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第19話『週末の終わり』

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 香奈のアルバムを見終わった後は、香奈の勧めで香奈の部屋とリビングの窓から外の景色を見る。
 ここは16階だけど、マンション周辺に高層建造物はあまりないため、梨本の広い景色を一望できる。リビングから見える景色の中には、俺達が通う梨本高校の校舎や昨日のデートスポットであるオリオ梨本はもちろんのこと、俺の自宅の屋根も見えて。高いところから地元の景色を見るのは初めてなのでとても新鮮だった。スマホで写真を撮らせてもらった。
 景色を堪能した後はアニメのBlu-rayを一緒に観る。観る作品はもちろん『のんびりびより』。俺の家でのお家デートでは第1期の第2話まで観たので、今日はその続きの第3話から。
 俺の家で観たときと同じように、キャラクターの可愛さやセリフの面白さなどについて喋りながら観ていく。

「おっ、もうこんな時間か」

 たまに休憩を挟みながら、第7話まで観終わったとき……壁に掛かっている時計を見ると午後6時を過ぎていた。窓から見える空もだいぶ暗くなっている。

「6時過ぎですか。今日もあっという間に時間が過ぎていきましたね」
「そうだな。香奈と話しながら観るのが楽しかったから、5話も観たけどあっという間だったよ」
「ふふっ、そうですか。これからもお家デートするときは『のんびりびより』を一緒に観ましょう」
「ああ、そうしよう」

 この前と今日のお家デートを通じて、久しぶりに原作の漫画を第1巻から読み返したくなったな。

「6時を過ぎたし、そろそろ帰ろうかな」
「分かりました。では、梨本駅の北口まで送りますね」
「ありがとう。帰る前に御両親に一言挨拶しよう」
「はい」

 俺は香奈と一緒にリビングに行き、香奈の御両親に挨拶する。
 香奈の御両親は俺に実際に会えて嬉しく、リビングからの景色を一緒に見たのが楽しかったとのこと。またいつでも来てとも言ってくださった。浩史さんからは「これからも香奈をよろしく」とも。
 また、帰る直前に、香奈が手作りクッキーの入った紙の小さな手提げを持たせてくれた。家に帰ったらまたクッキーを楽しもう。たくさんもらったし、千晴にも少し分けてあげようかな。千晴も甘いものは好きだから。

「俺はこれで失礼します」
「ああ。気をつけて帰りなさい」
「また来てね、空岡君」
「はい」
「じゃあ、先輩を駅の北口まで送ってくるね」

 俺は香奈の御両親に軽く頭を下げて、香奈と一緒に家を後にする。その際、香奈から手を繋いで。

「遥翔先輩。あたしの家でのお家デートはどうでしたか?」
「とても楽しかったよ。香奈のアルバムを鑑賞したり、『のんびりびより』のBlu-rayを観たり。香奈の作ってくれたクッキーも美味しかったし」
「そう言ってくれて良かったです。あたしも楽しい時間でした!」
「香奈にとっても楽しい時間で良かった。あと、このマンションに来ることも、あんなに高い場所から梨本の景色を見るのは初めてだから、何だか梨本じゃない場所に来た感覚だ。ここが自宅から徒歩圏内なのが信じられないというか」
「ふふっ、そうですか。そういえば、あたしの部屋やリビングの窓から景色を見るときの遥翔先輩の目、小さな子みたいに輝いていましたね。可愛かったです」
「そうだったんだ」

 まあ、高い場所から梨本の街並みを見るのは初めてだったし、景色はとても広くて綺麗だった。その景色を見て感動も興奮もしたから、そんな俺の目は本当に輝いていたのだろう。
 エレベーターで香奈の家がある16階から、エントランスのある1階に降りる。
 エントランスからマンションの外に出ると、日暮れの時間帯もあり、マンションに来たときよりも肌寒くなっている。繋がれた右手から伝わる香奈の温もりがとても心地いいと思えるほどに。そんな中で俺達は梨本駅の北口に向かって歩き出す。

「昨日も今日も遥翔先輩とデートができましたので、最高の週末になりました!」
「それは良かった。俺も……香奈のおかげで楽しい週末を過ごせたよ。ありがとう」
「いえいえ! こちらこそありがとうございます!」

 とても元気よく香奈はそう言ってくれる。そんな香奈の明るくて可愛らしい笑顔を見ていると、この肌寒さも薄れていく。
 もし、月曜日の放課後……望月にフラれた直後に香奈が俺に告白してくれなかったら。香奈と関わってもいなかったら。俺はどんな週末を過ごしていたんだろう。少なくとも、実際に過ごした週末よりは楽しい時間を送ることができなかったと思う。

