上 下
109 / 248
続編

第42話『お可愛いこと』

しおりを挟む
 午後6時半過ぎ。
 俺達は夕食の会場である2階のレストランへ向かう。
 客室が離れているので、食事のテーブルも部屋ごとで分かれてしまうのかと思った。だけど、霧嶋先生が6名で予約したこともあり、全員同じテーブルで食事できることになった。
 席は美優先輩、俺、風花、テーブルを挟んで花柳先輩、霧嶋先生、大宮先生という形で座ることになった。また、大宮先生はさっそく地酒を注文していた。
 夕食はバイキング形式。そのため、それぞれが食べたいものを取りに行く形に。せっかくの旅行だから、御立市や茨城県の食材を使ったものや郷土料理を食べてみたい。

「たくさんあるね、由弦君」
「ええ。ジャンル問わず、料理の種類がこんなにも豊富だと、どれにしようか迷ってしまいますね」
「そうだね。ただ、バイキング形式だから、一気に取らずに何度も取りに行けばいいんだよ。それに、明日もここで夕食を食べるんだし」
「そうですね」

 美優先輩の言葉もあり、まずはこの地域の郷土料理や名産を食べようと決められた。
 料理の説明を見ていくと、どうやらこの地域では魚介類が名産のようだ。今の時期はハマグリや初鰹が旬らしい。それらの刺身と、地元の農家で収穫された野菜を使った料理を中心に取っていく。

「うん、まずはこんな感じでいいかな」

 パッと見、和風の定食のようになった。ご飯に味噌汁、刺身やおひたしなどがあるからかな。飲み物も冷たい緑茶だし。
 自分達のテーブルに戻ると、美優先輩を除き、みんな料理を取って席に座っていた。

「ただいま」
「おかえり、由弦。おぉ、由弦は結構ヘルシーな感じだね」
「地元で獲れたものを中心に取ったら、こんな感じになったんだ。風花は……バイキングらしく、好きなものを取ってきたんだなって分かるよ」

 和洋中を問わず、色々な料理を選んできていた。しかも、最初であるにもかかわらずスイーツやフルーツも取っている。なくなるかもしれないと思って確保したのだろうか。それもあって、量がかなり多い。花柳先輩も取った食べ物の種類は風花と同じような感じだ。2人のお盆を見ると、雫姉さんと心愛を思い出すな。
 霧嶋先生は洋風の料理を中心、大宮先生はさっき注文した地酒があるからか、お刺身や枝豆などおつまみに良さそうな料理を選んでいる。

「みんな、お待たせしました」

 美優先輩がテーブルに戻ってきた。先輩は和風料理を中心に選んでおり、5人の中では一番俺と近かった。みんな美味しそうだな。

「全員揃ったわね。じゃあ、成実さん、食事の挨拶をしてもらってもいいですか? 出発の挨拶は私がやりましたし、成実さんは料理部顧問ですから」
「あらあら、そう言われたらやるしかないわね。みんな、今日は楽しかったね。バイキング形式だけど、お腹を壊さないように気を付けて楽しく食べましょう。では、いただきます!」
『いただきます!』

 こうして1日目の夕食が始まった。
 温泉に浸かっていたからか、まだ体が熱いので俺はまず冷たい緑茶を一口飲む。冷たくて、程良く渋味があって美味しい。
 俺は地元で捕れたという初鰹の刺身を一口いただく。

「うん、美味しい」
「鰹のお刺身美味しいよね、由弦君。お刺身の美味しさが分かると、ちょっと大人になった感じがしない?」
「分かる気がします。小さい頃は、お刺身があまり食べられなかったので」
「それで、実際に大人になると、お酒のおつまみとしても美味しいって分かるのよぉ」

 大宮先生は頬をほんのりと赤くして、地酒の入ったお猪口を片手に初鰹を含めたお刺身を美味しそうに食べている。お刺身も地酒も美味しいからか幸せそう。20歳以上になったら味わえる世界なんだな。

「う~ん、唐揚げ美味しい! プールでたくさん泳いだ後ですし、今日は旅行ですからいつも以上に美味しいです!」
「大げさだなぁ、風花ちゃんは。でも……ホテルの料理って美味しいよね。このステーキもとっても柔らかくて美味しい」
「普段、料理はあまりしないけれど、こうやって料理が用意されているというのは有り難いと思うわ。ビーフシチュー美味しいわ」

 風花、花柳先輩、霧嶋先生も自分の取ってきた料理を美味しそうに食べている。みんなの言うことにも頷けるな。特に霧嶋先生が言った料理が用意されていることが有り難いということは。

「ふふっ、どうしたの? 由弦君。何か感心した様子で頷いて」
「いやぁ、霧嶋先生の言うとおり、料理が用意されているって有り難いと思いまして。美優先輩、美味しい食事をありがとうございます」
「このタイミングでお礼を言われると思わなかったよ。こちらこそ、美味しい料理を作ってくれてありがとう。由弦君のおかげで、ゆっくりできる時間が増えたよ。お礼にこのマグロのお刺身を食べさせてあげる。はい、あ~ん」
「……ここで食べさせてもらうのは恥ずかしいですね。でも、いただきます。あ~ん」

