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続編-螺旋百合-
第13話『場所が変わっても』
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午後2時過ぎ。
紅花女子大学のキャンパスを見学した後、私達は仁実さんの家へと向かう。
「一度、2人はここまで来てもらったんだよね。申し訳ない気持ちもあるけれどmここで会えなかったのは、あたしを驚かせようとしたちょっとした罰だよね」
「連絡せずにここに来たからね。ひとみんと会えなかったことには怒っていないよ」
「そう言ってくれて良かった」
仁実さんは笑いながら玄関の鍵を解錠して、扉を開けた。
「さっ、どうぞ」
「お邪魔します」
「失礼します」
私達は仁実さんの家の中に入る。午前中に一度来て仁実さんと会えなかったこともあってか、家の中に入れたことにちょっとした感動が。
部屋の中はとても綺麗で、意外と可愛らしい雰囲気だ。仁実さんの雰囲気や服装からして男性的な部屋かと思ったけど、ベッドシーツの色が桃色だったり、猫のぬいぐるみがあったり。智也さんが以前住んでいたアパートと同じくらいの広さだけど、ものが少ないからか仁実さんの部屋の方がスッキリしている。
「綺麗なお部屋ですね」
「ありがとう。適当なところにくつろいで。緑茶か紅茶、コーヒーなら出せるけどどうする?」
「私は紅茶でお願いします。温かいものでかまいません」
「私も同じく!」
桃花さんはベッドの上にゴロゴロする。きっと、ここには初めて来たんだろうけど、幼なじみの仁実さんの部屋だからかさっそくくつろいでいる。
私はベッドの側に座り、智也さんや有紗さんからメッセージが来ていないかどうかスマートフォンで確認する。すると、
『仁実ちゃんと楽しい時間を過ごせているかな』
というメッセージが智也さんから届いていた。なので、
『はい! ついさっき仁実さんのお家に着きました!』
『仁実さんもアルバムやDVDを持っているそうなので、今から見せてもらうんです!』
智也さんにそんな返信を送った。何か面白い写真や映像を観られたら、今夜、智也さんにお話ししないと。楽しみだなぁ。
すると、智也さんは休憩中だったのかすぐに『既読』のマークが付いて、
『仁実ちゃんの家に行けたんだね』
『仁実ちゃんも昔、デジタルカメラやビデオカメラを持って、僕や桃花ちゃんを撮影していたことがあったから、彼女しか持っていない写真や映像があるかもね。変なものじゃなければいいけれど……』
という返信が届いた。仁実さんしか持っていない写真や映像があるかもしれないんだ。ますます期待値が高まってきたよ。あぁ、早くアルバムやDVDを観たい!
『どんな写真や映像があるのか、夜にお話ししますね!』
智也さんにそんなメッセージを送る。
すると、今日も定時で退社ができそうだというメッセージがすぐに届いた。お昼ご飯のときに智也さんの話をしたから、早く智也さんに会いたいな。
「ひとみんの匂い、やっぱり好きだなぁ」
桃花さんのそんな呟きが聞こえる。ベッドの方に振り返ると、そこには恍惚とした表情をしながらベッドで横になっている桃花さんの姿があった。好きな人が使っているベッドっていいよね。私も初めて智也さんのベッドに入ったとき、ベッドの匂いを堪能したっけ。
「お待たせ……って、モモちゃんったら部屋が変わってもベッドでゴロゴロするんだね」
「つい、いつもの癖で」
「まったく、汗も掻いているのに。モモちゃんだからいいけれど。あっ、モモちゃんはあたしの部屋に来ると、大抵はこうやってあたしのベッドにゴロゴロするの」
「そうなんですか」
だから、仁実さんの匂いがやっぱり好きだと言ったんだ。こういうことができる幼なじみがいるのって羨ましいな。
