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本編
第28話『もう一つの顔-告白編-』
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高嶺さんをしばらく抱きしめることで、気持ちがだいぶ落ち着いてきた。
抱きしめている間、俺はずっと黙っていたけど、高嶺さんも言葉を発しなかった。たまに、俺が頭を撫でたときでさえも。それでも、この状況を嫌がらずに寄り添ってくれているのが伝わってきて。それが有り難く、嬉しかった。
「ありがとう、高嶺さん。抱きしめさせてくれて」
「ううん、いいんだよ。悠真君の温もりや匂いに包まれたし、たまに頭を撫でられたのが凄く気持ち良かったし。本当に幸せな時間だったよ。こちらこそありがとう……だよ」
高嶺さんは真っ赤な顔に柔らかな笑みを浮かべてそう言った。俺にずっと抱きしめられていたからか、高嶺さんはしおらしくなっていて。てっきり、興奮すると思っていたんだけどな。
「悠真君。私を抱きしめて少しは元気になったかな?」
「ああ。ありがとう、高嶺さん」
俺は高嶺さんの頭を優しく撫でる。そのせいか、高嶺さんの顔の赤みがさらに強くなっていく。
高嶺さんは「えへへっ」とはにかみながら、マグカップに残っているミルクティーを飲み干した。
「ミルクティー冷めちゃってた。それでも美味しかったよ」
そう言う高嶺さんの笑顔に心が温まる。
俺も残りの紅茶を飲み干す。高嶺さんの言う通り、紅茶はすっかりと冷めていた。相当な間、高嶺さんを抱きしめていたんだな。
「悠真君。2年前の話は酷かったけど、私が見る限りでは胡桃ちゃんと普通に話せているように見えるよ」
「……時間が解決してくれるって言うのかな。あの出来事があってから、中学を卒業するまでは全然関わらなかった。ただ、金井高校に進学して。環境も変わったし、将野さんが別の高校に進学したのもあって、学校で挨拶できるようになったんだ」
最初に挨拶してくれたのは入学式の日だった。俺が1年2組の教室に向かう途中、3組の扉の近くにいた華頂さんと会って、華頂さんから挨拶をされたのだ。そのとき、中学までとは違う日々が始まるのかなと思えた。
「お互いに行く店でバイトを始めたから、労いの言葉をかけるようにもなった。本屋と喫茶店じゃ仕事内容が違う部分もあるけど、バイトをする大変さは分かるからさ」
華頂さんのおかげでバイト中に元気をもらったこともある。
そういえば、本屋に行き、バイト中の華頂さんに頑張れと言うと、華頂さんはいつも優しい笑顔を見せてくれる。華頂さんのように、元気を少しでも与えられていたら嬉しい。
「なるほどね。2年前に比べれば、関係も良くなっているんだね」
「ああ」
「……私は高校からの胡桃ちゃんしか知らないけど、胡桃ちゃんが悪い子じゃないって信じてるよ」
高嶺さんは真面目な表情でそう言う。それはきっと、これからの華頂さんの支えや力になることだろう。
「あと、2年前の胡桃ちゃんの話を聞いて、改めて言いたいことがあるの。私は悠真君のことが好き。恋人になりたい。ずっと一緒にいたいほどに好き。その気持ちは本当だから」
そう言うと、高嶺さんは俺をぎゅっと抱きしめ、左頬にキスをしてきた。
キスされるのは初めてなので、高嶺さんの唇が頬に触れた瞬間、体がビクつき、全身が熱くなっていった。唇ってこんなにも柔らかいのか。
「ふふっ、悠真君。顔が赤くなってる。かわいい」
「……高嶺さんだって顔がかなり赤くなってるぞ」
「……キスするのは初めてだからね。悠真君はキスされた経験はあるの? 胡桃ちゃんに嘘の告白されたときとか」
「いいや、頬すら一度もないよ。今の高嶺さんのキスが初めてだ」
「そうなんだ。じゃあ、悠真君の初めてをもらっちゃったね。凄く嬉しい」
