上 下
126 / 248
続編

第59話『ごあいさつ』

しおりを挟む
 午前10時半過ぎ。
 カーナビの計算通り、ホテルを出発してからおよそ1時間で、ちくば市にある美優先輩の地元を走っている。見慣れた景色だからなのか、美優先輩は何度も懐かしいと呟いている。
 美優先輩の地元の雰囲気は伯分寺と似ている。先輩曰く、30分ほど電車に乗れば東京23区に行けるベッドタウンなのだそうだ。

「この街で美優が育ったのね! とても素敵な街に思えてくるわ!」
「大げさな反応ね、花柳さん。ただ、伯分寺に似た雰囲気だから、住みやすそうなところね」

 伯分寺での生活も慣れてきたし、霧嶋先生の言う通り、ちくば市も住みやすそうな感じだ。
 美優先輩の案内で、ご実家のすぐ近くにあるコインパーキングに駐車。
 俺達はお土産などを持って、美優先輩の家に向かって歩く。住宅街なのもあり、あけぼの荘の周りと雰囲気はさほど変わらない。
 コインパーキングから徒歩3分ほど。美優先輩の歩みが止まる。そこには白い外観の一軒家が建っていた。

「ここが私の実家です」
「うわあっ……!」

 感激しているのか、花柳先輩はそんな声を漏らし、スマホやデジカメで美優先輩のご実家の外観を撮影する。
 美優先輩がゆっくりと玄関を開けて、

「ただいま~」

 と言った。すると、中から美優先輩の御両親と朱莉ちゃん、葵ちゃんが姿を現す。御両親と直接会うのはこれが初めてなのでかなり緊張する。朱莉ちゃんと葵ちゃんだけでも以前に会っていて良かったな。

「おかえり、お姉ちゃん!」
「おかえりなさい、姉さん。由弦さん達もいらっしゃいませ」
「みんなただいま。温泉饅頭と抹茶のゴーフレットを由弦君と買ってきたよ」
「ありがとう! お姉ちゃん! 由弦さん!」
「ここで話すのは何だから、美優も桐生君達も上がってください」

 美優先輩のお母様がそう言うため、俺達は美優先輩の家にお邪魔する。
 白鳥家のみなさんの案内により、美優先輩と俺はリビングにある食卓に御両親と向かい合うように座る。ちなみに、俺の正面にいるのは先輩のお父様だ。俺のサポートをするつもりなのか、朱莉ちゃんが右斜め前にある椅子に座っている。
 風花達はソファーに座ってこちらを見ている。

「はーい、美優に桐生君、日本茶をどうぞ」
「ありがとう、お母さん」
「風花ちゃん達もお茶をどうぞ」
「ありがとう、葵ちゃん」

 葵ちゃんはソファーに座る風花達の前に日本茶を置いていく。お礼なのか、風花が葵ちゃんの頭を撫でている。
 再びお父様の方を見ると……凄く立派な雰囲気のあるお父様だな。白髪混じりでメガネをかけているからだろうか。
 俺と目が合うとお父様は微笑む。

「桐生君。こうして顔を合わせて話すのは初めてだから、改めて自己紹介しよう。美優の父の健二けんじといいます。よろしく」
「母の麻子まこです」
「桐生由弦といいます。美優さんとは、先月の下旬から恋人としてお付き合いしています」
「好青年ね。あと、美優。ソファーに座っている方々が高校で出会ったお友達や先生よね。瑠衣ちゃんと大宮先生は、去年の三者面談で伯分寺に行ったときに会ったけど」
「うん、そうだよ」

