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続々編-蒼き薔薇と不協和音-
第9話『2人きりの前夜祭-前編-』
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9月30日、金曜日。
9月の最終日ということもあって、普段よりも多くの業務をやらなければいけなくなり、定時から1時間以上経った午後7時半頃に、会社を後にすることができた。
ただ、夕方5時過ぎに美来から連絡があり、文化祭の準備が順調に進んだので、明日と明後日のためにも早めに下校したとのこと。なので、夕ご飯は美来が作ってくれることになっている。
今から帰るという旨の美来にメッセージを送り、僕は快速電車に乗る。
「これで、明日と明後日は天羽女子の文化祭を楽しめるぞ」
10年ぶりに美来と再会してからは、毎週末が楽しみだったけれど、文化祭もあってか今週末は特に待ち遠しかった。だからか、今週の仕事はいつも以上に捗った気がする。今日は月末でやらなきゃいけないことはたくさんあったけど、しっかりと終わらせて休日出勤の危機はなくなった。
桜花駅に着くまでの間、僕は天羽祭のホームページを見ることに。印刷もして、行きたいところはチェックしているけれど。
「そういえば、明日初めて天羽女子に行くのか……」
美来が今の家に引っ越しをすることになったとき、天羽女子に挨拶に行こうと言ったけれど、転職して時間もそこまで経っていないので忙しいだろうということで、美来や彼女の御両親だけで説明してくれたんだよな。
ただ、美来の担任の青山里奈さんが、一緒に住んでいる僕と実際に話してみたいという理由で、8月の週末に家庭訪問に来た。月が丘高校での担任が問題ありな人だったこともあり、僕も一度話してみたいと思っていたのでいい機会だった。優しそうで真面目で可愛らしい先生だったな。青山さんは僕のことを信用してくれたように、僕も彼女のことを信用している。
そんな経緯で、明日初めて天羽女子に赴くことになる。女子校に行くのはこれが人生初めてなので緊張する。6月の事件もあったし、生徒や教職員に変な目で見られることを覚悟しておいた方がいいな。有紗さんや羽賀、岡村達が一緒なので安心しているけど。
そんなことを考えていると、あっという間に桜花駅に到着した。
いつもよりも時間が遅いからか、駅を出ると結構寒く感じる。歩けばまだ体が温かくなって気持ちいいけれど。そろそろジャケットを着た方がいいかな。
真っ直ぐ自宅に帰り、僕は玄関の扉を開けた。
「ただいま~」
「おかえりなさい、智也さん!」
すると、メイド服姿の美来がリビングの方から嬉しそうに僕のところに駆け寄ってきて、僕のことをぎゅっと抱きしめてきた。普段よりも遅く帰ってきたけど、家に帰ってきて、美来の温もりや匂いを感じると、仕事の疲れがすーっと取れていく感じがする。
「美来、ただいま。遅くなってごめんね」
「いえいえ、気にしないでください。今週もお仕事お疲れ様でした」
「ありがとう。美来も今週は勉強と文化祭の準備お疲れ様」
「ありがとうございます」
美来は僕に優しいキスをしてきてくれる。疲れが抜けていって、その代わりに幸せな気持ちに包まれていく。
メイド服姿の美来が可愛くて、キスがとても気持ち良くて。このままキスし続けると、美来のことをここで押し倒してしまいそうだった。
ゆっくりと唇を離すと、そこにはうっとりとした様子の美来がいた。
「さあ、智也さん。夕ご飯のナポリタンを作りますから、智也さんはお着替えをしてきてください」
「分かった。残業してお腹空いたから、いつも以上に夕ご飯が楽しみだよ」
「ふふっ、では作ってきますね。ご主人様」
そう言って、美来はリビングの方に戻っていった。文化祭の準備をする中で、メイドさん口調の接客の練習をしたって言っていたので、それが抜けていないのかな?