えへへっ、と高嶺さんは笑うと、俺の胸に顔をスリスリしてきた。
キスをしなくても、高嶺さんの抱く俺への好意が本当なのは分かりきっているけどな。ただ、その好意がとても強いのは、今のキスで改めて実感した。
「ねえ、悠真君。立ち直るきっかけって何だったのかな。日曜日にも話したけど、私は低変人さんの曲で立ち直って。だから、興味があってさ。絶望すら感じたって言っていたし。悠真君は漫画やアニメ好きだから、可愛いキャラクターのイラストや、作品に出てくるかっこいい台詞とかなのかな?」
「まあ、漫画やラノベを読んだり、アニメを観たりするのは大好きだったから、それでも元気はもらっていたな。あと……」
きっと、高嶺さんなら、自分が低変人だと明かしても大丈夫だろう。2年前の華頂さんの話を受け止めてくれた高嶺さんなら。低変人のファンだとも言ってくれたし。
「あと……何?」
「……それを教えるために、高嶺さんに見せたいものがあるんだ。高嶺さん、一旦離れてくれるかな」
「分かった」
高嶺さんに抱擁を解かれ、俺はパソコンデスクの椅子に座る。パソコンを起動させる。
「パソコンの電源を入れてどうかしたの? ……もしかして、中学生の頃の話だし、えっちぃ動画とか?」
「ははっ、それは違うよ」
高嶺さんじゃないんだし。そういったものは恋愛系漫画で事足りている。
インターネットに接続し、ブラウザのお気に入り一覧から、とあるページにアクセスする。
「見た感じ、これはYuTubuのユーザーページかな。ユーザーネームは……て、低変人?」
そう、高嶺さんに見せたかったのは、YuTubuにある低変人のユーザーページだった。このページを見せれば、低変人だと口頭で説明するよりも信じてもらいやすいと思って。
高嶺さんは目をまん丸くさせて、俺の方を見てくる。
「まさか、低変人さんの正体って……悠真君だったの?」
「……ああ。俺が低変人だ。3年前、中学に入学した頃から、ネット上で音楽活動をしているんだ。だから……新曲の『渚』を褒めてくれたり、『道』で元気をもらったって言ってくれたりしてありがとう」
感謝の気持ちを伝えるけれど、高嶺さんは驚いているのか未だに目を見開いたままだ。そして、何も言わず、その場で尻餅をついた。
「大丈夫か、高嶺さん」
「……う、うん。胡桃ちゃんが初恋の人だって聞いたとき以上に驚いたよ。いやぁ、まさか……悠真君が低変人さんだったなんて。でも、そのユーザーページを見る限り、それは本当なんだね」
そうは言ってくれるけど、高嶺さんにより信じてもらうために、ワクワク動画でのユーザーページと、Tubutterのプロフィールページも開く。
パソコンの画面を見る高嶺さんの目に段々と輝きを持つようになり、高嶺さんの視線が俺に向けられる。どうやら、『低田悠真=低変人』の事実を受け入れてくれたようだな。
「凄いよ! 本当に凄いよ! インストゥルメンタルだけれど、3年間でたくさんの曲を作れるんだもん! しかも、同じような曲ばかりじゃなくて、色々なジャンルの曲を作っているし。それに、今までの曲はもちろんだけど、新曲を公開すると毎回とても話題になるもん! それが悠真君だったなんて……!」
高嶺さんは興奮した様子になって、俺の右手をぎゅっと掴んでくる。厭らしいことを言うときとは興奮の種類が違いそうだ。きっと、今は低田悠真ではなく、低変人として俺を見ているのだろう。
「わ、私は『道』が本当に大好きで! あと、『桜吹雪』や『おまつり』、ゴールデンウィーク中に公開された『刹那』とかも好きです! 『道』には本当に救われました! まさか、低変人さんに直接お礼を言うことができるなんて! 本当に感激です!」
興奮しすぎているのか、たまに声が翻るのが面白い。本当に低変人の曲を好きでいてくれているんだな。今の高嶺さんを見ていると、福王寺先生に低変人なのかと言われたときのことを思い出す。