「はい、紅茶だよ。砂糖はこのスティックシュガーを使って」
「ありがとうございます」
「モモちゃん、紅茶を淹れたから一旦、ベッドから降りなさい」
「はーい」
そう返事をして、桃花さんは私の隣に座って紅茶を飲む。紅茶の香りや味のおかげか落ち着いた様子に。
「えっと、昔の写真が入っているアルバムとDVDだよね」
確かここら辺に……と、仁実さんは棚を物色し始める。
仁実さんがアルバムとDVDを探している間、私は彼女が淹れてくれた紅茶を飲む。夏でも温かいものを飲むと気持ちが落ち着く。
「あっ、これこれ。どうぞ」
「ありがとうございます」
仁実さんからアルバムを受け取って写真を見ていく。仁実さんのアルバムだけあってもちろん、彼女が写っている写真ばかりだけど――。
「きゃあっ! これ、智也さんですよ!」
桃花さんが持ってきてくれたアルバムにはなかった写真だ! やっぱり、小さい頃の智也さんもいいなぁ。
「ここまで喜んでくれるなんて、探した甲斐があったよ。じゃあ、DVDの方も観てみようか。昔の映像になっちゃうけど、トモくんの映っている部分があったはずだよ。ちょっと探してみるね」
「よろしくお願いします!」
「……恥ずかしい映像がないかどうか確かめようっと」
そういえば、一昨日……ホームビデオを観るとき、智也さんはとても恥ずかしそうにしていたっけ。
アルバムをめくっていくと、仁実さんや桃花さんと仲良くしている場面だけれど、私の知らない智也さんの姿を見ることができて嬉しいな。
「あっ、ここら辺からかな」
「そうですか……ってあれ? 桃花さんのお部屋ではないような気がしますが」
「ああ、ここは実家のあたしの部屋だよ。モモちゃんとトモくん、たまにあたしの家に遊びに来ていたからね」
「なるほど、そうなんですか」
智也さん……桃花さんのお家だけではなく、仁実さんのお家まで遊びに行っていたなんて。智也さん、私の知らないところで女性経験を積んでいたのですね。
『仁実ちゃんもビデオを撮るんだね』
『あたしも撮影してみたいの! トモくん!』
『ははっ、そっか。じゃあ、できるだけかっこよく撮ってね』
声変わりをする前の智也さん……やっぱり可愛い。現在の智也さんではあまり見られない無邪気な笑顔も。この頃の智也さんを食べてしまいたい。
「ひさしぶりに見たな、動いているトモくんを見たの」
「私も一昨日、久しぶりに見たよ」
「いいものだね。憧れの人の動く姿をひさしぶりに見るっていうのは」
「あ、憧れの人ってどういうこと? ひとみん」
「幼なじみの従兄だよ? 5歳年上なのもあってか、優しくて、面倒見が良くて。お兄さんが遊びに来るってモモちゃんから聞いたとき、毎回楽しみだったもん。きっと、あの頃は……恋をしていたんだと思う。それはモモちゃんも同じなんじゃないかな」
「え、ええと……」
桃花さんは顔を真っ赤にして、何も話すことができなくなってしまう。
そういえば、桃花さんや仁実さんが見せてくれたアルバムやDVDでの2人とても楽しそうだった。それはきっと憧れでもあり、想い人でもある智也さんがすぐ側にいたからだと思う。
「ごめんね。美来ちゃん、トモくんと付き合っているのにこんな話をしちゃって」
「いえいえ、そんな。幼い頃に智也さんへ恋心を抱いたのは私も同じですから……」
幼い頃の恋と言えばとても可愛らしく、微笑ましい思い出なんだろうけれど、実際に私自身がその恋心をずっと抱き続けているから、油断はできない。
それにしても、桃花さんの恋路に智也さんが立ちはだかることになるなんて。でも、智也さんには今、私っていう結婚前提に付き合っている恋人もいるわけだし。
「ひとみん、私、お手洗いを借りたいんだけれど……」
「お手洗いはそこだよ」
「うん、ありがとう」
