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第47話『スマホを落とした女の子』
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5月12日、水曜日。
今日の放課後も氷織達と一緒に勉強会……ではなく、バイトである。葉月さんも書店のバイトがある。
今日の勉強会は氷織と火村さんと和男、清水さんの4人。和男と清水さんが氷織の家がどんなところか興味があるそうなので、氷織の家で勉強会をしている。
昨日の勉強会はとても充実していたし、氷織にも教えてもらえた。だから、こうしてバイトしていると、ちょっと寂しい気持ちもある。隣のカウンターに筑紫先輩がいるけどね。氷織達がメッセージを送ってくれるそうなので、休憩時間にそれを見るのを楽しみにバイトをしていく。
「紙透君。これからシフトの人も来たし、僕らは休憩に入ろうか」
「はい」
シフトに入ってから1時間ほど。筑紫先輩と一緒にカウンターを離れ、休憩のためにスタッフルームに行く。
自分と筑紫先輩の分のアイスコーヒーを淹れ、先輩と向かい合う形で椅子に座った。
「今日もいい笑顔で接客しているけど、ふと陰りを感じる瞬間があったね。もしかして、青山さんと喧嘩しちゃったかな?」
「いいえ。定期試験が近いので、昨日から勉強会を始めたんです。昨日は俺の家でやって。それが凄く楽しくて。だから、別々の時間を過ごすのが寂しいんです」
「なるほどね。そういうことか」
爽やかに笑いながらそう言うと、筑紫先輩はアイスコーヒーを一口飲んだ。
「寂しく思うのは仕方ない。ただ、お客様に心配されるほど、気持ちを顔に出さないように気をつけてね。今のところは大丈夫だけど」
「はい、気をつけます」
筑紫先輩の言う通りだ。寂しい思いはあっても、バイトに影響があってはいけない。気をつけないと。
俺はアイスコーヒーを飲み、心を落ち着かせる。
「それにしても……勉強会か。僕も中学時代や高校時代は、定期試験の前になると、友人達と一緒に自分の家や友達の家で勉強会をすることが多かったな。みんなハマっているアニメが同じで、たまに大半がアニメ鑑賞会になったこともあったけど」
「俺も中学のときにありましたね。さっさと課題を片付けて、残りは前日の深夜に録画したアニメをずっと観ていたこともありました」
「そのパターンもあったなぁ」
そのときのことを思い出しているのだろうか。筑紫先輩の笑顔が優しいものになる。
アニメ好きの人が集まって勉強会をすると、勉強よりもアニメ鑑賞の方がメインになることはあるあるなのかもしれない。
スマートフォンの電源を入れると、勉強会メンバー6人のグループトークに、氷織、火村さん、葉月さんからメッセージが届いていた。さっそく見てみよう。
『4人なのでちょっと寂しいですが、勉強会は捗っていますよ。明斗さんも沙綾さんもバイト頑張ってくださいね』
『氷織の家で勉強できるなんて最高ね! ドキドキするけど捗っているわ! 2人ともバイト頑張りなさい!』
『今、休憩に入ったッス。バイト頑張るッス!』
氷織、火村さん、葉月さんはそれぞれそんなメッセージを送っていた。
氷織も寂しいと思っているなんて。何だか嬉しい。俺だけじゃなくて、親友の葉月さんもバイトでいないからっていう理由もあるだろうけど。
あと、ドキドキしながらも勉強が捗っているのが火村さんらしいというか。彼女の場合、休憩するときは氷織のベッドで仮眠を取っていそうな気がする。
『最初の休憩に入ったよ。メッセージありがとう。俺も寂しいけど、バイト頑張ってるよ。氷織達は勉強、葉月さんはバイト頑張ってね』
俺もグループトークにそんなメッセージを送った。
すると、勉強会に参加している4人から『ありがとう』とか『バイト頑張って』といったメッセージが送られてきた。それを見て、気持ちがほっこりする。
「いい笑顔だ。青山さんからメッセージが届いたのかな」
「ええ。氷織や友人達からバイト頑張ってと。それだけで元気が出てきます」
「それは良かった。さてと、そろそろカウンターに戻ろうか」
「その前に、俺、入口前の掃除をしてきます」
「分かった」
