恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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第1話『お試しの恋人、はじめました。』

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「青山さんのことが好きだからだよ」

 半年ほど抱き続けてきた好意を、ついに青山さん本人に伝えた。
 青山さんは目を見開き、視線を少し下に向ける。

「私のことが好き……ですか」
「ああ。半年くらい前かな。正門を出てすぐのところにある公園で、黒いノラ猫を撫でている青山さんを見てさ」
「そうですか。黒いノラ猫ちゃんは1年生の2学期頃から、その公園で何度か会っているんです。出会ったときから、頭や背中を中心に撫でさせてくれる可愛いノラ猫ちゃんです」
「そうなんだ。触らせてくれるノラ猫って特に可愛いよね」

 これまで、多くのノラ猫と出会った。ただ、触らせてくれるノラ猫はなかなかいなくて。だから、触れられるノラ猫が凄く可愛いと思えるのだ。

「ノラ猫を撫でているときの青山さんの優しい笑顔が魅力的で。その姿を見て一目惚れしたんだよ。猫に優しく接せられて素敵だとも思った。それからは、青山さんの姿を見ると幸せな気持ちになれるんだ。普段のクールなところや友達にたまに見せる微笑みとか」
「そうですか。笑顔に一目惚れ……ですか」

 静かな口調でそう言うと、青山さんは真剣な表情になり、さらに視線を下げる。物思いにふけているようにも見えて。

「青山さん?」

 声をかけると、青山さんは体をピクつかせて再び俺のことを見る。

「ご、ごめんなさい。色々と思い出していまして」
「そうか。……半年前からずっと好きです。俺と恋人として付き合ってくれませんか」

 何とか、青山さんへの想いを言葉にすることができた。
 告白すると、こんなにも緊張するんだ。心臓がバクバクして、体が熱くなっている。今まで、青山さんに告白してきた人達が凄いなって思った。
 青山さんは俺をじっと見続けている。俺から告白されて、青山さんは今、どんなことを考えているのだろうか。今までの告白と同じように、断ろうと思っているのかな。
 ただ、俺の記憶の限りだけど……青山さんが告白を受けて、こんなにも無言の時間が続いたことはない。大抵はすぐに「ごめんなさい」とか「お断りします」って言うから。
 様々なことを考えながら、青山さんからの言葉を待った。

「……これまでの告白とは違います」

 ようやく口を開いた青山さんはそんなことを言った。

「これまでの告白とは違う?」

 予想外の言葉だったので、俺はオウム返しのように問いかける。すると、青山さんは首を縦に小さく振った。

「はい。紙透さんから告白されたとき、これまでの告白とは違って、胸がほんのりと温かくなった感覚があったんです。これが好意なのかは分かりませんが」
「そうか」
「そんな感覚があったので、告白を断ろうという気にはなれなくて。曖昧なことばかり言ってしまってごめんなさい」
「ううん、いいんだよ。思っていることを言ってくれて嬉しいよ。告白した身としては、断る気持ちにはなれないのも嬉しいから」

 これまでの青山さんからして、99%の確率でフラれると思っていたから。絶対零嬢なんていう呼び名もあるほどだし。
 青山さんは俺の目から視線を離す。俺からの告白にどう返事をすればいいのか迷っているのかもしれない。

「俺の告白は今まで受けた告白とは違う。ただ、俺に好意があるかどうかははっきり分からない。でも、俺の告白を断る気にはなれないと」
「はい。ただ、紙透さんへの想いがはっきりとしない中で恋人として付き合うのは、紙透さんに申し訳ない気がして。ごめんなさい、こんなことを言ってしまって」
「気にしないで」