「どうもありがとう。自分が低変人だって知る人がほとんどいないからか、こうして面と向かって言われることも全然なくて。だから、凄く嬉しいよ」
「そうなんだ。……あっ、この前、ギターで弾き語りしてくれたけど、普段はあのギターを使ってメロディーを考えるの? あと、『渚』とかギターオンリーの曲はあのギターを弾いた音なの?」
矢継ぎ早に問いかけてくる高嶺さん。低変人だと分かって、気になっていることがたくさん思い浮かんだのだろう。
「ああ。思いついたメロディーをあのギターで弾いて、それをスマホやICレコーダーで録音するんだ。『渚』はいくつも思いついたメロディーを祖曲のように弾いて、それがいい感じだったから公開したんだよ」
「そうだったんだね。あっ、もしかして……」
高嶺さんははっとした表情になり、
「2年前に活動休止したのって、胡桃ちゃんのことが原因で?」
俺の目を見つめながら言った。さすがは高嶺さん。それに気付いたか。
「その通りだ。それまで順調に曲作りができていたんだけど、華頂さんの一件でいい曲が思いつかなくなって。いわゆるスランプだな。それで、活動を休止するって宣言したんだ。そのときのファンやリスナーの言葉の多くが励みになった」
「そのおかげで、復帰作の『道』ができたんだね」
「時間がかかったけれどな。夏休みになって、ようやくメロディーが浮かぶようになって。特に親しいネット上の友人に相談したり、思いついたメロディーに感想をもらったりして。それで、活動休止をして3ヶ月経った9月に『道』を公開して復帰したんだ」
そのネット上の友人とは、もちろん桐花さんのことだ。彼女とも休止発表直後に『ゆっくり休んでね』メッセージをもらってから、しばらく言葉を交わすことはなかった。
ただ、ようやく思いついたメロディーがいいかどうか不安になり、桐花さんにお願いして、感想をもらったのだ。それをきっかけに、桐花さんと再び会話が増えていった。
復帰作の『道』はファンやリスナーのおかげでできた曲だけど、特に桐花さんの力が大きいと思っている。
「だから、『道』の動画説明欄に『また自分なりに生きてみよう。頑張ってみよう』って書いてあったんだね」
「ああ。曲を一つ作れたことが自信になってさ。漫画やアニメもそうだけど、音楽作りが本当に好きなんだって思えて。それで、活動を再開して今日に至るってわけだ」
途中、定期試験や高校受験があったけど、気分転換に曲作りするときもあったから、新作を公開するペースは全然落ちなかったな。
「ちなみに、悠真君が低変人だって知っている人は私以外にいるの?」
「家族全員と福王寺先生は知ってる」
「えええっ! 杏樹先生も知ってるの!」
高嶺さん、これで家に来てから何度目の驚きだろう。
「先生は低変人の大ファンで。俺の苗字が低田なのと、学校で生徒達が俺を底辺とか変人って話しているのを聞いただけで、俺が低変人だって推理したんだ。今まで、進路指導室に呼び出されたのは全部低変人関連。新曲の感想とかを言うためだったんだよ」
後で福王寺先生に、高嶺さんに俺の正体を教えたことと、先生がファンであると伝えたと連絡しておくか。きっと、これまで以上に楽しくお喋りできるんじゃないだろうか。先生の素を知ったら、高嶺さんが戸惑うかもしれないけど。
「家族以外に自分から低変人だと明かしたのは高嶺さんが初めてだよ。ただ、低変人の人気はかなり大きくなっている。正体を知られたらどうなるか分からないから、俺が低変人なのは秘密にしてくれるかな」
「凄い人気だもんね。低変人の素顔の写真がネット上にアップされたら一気に広まるだろうし。分かった。悠真君が低変人だってことは秘密にするね。もちろん、これからも応援もしていくねっ!」
「……ありがとう」
高嶺さんならきっと大丈夫だろう。ただ、万が一、正体が俺だとバレても、高嶺さんがお願いすれば金井高校の生徒は騒がなくなりそうな気がする。