俺は残りのアイスコーヒーを飲み、スタッフルームを後にする。ほうきとちりとりを持って従業員用の出入口から外へ出る。
夕方なのもあり、バイトに来たときと比べて涼しくなっている。弱い風だけど、顔に当たると肌寒さを感じた。
入口前の歩道に出たとき、
「きゃっ」
笠ヶ谷高校とは違う制服を着た女性とぶつかってしまった。俺は倒れなかったけど、女性はその場で尻餅をついてしまう。
「大丈夫ですか? ごめんなさい」
怪我をしていなければいいけど。俺は尻餅をついてしまった女性に右手を差し出す。
「いいえ、悪いのはあたしです。ずっと下の方ばかり見ていたので……あっ」
ゆっくりと顔を上げ、俺と目が合うと女性は目を見開く。俺もほぼ同じタイミングで目を見開いた。
パッチリとした目つきに、ウェーブの掛かった黒髪。間違いない。この女性は、ゴールデンウィークでのバイト中、カウンター前でお金を落としてしまった子だ。
女性はニッコリと笑い、俺に軽く頭を下げる。そして、俺が差し出した右手をそっと掴み、ゆっくりと立ち上がった。
「ありがとうございます」
「いえいえ。ところで、ずっと下の方を見ていたと言っていましたが……どうかしましたか?」
「……実はスマホ落としちゃって」
元気なく言うと、女性は苦笑いを見せる。
「学校帰りに友達と北口周辺のお店を少し回ってから、友達の家に行って。そのときにスマホがないことに気づいて。記憶を頼りに歩いた道を探しているんです。たまに、スマホを見ながら歩いていたので。バッグにしまったつもりが、道に落としちゃったのかなって。ゾソールの前の道も通ったので」
「そうだったんですか。ちなみに、交番には行きましたか? 萩窪駅の北口近くに交番がありますが」
「行きました。でも、スマホの落とし物は届いてないって……」
「そうですか」
それで、今も自分が空いてきた道に落ちていないかと思って探しているのか。だから、ずっと下の方ばかり見ていたと。まあ、スマホを落としたら一大事だよな。「命の次にスマホが大事!」って考える人もいるくらいだし。
俺はスラックスのポケットから自分のスマホを取り出す。電源を入れて、ダイヤルの入力画面にする。
「俺のスマホから、あなたのスマホに電話をかけてみてください。この近くに落ちていれば、呼び出し音が聞こえると思いますから」
俺がそう言うと、女性の表情が少し明るくなったように思えた。
「ありがとうございます。じゃあ、借りますね」
「ダイヤル画面になっていますので、電話番号を入力して通話ボタンをタップしてもらえば大丈夫です」
「はいっ」
女性に自分のスマホを渡す。
女性は何度かスマホにタップする。
「通話……と」
女性がそう呟く。これで彼女のスマホが見つかるといいんだけど。
――プルルッ。プルルッ。
すぐに、近くからそんな呼び出し音が聞こえた。可愛らしい着信音だ。タイミングからして、この女性のスマホである確率は高そうだ。
呼び出し音が聞こえたからか、女性はハッとした表情になる。
「この音、あたしのスマホの着信音です!」
「方向からして……街路樹の植え込みの方ですね。お店の前かも。見てきますので、そのまま鳴らし続けてください」
「分かりました」
お店の壁近くにほうきとちりとりを置き、俺は街路樹の植え込みの方へ。呼び出し音を頼りに女性のスマホを探す。
「あった」
桃色のケースが装着されたスマホが鳴っている。画面を見ると、俺のスマホの番号が表示されている。
「これだ」
右手を伸ばし、植え込みの中に入っていたスマホを拾う。女性のところへ戻る。
「これですね。俺のスマホの番号が表示されています」
そう言って、拾ったスマホを見せると、女性の表情が見る見るうちに明るくなっていく。俺の目を見て、嬉しそうに笑う。
「これです! ありがとうございます!」
「見つかって良かったです」
スマホを落とすと大変な事態になることもあるからな。去年か一昨年あたりに、スマホを落としたことをきっかけにしたサスペンス映画が公開されていたっけ。
女性は呼び出しを終わらせて、俺のスマホを返してくれる。その際、俺も女性のスマホを彼女に渡した。その瞬間、女性はほっと胸を撫で下ろした。
「街路樹の植え込みの中に落ちていました。植え込みに隠れて気づかれにくいので、交番に届いていなかったのでしょう」