すると、桃花さんは急ぎ気味にお手洗いへと入っていった。もしかして、智也さんに恋心を抱いていることを知ってショックを受けちゃったのかな。
――プルルッ。
うん? 私のスマートフォンが鳴っている。
確認してみると、桃花さんからメッセージが1件届いている。
『お兄ちゃんのことを今はどう思っているのか、ひとみんに訊いてくれる? 私が訊く勇気が出ないから……』
なるほど、このメッセージを送るために桃花さんはお手洗いに行ったんだ。
「どうしたの? 美来ちゃん、スマートフォンをじっと見て」
「いえ、広告のメールが届いただけでした。それにしても、やっぱり智也さんの恋人として気になっちゃいますね。仁実さんが今、智也さんのことをどう思っているのか……」
こういう訊き方が一番自然だよね。それに、私も仁実さんの気持ちを知りたいし。
仁実さんは照れくさそうな笑みを浮かべる。
「今も素敵な人だと思っているよ、トモくんのことは。実際に会ったらきっとその想いは強くなると思う。それに、トモくん以上にいいなって思った男の子はいなかった」
「そうですか。本当に智也さんは素敵ですもんね」
「そうだよね。もちろん、トモくんと付き合いたいとかは考えていないよ。美来ちゃんっていう大切な人もいるし。ただ、トモくんのことを想うと温かくなるこの気持ちをいつまでも持ち続けてもいいかな。それに、近くにトモくんと美来ちゃんが住んでいることを知って、凄く安心したから」
「……そういうことでしたら、いいですよ。私、同じような気持ちを抱いている人を知っていますから」
そう言って思い浮かんだのは有紗さんの顔。きっと、仁実さんは有紗さんと同じように、智也さんへの温かな気持ちが活力に繋がるんだと思う。
「何だか、智也さんのことを話している顔、とても可愛いですね」
「そ、そうかなぁ」
「ギャップがあっていいと思いますよ。とても爽やかでかっこいい印象だったので。きっと、女の子からもモテるんじゃないですか?」
「ああ、大学の同級生や先輩から告白されたことがあるよ。全部断ったけどね。女の子と付き合うことに抵抗はないんだけど……」
「そうなんですか。ちなみに、今、お付き合いしている方は……?」
「いないよ。これまで誰とも付き合ったことないし」
「へぇ、意外です」
女性の方は分からないけど、智也さん以上にいいと思う男性はいないって言っていたな。
それにしても、重要な情報を手に入れることができた。仁実さんは今、誰とも付き合っていなくて、女性と付き合うことに抵抗はないこと。これは桃花さんにとって朗報なんじゃないかな。
そんなことを考えていると、水の流れる音がして……それから程なくして、桃花さんがお手洗いから出てきた。
「ふぅ。……あれ? DVD観てないの?」
「観るなら3人で一緒にいたいと思ってさ。戻ってくるのを待ってた」
「そっか」
再びホームビデオを見始める。仁実さんも桃花さんも、当時は智也さんに恋心を抱いていたことを知ると、何だか2人とも凄く可愛く見えてくる。
「こうしてモモちゃんと一緒にいると、場所が変わっても昔みたいな感じがするね」
「そう……だね。いいよね、やっぱり」
「……うん。1人暮らしを始めて5ヶ月くらい経つから尚更」
「そっか。1人暮らしだから身の回りのことを全部自分でやっているから偉いよ」
「パンクしないように、適度にサボるようにはしてるよ」
「無理はしないでね。何なら、私が夏休みの間はここにいてあげてもいいし……」
これはある意味告白なのでは? あなたに毎日味噌汁を作ってあげたい的な。そう考えたら急にドキドキしてきたよ。
「トモくんと美来ちゃんの家にいつまでもお世話になるのもね。そこら辺は2人と相談してよ。あたしはいつ来てもいいって思っているから」
「あ、ありがとう」
桃花さん、とても嬉しそうだ。何だかいい雰囲気になっているし、2人が付き合い始めてここで一緒に過ごすのはそう遠くない未来のことだと思える。