それからは、曲の解説や制作当時の思い出を話しながら、高嶺さんの好きな低変人の曲を聴くのであった。
抱きしめている間、俺はずっと黙っていたけど、高嶺さんも言葉を発しなかった。たまに、俺が頭を撫でたときでさえも。それでも、この状況を嫌がらずに寄り添ってくれているのが伝わってきて。それが有り難く、嬉しかった。
「ありがとう、高嶺さん。抱きしめさせてくれて」
「ううん、いいんだよ。悠真君の温もりや匂いに包まれたし、たまに頭を撫でられたのが凄く気持ち良かったし。本当に幸せな時間だったよ。こちらこそありがとう……だよ」
高嶺さんは真っ赤な顔に柔らかな笑みを浮かべてそう言った。俺にずっと抱きしめられていたからか、高嶺さんはしおらしくなっていて。てっきり、興奮すると思っていたんだけどな。
「悠真君。私を抱きしめて少しは元気になったかな?」
「ああ。ありがとう、高嶺さん」
俺は高嶺さんの頭を優しく撫でる。そのせいか、高嶺さんの顔の赤みがさらに強くなっていく。
高嶺さんは「えへへっ」とはにかみながら、マグカップに残っているミルクティーを飲み干した。
「ミルクティー冷めちゃってた。それでも美味しかったよ」
そう言う高嶺さんの笑顔に心が温まる。
俺も残りの紅茶を飲み干す。高嶺さんの言う通り、紅茶はすっかりと冷めていた。相当な間、高嶺さんを抱きしめていたんだな。
「悠真君。2年前の話は酷かったけど、私が見る限りでは胡桃ちゃんと普通に話せているように見えるよ」
「……時間が解決してくれるって言うのかな。あの出来事があってから、中学を卒業するまでは全然関わらなかった。ただ、金井高校に進学して。環境も変わったし、将野さんが別の高校に進学したのもあって、学校で挨拶できるようになったんだ」
最初に挨拶してくれたのは入学式の日だった。俺が1年2組の教室に向かう途中、3組の扉の近くにいた華頂さんと会って、華頂さんから挨拶をされたのだ。そのとき、中学までとは違う日々が始まるのかなと思えた。
「お互いに行く店でバイトを始めたから、労いの言葉をかけるようにもなった。本屋と喫茶店じゃ仕事内容が違う部分もあるけど、バイトをする大変さは分かるからさ」
華頂さんのおかげでバイト中に元気をもらったこともある。
そういえば、本屋に行き、バイト中の華頂さんに頑張れと言うと、華頂さんはいつも優しい笑顔を見せてくれる。華頂さんのように、元気を少しでも与えられていたら嬉しい。
「なるほどね。2年前に比べれば、関係も良くなっているんだね」
「ああ」
「……私は高校からの胡桃ちゃんしか知らないけど、胡桃ちゃんが悪い子じゃないって信じてるよ」
高嶺さんは真面目な表情でそう言う。それはきっと、これからの華頂さんの支えや力になることだろう。
「あと、2年前の胡桃ちゃんの話を聞いて、改めて言いたいことがあるの。私は悠真君のことが好き。恋人になりたい。ずっと一緒にいたいほどに好き。その気持ちは本当だから」
そう言うと、高嶺さんは俺をぎゅっと抱きしめ、左頬にキスをしてきた。
キスされるのは初めてなので、高嶺さんの唇が頬に触れた瞬間、体がビクつき、全身が熱くなっていった。唇ってこんなにも柔らかいのか。
「ふふっ、悠真君。顔が赤くなってる。かわいい」
「……高嶺さんだって顔がかなり赤くなってるぞ」
「……キスするのは初めてだからね。悠真君はキスされた経験はあるの? 胡桃ちゃんに嘘の告白されたときとか」
「いいや、頬すら一度もないよ。今の高嶺さんのキスが初めてだ」
「そうなんだ。じゃあ、悠真君の初めてをもらっちゃったね。凄く嬉しい」
えへへっ、と高嶺さんは笑うと、俺の胸に顔をスリスリしてきた。
キスをしなくても、高嶺さんの抱く俺への好意が本当なのは分かりきっているけどな。ただ、その好意がとても強いのは、今のキスで改めて実感した。