「かもしれないですね。さっきあなたが言ったように、バッグに戻したつもりでいたけど、植え込みに落としちゃったんでしょうね」
「そうですか。スマホを落とさないように気をつけてくださいね」
「はい。またあなたに助けてもらえるなんて。こんな偶然ってあるんですね」
「そうですね。……ところで、その制服は萩窪学園の制服ですか」
「よく分かりましたね。ちなみに、店員さんは高校生ですか? それとも大学生?」
「高校2年です。笠ヶ谷高校に通ってます」
「高2なんだ! じゃあタメだね! あと、笠ヶ谷ってことは頭いいんだ!」
同い年だと分かったからか、急にタメ口で話してきたな。今までが敬語だったのもあって、とても気さくな印象を受ける。
萩窪学園に通っている生徒からすると、笠ヶ谷は頭が良く思えるのかな。俺も萩窪学園は滑り止めで受験したから。
「あたし、笠ヶ谷に行けるほど頭が良くなくて。武蔵栄高校っていう高校を第一志望にしてたんだけど、そこは落ちちゃって。滑り止めで受かった萩窪学園に通っているの」
「そうなんですね。俺も……併願校で萩窪学園に受けて合格しました。隣の駅ですし、偏差値もそれなりの私立高校だったので」
「そうだったんだ。だから、制服を見て萩窪学園だって分かったんだね」
「はい。あとは、大学生の姉の友人が萩窪学園の生徒だったのもあります」
「なるほどね。頭いいし、何度も助けてもらったから、クラスメイトの男子の誰よりもしっかりしているように見えるよ。バイトの制服姿だからなのもあるのかな?」
「ありがとうございます」
どういった理由であれ、しっかりしていると思われるのは嬉しいものだ。
女性はスマホをスカートのポケットにしまう。
「スマホを見つけてくれて本当にありがとう! なくしたって分かったとき、凄く不安だったから」
「いえいえ」
「じゃあ、友達を待たせているから、あたしはこれで」
女性は小さく手を振り、俺の家がある方に向かって歩いていった。もしかしたら、彼女の友人は俺と同じ中学出身かもしれないな。
女性のスマホ探しで時間が経ったな。お店の入口前の掃除を手早く済ませて、俺は店内へ戻っていくのであった。
今日の放課後も氷織達と一緒に勉強会……ではなく、バイトである。葉月さんも書店のバイトがある。
今日の勉強会は氷織と火村さんと和男、清水さんの4人。和男と清水さんが氷織の家がどんなところか興味があるそうなので、氷織の家で勉強会をしている。
昨日の勉強会はとても充実していたし、氷織にも教えてもらえた。だから、こうしてバイトしていると、ちょっと寂しい気持ちもある。隣のカウンターに筑紫先輩がいるけどね。氷織達がメッセージを送ってくれるそうなので、休憩時間にそれを見るのを楽しみにバイトをしていく。
「紙透君。これからシフトの人も来たし、僕らは休憩に入ろうか」
「はい」
シフトに入ってから1時間ほど。筑紫先輩と一緒にカウンターを離れ、休憩のためにスタッフルームに行く。
自分と筑紫先輩の分のアイスコーヒーを淹れ、先輩と向かい合う形で椅子に座った。
「今日もいい笑顔で接客しているけど、ふと陰りを感じる瞬間があったね。もしかして、青山さんと喧嘩しちゃったかな?」
「いいえ。定期試験が近いので、昨日から勉強会を始めたんです。昨日は俺の家でやって。それが凄く楽しくて。だから、別々の時間を過ごすのが寂しいんです」
「なるほどね。そういうことか」
爽やかに笑いながらそう言うと、筑紫先輩はアイスコーヒーを一口飲んだ。
「寂しく思うのは仕方ない。ただ、お客様に心配されるほど、気持ちを顔に出さないように気をつけてね。今のところは大丈夫だけど」
「はい、気をつけます」
筑紫先輩の言う通りだ。寂しい思いはあっても、バイトに影響があってはいけない。気をつけないと。
俺はアイスコーヒーを飲み、心を落ち着かせる。
「それにしても……勉強会か。僕も中学時代や高校時代は、定期試験の前になると、友人達と一緒に自分の家や友達の家で勉強会をすることが多かったな。みんなハマっているアニメが同じで、たまに大半がアニメ鑑賞会になったこともあったけど」
「俺も中学のときにありましたね。さっさと課題を片付けて、残りは前日の深夜に録画したアニメをずっと観ていたこともありました」