スーツから部屋着に着替えて、リビングに行くとナポリタンのいい匂いが。
「もうすぐできますから、椅子に座って待っていてください」
「うん、分かった」
椅子に座って、料理をしている美来の後ろ姿を見る。
明日は接客担当で、今のメイド服とは違うけれど、美来のメイド服姿が多くの人に見られることになるのか。とても可愛らしいので見てもらいたい気もするし、僕だけに見せてくれればいいという気持ちもあるし。そう考えると複雑だ。ただ、被服部の子が作ったというメイド服がどんなものなのかは楽しみ。
「お待たせしました。夕ご飯のナポリタンですよ」
「ありがとう、美来」
「今夜は2人きりでの天羽祭の前夜祭です」
「僕、天羽女子の生徒でも職員でもないけど、参加していいのかな」
「もちろんいいですよ。結婚前提に付き合っている恋人なんですから。さあ、より美味しくなるようにおまじないをかけますね」
ナポリタンを僕の目の前に置くと、美来は満面の笑みを浮かべ、両手でハートの形を作って、
「美味しくなーれ、美味しくなーれ、みっくみくー!」
元気な声でそんなおまじないをかけてくれた。不思議とさっきよりも美味しそうに見える気がする。あと、みっくみくーの部分がかわいい。
「凄く美味しそうになったね。……ちなみに、その言葉は明日の接客でも言うの?」
「食べ物のメニューを注文されたときに美味しくなーれと言うことになっています。接客担当の子と一緒に練習しました。ただ、みっくみくーはこの前夜祭だけですよ」
「それがいいと思うよ。とても可愛いから」
「ふふっ、独占欲の強いご主人様。では、野菜スープもありますので持ってきますね」
「うん」
美来がコンソメ仕立ての野菜スープを持ってきて、彼女と一緒に夕食を食べ始める。
「ナポリタン美味しいね」
「良かったです。ありがとうございます。……うん、美味しくできてる」
「この野菜スープも美味しいよ。寒くなってきたし、今日みたいに残業がある日だと体に沁みてくるよ」
「学校では聞けない大人の言葉ですね。お仕事を頑張ってきたご主人様にご褒美です。はい、あーん」
美来がナポリタンを一口食べさせてくれる。美来のフォークで食べさせてくれるからか、自分で食べるときよりも美味しい気がする。
「うん、美味しい。……文化祭の方、無事に準備が終わって良かったね」
「はい! クラスの方は昨日のうちに大分終わったので、今日は声楽部の方の練習を中心にやりました。旅行みたいに、本番前も楽しいんですね」
「学校という場所で、いつもと違う時間を過ごしているからかもしれないね。あとは、明日と明後日、ケガなく過ごすことができるといいね。僕もメイド喫茶や声楽部のコンサートを楽しみにしているから。みんなで天羽女子に行くから」
「ありがとうございます。智也さん達が楽しんでもらえるように、精一杯やりたいと思います!」
美来にケガなく病気なく、文化祭の2日間を楽しく過ごすことができれば何よりだ。あとはトラブルがないことを祈ろう。
「……そうだ。美来に恋愛相談をした赤城さんだっけ。彼女の方はどうかな」
「準備を通して、花園先輩との距離が再び縮まってきているそうです。花園先輩次第ですけど、赤城先輩としては文化祭を通じて恋人に発展できるといいと考えているようです」
「文化祭は大きなイベントだからね。これをきっかけに恋を実るといいね」
「ですね。せっかくですから、智也さんと私も今回の文化祭を通じて、何かを実らせましょうか?」
「……思い出だけでいいんじゃない?」
「ふふっ、智也さんらしい」
美来はニヤニヤしながらナポリタンをもぐもぐと食べる。美来が僕と一緒に何を実らせようとしているのかは大体の想像がつくけれど。まったく、美来らしい。
その後も、美来と文化祭などの話をしながら夕食を食べていった。たまに、僕も美来にナポリタンを食べさせたりして。
「ナポリタンも野菜スープも美味しかった。ごちそうさまでした」
「それは良かったです。ごちそうさまでした。智也さん、今夜は前夜祭ですから特別にデザートを作ろうと思うのですが、いかがでしょうか?」
