旦お別れ。俺は火村さんと清水さんと一緒に、2年2組のブルーシートに戻る。
 クラスごとにブルーシートのエリアが決まっており、競技に参加しない生徒は主にそこで過ごすことになっている。種目に参加する生徒や体育祭実行委員など、一部の生徒がいないのもあるだろうけど、結構ゆったりできている。
 ブルーシートでのクラス単位のエリア分けはチームの色で固まっている。なので、周囲を見渡すと、混合リレーメンバーの上重先輩や梅原さんの姿が見える。

『さあ、今年の体育祭が始まりました! 今年も競技の実況やBGM、出場者の招集の連絡などを放送委員会が担当します。今日一日、よろしくお願いします!』

 放送委員会の男子生徒のそんなアナウンスが流れ、生徒達は拍手を送る。
 そういえば、去年の体育祭では放送が面白かったり、実況のおかげで競技が盛り上がったりした場面もあったっけ。

『ありがとうございます。では、これから競技を始めます! 最初の種目は100m走です。まずは男子からです。みなさん、1位を目指して100m先のゴールに向かって走ってください!』

 そんなアナウンスの後、運動会や体育祭で定番のクラシック曲が流れ出す。
 スタート地点を見ると、6人の男子生徒がクラウチングスタートの姿勢を取っている。体育祭では6チームが争うから、おそらく各チーム1人ずつ走るのだろう。
 ――パンッ!
 スターターピストルの音が鳴り響き、第1レースの走者が走り始める。

「頑張れー!」
「いけー!」

 といった声援が聞こえてきて。今年の体育祭が始まったのだと実感する。
 その後も男子100m走のレースは続いていく。青チームの生徒は1位でゴールすることもある。チームとしていいスタートが切れているんじゃないだろうか。そして、

「あっ、和男君だよっ!」

 清水さんがスタート地点を指さす。そこにはストレッチしている和男の姿が。他の走者よりも一回り大きいから結構目立つなぁ。

「本当だ、和男だ」
「大柄だから目立つわね」
「和男君は見つけやすいよ。和男君! 頑張ってー!」
「頑張れ! 和男!」
「1位取りなさい! 倉木!」

 清水さん、俺、火村さんは和男に向かって大きな声援を送る。
 俺達の声援に気づいたのだろうか。和男はこちらを向いて、右手でサムズアップしてきた。あいつ、走る前からかっこいいじゃないか。恋人の清水さんは「きゃーっ!」と黄色い声を出す。

「おっ、和男が走るのか」
「俺達も応援しようぜ!」
「倉木君なら1位取れるよ!」

 男子中心にクラスメイトの多くが立ち上がって和男のことを見る。そのことで、和男の人望の厚さを再確認する。
 和男を含めたレース走者は、スタート地点でクラウチングスタートの構えに。そして、
 ――パンッ!
 レーススタート!
 スターターピストルが鳴った直後、和男は誰よりも早く動き出す。これも陸上部の練習で鍛えた賜物だろう。

「和男君! 頑張れー!」
「いけっ、和男!」
「その調子よ、倉木!」

 綺麗なフォームで走る和男は、他の5人の走者をどんどん引き離していく。だからか「すげー」「独走だ!」などという声も続々と聞こえてきて。
 他の走者の追随を許すことなく、和男はゴールテープを切った。その瞬間、ここ2年2組のブルーシートは歓声と拍手が沸き起こる。

『青チームの生徒が1位! スタート直後から圧倒的な速さでした!』

「よし!」
「和男君1位だ!」

 やったー! と清水さんは嬉しそうに何度も飛び跳ねて、火村さんのことをぎゅっと抱きしめる。

「やっぱり和男は凄いな!」
「そうね、紙透! 美羽の彼氏は凄いわ!」

 火村さんも結構興奮した様子でそう言い、清水さんの背中をポンポンと叩いていた。
 和男は走り終わった生徒の集まる場所へ向かう。その際、彼は嬉しそうな笑顔でこちらを向き、人差し指を伸ばした状態で右手を突き上げる。その姿は物凄くかっこいい。さすがは都大会の優勝者である。あと、今のレースを見て、この後、彼の出場する種目では全て1位を取れそうな気がした。
 その後も順調にレースが行われていく。

『これにて、男子の100m走は終了です。次のレースからは女子になります』

 おっ、いよいよ女子のレースがスタートするのか。氷織のレースになったらたくさん応援しないと。
 それから程なくして、女子100m走のレースが始まる。男子同様、各チーム1人ずつで6人によるレースだ。

「みんな! ただいま!」

 レースを終えた和男が、100m走に出ていた男子生徒と一緒に帰ってきた。
 和男が1位を取ったのもあってか、「お疲れ様」という言葉よりも「おめでとう!」とか「やったな!」という賞賛の言葉をかけるクラスメイトが多い。
 そんな中、清水さんは和男の目の前まで近づき、和男のことを抱きしめる。

「和男君! 1位おめでとう! かっこよかったよ!」
「おう! ありがとな!」

 和男は嬉しそうに言い、右手では清水さんの頭を撫で、左手を彼女の背中に回した。実に美しい光景である。

「和男、1位おめでとう」
「おめでとう。さすがは陸上部ね」
「ありがとう! 応援とか拍手とか聞こえたぞ! 本当にありがとう!」

 依然として嬉しそうな笑みを浮かべる和男は、清水さんの頭を撫でていた右手を挙げる。これはハイタッチしようぜってことかな。そう思い、俺は彼にハイタッチをした。

『おおっ』

 と、周囲がざわめく。どうしたんだろう?

