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特別編3

第1話『梅雨の中の温もり』

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 福王寺先生が初めて休んだから、いつもとは違う雰囲気の学校の時間を過ごす。先生が担当している数学Ⅰと数学Aの授業があったからそう思うのだろうか。ちなみに、どちらの授業も自習になり、副教材の問題集にある中間試験後の範囲の問題を解いた。
 結衣が休んだときほどじゃないけど、福王寺先生がいないことに寂しさを感じた。そう思うのは俺だけではないようで、結衣や伊集院さん、胡桃はもちろんのこと、クラスメイトの多くが、

「寂しいな」
「ああ。福王寺先生の美しいご尊顔を見られないと元気が出ねぇ。授業受ける気も出ねぇ」

「杏樹先生でも風邪引くんだね」
「そりゃ引くでしょ。あたし達と同じ人間なんだから。……まあ正直、あたしもちょっと意外だと思ったけど。元気になって、明日は会えるといいな」

 なんてことを話していた。さすがは生徒からの人気が高い先生だ。
 当の本人からは、2時間目と3時間目の間の10分休みの時間に、

『近所の病院に行ったら、風邪だって診断されたよ。雨の中で走ったらダメだって注意されちゃった。薬を飲んで寝るよ。放課後になって私の家に来るときに、誰か一言メッセージを入れてくれると嬉しいな。たぶん、その頃にはある程度は元気になっていると思う』

 というメッセージがグループトークに届いた。
 処方された薬を飲んでぐっすり寝ると、その日のうちにある程度元気になる人もいるよな。この前風邪を引いた結衣がそうだった。
 お見舞いに行くときには、福王寺先生が少しでも元気になっているといいな。



 放課後。
 今週は伊集院さんのいる班が掃除当番なので、掃除が終わるまで1年2組の教室の前で待つことに。また、掃除当番であることに加え、今も雨が降っているため、中野先輩とは第2教室棟の昇降口で待ち合わせすることになっている。

「杏樹先生……少しは元気になっているかな?」
「メッセージの通り、薬を飲んで寝たなら、ちょっとは体調が良くなっていると思うよ、胡桃ちゃん。お腹を壊していないなら、何か先生の好きなものを買いたいな。メッセージで訊いてみようかな」
「それはいい考えだな。俺が風邪を引いたとき、スイーツ部で作ってくれたカステラを食べて元気になったし」

 俺がそう言うと、結衣と胡桃は嬉しそうな表情を浮かべた。
 結衣はスカートのポケットからスマホを取り出し、色々と操作する。それから程なくして、
 ――プルルッ。
 俺のスマホが鳴る。おそらく、結衣は福王寺先生個人ではなく、先生も俺もメンバーとなっているグループトークにメッセージを送ったのだろう。
 スマホを確認すると、予想通り、グループトークに結衣からメッセージが送信されている。

『杏樹先生。具合はどうですか? 私達は予定通り、5人でお見舞いに行きますね。もし、ゼリーとかプリンとか、何か買ってきてほしいものがあったら遠慮なく言ってください』

 なかなかいいメッセージだと思う。結衣の頭を優しく撫でる。
 頭を撫でられるのが嬉しいのか、結衣の表情は見る見るうちに柔らかいものに。えへへっ、と笑って俺の腕を抱きしめた。温かくて柔らかくて気持ちがいいな。
 ――プルルッ。
 さっそく福王寺先生が返信をくれたのかな。スマホを確認すると……LIMEを通じて先生からメッセージが送信されたと通知が。

『朝よりも体調が良くなったわ、ありがとう。お腹を壊していないから、果物系のゼリーを買ってきてほしいな。桃味だと嬉しい。じゃあ、お家で待っているね』

 体調が良くなったようで安心した。これには結衣と胡桃もほっと胸を撫で下ろしていた。
 あと、福王寺先生は果物の中では桃が一番好きなのかな。
 俺も桃が好きだし、桃味はゼリーだけでなく、お菓子やアイスなどでのハズレが少ない。なので、いくつも味がある中に桃があったら、桃味を選ぶことが多い。

「みなさん、お待たせしたのです」
「お疲れ様、伊集院さん」
「お掃除お疲れ様、姫奈ちゃん」
「姫奈ちゃん、お疲れ様。先生からメッセージが来て、朝よりは体調が良くなってきているみたい」
「それは良かったのです。では、さっそく行くのです」