「ねえ、悠真君。立ち直るきっかけって何だったのかな。日曜日にも話したけど、私は低変人さんの曲で立ち直って。だから、興味があってさ。絶望すら感じたって言っていたし。悠真君は漫画やアニメ好きだから、可愛いキャラクターのイラストや、作品に出てくるかっこいい台詞とかなのかな?」
「まあ、漫画やラノベを読んだり、アニメを観たりするのは大好きだったから、それでも元気はもらっていたな。あと……」
きっと、高嶺さんなら、自分が低変人だと明かしても大丈夫だろう。2年前の華頂さんの話を受け止めてくれた高嶺さんなら。低変人のファンだとも言ってくれたし。
「あと……何?」
「……それを教えるために、高嶺さんに見せたいものがあるんだ。高嶺さん、一旦離れてくれるかな」
「分かった」
高嶺さんに抱擁を解かれ、俺はパソコンデスクの椅子に座る。パソコンを起動させる。
「パソコンの電源を入れてどうかしたの? ……もしかして、中学生の頃の話だし、えっちぃ動画とか?」
「ははっ、それは違うよ」
高嶺さんじゃないんだし。そういったものは恋愛系漫画で事足りている。
インターネットに接続し、ブラウザのお気に入り一覧から、とあるページにアクセスする。
「見た感じ、これはYuTubuのユーザーページかな。ユーザーネームは……て、低変人?」
そう、高嶺さんに見せたかったのは、YuTubuにある低変人のユーザーページだった。このページを見せれば、低変人だと口頭で説明するよりも信じてもらいやすいと思って。
高嶺さんは目をまん丸くさせて、俺の方を見てくる。
「まさか、低変人さんの正体って……悠真君だったの?」
「……ああ。俺が低変人だ。3年前、中学に入学した頃から、ネット上で音楽活動をしているんだ。だから……新曲の『渚』を褒めてくれたり、『道』で元気をもらったって言ってくれたりしてありがとう」
感謝の気持ちを伝えるけれど、高嶺さんは驚いているのか未だに目を見開いたままだ。そして、何も言わず、その場で尻餅をついた。
「大丈夫か、高嶺さん」
「……う、うん。胡桃ちゃんが初恋の人だって聞いたとき以上に驚いたよ。いやぁ、まさか……悠真君が低変人さんだったなんて。でも、そのユーザーページを見る限り、それは本当なんだね」
そうは言ってくれるけど、高嶺さんにより信じてもらうために、ワクワク動画でのユーザーページと、Tubutterのプロフィールページも開く。
パソコンの画面を見る高嶺さんの目に段々と輝きを持つようになり、高嶺さんの視線が俺に向けられる。どうやら、『低田悠真=低変人』の事実を受け入れてくれたようだな。
「凄いよ! 本当に凄いよ! インストゥルメンタルだけれど、3年間でたくさんの曲を作れるんだもん! しかも、同じような曲ばかりじゃなくて、色々なジャンルの曲を作っているし。それに、今までの曲はもちろんだけど、新曲を公開すると毎回とても話題になるもん! それが悠真君だったなんて……!」
高嶺さんは興奮した様子になって、俺の右手をぎゅっと掴んでくる。厭らしいことを言うときとは興奮の種類が違いそうだ。きっと、今は低田悠真ではなく、低変人として俺を見ているのだろう。
「わ、私は『道』が本当に大好きで! あと、『桜吹雪』や『おまつり』、ゴールデンウィーク中に公開された『刹那』とかも好きです! 『道』には本当に救われました! まさか、低変人さんに直接お礼を言うことができるなんて! 本当に感激です!」
興奮しすぎているのか、たまに声が翻るのが面白い。本当に低変人の曲を好きでいてくれているんだな。今の高嶺さんを見ていると、福王寺先生に低変人なのかと言われたときのことを思い出す。
「どうもありがとう。自分が低変人だって知る人がほとんどいないからか、こうして面と向かって言われることも全然なくて。だから、凄く嬉しいよ」
「そうなんだ。……あっ、この前、ギターで弾き語りしてくれたけど、普段はあのギターを使ってメロディーを考えるの? あと、『渚』とかギターオンリーの曲はあのギターを弾いた音なの?」
