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2学期編3
第28話『文化祭の片付け』
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10月14日、月曜日。
今日は祝日なので、世間的には休日だ。
ただ、俺の通う金井高校は学校がある。といっても、今日は文化祭の片付けだけで授業はない。放課後にはクラスの打ち上げでカラオケだ。それに、今日の夜は結衣が俺の家で泊まる予定になっている。しかも、明日から木曜日までの3日間は文化祭と片付けのための代休で学校は休み。だから、登校するのは全く苦ではなかった。
「よし、みんなで片付けやっていくか!」
「放課後には打ち上げがあるからね! より楽しく打ち上げをやるためにも、みんなで頑張って片付けをしていこうね!」
文化祭実行委員の佐藤と田中さんが明るくそう言うのもあり、うちのクラスは明るい雰囲気の中で文化祭の後片付けが始まった。
文化祭実行委員の2人と設営係が中心となって片付けを進めていく。
俺は結衣や伊集院さん達など接客係の生徒達と一緒に片付けをしていく。
「普段、掃除とか片付けをするときは綺麗になっていくから気持ちがいいけど、今はちょっと寂しい気持ちになるな……」
喫茶スペースの片付けをしているとき、結衣はいつもよりも小さめの声でそう言った。口元では笑っているけど、目つきはどこか切なそうで。
「結衣の言うこと分かるよ。この喫茶店で結衣達と一緒に接客したり、結衣とのデートで来たり、結衣に接客したりされたりしたのが楽しかったからな。だから、俺も……ちょっと寂しい」
普段とは違って、今の片付けはメイド&執事喫茶だった1年2組の教室を元通りに戻す作業だ。そのことで、楽しかった文化祭が終わったことを実感させられるからかな。
「悠真君も同じ想いなんだね。喫茶店では色々な楽しい思い出ができたもんね」
俺に共感してもらえたり、文化祭が楽しかったのが理由だったりするからだろうか。結衣は微笑みながらそう言った。
「お二人の言うこと、あたしも分かるのですよ。楽しかったですもんね」
一緒に片付けをしている伊集院さんは優しい笑顔でそう言った。
「あと、個人的には……寂しいって思えるほどに学校行事を楽しめたのはこの文化祭が初めてだ。だから、この寂しい感情も何だかいいなって思えるよ」
結衣と伊集院さんのことを見ながらそう言った。
今までの学校行事では「終わって良かった」とか、「これで解放される」とか思っていたから。「終わって寂しい」とか、「もっと楽しみたい」と思ったのはこの文化祭が初めてだ。
「そっか。悠真君の今の言葉を聞いたら、寂しいけど元気出てきた!」
結衣の顔にはいつものニコッとした明るい笑みが戻る。結衣の明るい笑顔を見ると俺も元気になっていくよ。自分の気持ちを正直に話して良かった。
元気になって良かった、と言って結衣の頭を優しく撫でる。それが気持ちいいのか、結衣は「えへへっ」と声に出して笑った。可愛い。
その後も片付け作業を進めていく。
また、結衣と伊集院さん、福王寺先生は途中でスイーツ部の屋台を片付けるために教室から離れることも。屋台は片付けが順調らしい。また、2人から、胡桃のクラスも中野先輩のクラスも片付けが順調に進んでいると聞いた。
クラスの喫茶店の片付けも順調だ。
放課後にカラオケでの打ち上げがあるからか、みんな片付けにやる気になっていて。だからだろうか。昼休みを挟み、午後2時半近くに片付けが終わった。
教室が普段通りなのは、文化祭準備が始まった先週の木曜日の朝以来だ。4日ぶりだけど、随分と久しぶりに感じられた。それだけ、準備からの日々が濃かった証拠なのだろう。
