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第4話『香奈との昼休み』

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 普段よりも心身共に疲れがあるけど、午前の授業を受けていく。
 新年度になってから、望月と同じクラスにならなかったのが嫌だと思うことが何度もあった。だけど、フラれた今は別々のクラスで助かった気分だ。もし、同じクラスだったら……気まず過ぎて欠席していたかもしれない。出席したとしても、望月のことで授業が全く頭に入らなかっただろう。


 昼休み。
 割と早い体感で午前中の授業が終わった。そう感じるのは、昼休みに香奈と一緒にお昼ご飯を食べるのが楽しみだからかもしれない。

「遥翔せんぱーい」

 4時間目の授業が終わったのを知らせるチャイムが鳴り終わってすぐ、香奈の元気な声が聞こえてきた。早いな。
 声がした方に顔を向けると、教室前方の扉付近にランチバッグを持った香奈が。俺とすぐに目が合い、香奈は嬉しそうに手を振ってくる。その状態のまま、香奈は教室の中に入ってきた。

「あの女子、可愛いな。ネクタイが赤いから1年か」
「空岡のことを呼んでいたよな。空岡が羨ましいぜ!」

「可愛い新入生だね」
「小柄な子だから抱きしめたくなっちゃう」

 香奈が教室に入ってきたので、男女問わず、教室にいるクラスメイトの多くが香奈に注目。中には、香奈について話す生徒達もいる。香奈が俺の名前を呼んだので、俺を見てくる生徒も。
 ただ、当の本人である香奈は全然気にしていないようで、周りを見ることもなく俺のところに一直線。

「こんにちは、遥翔先輩」
「こんにちは。午前中の授業お疲れ様、香奈」
「先輩もお疲れ様ですっ」

 そう言い、ニコッと笑う香奈。そんな彼女を見て、午前の授業の疲れがちょっと取れた気がする。

「おっ、例の陽川さんが来たな、空岡」
「実際に見るとより可愛いね! 声も可愛い!」

 瀬谷と栗林は香奈を見ながらそんなことを言う。特に栗林は目を輝かせながら香奈を見ていて。その姿は昨日の夜、香奈の写真を見ているときの千晴と似ている。
 香奈は瀬谷と栗林の方を向く。

「遥翔先輩のご友人の方達ですか?」
「ああ、そうだ。男子の方は瀬谷颯太。女子の方は栗林莉子。ちなみに、2人は同中出身のカップルだよ。2人には昨日のことは話してある」
「そうなんですね! 初めまして、1年7組の陽川香奈といいます」
「瀬谷颯太だ。よろしく」
「栗林莉子だよ。よろしくね、香奈ちゃん!」
「はい! よろしくお願いします!」

 栗林は香奈に負けず劣らずの明るい笑顔を見せ、香奈と握手を交わす。この2人なら、先輩後輩とか関係なく友達として仲良くなれそうだ。

「陽川さんは、バイト中に財布を拾ってくれた空岡に一目惚れしたんだよな」
「はい! 渡してくれたときの笑顔に。もちろん、拾ってくれた優しさにもキュンときて」

 そのときのことを思い出しているのだろうか。香奈は頬をほんのり赤くさせ、恍惚とした表情に。そんな香奈を見て、瀬谷は「ははっ」と爽やかに笑う。

「空岡が大好きだって分かるな」
「そうだねぇ、颯ちゃん」
「……俺はここに入学してからの付き合いだけど、空岡はいい奴だと思ってる。俺も莉子と一緒に勉強を助けてもらっているし」
「空岡君、頭いいからね」
「そうなんですね!」

 瀬谷と栗林は苦手な科目がいくつもあるからな。課題のことでたまに訊かれるし、定期試験前になると、必ずと言っていいほど彼らと一緒に勉強する。2年になったけど、きっと今年も試験前の勉強会を開くのだろう。

「もちろん、普段話しても楽しいし、ザストでいい接客をしてもらってる。そんな空岡と仲良くしてくれると友人として嬉しい。昨日のことがあったから、空岡を元気づけてくれるとより嬉しいな」
「分かりました!」
「空岡君をよろしくね、香奈ちゃん。ところで、ランチバッグを持ってきたってことは、空岡君と一緒にお昼を食べるのかな?」
「そうです」
「じゃあ、俺の席を使ってくれ、陽川さん。俺は莉子の机で一緒に食べるよ。莉子、それでいいか?」
「いいよ」
「ありがとうございます! では、ご厚意に甘えますね」

 その後、瀬谷と栗林は香奈と連絡先を交換し、栗林の席に向かった。
 香奈は瀬谷の椅子を俺の机の方に向け、俺と向かい合う形で座る。こうして目の前で向かい合って見ると、香奈は本当に可愛らしい雰囲気の女子だと思う。