その後も紅茶を飲みながら、アルバムとホームビデオをゆっくりと鑑賞するのであった。
紅花女子大学のキャンパスを見学した後、私達は仁実さんの家へと向かう。
「一度、2人はここまで来てもらったんだよね。申し訳ない気持ちもあるけれどmここで会えなかったのは、あたしを驚かせようとしたちょっとした罰だよね」
「連絡せずにここに来たからね。ひとみんと会えなかったことには怒っていないよ」
「そう言ってくれて良かった」
仁実さんは笑いながら玄関の鍵を解錠して、扉を開けた。
「さっ、どうぞ」
「お邪魔します」
「失礼します」
私達は仁実さんの家の中に入る。午前中に一度来て仁実さんと会えなかったこともあってか、家の中に入れたことにちょっとした感動が。
部屋の中はとても綺麗で、意外と可愛らしい雰囲気だ。仁実さんの雰囲気や服装からして男性的な部屋かと思ったけど、ベッドシーツの色が桃色だったり、猫のぬいぐるみがあったり。智也さんが以前住んでいたアパートと同じくらいの広さだけど、ものが少ないからか仁実さんの部屋の方がスッキリしている。
「綺麗なお部屋ですね」
「ありがとう。適当なところにくつろいで。緑茶か紅茶、コーヒーなら出せるけどどうする?」
「私は紅茶でお願いします。温かいものでかまいません」
「私も同じく!」
桃花さんはベッドの上にゴロゴロする。きっと、ここには初めて来たんだろうけど、幼なじみの仁実さんの部屋だからかさっそくくつろいでいる。
私はベッドの側に座り、智也さんや有紗さんからメッセージが来ていないかどうかスマートフォンで確認する。すると、
『仁実ちゃんと楽しい時間を過ごせているかな』
というメッセージが智也さんから届いていた。なので、
『はい! ついさっき仁実さんのお家に着きました!』
『仁実さんもアルバムやDVDを持っているそうなので、今から見せてもらうんです!』
智也さんにそんな返信を送った。何か面白い写真や映像を観られたら、今夜、智也さんにお話ししないと。楽しみだなぁ。
すると、智也さんは休憩中だったのかすぐに『既読』のマークが付いて、
『仁実ちゃんの家に行けたんだね』
『仁実ちゃんも昔、デジタルカメラやビデオカメラを持って、僕や桃花ちゃんを撮影していたことがあったから、彼女しか持っていない写真や映像があるかもね。変なものじゃなければいいけれど……』
という返信が届いた。仁実さんしか持っていない写真や映像があるかもしれないんだ。ますます期待値が高まってきたよ。あぁ、早くアルバムやDVDを観たい!
『どんな写真や映像があるのか、夜にお話ししますね!』
智也さんにそんなメッセージを送る。
すると、今日も定時で退社ができそうだというメッセージがすぐに届いた。お昼ご飯のときに智也さんの話をしたから、早く智也さんに会いたいな。
「ひとみんの匂い、やっぱり好きだなぁ」
桃花さんのそんな呟きが聞こえる。ベッドの方に振り返ると、そこには恍惚とした表情をしながらベッドで横になっている桃花さんの姿があった。好きな人が使っているベッドっていいよね。私も初めて智也さんのベッドに入ったとき、ベッドの匂いを堪能したっけ。
「お待たせ……って、モモちゃんったら部屋が変わってもベッドでゴロゴロするんだね」
「つい、いつもの癖で」
「まったく、汗も掻いているのに。モモちゃんだからいいけれど。あっ、モモちゃんはあたしの部屋に来ると、大抵はこうやってあたしのベッドにゴロゴロするの」
「そうなんですか」
だから、仁実さんの匂いがやっぱり好きだと言ったんだ。こういうことができる幼なじみがいるのって羨ましいな。
「はい、紅茶だよ。砂糖はこのスティックシュガーを使って」
「ありがとうございます」
「モモちゃん、紅茶を淹れたから一旦、ベッドから降りなさい」