 おそらく、青山さんにとって「恋人として付き合うのは、両想いが前提」だと考えているのだろう。
 これまでの青山さんの言葉から考えられる一番いい解決法は――。

「じゃあ……お試しで付き合うのはどうだろう? お試しの恋人関係になるんだ」
「お試し……ですか?」

 青山さんは見開いた目で俺のことを見てくる。お試しで付き合おうって言われるとは思わなかったのかも。

「前もって、付き合う期間を決めるんだ。その期間の中で一緒に過ごしてみて、俺のことが好きになれるかどうかとか、一緒にいて楽しいかどうかなどを考えるんだ。好きだなとか、これからも恋人として付き合っていいって思えたら、正式に付き合うって流れで」

 告白されたら、受け入れて正式に恋人として付き合う。もしくは、きっぱり断る。このどちらかに拘らなくてもいいんじゃないかと青山さんを見て思ったんだ。お試しの恋人として付き合い、告白してきた人を好きになれるかどうか。正式に恋人として付き合っていきたいかどうかなどを考える期間があってもいいんじゃないかと。

「もちろん、お試しの期間を延長してもいいし、途中でダメだと思ったら関係を解消してもいい。お試しだからルールも設ける。そういったことはカップルにもよるかな」
「なるほど。そういえば、以前読んだ恋愛小説に、お試しで付き合っているカップルが登場していましたね」
「そうなんだ。俺は姉貴が貸してくれた漫画に、そういうカップルが登場してた」
「そうなのですか。あと、紙透さんにはお姉さんがいるのですね」
「ああ。大学3年の姉がいるよ。青山さんは?」
「中学2年生の妹がいます。とても可愛いです」
「そうなんだね」

 妹さんの話をしたからか、青山さんの目がちょっと輝いている。妹さんのことが好きなのかもしれない。
 青山さんの妹か。青山さんが可愛いと言っているほどだし、きっと青山さんに似て素敵な女の子なのだろう。

「話を戻そうか。俺、その漫画を読んで、実際にお試しで付き合うカップルがいるのかネットで調べたんだ。そうしたら、意外といるらしい。中には正式に付き合って、何年経っても仲が良好なカップルもいるみたいだよ」
「そうなのですか。実際に上手くいっているカップルがいるのですね」

 そう言う青山さんの声は、さっきまでよりも高く感じた。どうやら、お試しで付き合うという俺の提案は好感触のようだ。

「俺はお試しで付き合ってみるのもいいかなって思ってる。一緒に過ごしてみたいし、青山さんのことをもっと知っていきたい。青山さんはどうかな」
「……魅力的な提案です。お試しで付き合ってみて、紙透さんへの想いや正式に恋人として付き合っていけるかどうかなどを考えてみたいです。告白されたときに抱いた温かさの正体が分かるかもしれません」
「そうか。じゃあ……お試しで俺と恋人同士になるってことでいいかな」

 俺がそう言うと、青山さんは俺の目を見てしっかりと頷く。

「はい。お試しではありますが……これから恋人としてよろしくお願いします」

 優しさを感じられる声でそう言ってくれた。青山さんの今の言葉が俺の胸をポカポカにしてくれる。

「ありがとう。凄く嬉しいよ。青山さんのことが好きだから、お試しでも付き合えるようになって」

 夢を見ているんじゃないかと思うほどだ。舌を軽く噛んでみると、確かな痛みが感じられた。現実なんだ。嬉しい気持ちがより膨らむ。

「紙透さんの顔を見ると、嬉しい気持ちが伝わってきます。それがいいってと思えます」
「そう言ってくれて嬉しいよ」
「そうですか。お試しですし、……ルールを決めた方がいいですね。このゴミを片付けたら、どこか落ち着ける場所でルール決めをしませんか?」
「ああ。そうしよう」

 円滑に付き合っていくためにも、ルールをちゃんと決めよう。
 青山さんに告白した結果、お試しで付き合うことになった。青山さんと一緒に過ごせるようになって本当に嬉しい。俺と付き合って、青山さんが楽しいとか幸せだって思ってもらえたらより嬉しいな。
 気持ちが舞い上がる中、青山さんと一緒にゴミ拾いを再開するのであった。
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