「いいご友人ですね」
「ああ。特に瀬谷は高校で出会った人達の中では一番の友人だ」
「そうなんですね。じゃあ、さっそくお昼ご飯を食べましょうか」
「そうだな」

 スクールバッグから弁当包みと水筒を取り出し、机に置く。
 弁当包みを解き、弁当箱の蓋を開ける。今日の弁当のおかずはミートボールに玉子焼き、昨日の夕食の残りの唐揚げ、きんぴらごぼうにミニトマトか。俺の好きなものばかりなので気分が良くなる。
 香奈の弁当を見てみると……玉子焼きとミニトマトが入っているのは一緒だ。あとはハンバーグと春巻き、アスパラのベーコン巻きか。どのおかずも美味しそうだ。

「先輩のお弁当美味しそうですね!」
「ああ。香奈の弁当も美味しそうだ。じゃあ……いただきます」
「いただきますっ!」

 こうして、香奈との初めてのお昼ご飯が始まった。
 香奈はまず玉子焼きを食べている。美味しいのか、香奈は「う~ん」と可愛い声を上げながら笑顔を浮かべ、左手を頬に当てている。
 俺は……まずはミートボールを一つ。

「……うん、美味しい」

 肉の味付けはもちろんだけど、トマトがベースのソースがたまらん。さすがは母さん。

「遥翔先輩、美味しそうに食べていますね。笑顔が素敵です」

 香奈がそう言うので彼女の方を見ると、香奈は優しい笑顔で俺をじっと見つめていた。

「ミートボールは好物の一つだからな」
「そうなんですね。遥翔先輩ってお肉系の料理が好きなんですか?」
「うん。好きな肉料理は多いよ。この唐揚げもそうだし、あとは豚の生姜焼きとかハンバーグとかも好きだ」
「そうですか。おかずのことでも、先輩の口から好きって言葉出るとキュンとします」

 香奈は頬を赤らめて「えへへっ」と笑う。自分のことじゃなくても、好きな人が「好き」って言葉を出すと、何だかいい気分になるよな。俺も望月についてそうだった。

「……あと、先輩はハンバーグが好きなんですね」
「あ、ああ。ハンバーグがどうかしたか?」
「……お弁当に入っているこのハンバーグなんですけど、実は遥翔先輩の分も作ってきたんですよ」
「おっ、そうなのか。嬉しいなぁ。美味しそうだと思っていたし」
「ふふっ。今出しますね」

 香奈はランチバッグから、桃色の小さなタッパーを取り出す。タッパーの蓋を開けて、俺の弁当箱の近くに置いた。
 タッパーには、香奈の弁当と同じ一口サイズのハンバーグが2つ入っている。デミグラスソースがかかっている。ハンバーグの匂いがほのかに香ってきて。俺が食べていいものだと分かると、より美味しそうに見えてくる。

「ハンバーグいただきます」
「どうぞ召し上がれ。お口に合ったら嬉しいです」

 そう言う香奈の口元は笑っているが、どこか緊張しい様子。ハンバーグが好きだと分かっても、俺が美味しいと言ってくれるのかどうか不安があるのだろう。
 箸でハンバーグを一つ掴み、口の中に入れる。

「……あぁ、美味い」

 お弁当のおかずだから、ハンバーグは当然冷めている。だけど、柔らかい。肉の旨みとデミグラスソースの味が見事にマッチしている。

「凄く美味しいハンバーグだぞ」
「ありがとうございます! 良かったです」

 嬉しそうに言うと、香奈はほっと胸を撫で下ろす。そんな彼女を見て、このハンバーグは俺のことをよく考えて作ってくれたのだと分かる。

「香奈はよく料理をしたり、お弁当を作ったりするのか?」
「小さい頃から両親の料理の手伝いをしていまして。そうしていくうちに、料理が好きになりました。高校ではキッチン部に入部しようと思っています」
「キッチン部か」

 そんな部活がうちの高校にあったなぁ。去年の文化祭で出していたオムライスがとても美味しかった記憶がある。

「今も夕食や休日の食事を作ることがあります。お弁当は……朝早く起きるのはあまり得意ではないので、たまに作るくらいです」
「そうなんだ」

 このハンバーグのクオリティだ。料理好きなのも納得である。これだけ美味しいと、他の手料理も食べてみたくなるなぁ。

「遥翔先輩にハンバーグを作ろうと思ったので、今朝はスッキリ早起きできました。先輩はお料理ってしますか?」
「たまに作るかな。弁当は母親が作ってくれる。ただ、夏休みとか長期休暇のときは、俺が食事を作ることも多くなるかな。両親が仕事やパートでいないことがあるから」
「そうなんですね。料理を作れる方、素敵だと思います。そうだ、遥翔先輩。もう一つのハンバーグはあたしが食べさせてあげます! あ~んしてあげます!」
「えっ。教室だしそれはちょっと恥ずかしいな……」