「明日からまた学校が始まりますけど、遥翔先輩のおかげでこれっぽっちも嫌だと思いませんね」
「それは嬉しい言葉だ。俺も……香奈のおかげで、明日からまた学校があるのは嫌じゃないかな」
「ふふっ、そうですか」
「それに、来週は火曜日が一日中健康診断で授業がないからな。俺のクラスは昼前には終わる日程だし。だから、来週は普段よりはちょっと楽だと思ってる」
「……あー、健康診断がありましたかー」

 そう言う香奈の声は力が抜けていて。香奈の顔を見ると、口元では笑っているけど、目つきから感情が感じられない。視線も明後日の方向を向いているし。

「どうした? 健康診断が嫌だったり、不安だったりするのか?」

 俺がそう問いかけると、香奈は「はあっ」と小さくため息をつく。

「授業がなくなりますので、火曜日に健康診断があること自体はいいんですよ。あたしのクラスも午前中に受けますし。ただ、キッチン部の先輩曰く、健康診断の中では採血があると聞きまして」
「ああ、採血か。去年やったなぁ」
「……あたし、小さい頃から注射は苦手で。毎年インフルエンザの予防接種を受けているので、ワクチンとかを体に入れるならまだしも、血を抜くっていうのは未経験で。だから、不安ですし、嫌なんですよね……」
「なるほどな。その気持ちは分かる」

 俺は注射が平気な方だけど、採血については去年の健康診断までは未経験だった。だから、どんな感じなのかちょっと不安だったな。だから、注射が苦手な香奈が、採血に対してどれだけ不安なのかは想像に難くない。

「採血されるってどんな感じなんですか? 知っていれば、少しは心構えができると思うので」

 香奈は真剣な様子で問いかけてくる。

「……あくまでも俺の感覚として話すね。注射を使うから、針を刺されたときはチクッと痛かったな。血を抜かれるから、ちょっとクラッとなったな」
「チクッと痛くて、クラッとなったと」
「うん。椅子から立ち上がったときに少しふらついたけど、数分も経てば気分はいつも通りに戻ったよ」
「そうだったんですね。あたしもその程度の感じ方だといいなぁ」
「そうなるように俺も祈ってる」
「ありがとうございます。採血してくれる人が遥翔先輩だったら良かったのに。それなら頑張れそうですし。先輩にお注射してほしかったな」

 苦笑いをしながらそう言ってくる杏奈。注射するのが俺なら頑張れそう、という一言が可愛らしく思える。

「俺に資格があれば、香奈の採血を担当してあげたいんだけどな」
「……あと2日で資格取れません?」
「……さすがにそれは無理かな」
「ですよねぇ」

 はあっ、と香奈は露骨にため息をつく。まさか、俺に資格を取れないかと訊いてくるとは。採血が相当不安であると窺える。

「まあ、クラスには彩実とか友達が何人もいますし、彼女達に支えてもらいながら受けようと思います」
「それがいいね。あと、健康診断のときはスマホを持っていていいから、不安を俺にぶつけてもいいし」
「ありがとうございます。もしかしたら、当日はメッセージを送るかもです」
「ああ、分かった。あと、俺も香奈も健康診断が午前中だから、終わったら一緒にお昼ご飯を食べに行こうか? 火曜日はシフトが入っていないから、その後に遊んでいいし」
「それいいですね!」

 おっ、香奈の顔に元気が戻ってきたぞ。健康診断の後に俺との予定を入れるのが、採血を乗り越えるのに一番効果があるのかもしれない。

「じゃあ、火曜日は学校が終わったら、昼ご飯込みで放課後デートするか」
「はいっ!」

 元気よく返事してくれる香奈。当日も放課後のことを励みに採血を頑張ってほしいと思う。
 採血の話題で色々話したこともあり、気付けば梨本駅の北口が見えていた。日暮れの時間帯に北口の方に来たことは全然ないので新鮮な景色だ。

「ここまでで大丈夫だよ。送ってくれてありがとう」

 梨本駅の北口に到着し、香奈の手を離した。

「今日は楽しかったよ。バイトの疲れも取れたし」
「癒しの時間にもなったみたいで良かったです。あたしも楽しかったです!」
「そうか。あと、クッキーありがとう。家で美味しくいただくよ」
「はいっ。たくさんありますし、千晴ちゃんと一緒に食べていいですよ。……では、また学校で会いましょう」
「ああ。またな」

 香奈と手を振り合って、俺は一人で梨本駅の構内に入っていく。
 駅の構内はマシだったけど、南口を出ると再び肌寒さを感じて。
 香奈の温もりが残る右手をジャケットのポケットに入れ、早歩きで家に向かって歩く。そのためか、南口を出てからすぐに俺の体は優しい温もりに包まれていった。


 ちなみに、夕食後。デザートとして、俺は千晴と一緒に香奈の手作りクッキーをいただいた。
 千晴はどの味のクッキーも美味しそうに食べており、さっそく香奈にお礼のメッセージを送っていたのであった。
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