「はーい」
そう返事をして、桃花さんは私の隣に座って紅茶を飲む。紅茶の香りや味のおかげか落ち着いた様子に。
「えっと、昔の写真が入っているアルバムとDVDだよね」
確かここら辺に……と、仁実さんは棚を物色し始める。
仁実さんがアルバムとDVDを探している間、私は彼女が淹れてくれた紅茶を飲む。夏でも温かいものを飲むと気持ちが落ち着く。
「あっ、これこれ。どうぞ」
「ありがとうございます」
仁実さんからアルバムを受け取って写真を見ていく。仁実さんのアルバムだけあってもちろん、彼女が写っている写真ばかりだけど――。
「きゃあっ! これ、智也さんですよ!」
桃花さんが持ってきてくれたアルバムにはなかった写真だ! やっぱり、小さい頃の智也さんもいいなぁ。
「ここまで喜んでくれるなんて、探した甲斐があったよ。じゃあ、DVDの方も観てみようか。昔の映像になっちゃうけど、トモくんの映っている部分があったはずだよ。ちょっと探してみるね」
「よろしくお願いします!」
「……恥ずかしい映像がないかどうか確かめようっと」
そういえば、一昨日……ホームビデオを観るとき、智也さんはとても恥ずかしそうにしていたっけ。
アルバムをめくっていくと、仁実さんや桃花さんと仲良くしている場面だけれど、私の知らない智也さんの姿を見ることができて嬉しいな。
「あっ、ここら辺からかな」
「そうですか……ってあれ? 桃花さんのお部屋ではないような気がしますが」
「ああ、ここは実家のあたしの部屋だよ。モモちゃんとトモくん、たまにあたしの家に遊びに来ていたからね」
「なるほど、そうなんですか」
智也さん……桃花さんのお家だけではなく、仁実さんのお家まで遊びに行っていたなんて。智也さん、私の知らないところで女性経験を積んでいたのですね。
『仁実ちゃんもビデオを撮るんだね』
『あたしも撮影してみたいの! トモくん!』
『ははっ、そっか。じゃあ、できるだけかっこよく撮ってね』
声変わりをする前の智也さん……やっぱり可愛い。現在の智也さんではあまり見られない無邪気な笑顔も。この頃の智也さんを食べてしまいたい。
「ひさしぶりに見たな、動いているトモくんを見たの」
「私も一昨日、久しぶりに見たよ」
「いいものだね。憧れの人の動く姿をひさしぶりに見るっていうのは」
「あ、憧れの人ってどういうこと? ひとみん」
「幼なじみの従兄だよ? 5歳年上なのもあってか、優しくて、面倒見が良くて。お兄さんが遊びに来るってモモちゃんから聞いたとき、毎回楽しみだったもん。きっと、あの頃は……恋をしていたんだと思う。それはモモちゃんも同じなんじゃないかな」
「え、ええと……」
桃花さんは顔を真っ赤にして、何も話すことができなくなってしまう。
そういえば、桃花さんや仁実さんが見せてくれたアルバムやDVDでの2人とても楽しそうだった。それはきっと憧れでもあり、想い人でもある智也さんがすぐ側にいたからだと思う。
「ごめんね。美来ちゃん、トモくんと付き合っているのにこんな話をしちゃって」
「いえいえ、そんな。幼い頃に智也さんへ恋心を抱いたのは私も同じですから……」
幼い頃の恋と言えばとても可愛らしく、微笑ましい思い出なんだろうけれど、実際に私自身がその恋心をずっと抱き続けているから、油断はできない。
それにしても、桃花さんの恋路に智也さんが立ちはだかることになるなんて。でも、智也さんには今、私っていう結婚前提に付き合っている恋人もいるわけだし。
「ひとみん、私、お手洗いを借りたいんだけれど……」
「お手洗いはそこだよ」
「うん、ありがとう」
すると、桃花さんは急ぎ気味にお手洗いへと入っていった。もしかして、智也さんに恋心を抱いていることを知ってショックを受けちゃったのかな。
――プルルッ。
うん? 私のスマートフォンが鳴っている。