「そのパターンもあったなぁ」
そのときのことを思い出しているのだろうか。筑紫先輩の笑顔が優しいものになる。
アニメ好きの人が集まって勉強会をすると、勉強よりもアニメ鑑賞の方がメインになることはあるあるなのかもしれない。
スマートフォンの電源を入れると、勉強会メンバー6人のグループトークに、氷織、火村さん、葉月さんからメッセージが届いていた。さっそく見てみよう。
『4人なのでちょっと寂しいですが、勉強会は捗っていますよ。明斗さんも沙綾さんもバイト頑張ってくださいね』
『氷織の家で勉強できるなんて最高ね! ドキドキするけど捗っているわ! 2人ともバイト頑張りなさい!』
『今、休憩に入ったッス。バイト頑張るッス!』
氷織、火村さん、葉月さんはそれぞれそんなメッセージを送っていた。
氷織も寂しいと思っているなんて。何だか嬉しい。俺だけじゃなくて、親友の葉月さんもバイトでいないからっていう理由もあるだろうけど。
あと、ドキドキしながらも勉強が捗っているのが火村さんらしいというか。彼女の場合、休憩するときは氷織のベッドで仮眠を取っていそうな気がする。
『最初の休憩に入ったよ。メッセージありがとう。俺も寂しいけど、バイト頑張ってるよ。氷織達は勉強、葉月さんはバイト頑張ってね』
俺もグループトークにそんなメッセージを送った。
すると、勉強会に参加している4人から『ありがとう』とか『バイト頑張って』といったメッセージが送られてきた。それを見て、気持ちがほっこりする。
「いい笑顔だ。青山さんからメッセージが届いたのかな」
「ええ。氷織や友人達からバイト頑張ってと。それだけで元気が出てきます」
「それは良かった。さてと、そろそろカウンターに戻ろうか」
「その前に、俺、入口前の掃除をしてきます」
「分かった」
俺は残りのアイスコーヒーを飲み、スタッフルームを後にする。ほうきとちりとりを持って従業員用の出入口から外へ出る。
夕方なのもあり、バイトに来たときと比べて涼しくなっている。弱い風だけど、顔に当たると肌寒さを感じた。
入口前の歩道に出たとき、
「きゃっ」
笠ヶ谷高校とは違う制服を着た女性とぶつかってしまった。俺は倒れなかったけど、女性はその場で尻餅をついてしまう。
「大丈夫ですか? ごめんなさい」
怪我をしていなければいいけど。俺は尻餅をついてしまった女性に右手を差し出す。
「いいえ、悪いのはあたしです。ずっと下の方ばかり見ていたので……あっ」
ゆっくりと顔を上げ、俺と目が合うと女性は目を見開く。俺もほぼ同じタイミングで目を見開いた。
パッチリとした目つきに、ウェーブの掛かった黒髪。間違いない。この女性は、ゴールデンウィークでのバイト中、カウンター前でお金を落としてしまった子だ。
女性はニッコリと笑い、俺に軽く頭を下げる。そして、俺が差し出した右手をそっと掴み、ゆっくりと立ち上がった。
「ありがとうございます」
「いえいえ。ところで、ずっと下の方を見ていたと言っていましたが……どうかしましたか?」
「……実はスマホ落としちゃって」
元気なく言うと、女性は苦笑いを見せる。
「学校帰りに友達と北口周辺のお店を少し回ってから、友達の家に行って。そのときにスマホがないことに気づいて。記憶を頼りに歩いた道を探しているんです。たまに、スマホを見ながら歩いていたので。バッグにしまったつもりが、道に落としちゃったのかなって。ゾソールの前の道も通ったので」
「そうだったんですか。ちなみに、交番には行きましたか? 萩窪駅の北口近くに交番がありますが」
「行きました。でも、スマホの落とし物は届いてないって……」
「そうですか」
それで、今も自分が空いてきた道に落ちていないかと思って探しているのか。だから、ずっと下の方ばかり見ていたと。まあ、スマホを落としたら一大事だよな。「命の次にスマホが大事!」って考える人もいるくらいだし。
俺はスラックスのポケットから自分のスマホを取り出す。電源を入れて、ダイヤルの入力画面にする。
「俺のスマホから、あなたのスマホに電話をかけてみてください。この近くに落ちていれば、呼び出し音が聞こえると思いますから」