「はーい、みんなお疲れ様でした! みんなが頑張ってくれたおかげで、早めに片付けを終わらせられました!」
福王寺先生は明るい笑顔でそう言うと、パチパチと拍手する。
福王寺先生に倣ってか、クラスのみんなで拍手して「お疲れ様」とお互いを労った。
「終礼の時間までは自由時間にします。ただし、部活や委員会とかの用事とかお手洗い以外では教室から出ないようにね。あと、結衣ちゃん、姫奈ちゃん、ちょっといいかな?」
『はい』
結衣と伊集院さんはそう返事すると、福王寺先生と一緒に教室を後にする。
「なあ、低田。もしかして、飲み物があったりして」
佐藤は俺に向かってそんなことを訊いてくる。ちょっと楽しげに。
どうして、佐藤がそんなことを言うのか。
実は1学期のゴールデンウィーク前に行なわれた球技大会で、閉会式後に福王寺先生が、
『みんな。今日の球技大会お疲れ様。1日頑張ったみんなにご褒美で飲み物をプレゼントするわ』
と、俺達にジュースやコーヒーなどの飲み物を差し入れてくれたのだ。だから、この文化祭でも、片付けまでが終わったこのタイミングで飲み物を差し入れてくれるんじゃないかと佐藤は考えているのだろう。
「今回もあるんじゃないか。それに、結衣と伊集院さんは、スイーツ部の片付けが終わったときに、飲み物をもらったって言って、俺にジュースを見せてくれたし」
俺は佐藤に向かってそう返事する。
昼休みが終わってから少しして、スイーツ部の方は片付けが終わった。結衣と伊集院さんが教室に戻ってきたとき、結衣はリンゴジュース、伊集院さんはオレンジジュースを持っていた。ちなみに、胡桃はストレートティーをもらったとのこと。
「おぉ、そうか。期待が高まるぜ」
佐藤は笑顔でそう言った。
その後も佐藤などの生徒と雑談したり、スマホで文化祭の写真を見ていたりしてゆっくりとしていると、
「結衣ちゃん、姫奈ちゃん、ありがとう」
『いえいえ』
福王寺先生と結衣と伊集院さんのそんなやり取りが聞こえたので、顔を上げる。教卓の近くに先生と結衣と伊集院さんの姿が。
あと、教卓にはスーパーにあるようなカゴが2つ置かれている。あの中に飲み物とかが入っていたりするのだろうか。
結衣と伊集院さんが俺のところにやってきた。
「ただいま、悠真君」
「ただいまなのです、低田君」
「2人ともおかえり。あのカゴを運んできたのか?」
「うん。姫奈ちゃんと2人でね」
「そっか。2人ともお疲れ様」
俺が労いの言葉を掛けると、結衣と伊集院さんはニコッとした笑顔で「ありがとう」とお礼を言った。
「はーい、みんな。前に注目してね」
福王寺先生は明るい笑顔でそう言った。それもあり、クラスメイト全員が先生の方を向く。
「改めて、文化祭お疲れ様でした。準備から今日の片付けまで頑張ったみんなに、ささやかではありますが、私から飲み物のご褒美です!」
依然として明るい笑みを浮かべたまま福王寺先生はそう言った。すると、多くのクラスメイトが、
「おおっ!」
「やったー!」
などといった喜びの声を上げた。
また、飲み物あったりして、と俺に訊いてきた佐藤も「よっしゃ!」と喜んでいた。
球技大会のときと同様に、ご褒美に飲み物をくれるのか。嬉しいなぁ。
教卓に置いてあるカゴにご褒美の飲み物が入っているんだな。クラス全員分の飲み物を先生1人で持ってくるのは大変だから、結衣と伊集院さんに助っ人を頼んだのだろう。2人はスイーツ部の部員でもあるから頼みやすいし。……そういえば、球技大会のときに差し入れをしてくれたときも、2人と一緒に持ってきていたか。
あと、福王寺先生がさっき「用事やお手洗い以外では教室から出ないようにね」と言ったのは、みんなに飲み物を渡したかったからなのだろう。