 まさか、俺に食べさせるために、ハンバーグを2つ作ってきたのかな。香奈ならあり得そう。

「嫌、ですか……?」

 俺にしか聞こえないようなか弱い声でそう言う香奈。ちょっとしょんぼりとした表情となり、上目遣いで俺のことを見つめてくる。……その反応はズルい。心が苦しい。天然物なのかわざとなのかは分からないが。

「い、嫌じゃないさ。……分かった。気持ちは嬉しいし、食べさせてもらおうかな」
「はいっ!」

 一瞬にして、香奈の顔に明るい笑顔が戻ったよ。
 香奈は自分の箸で、小さなタッパーに入っているハンバーグを掴む。

「ちょ、ちょっと待って。そのまま俺に食べさせると、間接キスになるぞ。香奈はそれでいいのか?」
「ドキドキしますが、間接キスは大歓迎ですよ。それに、遥翔先輩とは口と口でキスしたいほどですから」

 ニコニコしてそう言ってくる香奈。そうだよな、好きだって告白するほどだもんな。間接キスは嬉しい行為か。

「先輩は大丈夫ですか? 既にあたしの箸で掴んじゃってますけど」
「……覚悟を決めた」
「ふふっ。では、食べさせますね。はい、あ~ん」
「あ、あーん」

 俺は香奈に手作りハンバーグを食べさせてもらう。その瞬間、周りから「おおっ」とか「きゃあっ」といった声が複数聞こえてきたが気にするな。
 ハンバーグもデミグラスソースも、さっき自分で食べたものと同じだ。同じはずなのに、今回の方がより味わい深く感じられる。香奈に食べさせてもらって、間接キス……したからだろうか。

「どうですか?」
「……美味しいです」
「良かったです。食べさせるときの先輩の顔、可愛かったですよ」
「そ、そうか」

 可愛いって言われるのは久しぶりだ。高校生になってからは初めてだと思う。それでも、言ってくれた人が香奈だからか嫌な気持ちはなかった。
 香奈は白飯を一口食べる。

「……あぁ、今まで食べた白米の中で一番美味しいです。先輩と間接キスしたからでしょうか……」

 そう言って、香奈は白飯をもう一口。こんなにうっとりしながら白飯を食べる人は見たことがない。
 ――プルルッ。プルルッ。
 うん? スマホが鳴っているな。机には俺のも香奈のも置いてある。この鳴り方からして、両方のスマホが鳴っているようだ。
 自分のを手に取ると……栗林からLIMEで新着メッセージと写真が届いていると通知が。今も瀬谷と教室にいるのにどうしたんだ? 通知欄をタップして栗林とのトーク画面を開くと、

『いい光景が撮れましたので写真をお送りします』

 というメッセージと、香奈が俺にハンバーグを食べさせた瞬間の写真が送られていた。まさか、栗林に写真を撮られていたとは。周りを見なかったら全然気付かなかった。
 同じ写真を受け取ったのか、香奈は「うわあっ」と可愛らしい声を上げる。

「まさか、遥翔先輩に食べさせる写真を送ってくれるなんて。保存保存」

 嬉しそうにそう言うと、香奈は栗林と瀬谷の方を向いて、軽く頭を下げた。栗林と瀬谷はこちらに向かって笑顔で手を振っている。
 こっそり撮られるのはあまり気分が良くないけど、喜んでいる香奈に免じて栗林には何も言わないでおこう。……一応、俺も写真を保存しておくか。

「ところで、遥翔先輩。今日の放課後は空いていますか? もし空いていたら、放課後デートをしたいなって思っているのですが」
「……ごめん。今日の放課後はバイトがあるんだ。明日もシフトに入っているから、デートできるのは早くて明後日になる」
「そうなんですか。バイトなら仕方ないですね。放課後デートは明後日にしましょう。じゃあ、今日はバイトしている遥翔先輩を見に行ってもいいですか? 何か注文しますから」
「もちろんいいよ」

 バイトにはすっかり慣れたけど、知っている人が店内にいると時間がより早く進む感じがするから。それに、何か注文してくれるならお店の売り上げにもなるし。

「分かりました。では、放課後に伺いますね」
「はい。ご来店お待ちしております」
「おおっ、店員さんらしいですねっ!」
「ホール担当だから、今まで数え切れないほど言ったよ。だから、学校でもちゃんと言える」
「ふふっ、そうなんですね。放課後を楽しみにしています」

 俺も放課後が楽しみになってきたな。知り合ってから香奈が来店するのは今日が初めてだから。
 それからもバイトのことや、好きなお弁当のおかずのことなどを話しながら、香奈とお昼ご飯を食べるのであった。
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