「そうだね。夕飯がナポリタンと野菜スープだったから、少しなら食べられるかな」
「分かりました。では、これからホットケーキを作って、コーヒーと一緒にお出ししますね」
「ありがとう。その間に夕食の片付けをするよ」
「分かりました。お願いします」
ホットケーキを作ることを見越して、今日はナポリタンと野菜スープにしたのかな。実際、まだまだ食べられるし。美来との2人きりの前夜祭はまだまだ続く。
9月の最終日ということもあって、普段よりも多くの業務をやらなければいけなくなり、定時から1時間以上経った午後7時半頃に、会社を後にすることができた。
ただ、夕方5時過ぎに美来から連絡があり、文化祭の準備が順調に進んだので、明日と明後日のためにも早めに下校したとのこと。なので、夕ご飯は美来が作ってくれることになっている。
今から帰るという旨の美来にメッセージを送り、僕は快速電車に乗る。
「これで、明日と明後日は天羽女子の文化祭を楽しめるぞ」
10年ぶりに美来と再会してからは、毎週末が楽しみだったけれど、文化祭もあってか今週末は特に待ち遠しかった。だからか、今週の仕事はいつも以上に捗った気がする。今日は月末でやらなきゃいけないことはたくさんあったけど、しっかりと終わらせて休日出勤の危機はなくなった。
桜花駅に着くまでの間、僕は天羽祭のホームページを見ることに。印刷もして、行きたいところはチェックしているけれど。
「そういえば、明日初めて天羽女子に行くのか……」
美来が今の家に引っ越しをすることになったとき、天羽女子に挨拶に行こうと言ったけれど、転職して時間もそこまで経っていないので忙しいだろうということで、美来や彼女の御両親だけで説明してくれたんだよな。
ただ、美来の担任の青山里奈さんが、一緒に住んでいる僕と実際に話してみたいという理由で、8月の週末に家庭訪問に来た。月が丘高校での担任が問題ありな人だったこともあり、僕も一度話してみたいと思っていたのでいい機会だった。優しそうで真面目で可愛らしい先生だったな。青山さんは僕のことを信用してくれたように、僕も彼女のことを信用している。
そんな経緯で、明日初めて天羽女子に赴くことになる。女子校に行くのはこれが人生初めてなので緊張する。6月の事件もあったし、生徒や教職員に変な目で見られることを覚悟しておいた方がいいな。有紗さんや羽賀、岡村達が一緒なので安心しているけど。
そんなことを考えていると、あっという間に桜花駅に到着した。
いつもよりも時間が遅いからか、駅を出ると結構寒く感じる。歩けばまだ体が温かくなって気持ちいいけれど。そろそろジャケットを着た方がいいかな。
真っ直ぐ自宅に帰り、僕は玄関の扉を開けた。
「ただいま~」
「おかえりなさい、智也さん!」
すると、メイド服姿の美来がリビングの方から嬉しそうに僕のところに駆け寄ってきて、僕のことをぎゅっと抱きしめてきた。普段よりも遅く帰ってきたけど、家に帰ってきて、美来の温もりや匂いを感じると、仕事の疲れがすーっと取れていく感じがする。
「美来、ただいま。遅くなってごめんね」
「いえいえ、気にしないでください。今週もお仕事お疲れ様でした」
「ありがとう。美来も今週は勉強と文化祭の準備お疲れ様」
「ありがとうございます」
美来は僕に優しいキスをしてきてくれる。疲れが抜けていって、その代わりに幸せな気持ちに包まれていく。
メイド服姿の美来が可愛くて、キスがとても気持ち良くて。このままキスし続けると、美来のことをここで押し倒してしまいそうだった。
ゆっくりと唇を離すと、そこにはうっとりとした様子の美来がいた。
「さあ、智也さん。夕ご飯のナポリタンを作りますから、智也さんはお着替えをしてきてください」
「分かった。残業してお腹空いたから、いつも以上に夕ご飯が楽しみだよ」
「ふふっ、では作ってきますね。ご主人様」
そう言って、美来はリビングの方に戻っていった。文化祭の準備をする中で、メイドさん口調の接客の練習をしたって言っていたので、それが抜けていないのかな?