「オレンジジュース、リンゴジュース、ストレートティー、微糖コーヒーの4種類あります。カゴから1人1本ずつ好きなものを取ってください。片付けが終わったから、さっそく飲んでいいからね」
『はーい!』
クラスメイトの多くが元気良く返事をして、半分以上のクラスメイトがさっそくカゴが置いてある教卓へと向かう。
オレンジジュース、リンゴジュース、ストレートティー、微糖コーヒーの4種類か。どれも好きだけど、その中でもコーヒーが特に好きだから、微糖コーヒーにしよう。
「俺、決まった。結衣と伊集院さんは決まった?」
「うん、決まったよ」
「あたしも決まったのです」
「そっか。じゃあ、行くか」
俺は結衣と伊集院さんと一緒に教卓へと向かう。
カゴには4種類全ての飲み物がまだ残っている。コーヒーはボトル缶で、それ以外はペットボトルか。あと、この微糖コーヒーは飲んだことがあり、美味しいんだよな。なので、結構嬉しい。
俺はカゴから微糖コーヒーを、結衣はオレンジジュース、伊集院さんはリンゴジュースを取った。
「コーヒーが大好きだもんね」
「コーヒーが大好きだからな。あと、このコーヒー……冷えてるな」
「家庭科室の冷蔵庫で冷やしてあったからね」
「それをカゴに移して、3人で運んできたのです。1つは先生、もう1つは結衣とあたしで」
「そうだったんだ」
福王寺先生はスイーツ部の顧問だし、スイーツ部の活動場所は家庭科室。だから、家庭科室にある冷蔵庫で飲み物を冷やせたってことか。
思い返すと、球技大会の後に差し入れてくれた飲み物も冷えていたっけ。あのときも家庭科室の冷蔵庫で冷やしていたんだろうな。
「悠真君、姫奈ちゃん、乾杯しようか」
「ああ」
「いいのですよ」
「じゃあ、片付けまで終わったことに乾杯!」
『乾杯!』
俺達3人は自分の持っている飲み物を軽く当てた。
ボトル缶の蓋を開けて、俺は微糖コーヒーを一口飲む。
コーヒーのしっかりとした苦味と、砂糖とミルクの甘味のバランスがとても良くて美味しい。このコーヒーは今までに何度も飲んだことがあるけど、今回が一番美味しいな。福王寺先生からのご褒美だし、結衣と伊集院さんと乾杯したからかな。あと、冷えているのもいいな。
「冷たくて美味いなぁ、このコーヒー」
「オレンジジュース美味しい!」
「リンゴジュースも美味しいのです!」
結衣と伊集院さんは笑顔でそう言うと、自分のジュースをもう一口飲む。ニッコリとした笑顔で飲む姿が可愛らしい。そんな2人を見ながらコーヒーをもう一口飲むと、さっきよりも美味しく感じられた。
周りを見ると……みんな美味しそうに飲み物を飲んでいるな。いい光景だ。
「みんな、1本ずつ飲み物取った?」
福王寺先生がそう問いかけると、俺や結衣や伊集院さんを含めてみんなが「取りました!」と返事する。中には「美味しいでーす!」とも言うクラスメイトもいて。それもあり、教室は笑いに包まれる。
「了解。じゃあ、先生も一つ」
そう言い、福王寺先生はストレートティーのペットボトルを手に取り、その場で一口飲んだ。美味しいのか、先生はニコッとした笑顔に。可愛いな。
福王寺先生はストレートティーのペットボトルを持ちながら俺達のところにやってきた。
「みんなが美味しそうに飲んでくれて嬉しいよ」
「そうですか。コーヒー美味しいです。ありがとうございます」
「ありがとうございます、杏樹先生! 部活でもクラスでもジュースをもらえて嬉しいです!」
「2種類もらえましたものね。嬉しいのです。ありがとうございます!」
「いえいえ」
福王寺先生はニッコリとした笑顔でそう言い、ストレートティーを一口飲む。美味しいからか、笑顔で「美味しい」と言っていて。本当に可愛い担任教師だ。
「そういえば、1学期の球技大会のときも飲み物を渡してくれましたよね。福王寺先生はイベントが終わったときには、ご褒美で飲み物を渡すと決めているんですか?」