 俺達は1年2組の教室を出発する。
 伊集院さんの掃除が終わるのを待っていたからか、いつも下校するときよりは廊下にいる生徒の数は少ない。

「おっ、来たね。みんなお疲れ様」

 約束通り、第2教室棟の昇降口に行くと、そこで中野先輩が待ってくれていた。先輩は俺達の姿を見つけると、落ち着いた笑みを浮かべて手を振ってくれる。先輩は胡桃と同じく、長袖のブラウスにカーディガンだ。
 5人で福王寺先生の家へと向かう。
 校舎を出ると、今も雨がシトシトと降っている。空気は冷たく、風が吹くと身震いする。長袖のワイシャツを着てきて良かった。そんな中、

「寒いっ! 悠真君と相合い傘する!」

 校門を出たところで結衣はそう言い、自分の傘を閉じて、俺の傘の中に入ってくる。そして、傘の柄を持つ俺の左手を掴んできた。手だけでも、肌が直接触れているので結構温かく感じられた。

「えへへっ、悠真君と相合い傘。悠真君の手も温かいし幸せだなぁ」

 ニコニコしながらそう言う結衣。本当に可愛らしいな。
 相合い傘もできるし、梅雨の時期が好きになりそうだ。

「ふふっ、2人は本当に仲睦まじいのですね。ちなみに、あたしは今の風が涼しくて気持ちがいいくらいなのです」
「えっ、本当なの? 伊集院ちゃん。半袖とベスト姿なのに。あたしなんて、長袖とカーディガンを着ていても寒いくらいなのに」
「あたしも先輩と同じ服装ですけど、これがちょうどいいくらいだよ」
「姫奈ちゃん、中学時代から体を動かすとすぐに温かくなる体質で。それに、姫奈ちゃんはさっきまで掃除をしていましたからね」
「歩いているので、また段々と体が温まってきているのです。今度はポカポカして気持ち良くなってきました」

 それを朗らかな様子で言うのだからさすがである。

「中学時代の寒い時期は、そんな姫奈ちゃんを抱きしめることが何度もありました。私には抱き心地がとても良くて」
「へえ、そう言われると興味が湧いてくるねぇ」
「さすがに、今は歩いているから抱きしめられないけど、腕を抱きしめたりしてもいいかな? 姫奈ちゃん」
「もちろんいいのですよ」

 その後、胡桃と中野先輩は伊集院さんの傘に入って、伊集院さんの腕をぎゅっと抱きしめる。温かいからなのか、胡桃も中野先輩もやんわりと表情をしていた。
 途中のコンビニで桃の果肉入りゼリーを購入。ゼリー代は俺が全額払うことに。低変人ていへんじんとしてある程度の稼ぎはあるし、福王寺先生は低変人の大ファンだからという理由で。先生が代金を払うと言いそうだけど、ちゃんと断らないと。
 学校を出てから15分ほどで、福王寺先生が住んでいるマンション『メゾン・ド・カナイ』の前に到着する。

「ここが杏樹先生の家があるマンションなのですか! 教室から見えるのです!」
「学校からも見えるよね、姫奈ちゃん。あたしの家からも見えるよ」
「高層マンションだもんね。1年のときのクラスメイトの女子が、このマンションの16階に住んでるよ。彼女の家、広かったなぁ。杏樹先生の家も広そう。楽しみだなぁ」

 伊集院さん、胡桃、中野先輩はマンションの外観を見てそんな感想を言う。駅近くの高層マンションなので、みんな好印象のようだ。
 武蔵金井駅や金井高校から徒歩圏内だし、竣工から10年近く経っている。そりゃ、金井高校に通っている生徒も住んでいるか。
 エントランスの中に入り、マンションの玄関を開けてもらうため、結衣が福王寺先生の部屋番号である808号室を呼び出す。

『結衣ちゃん達、来てくれたのね』
「5人でお見舞いに来ました。桃のゼリーを買ってきましたよ」
『ありがとう。開けるわ』

 福王寺先生がそう言った直後、オートロックの扉が開く。俺達はマンションの中に入るのであった。
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