 ソファーの方を向くと、風花達は立ち上がって俺達の方を見ている。

「お久しぶりです、お父様、お母様。花柳瑠衣です。今年も美優とはクラスメイトになることができて、とても光栄であり、幸せなことだと思っておりますわ」
「瑠衣先輩、普段とキャラが違いますね。初めまして、陽出学院1年の姫宮風花といいます。あけぼの荘では美優先輩と由弦の隣に住んでいます。お隣さんですから、プライベートでもお世話になっています。よろしくお願いします」
「初めまして、桐生君と姫宮さんを受け持っている霧嶋一佳と申します。美優さんと花柳さんには去年、現代文と古典を教えていました。よろしくお願いいたします」
「お久しぶりです、大宮です。三者面談以来ですから、半年ぶりくらいでしょうか。今年も美優ちゃんと瑠衣ちゃんのクラス担任となりました。勉強も部活も、美優ちゃんはよく頑張っています。桐生君という彼氏さんができたからか、2年生になってからはより頑張っているように思えます」
「そうですか。みなさん、よろしくお願いしますね」

 ふふっ、と麻子さんは上品に笑うと俺のことを見てくる。美優先輩を大人っぽくした雰囲気だから、見つめられるとちょっとドキドキするな。
 ただ、みんなが後ろにいると思うと、何だか安心する。今朝、美優先輩が言ったとおり、側にいてくれることが最大のサポートだなと実感する。

「こうして実際に会うと、由弦さんって素敵な男の子ね。とてもかっこいいし、しっかりしていそうで。美優、素敵な出会いがあって良かったわね」
「……うん。由弦君と出会えて、色々と事情があったけど一緒に住むこともできてとても幸せだよ」

 美優先輩は顔を赤くしながらも嬉しそうな笑みを浮かべている。俺と目が合うと「えへへっ」と笑った。すっごく可愛い。

「……母さん。万が一、美優が嫌がっていたり、恐がっていたりしていたら桐生君と引き離そうと思っていたのだが、ここまで幸せな笑顔を見てしまうと何もできないな」
「ふふっ、そうね」
「……ただ、美優をここまで幸せな顔にする桐生君に嫉妬するくらいだ。中学を卒業するまでの間、美優はお父さんにこんなに幸せな笑みを見せたことはない! 桐生君、どんな魔法を使ったのかな? 詳しく教えてもらえないだろうか」

 そう言うと、健二さんはゆっくりと椅子から立ち上がり、俺の両肩を掴みながら真剣な様子で俺のことを見つめてくる。突然のことなので驚いた。何だか、俺達の関係を受け入れてくれたみたいだけど、結構恐いな。

「もう、お父さんったら。いきなりそんなことをしたら由弦さんに失礼ですよ」
「朱莉の言う通りだよ。ほら、由弦君も驚いているし」
「……そうだな。桐生君、すまなかった」
「いえいえ」

 健二さんは両肩を離し、目の前にある日本茶を一口飲む。
 俺も日本茶を飲んで気持ちを落ち着かせよう。……あぁ、凄く美味しい。

「それで、実際はどうなのだ?」
「……互いに作った食事を美味しく食べたり、隣同士でソファーに座ってコーヒーや紅茶を飲んだり、勉強したり、一緒のベッドで寝たり。恋人になってからは一緒にお風呂に入ったり、キスしたり。普段の生活の中で健二さんの言う『魔法』はたくさんあると思います。もちろん、ドキドキすることもありますけど、美優先輩と一緒だからか凄く幸せです。この旅行でもそう思うことは多々ありました。これからも、美優先輩とそういった時間をずっと過ごせるように、年下ではありますが、しっかりしていかなければいかないと思っています」

 色々と言ってはまずいことまで言ってしまった気はするが、言葉にしてしまったものはしょうがない。

「由弦君……」

 気付けば、美優先輩は俺のシャツの裾を掴み、うっとりとした表情で見つめていた。あと、いつの間に椅子をくっつけていたのか。

「……なるほど。それは……恋人だからこそできることだな。美優の今の様子を見たら、桐生君の今言ったことで美優も幸せになっているのだと分かる」
「うん、とっても幸せだよ、お父さん!」
「……そうか。美優が桐生君と幸せに暮らしているのは嬉しいが、何だか離れていくようで寂しいなぁ」

 健二さんはしみじみとした様子でそう言うと、日本茶をまた一口飲む。俺も娘ができたらこういう風になるのかな。

「寂しいって言ってくれて嬉しいよ。でも、私は今までも、これからもお父さんとお母さんの娘だからね。これからもたまにはこうして会おうね、お父さん」
「……そうだな。いい子に育ったな、美優は。さすがは母さんから産まれた子だ。桐生君、美優のことをこれからも末永くよろしくお願いします! でも、美優のことを捨てたりしたら俺は許さないからな! 場合によっては殺す」

