恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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第41話『声』

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 5月8日、土曜日。
 一日中曇天だった昨日とは打って変わって、今日は朝から晴天。ほとんど雲のない美しい青空が広がっている。それに伴い、気温も上がってポカポカとした陽気だ。
 今日はバイトのシフトが入っていない。なので、本来なら氷織とどこかへ出かける予定だった。しかし、氷織が風邪を引いてしまったからそれはなしに。昨日の夜に、平熱まで下がったと氷織からメッセージをもらったけど、氷織と外出するのは止めた方がいいだろう。

「今日は家でゆっくり過ごすか」

 さてと、何をしようかな。
 授業で出た課題は昨日のうちに終わらせた。10日後には中間試験が始まるから、試験対策の勉強をするのもいいだろうけど……幸いにも、つまずいている教科はない。だから、試験勉強はまだ始めなくてもいいかな。
 よし、今日は昨日の夜に録画したアニメを観て、この前の萩窪デートで買ったラノベの続きを読もう。半分くらいまで読んでいるから、この週末の間に最後まで読むか。
 まずはアニメを観よう。ただ、氷織の体調が気になるので、観始める前に、

『氷織、おはよう。体調はどうかな?』

 というメッセージを氷織に送った。
 俺は録画したアニメを観始める。クッションに座り、ベッドに寄り掛かって観るのがいつもの姿勢だ。
 今観ているのは三味線を題材にした漫画原作の青春アニメ。アニメなので、劇中で実際の三味線の演奏も楽しめる。個人的には結構面白い作品だ。
 ――ブルルッ。
 テーブルに置いたスマホのバイブ音が響く。氷織が返信してくれたのかな?
 さっそく確認すると……予想通り、LIMEを通じて氷織からメッセージが届いたと通知が。

『おはようございます、明斗さん。熱は完全に引きました。一晩経って、だるさや喉の違和感などの症状もなくなりました』

 おっ、体調が良くなったか。病院で処方された薬を飲んでゆっくりとしたのが良かったのだろう。嬉しいな。昨日の放課後に、火村さんと葉月さんと一緒にお見舞いに来たことも元気に繋がったのならより嬉しい。

『体調が回復して良かった』

 と返信を送る。
 氷織は今、このトーク画面を見ているのだろう。すぐに、俺が送った返信に『既読』のマークが付く。

『ありがとうございます。あの……今、お電話しても大丈夫ですか?』

 というメッセージが。
 俺は『いいよ』と返信し、Blu-rayの再生を止める。
 これまで、家にいるときは氷織との連絡は今のようにメッセージがほとんど。だから、電話がかかってくると思うとちょっと緊張する。
 ――プルルッ。プルルッ。
 LIMEを通じて氷織から呼び出しが。『通話』ボタンにタップして、俺は氷織からの呼び出しに出る。

「もしもし。紙透です」
『氷織です。お電話してもいいと言ってくれてありがとうございます』
「いえいえ」

 スマホ越しでも、氷織の声が聞けるのっていいな。目の前に氷織はいないけど、氷織を凄く近くに感じる。昨日、お見舞いには行ったけど、氷織の声を聞くと安心する。

『連絡はメッセージが多いですけど、こうして電話するのもいいですね。明斗さんの声を聞けてほっとしています』
「俺も同じことを思ったよ」
『ふふっ、そうですか』

 氷織の笑い声を聞くと、氷織の楽しそうな笑顔が思い浮かぶ。今、氷織はどんな笑顔になっているのだろう。想像していると楽しい気持ちになってくる。

「一晩経って、症状が治まって良かったね」
『ありがとうございます。明斗さんの方は大丈夫ですか? 風邪、うつっていませんか?』
「俺は元気だよ」
『良かったです。安心しました。ただ、私……病み上がりなのもあってか、普段に比べると体力が抜けている感じがしますね』
「そっか。確かに、そういうときって普段とは少し違った感覚だよな」
『ですよね。なので、どこかへ一緒に遊びに行くのは止めた方がいいですね』
「そうだな。大事をとって、今日は止めよう」
『はい。分かりました』

 遊びに行くことで体力が削られて、風邪をぶり返してしまう可能性もあるから。
 氷織とどこかにお出かけできないのは残念だけど、健康だからこそ楽しめること。それに、今日を逃したら二度とできなくなるわけじゃない。だから、今日は止めておこう。

『ただ、明斗さんに会いたくて。一緒にいたい気持ちがありまして。なので、もし明斗さんさえよければ……午後に私の家でお家デートしませんか? 昨日の放課後デートと今日のデートの埋め合わせの意味もありますが』
「氷織の家でお家デートか」

 その形であれば、氷織自身もゆったり過ごせていいと思う。
 お家デートを誘ってくれたことはもちろん、俺に会いたくて一緒にいたいと言ってくれたことが凄く嬉しい。それをメッセージではなく、声で伝えてくれたから、もうキュンキュンしちゃってる。

「凄くいい案だね。俺も氷織と一緒に過ごしたいし」
『そう言ってもらえて嬉しいです。では、私の家でお家デートしましょう』
「うん。じゃあ、午後になったら氷織の家に行くね」
『分かりました。では、家でお待ちしていますね』

 そう言う氷織の声色はさっきよりも高い。お家デートが決まって、氷織のテンションが上がってきているのが分かる。

『勇気を出して言ってみて良かったです。そのために電話を掛けたんです。明斗さんの声を聞きたかったのもありますが……』
「ははっ、そっか。そのおかげで、氷織の声が聞けたんだ。ありがとう」
『……いえいえ。これまで、メッセージで話すことがほとんどでしたけど、たまにはこうして電話でお話ししたいです』
「そうだね。目の前に氷織がいないから、声で話すことの良さを実感してる」
『私もです』

 ふふっ、と氷織の上品な笑い声が聞こえてくる。言葉だけじゃなく、こういう声でも気持ちが温かくなるのが電話で話すことの良さだな。

「……そうだ。お家デートのときに、一昨日借りた百合漫画を返すよ。昨日のお見舞いに行くときに返しても良かったかもしれないけど。元気になってから返すのがいいかなと思って」
『分かりました。ちなみに、漫画はどうでしたか?』
「面白かった。凄く爽やかで雰囲気で、キスシーンにはキュンってなったよ」
『それは良かったです! 明斗さんの本棚にあった本からみて、気に入りそうだと思っていました』
「氷織の想像通りになったよ。貸してくれてありがとね。アニメイクで1巻から最新巻まで買って読もうと思う」
『きっと、最新巻まで明斗さんは面白いと思ってくれると思います』
「楽しみだな」

 百合漫画だから、氷織だけでなく葉月さんとも楽しく話せそうだ。
 それにしても……いいな。電話でも、面白かった漫画のことを氷織と楽しく話せるのが。

「そういえば、氷織はお家デートで何かしたいことはある? やりたいことによっては、必要なものを俺の家から持っていくよ」
『そうですね……』

 う~ん、と氷織の声が聞こえてくる。その声が可愛らしくて、ずっと待っていられる。

『みやび様のアニメの第2期を一緒に観たいです』
「おっ、それいいな!」

 アニメの第1期全話を氷織と一緒に観たので、いつかは第2期も一緒に観たいと思っていた。

「2期のBlu-rayもあるから持っていくよ」
『はいっ。一緒に観るのを楽しみにしています』
「うん。俺も楽しみにしてる」

 今日の午後がとても楽しみになったな。デートの予定が一度なくなっただけに、楽しみな気持ちは今まで以上に強い。
 それからも少しの間、氷織との通話を楽しむ。その中で、午後1時半頃に氷織の家に伺うことになったのであった。
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