矢継ぎ早に問いかけてくる高嶺さん。低変人だと分かって、気になっていることがたくさん思い浮かんだのだろう。
「ああ。思いついたメロディーをあのギターで弾いて、それをスマホやICレコーダーで録音するんだ。『渚』はいくつも思いついたメロディーを祖曲のように弾いて、それがいい感じだったから公開したんだよ」
「そうだったんだね。あっ、もしかして……」
高嶺さんははっとした表情になり、
「2年前に活動休止したのって、胡桃ちゃんのことが原因で?」
俺の目を見つめながら言った。さすがは高嶺さん。それに気付いたか。
「その通りだ。それまで順調に曲作りができていたんだけど、華頂さんの一件でいい曲が思いつかなくなって。いわゆるスランプだな。それで、活動を休止するって宣言したんだ。そのときのファンやリスナーの言葉の多くが励みになった」
「そのおかげで、復帰作の『道』ができたんだね」
「時間がかかったけれどな。夏休みになって、ようやくメロディーが浮かぶようになって。特に親しいネット上の友人に相談したり、思いついたメロディーに感想をもらったりして。それで、活動休止をして3ヶ月経った9月に『道』を公開して復帰したんだ」
そのネット上の友人とは、もちろん桐花さんのことだ。彼女とも休止発表直後に『ゆっくり休んでね』メッセージをもらってから、しばらく言葉を交わすことはなかった。
ただ、ようやく思いついたメロディーがいいかどうか不安になり、桐花さんにお願いして、感想をもらったのだ。それをきっかけに、桐花さんと再び会話が増えていった。
復帰作の『道』はファンやリスナーのおかげでできた曲だけど、特に桐花さんの力が大きいと思っている。
「だから、『道』の動画説明欄に『また自分なりに生きてみよう。頑張ってみよう』って書いてあったんだね」
「ああ。曲を一つ作れたことが自信になってさ。漫画やアニメもそうだけど、音楽作りが本当に好きなんだって思えて。それで、活動を再開して今日に至るってわけだ」
途中、定期試験や高校受験があったけど、気分転換に曲作りするときもあったから、新作を公開するペースは全然落ちなかったな。
「ちなみに、悠真君が低変人だって知っている人は私以外にいるの?」
「家族全員と福王寺先生は知ってる」
「えええっ! 杏樹先生も知ってるの!」
高嶺さん、これで家に来てから何度目の驚きだろう。
「先生は低変人の大ファンで。俺の苗字が低田なのと、学校で生徒達が俺を底辺とか変人って話しているのを聞いただけで、俺が低変人だって推理したんだ。今まで、進路指導室に呼び出されたのは全部低変人関連。新曲の感想とかを言うためだったんだよ」
後で福王寺先生に、高嶺さんに俺の正体を教えたことと、先生がファンであると伝えたと連絡しておくか。きっと、これまで以上に楽しくお喋りできるんじゃないだろうか。先生の素を知ったら、高嶺さんが戸惑うかもしれないけど。
「家族以外に自分から低変人だと明かしたのは高嶺さんが初めてだよ。ただ、低変人の人気はかなり大きくなっている。正体を知られたらどうなるか分からないから、俺が低変人なのは秘密にしてくれるかな」
「凄い人気だもんね。低変人の素顔の写真がネット上にアップされたら一気に広まるだろうし。分かった。悠真君が低変人だってことは秘密にするね。もちろん、これからも応援もしていくねっ!」
「……ありがとう」
高嶺さんならきっと大丈夫だろう。ただ、万が一、正体が俺だとバレても、高嶺さんがお願いすれば金井高校の生徒は騒がなくなりそうな気がする。
それからは、曲の解説や制作当時の思い出を話しながら、高嶺さんの好きな低変人の曲を聴くのであった。
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