「うん、そうだよ。高校時代の担任の中に、イベントが終わると必ず『お疲れ様!』って言って、ご褒美で飲み物をくれた先生がいて。それが嬉しくてね。何度も飲んだことのある飲み物なんだけど、ご褒美でもらったものを飲んだときはとても美味しかったの」
当時のことを思い出しているのか、福王寺先生は優しい笑顔になる。
何度も飲んだことがある飲み物だけど、ご褒美で飲んだものはとても美味しかった……か。さっき、俺がコーヒーを飲んだときに思ったことなので、とても共感できる。
「高校時代の経験があって、イベントが終わると受け持っているクラスやスイーツ部の生徒達にご褒美で飲み物を渡しているの。みんな頑張っているしね。それに、ご褒美や差し入れがあると、そのイベントがより楽しいことだったって思ってもらえるかもしれないし。クールに振る舞っていた頃も欠かさずにね」
「そういうことでしたか。素敵な理由だと思います。あと、このコーヒーは何度も飲んだことがありますけど、今飲んでいるこれが一番美味しいです」
「私も同じです。もらったジュースは飲んだことがあるものですけど、今まで以上に美味しいです。杏樹先生のご褒美のおかげで、この文化祭がもっと楽しい思い出になりそうです!」
「あたしもなのです!」
「そう言ってくれて良かった。とても嬉しいよ」
福王寺先生はニコッと笑った。
ボトル缶コーヒーを一口飲むと、さっきよりもさらに美味しく感じられる。ご褒美にまつわる福王寺先生の話を聞いたのもあり、このボトル缶コーヒーがより好きになった。
福王寺先生が高校時代の担任教師の影響で飲み物をご褒美で渡したように、いつかどこかで福王寺先生の教え子が教師になって、先生の影響でイベント終わりに生徒に飲み物をご褒美で渡すことがあるかもしれない。
その後も、終礼の時間になるまでは、福王寺先生がご褒美でくれた飲み物を飲みながら結衣や伊集院さんや先生と雑談して過ごすのであった。
今日は祝日なので、世間的には休日だ。
ただ、俺の通う金井高校は学校がある。といっても、今日は文化祭の片付けだけで授業はない。放課後にはクラスの打ち上げでカラオケだ。それに、今日の夜は結衣が俺の家で泊まる予定になっている。しかも、明日から木曜日までの3日間は文化祭と片付けのための代休で学校は休み。だから、登校するのは全く苦ではなかった。
「よし、みんなで片付けやっていくか!」
「放課後には打ち上げがあるからね! より楽しく打ち上げをやるためにも、みんなで頑張って片付けをしていこうね!」
文化祭実行委員の佐藤と田中さんが明るくそう言うのもあり、うちのクラスは明るい雰囲気の中で文化祭の後片付けが始まった。
文化祭実行委員の2人と設営係が中心となって片付けを進めていく。
俺は結衣や伊集院さん達など接客係の生徒達と一緒に片付けをしていく。
「普段、掃除とか片付けをするときは綺麗になっていくから気持ちがいいけど、今はちょっと寂しい気持ちになるな……」
喫茶スペースの片付けをしているとき、結衣はいつもよりも小さめの声でそう言った。口元では笑っているけど、目つきはどこか切なそうで。
「結衣の言うこと分かるよ。この喫茶店で結衣達と一緒に接客したり、結衣とのデートで来たり、結衣に接客したりされたりしたのが楽しかったからな。だから、俺も……ちょっと寂しい」
普段とは違って、今の片付けはメイド&執事喫茶だった1年2組の教室を元通りに戻す作業だ。そのことで、楽しかった文化祭が終わったことを実感させられるからかな。
「悠真君も同じ想いなんだね。喫茶店では色々な楽しい思い出ができたもんね」
俺に共感してもらえたり、文化祭が楽しかったのが理由だったりするからだろうか。結衣は微笑みながらそう言った。