「あっ! スタート地点に氷織がいるわ!」

 火村さんがそう言うので、俺はスタート地点を見る。
 6人いる女子の中に、青いハチマキを頭に巻いた氷織の姿が。銀髪なので結構目立っている。スタート地点に立つ氷織の姿が見えたから、周りにいる生徒達がざわめいたのか。
 よし、ここは恋人としてエールを送るぞ!

「氷織! 頑張れ!」
「頑張って、氷織!」
「頑張って、氷織ちゃーん!」
「頑張れよ青山!」
「ひおりん、頑張るッスー!」

 気づけば、俺のすぐ側で葉月さんが氷織にエールを送っていた。頭に緑色のハチマキを巻いているのでかなり浮いている。ただ、1日に1度はうちの教室に来ているからか、「なんでお前がここにいるんだ」と言いたげな視線を向ける生徒は一人もいない。

「葉月さん、来たんだ」
「どうもッス。これから親友のひおりんが走るッスからね。敵陣に入ってでも、紙透君達と一緒に応援したいと思ったッス」
「ははっ、そうか。一緒に応援しよう」
「ッス!」

 葉月さんは明るい笑顔で返事をしてくれる。朝礼前には「青チームに負けない!」と言っていたけど、親友のレースでは敵味方は関係ないのか。氷織との仲の良さが伝わってくるし、お祭りでもあるからそういう姿勢は大いにありだと思う。
 俺達の声援が聞こえたようで、氷織はこちらに笑顔で手を振り、クラウチングスタートの姿勢を取る。
 これから走るのは自分じゃないのに、何だか緊張してきた。頑張れ、氷織!
 ――パンッ!
 スターターピストルの音が鳴り、氷織は勢い良く走り出す。有名人の氷織が走り出したからか、校庭中が「わぁーっ!」と盛り上がる。

「氷織、いけー!」
「いいスタートだぞ、青山! その調子だ!」
「ひおりん、行くッス!」
「その調子よ、氷織!」
「氷織ちゃん、頑張ってー!」

 そんな俺達の歓声が氷織に届いたのだろうか。
 長い銀髪ポニーテールを揺らし、綺麗なフォームで走る氷織は後半になるにつれて加速していく。
 そのまま、他の5人を引き離した状態でゴールテープを切った。その瞬間に「おおっ!」と歓声が沸き起こった。

「やった! 氷織が1位だ!」
「凄い走りだったわね! さすがは氷織だわ!」
「あっぱれッス!」

 火村さんと葉月さんも、親友が1位でゴールしたことにとても喜んでいるようだ。俺は自分の両隣に立っている彼女達とハイタッチする。

「いやぁ、青山すげえな! 陸上部の女子より凄いかもしれねえ」
「本当に凄い走りだったよね」

 現役の陸上部部員とマネージャーにそう言わしめるとは。氷織がさらに凄い女の子に思える。

『青チームの生徒1位です! 他の選手と差を広げながらゴールする素晴らしい走りでした!』

 その実況の直後、会場はさらに盛り上がった。これも、校内の有名人である氷織が圧倒的な速さで1位になったからだろう。
 和男と同じく、走り終わった生徒達が順位順で集まる場所に向かう際、氷織はこちらを見て、爽やかな笑みで手を振ってきた。俺達はそんな氷織に対して大きく手を振った。また、俺はスマホで今の氷織を撮った。
 やがて、女子100m走のレースが全て終わり、氷織は一緒に100m走に出ていた女子生徒と一緒に、うちのクラスのシートに戻ってくる。 
 氷織達がブルーシートに入ると、「お疲れ様」とか「おめでとう!」「やったね!」といった言葉がかけられる。
 氷織は俺達5人のところまでやってきた。

「1位おめでとう、氷織」
「最高の走りだったわ!」
「さすがはひおりんッス!」
「陸上部に勧誘したいくらいの気持ちいい走りだったぞ!」
「本当にいい走りだったよ」
「みなさん、ありがとうございます! スタート前はちょっと緊張しましたけど、明斗さん達の応援の声が聞こえたらすぐに消えて。全力で走れました。みなさんのおかげです。ありがとうございました!」

 満面の笑顔で、氷織は俺達にお礼を言ってくれる。
 俺は氷織のことをそっと抱きしめる。全力で100mを走った後だからか、氷織の体はかなり熱くなっていて。あと、氷織本来の甘い匂いだけでなく、汗の匂いもちょっと感じる。それが心地良く感じられた。

「よく頑張ったね」
「ありがとうございます。……明斗さんの抱擁いいですね。気持ち良くて、走った疲れが取れていきます。1位を取った後なので、明斗さんからご褒美をもらった気分です」
「ははっ、そうか。……おめでとう」

 氷織の頭を優しく撫でると、氷織は嬉しそうな笑顔を俺に向けてくれるのであった。
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