 美優先輩に食べさせてもらったからか、マグロのお刺身は鰹の刺身よりも美味しく感じられた。

「ねえ、一佳ちゃん。この地酒美味しいよ。一口呑んでみる?」
「……日本酒ですか。日本酒は普段はあまり呑まないですが、せっかくの旅行ですし呑んでみましょうか。でも、生徒達がいる前ですし……」
「プールに行く直前に一佳ちゃんが言っていたじゃない。これは修学旅行でも部活の合宿でもないプライベートの旅行だって」
「……そうですね。花柳さんはまだ酔っ払った私の姿を見ていませんが……」

 花柳先輩は見ていないのか。
 ちなみに、俺と美優先輩、風花は初めて霧嶋先生の家を掃除した後にお酒を呑んで酔っ払った先生を見ている。
 大宮先生については、以前に霧嶋先生の家に行ったと大宮先生が言っていたのは覚えている。霧嶋先生も大宮先生を招待したと言っていたな。そのときにでも一緒にお酒を呑んだのだろうか。2人はとても仲がいいし、お酒を呑む機会は何度もあるか。

「一佳先生がお酒を呑むとどんな風になるのか、あたし気になります。酔っ払った先生がどんな感じなのかは誰にも言いませんから! あたし、口は堅い方なので」

 その言葉、今と似たような状況で風花が霧嶋先生に言っていた気がする。確か、先生の家まで追跡したときだったかな。

「……ウォータースライダーのときに、ずっと一緒にいてくれたし、あなたのことを信じるわ。成実さん、一口いただきます」
「そうそう、旅行なんだし楽しく一緒に呑みましょう。あっ、すみません、お猪口をもう一つください」
「かしこまりました」

 まあ、このホテルに俺達以外に陽出学院の関係者がいる可能性は低いだろうし、霧嶋先生が酔っ払っても、きっと大丈夫じゃないかと思う。
 大宮先生はホテルのスタッフさんからお猪口を受け取ると、地酒を注いで霧嶋先生に渡す。

「いただきます」

 霧嶋先生はお猪口いっぱいの地酒を一気に呑む。

「あぁ、おいしい~」

 さっそくアルコールが回ったのか、霧嶋先生は頬をほんのりと赤くしながら柔らかな笑みを浮かべ、普段よりも甘ったるい声を出す。

「成実さん、これ美味しいですねぇ」
「ふふっ、でしょう?」
「勧めてくれてありがとうございます。もう、お酒を一口呑んじゃったから、今夜は呑んじゃいましょ。成実さんの言うとおり、せっかくの旅行ですもんね。すみませ~ん」

 霧嶋先生は近くにいたホテルのスタッフさんを呼び、ビールを注文していた。そんな彼女に、隣に座る花柳先輩は驚いた様子だった。

「凄い変貌ぶりですね」
「そうなんだよ、瑠衣ちゃん。一佳は酔っ払うとこうなっちゃうの。記憶はあって、気を付けないとーって思ってるんだけどね。今日は瑠衣ちゃんのおかげで、ウォータースライダーをたっぷり滑ることができたよ。本当にありがとね」

 霧嶋先生は花柳先輩の頭を撫でている。
 撫でられた瞬間、花柳先輩は体をビクつかせたけれど、すぐに声に出して笑う。

「2年生になってから一佳先生の色々な表情を見るようになったけど、未だに学校での真面目でしっかりとしたイメージが強いから……いやぁ、このギャップはたまらない。かわいい。普段とは違って髪型がストレートヘアだからかより可愛い」
「ありがとう。でも、瑠衣ちゃんの方がもっと可愛いよ」
「……写真撮っておこう。いい思い出になるわ」

 酔っ払った霧嶋先生が気に入ったのか、花柳先輩は霧嶋先生のことをスマホで撮影する。そんな先輩のことを霧嶋先生は止めるどころかピースサインをしたり、大宮先生と一緒に写ったりとサービスぶりを発揮。ただ、酔っ払ったときの記憶が残るタイプなので、明日の朝には「写真を消しなさい!」と言うかも。

「瑠衣ちゃん、先生のギャップにやられちゃったみたいだね」
「そうですね。可愛い担任の先生だなって俺も思いますよ」

 あれが素なのだとしたら、学校でも見せていってもいい気がするけど。花柳先輩のような生徒が続出するんじゃないだろうか。

「さてと、スイーツとフルーツのおかわりしてこよっと」

 風花、結構な量を取ったのに、もう平らげておかわりもするのか。いい笑顔をしているし、まだまだ食えそうだな。
 その後も、ホテルでの初めての食事の時間は楽しく過ぎてゆくのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

処理中です...