確認してみると、桃花さんからメッセージが1件届いている。
『お兄ちゃんのことを今はどう思っているのか、ひとみんに訊いてくれる? 私が訊く勇気が出ないから……』
なるほど、このメッセージを送るために桃花さんはお手洗いに行ったんだ。
「どうしたの? 美来ちゃん、スマートフォンをじっと見て」
「いえ、広告のメールが届いただけでした。それにしても、やっぱり智也さんの恋人として気になっちゃいますね。仁実さんが今、智也さんのことをどう思っているのか……」
こういう訊き方が一番自然だよね。それに、私も仁実さんの気持ちを知りたいし。
仁実さんは照れくさそうな笑みを浮かべる。
「今も素敵な人だと思っているよ、トモくんのことは。実際に会ったらきっとその想いは強くなると思う。それに、トモくん以上にいいなって思った男の子はいなかった」
「そうですか。本当に智也さんは素敵ですもんね」
「そうだよね。もちろん、トモくんと付き合いたいとかは考えていないよ。美来ちゃんっていう大切な人もいるし。ただ、トモくんのことを想うと温かくなるこの気持ちをいつまでも持ち続けてもいいかな。それに、近くにトモくんと美来ちゃんが住んでいることを知って、凄く安心したから」
「……そういうことでしたら、いいですよ。私、同じような気持ちを抱いている人を知っていますから」
そう言って思い浮かんだのは有紗さんの顔。きっと、仁実さんは有紗さんと同じように、智也さんへの温かな気持ちが活力に繋がるんだと思う。
「何だか、智也さんのことを話している顔、とても可愛いですね」
「そ、そうかなぁ」
「ギャップがあっていいと思いますよ。とても爽やかでかっこいい印象だったので。きっと、女の子からもモテるんじゃないですか?」
「ああ、大学の同級生や先輩から告白されたことがあるよ。全部断ったけどね。女の子と付き合うことに抵抗はないんだけど……」
「そうなんですか。ちなみに、今、お付き合いしている方は……?」
「いないよ。これまで誰とも付き合ったことないし」
「へぇ、意外です」
女性の方は分からないけど、智也さん以上にいいと思う男性はいないって言っていたな。
それにしても、重要な情報を手に入れることができた。仁実さんは今、誰とも付き合っていなくて、女性と付き合うことに抵抗はないこと。これは桃花さんにとって朗報なんじゃないかな。
そんなことを考えていると、水の流れる音がして……それから程なくして、桃花さんがお手洗いから出てきた。
「ふぅ。……あれ? DVD観てないの?」
「観るなら3人で一緒にいたいと思ってさ。戻ってくるのを待ってた」
「そっか」
再びホームビデオを見始める。仁実さんも桃花さんも、当時は智也さんに恋心を抱いていたことを知ると、何だか2人とも凄く可愛く見えてくる。
「こうしてモモちゃんと一緒にいると、場所が変わっても昔みたいな感じがするね」
「そう……だね。いいよね、やっぱり」
「……うん。1人暮らしを始めて5ヶ月くらい経つから尚更」
「そっか。1人暮らしだから身の回りのことを全部自分でやっているから偉いよ」
「パンクしないように、適度にサボるようにはしてるよ」
「無理はしないでね。何なら、私が夏休みの間はここにいてあげてもいいし……」
これはある意味告白なのでは? あなたに毎日味噌汁を作ってあげたい的な。そう考えたら急にドキドキしてきたよ。
「トモくんと美来ちゃんの家にいつまでもお世話になるのもね。そこら辺は2人と相談してよ。あたしはいつ来てもいいって思っているから」
「あ、ありがとう」
桃花さん、とても嬉しそうだ。何だかいい雰囲気になっているし、2人が付き合い始めてここで一緒に過ごすのはそう遠くない未来のことだと思える。
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