「お二人の言うこと、あたしも分かるのですよ。楽しかったですもんね」
一緒に片付けをしている伊集院さんは優しい笑顔でそう言った。
「あと、個人的には……寂しいって思えるほどに学校行事を楽しめたのはこの文化祭が初めてだ。だから、この寂しい感情も何だかいいなって思えるよ」
結衣と伊集院さんのことを見ながらそう言った。
今までの学校行事では「終わって良かった」とか、「これで解放される」とか思っていたから。「終わって寂しい」とか、「もっと楽しみたい」と思ったのはこの文化祭が初めてだ。
「そっか。悠真君の今の言葉を聞いたら、寂しいけど元気出てきた!」
結衣の顔にはいつものニコッとした明るい笑みが戻る。結衣の明るい笑顔を見ると俺も元気になっていくよ。自分の気持ちを正直に話して良かった。
元気になって良かった、と言って結衣の頭を優しく撫でる。それが気持ちいいのか、結衣は「えへへっ」と声に出して笑った。可愛い。
その後も片付け作業を進めていく。
また、結衣と伊集院さん、福王寺先生は途中でスイーツ部の屋台を片付けるために教室から離れることも。屋台は片付けが順調らしい。また、2人から、胡桃のクラスも中野先輩のクラスも片付けが順調に進んでいると聞いた。
クラスの喫茶店の片付けも順調だ。
放課後にカラオケでの打ち上げがあるからか、みんな片付けにやる気になっていて。だからだろうか。昼休みを挟み、午後2時半近くに片付けが終わった。
教室が普段通りなのは、文化祭準備が始まった先週の木曜日の朝以来だ。4日ぶりだけど、随分と久しぶりに感じられた。それだけ、準備からの日々が濃かった証拠なのだろう。
「はーい、みんなお疲れ様でした! みんなが頑張ってくれたおかげで、早めに片付けを終わらせられました!」
福王寺先生は明るい笑顔でそう言うと、パチパチと拍手する。
福王寺先生に倣ってか、クラスのみんなで拍手して「お疲れ様」とお互いを労った。
「終礼の時間までは自由時間にします。ただし、部活や委員会とかの用事とかお手洗い以外では教室から出ないようにね。あと、結衣ちゃん、姫奈ちゃん、ちょっといいかな?」
『はい』
結衣と伊集院さんはそう返事すると、福王寺先生と一緒に教室を後にする。
「なあ、低田。もしかして、飲み物があったりして」
佐藤は俺に向かってそんなことを訊いてくる。ちょっと楽しげに。
どうして、佐藤がそんなことを言うのか。
実は1学期のゴールデンウィーク前に行なわれた球技大会で、閉会式後に福王寺先生が、
『みんな。今日の球技大会お疲れ様。1日頑張ったみんなにご褒美で飲み物をプレゼントするわ』
と、俺達にジュースやコーヒーなどの飲み物を差し入れてくれたのだ。だから、この文化祭でも、片付けまでが終わったこのタイミングで飲み物を差し入れてくれるんじゃないかと佐藤は考えているのだろう。
「今回もあるんじゃないか。それに、結衣と伊集院さんは、スイーツ部の片付けが終わったときに、飲み物をもらったって言って、俺にジュースを見せてくれたし」
俺は佐藤に向かってそう返事する。
昼休みが終わってから少しして、スイーツ部の方は片付けが終わった。結衣と伊集院さんが教室に戻ってきたとき、結衣はリンゴジュース、伊集院さんはオレンジジュースを持っていた。ちなみに、胡桃はストレートティーをもらったとのこと。
「おぉ、そうか。期待が高まるぜ」
佐藤は笑顔でそう言った。
その後も佐藤などの生徒と雑談したり、スマホで文化祭の写真を見ていたりしてゆっくりとしていると、
「結衣ちゃん、姫奈ちゃん、ありがとう」
『いえいえ』
福王寺先生と結衣と伊集院さんのそんなやり取りが聞こえたので、顔を上げる。教卓の近くに先生と結衣と伊集院さんの姿が。