スーツから部屋着に着替えて、リビングに行くとナポリタンのいい匂いが。
「もうすぐできますから、椅子に座って待っていてください」
「うん、分かった」
椅子に座って、料理をしている美来の後ろ姿を見る。
明日は接客担当で、今のメイド服とは違うけれど、美来のメイド服姿が多くの人に見られることになるのか。とても可愛らしいので見てもらいたい気もするし、僕だけに見せてくれればいいという気持ちもあるし。そう考えると複雑だ。ただ、被服部の子が作ったというメイド服がどんなものなのかは楽しみ。
「お待たせしました。夕ご飯のナポリタンですよ」
「ありがとう、美来」
「今夜は2人きりでの天羽祭の前夜祭です」
「僕、天羽女子の生徒でも職員でもないけど、参加していいのかな」
「もちろんいいですよ。結婚前提に付き合っている恋人なんですから。さあ、より美味しくなるようにおまじないをかけますね」
ナポリタンを僕の目の前に置くと、美来は満面の笑みを浮かべ、両手でハートの形を作って、
「美味しくなーれ、美味しくなーれ、みっくみくー!」
元気な声でそんなおまじないをかけてくれた。不思議とさっきよりも美味しそうに見える気がする。あと、みっくみくーの部分がかわいい。
「凄く美味しそうになったね。……ちなみに、その言葉は明日の接客でも言うの?」
「食べ物のメニューを注文されたときに美味しくなーれと言うことになっています。接客担当の子と一緒に練習しました。ただ、みっくみくーはこの前夜祭だけですよ」
「それがいいと思うよ。とても可愛いから」
「ふふっ、独占欲の強いご主人様。では、野菜スープもありますので持ってきますね」
「うん」
美来がコンソメ仕立ての野菜スープを持ってきて、彼女と一緒に夕食を食べ始める。
「ナポリタン美味しいね」
「良かったです。ありがとうございます。……うん、美味しくできてる」
「この野菜スープも美味しいよ。寒くなってきたし、今日みたいに残業がある日だと体に沁みてくるよ」
「学校では聞けない大人の言葉ですね。お仕事を頑張ってきたご主人様にご褒美です。はい、あーん」
美来がナポリタンを一口食べさせてくれる。美来のフォークで食べさせてくれるからか、自分で食べるときよりも美味しい気がする。
「うん、美味しい。……文化祭の方、無事に準備が終わって良かったね」
「はい! クラスの方は昨日のうちに大分終わったので、今日は声楽部の方の練習を中心にやりました。旅行みたいに、本番前も楽しいんですね」
「学校という場所で、いつもと違う時間を過ごしているからかもしれないね。あとは、明日と明後日、ケガなく過ごすことができるといいね。僕もメイド喫茶や声楽部のコンサートを楽しみにしているから。みんなで天羽女子に行くから」
「ありがとうございます。智也さん達が楽しんでもらえるように、精一杯やりたいと思います!」
美来にケガなく病気なく、文化祭の2日間を楽しく過ごすことができれば何よりだ。あとはトラブルがないことを祈ろう。
「……そうだ。美来に恋愛相談をした赤城さんだっけ。彼女の方はどうかな」
「準備を通して、花園先輩との距離が再び縮まってきているそうです。花園先輩次第ですけど、赤城先輩としては文化祭を通じて恋人に発展できるといいと考えているようです」
「文化祭は大きなイベントだからね。これをきっかけに恋を実るといいね」
「ですね。せっかくですから、智也さんと私も今回の文化祭を通じて、何かを実らせましょうか?」
「……思い出だけでいいんじゃない?」
「ふふっ、智也さんらしい」
美来はニヤニヤしながらナポリタンをもぐもぐと食べる。美来が僕と一緒に何を実らせようとしているのかは大体の想像がつくけれど。まったく、美来らしい。
その後も、美来と文化祭などの話をしながら夕食を食べていった。たまに、僕も美来にナポリタンを食べさせたりして。
「ナポリタンも野菜スープも美味しかった。ごちそうさまでした」
「それは良かったです。ごちそうさまでした。智也さん、今夜は前夜祭ですから特別にデザートを作ろうと思うのですが、いかがでしょうか?」
「そうだね。夕飯がナポリタンと野菜スープだったから、少しなら食べられるかな」
「分かりました。では、これからホットケーキを作って、コーヒーと一緒にお出ししますね」
「ありがとう。その間に夕食の片付けをするよ」
「分かりました。お願いします」
ホットケーキを作ることを見越して、今日はナポリタンと野菜スープにしたのかな。実際、まだまだ食べられるし。美来との2人きりの前夜祭はまだまだ続く。
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