 健二さんは涙を流しながら絶叫し、両手で俺の右手をぎゅっと掴んできた。その力がとても強く殺すと言われたからか、付き合ってもらうことを改めて許してもらったと同時に、脅迫された気持ちにもなる。

「こらっ!」
「ダメですよ!」
「……いたっ!」

 美優先輩と朱莉ちゃんは、右手で健二さんの頭をチョップする。

「私の彼氏に殺すとか言うんじゃありません。そんなことを言うとさすがに嫌いになるよ」
「由弦さんに失礼ですよ! お父さん!」
「さすがに、教え子が殺されるのは悲しいですね。気持ちは理解できなくはないですが、殺すのは違法ですので止めていただきたいです」
「……娘達や霧嶋先生の言う通りですね。すまない、桐生君」
「き、気にしないでください。美優先輩のことを大切にされていることは分かりましたし、俺も気を付けます」

 それにしても、今の怒った美優先輩はかなり恐かった。普段、穏やかな人は怒ると恐いってよく言うけれど、それは本当のようだ。

「ごめんね、由弦さん。お父さんは家族のことになると、たまに周りが見えなくなることがあって。あとで私からも注意しておくわ。それにしても、こんなに素敵な人が将来的にお婿さんになると思うと、お母さん嬉しくなっちゃう」

 麻子さんは俺の側まで近づくと、嬉しそうな様子で俺の腕をぎゅっと抱きしめてきた。

「あぁ、立派な腕。いい匂いもするし。ふふっ、気持ちが若返った感じがする」
「そ、そうですか……」
「……ちなみに、美優よりも大きいと思うわ」

 何てことを耳打ちしてくるんだ。ただ、その大きなものによる感触がいいからドキドキしてしまう。さすがは美優先輩のお母様というべきか。2つのたわわなものや、寄り添ったときに喜ぶ姿は麻子さんから受け継いだのだろう。

「由弦君……」
「桐生君……」

 美優先輩と健二さんは不機嫌そうな様子で俺のことを見てくる。先輩に至っては頬まで膨らませて。嫉妬する部分は健二さんから受け継いだのだろう。

「お母さんっ! 美優お姉ちゃんの彼氏さんの腕を抱きしめちゃダメだよっ!」
「不倫、そして略奪になってしまいますよ! お母さん!」
「あたしもそれは良くないかと思います! 由弦も少しは拒みなさいよ」
「と、突然のことで驚いちゃって」
「あらあら、みんなに注意されちゃったわ。大丈夫よ。由弦さんのことは美優から取らないし、私はお父さんの奥さんだから」

 麻子さんは俺の腕をそっと離し、健二さんの頬にキスすると自分の座っている椅子に戻った。そのことに美優先輩と健二さんはほっと胸を撫で下ろす。

「由弦さん。これからも、美優のことをよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします」

 一時はどうなるかと思ったけど、ちゃんと挨拶もできて、改めて美優先輩と恋人として付き合うことを許していただけて良かったと思うのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈 
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか
BL
 大手芸能事務所、Lightsプロモーション初となる5人組のアイドルグループFive S。抜群の容姿を持つ五人は、華々しくも多忙な日々を送ることになるのだが、そんな彼らも人並みに(?)恋はする。  優しくメンバー想いのリーダー蘇芳司。頼れる最年長の八神陽平。美少年? 美少女? とにかく誰もが認める可愛らしさを誇る如月悠那。圧倒的歌唱力を待つ、知的クールな結城律。グループの癒しキャラ? 壊滅的な料理音痴でもある橘海。  五人の恋の行方はそれぞれ如何に……⁈  それぞれにスポットを当てながら、コメディータッチで進んでいくボーイズラブストーリー。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

【R18】幼馴染の魔王と勇者が、当然のようにいちゃいちゃして幸せになる話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

処理中です...