あと、教卓にはスーパーにあるようなカゴが2つ置かれている。あの中に飲み物とかが入っていたりするのだろうか。
結衣と伊集院さんが俺のところにやってきた。
「ただいま、悠真君」
「ただいまなのです、低田君」
「2人ともおかえり。あのカゴを運んできたのか?」
「うん。姫奈ちゃんと2人でね」
「そっか。2人ともお疲れ様」
俺が労いの言葉を掛けると、結衣と伊集院さんはニコッとした笑顔で「ありがとう」とお礼を言った。
「はーい、みんな。前に注目してね」
福王寺先生は明るい笑顔でそう言った。それもあり、クラスメイト全員が先生の方を向く。
「改めて、文化祭お疲れ様でした。準備から今日の片付けまで頑張ったみんなに、ささやかではありますが、私から飲み物のご褒美です!」
依然として明るい笑みを浮かべたまま福王寺先生はそう言った。すると、多くのクラスメイトが、
「おおっ!」
「やったー!」
などといった喜びの声を上げた。
また、飲み物あったりして、と俺に訊いてきた佐藤も「よっしゃ!」と喜んでいた。
球技大会のときと同様に、ご褒美に飲み物をくれるのか。嬉しいなぁ。
教卓に置いてあるカゴにご褒美の飲み物が入っているんだな。クラス全員分の飲み物を先生1人で持ってくるのは大変だから、結衣と伊集院さんに助っ人を頼んだのだろう。2人はスイーツ部の部員でもあるから頼みやすいし。……そういえば、球技大会のときに差し入れをしてくれたときも、2人と一緒に持ってきていたか。
あと、福王寺先生がさっき「用事やお手洗い以外では教室から出ないようにね」と言ったのは、みんなに飲み物を渡したかったからなのだろう。
「オレンジジュース、リンゴジュース、ストレートティー、微糖コーヒーの4種類あります。カゴから1人1本ずつ好きなものを取ってください。片付けが終わったから、さっそく飲んでいいからね」
『はーい!』
クラスメイトの多くが元気良く返事をして、半分以上のクラスメイトがさっそくカゴが置いてある教卓へと向かう。
オレンジジュース、リンゴジュース、ストレートティー、微糖コーヒーの4種類か。どれも好きだけど、その中でもコーヒーが特に好きだから、微糖コーヒーにしよう。
「俺、決まった。結衣と伊集院さんは決まった?」
「うん、決まったよ」
「あたしも決まったのです」
「そっか。じゃあ、行くか」
俺は結衣と伊集院さんと一緒に教卓へと向かう。
カゴには4種類全ての飲み物がまだ残っている。コーヒーはボトル缶で、それ以外はペットボトルか。あと、この微糖コーヒーは飲んだことがあり、美味しいんだよな。なので、結構嬉しい。
俺はカゴから微糖コーヒーを、結衣はオレンジジュース、伊集院さんはリンゴジュースを取った。
「コーヒーが大好きだもんね」
「コーヒーが大好きだからな。あと、このコーヒー……冷えてるな」
「家庭科室の冷蔵庫で冷やしてあったからね」
「それをカゴに移して、3人で運んできたのです。1つは先生、もう1つは結衣とあたしで」
「そうだったんだ」
福王寺先生はスイーツ部の顧問だし、スイーツ部の活動場所は家庭科室。だから、家庭科室にある冷蔵庫で飲み物を冷やせたってことか。
思い返すと、球技大会の後に差し入れてくれた飲み物も冷えていたっけ。あのときも家庭科室の冷蔵庫で冷やしていたんだろうな。
「悠真君、姫奈ちゃん、乾杯しようか」
「ああ」
「いいのですよ」
「じゃあ、片付けまで終わったことに乾杯!」
『乾杯!』
俺達3人は自分の持っている飲み物を軽く当てた。
ボトル缶の蓋を開けて、俺は微糖コーヒーを一口飲む。
コーヒーのしっかりとした苦味と、砂糖とミルクの甘味のバランスがとても良くて美味しい。このコーヒーは今までに何度も飲んだことがあるけど、今回が一番美味しいな。福王寺先生からのご褒美だし、結衣と伊集院さんと乾杯したからかな。あと、冷えているのもいいな。