俺がそう言うと、女性の表情が少し明るくなったように思えた。
「ありがとうございます。じゃあ、借りますね」
「ダイヤル画面になっていますので、電話番号を入力して通話ボタンをタップしてもらえば大丈夫です」
「はいっ」
女性に自分のスマホを渡す。
女性は何度かスマホにタップする。
「通話……と」
女性がそう呟く。これで彼女のスマホが見つかるといいんだけど。
――プルルッ。プルルッ。
すぐに、近くからそんな呼び出し音が聞こえた。可愛らしい着信音だ。タイミングからして、この女性のスマホである確率は高そうだ。
呼び出し音が聞こえたからか、女性はハッとした表情になる。
「この音、あたしのスマホの着信音です!」
「方向からして……街路樹の植え込みの方ですね。お店の前かも。見てきますので、そのまま鳴らし続けてください」
「分かりました」
お店の壁近くにほうきとちりとりを置き、俺は街路樹の植え込みの方へ。呼び出し音を頼りに女性のスマホを探す。
「あった」
桃色のケースが装着されたスマホが鳴っている。画面を見ると、俺のスマホの番号が表示されている。
「これだ」
右手を伸ばし、植え込みの中に入っていたスマホを拾う。女性のところへ戻る。
「これですね。俺のスマホの番号が表示されています」
そう言って、拾ったスマホを見せると、女性の表情が見る見るうちに明るくなっていく。俺の目を見て、嬉しそうに笑う。
「これです! ありがとうございます!」
「見つかって良かったです」
スマホを落とすと大変な事態になることもあるからな。去年か一昨年あたりに、スマホを落としたことをきっかけにしたサスペンス映画が公開されていたっけ。
女性は呼び出しを終わらせて、俺のスマホを返してくれる。その際、俺も女性のスマホを彼女に渡した。その瞬間、女性はほっと胸を撫で下ろした。
「街路樹の植え込みの中に落ちていました。植え込みに隠れて気づかれにくいので、交番に届いていなかったのでしょう」
「かもしれないですね。さっきあなたが言ったように、バッグに戻したつもりでいたけど、植え込みに落としちゃったんでしょうね」
「そうですか。スマホを落とさないように気をつけてくださいね」
「はい。またあなたに助けてもらえるなんて。こんな偶然ってあるんですね」
「そうですね。……ところで、その制服は萩窪学園の制服ですか」
「よく分かりましたね。ちなみに、店員さんは高校生ですか? それとも大学生?」
「高校2年です。笠ヶ谷高校に通ってます」
「高2なんだ! じゃあタメだね! あと、笠ヶ谷ってことは頭いいんだ!」
同い年だと分かったからか、急にタメ口で話してきたな。今までが敬語だったのもあって、とても気さくな印象を受ける。
萩窪学園に通っている生徒からすると、笠ヶ谷は頭が良く思えるのかな。俺も萩窪学園は滑り止めで受験したから。
「あたし、笠ヶ谷に行けるほど頭が良くなくて。武蔵栄高校っていう高校を第一志望にしてたんだけど、そこは落ちちゃって。滑り止めで受かった萩窪学園に通っているの」
「そうなんですね。俺も……併願校で萩窪学園に受けて合格しました。隣の駅ですし、偏差値もそれなりの私立高校だったので」
「そうだったんだ。だから、制服を見て萩窪学園だって分かったんだね」
「はい。あとは、大学生の姉の友人が萩窪学園の生徒だったのもあります」
「なるほどね。頭いいし、何度も助けてもらったから、クラスメイトの男子の誰よりもしっかりしているように見えるよ。バイトの制服姿だからなのもあるのかな?」
「ありがとうございます」
どういった理由であれ、しっかりしていると思われるのは嬉しいものだ。
女性はスマホをスカートのポケットにしまう。
「スマホを見つけてくれて本当にありがとう! なくしたって分かったとき、凄く不安だったから」
「いえいえ」
「じゃあ、友達を待たせているから、あたしはこれで」
女性は小さく手を振り、俺の家がある方に向かって歩いていった。もしかしたら、彼女の友人は俺と同じ中学出身かもしれないな。
女性のスマホ探しで時間が経ったな。お店の入口前の掃除を手早く済ませて、俺は店内へ戻っていくのであった。
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