「冷たくて美味いなぁ、このコーヒー」
「オレンジジュース美味しい!」
「リンゴジュースも美味しいのです!」
結衣と伊集院さんは笑顔でそう言うと、自分のジュースをもう一口飲む。ニッコリとした笑顔で飲む姿が可愛らしい。そんな2人を見ながらコーヒーをもう一口飲むと、さっきよりも美味しく感じられた。
周りを見ると……みんな美味しそうに飲み物を飲んでいるな。いい光景だ。
「みんな、1本ずつ飲み物取った?」
福王寺先生がそう問いかけると、俺や結衣や伊集院さんを含めてみんなが「取りました!」と返事する。中には「美味しいでーす!」とも言うクラスメイトもいて。それもあり、教室は笑いに包まれる。
「了解。じゃあ、先生も一つ」
そう言い、福王寺先生はストレートティーのペットボトルを手に取り、その場で一口飲んだ。美味しいのか、先生はニコッとした笑顔に。可愛いな。
福王寺先生はストレートティーのペットボトルを持ちながら俺達のところにやってきた。
「みんなが美味しそうに飲んでくれて嬉しいよ」
「そうですか。コーヒー美味しいです。ありがとうございます」
「ありがとうございます、杏樹先生! 部活でもクラスでもジュースをもらえて嬉しいです!」
「2種類もらえましたものね。嬉しいのです。ありがとうございます!」
「いえいえ」
福王寺先生はニッコリとした笑顔でそう言い、ストレートティーを一口飲む。美味しいからか、笑顔で「美味しい」と言っていて。本当に可愛い担任教師だ。
「そういえば、1学期の球技大会のときも飲み物を渡してくれましたよね。福王寺先生はイベントが終わったときには、ご褒美で飲み物を渡すと決めているんですか?」
「うん、そうだよ。高校時代の担任の中に、イベントが終わると必ず『お疲れ様!』って言って、ご褒美で飲み物をくれた先生がいて。それが嬉しくてね。何度も飲んだことのある飲み物なんだけど、ご褒美でもらったものを飲んだときはとても美味しかったの」
当時のことを思い出しているのか、福王寺先生は優しい笑顔になる。
何度も飲んだことがある飲み物だけど、ご褒美で飲んだものはとても美味しかった……か。さっき、俺がコーヒーを飲んだときに思ったことなので、とても共感できる。
「高校時代の経験があって、イベントが終わると受け持っているクラスやスイーツ部の生徒達にご褒美で飲み物を渡しているの。みんな頑張っているしね。それに、ご褒美や差し入れがあると、そのイベントがより楽しいことだったって思ってもらえるかもしれないし。クールに振る舞っていた頃も欠かさずにね」
「そういうことでしたか。素敵な理由だと思います。あと、このコーヒーは何度も飲んだことがありますけど、今飲んでいるこれが一番美味しいです」
「私も同じです。もらったジュースは飲んだことがあるものですけど、今まで以上に美味しいです。杏樹先生のご褒美のおかげで、この文化祭がもっと楽しい思い出になりそうです!」
「あたしもなのです!」
「そう言ってくれて良かった。とても嬉しいよ」
福王寺先生はニコッと笑った。
ボトル缶コーヒーを一口飲むと、さっきよりもさらに美味しく感じられる。ご褒美にまつわる福王寺先生の話を聞いたのもあり、このボトル缶コーヒーがより好きになった。
福王寺先生が高校時代の担任教師の影響で飲み物をご褒美で渡したように、いつかどこかで福王寺先生の教え子が教師になって、先生の影響でイベント終わりに生徒に飲み物をご褒美で渡すことがあるかもしれない。
その後も、終礼の時間になるまでは、福王寺先生がご褒美でくれた飲み物を飲みながら結衣や伊集院さんや先生と雑談して過ごすのであった。
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