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続編-螺旋百合-
第8話『話に出てきた人』
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8月28日、日曜日。
ゆっくりと目を覚ますと、僕のことを見つめながら優しく微笑んでいる美来の顔が見える。薄暗くても、目の前にあるものはしっかりと見えるんだな。
「おはようございます、智也さん」
「おはよう、美来」
「智也さん、いい夢は見ることができましたか?」
「内容は覚えていないけれど、目覚めがいいからきっといい夢を見ることができたんじゃないかな」
「ふふっ、それなら良かったです。私の腕を抱きしめていたからいい夢を見られていたら嬉しいですね」
「……あっ」
美来の腕にしっかりと抱きしめていることに全然気付かなかった。ただ、こうしているのも悪くはないな。彼女の温もりや甘い匂いを感じられるからだと思うけど。
「ふふっ、こうしているとまるで智也さんが小さくなったみたいです。実は、夢で小さくなった智也さんと遊んだんですよ」
「それは良かったね」
「……でも、目が覚めて今の智也さんの方がいいと思いました」
美来は目覚めのキスをしてきた。どんな夢を見ていたかは覚えていないけれど、こうして彼女のことを感じていられる現実の方がいいかな。
「ふにゃあっ」
という声にビックリして、思わず美来から唇を離す。
僕と美来以外に声を上げることができるのは桃花ちゃんしかいないので、彼女の方を見てみると、桃花ちゃんは上半身を起こして目を擦っていた。
「……あっ、お兄ちゃんが元に戻ってる」
「桃花さんも小さい頃の智也さんの夢を見たんですか?」
「うん。でも、美来ちゃんは今の姿のままだった」
どうやら、桃花ちゃんが持ってきたアルバムやDVDは、彼女自身の夢にも影響を及ぼしたらしい。
「まあ、私の小さい頃の写真や動画は見せていませんからね。あっ、おはようございます」
「うん、おはよう美来ちゃん。お兄ちゃんもおはよう」
「おはよう、桃花ちゃん」
桃花ちゃんが来てから初めて迎える朝は、穏やかでほっこりとするものだった。
平日は美来に家事をほとんど任せてしまっているので、今日の朝食は僕が作ることに。といっても、野菜たっぷりの味噌汁と目玉焼きだけれど。
そんな僕の作った朝食を美来と桃花ちゃんは全部食べてくれた。食べているときの2人の笑顔を見ると、とても心が温かくなる。
「ごちそうさまでした、智也さん」
「美味しかったよ、お兄ちゃん。ごちそうさまでした」
「いえいえ。ごちそうさまでした」
僕が朝食を作ったからということで、美来と桃花ちゃんが一緒に朝食の後片付けをしてくれた。僕はそんな2人の後ろ姿を温かい日本茶を飲みながら眺める。2人がお互いのことを見るときに、彼女達の横顔が見えるけれど可愛らしい笑顔だ。桃花ちゃんが帰るまで今のように平和であってほしい。
後片付けも終わって、3人でゆっくりとお茶を飲みながら食休みをしていると、時刻は午前10時を過ぎていた。
――ピンポーン。
うん、誰だろう?
「僕が出るね」
モニターを見てみると、そこには羽賀と有紗さんが映っていた。
そういえば、羽賀が今日に旅行のお土産を受け取りに来るって言っていたな。有紗さんはお土産を渡しているから……遊びに来ただけかな。
「羽賀に有紗さん、おはようございます」
『おはよう、氷室。このマンションに来たら。エントランスで月村さんと会ったのだよ』
『そうなの。智也君、遊びに来ちゃった』
「はいはい。今開けますね」
美来はいいとして、桃花ちゃんには2人が来ることを話さないと。
「誰でしたか?」
「羽賀と有紗さん。2人はエントランスでばったり会ったらしい」
「そうでしたか。羽賀さんは確か、旅行のお土産を受け取りに来るんですよね。有紗さんは……お土産は前に渡しましたし、遊びに来ただけですね」
「大正解」
そうだ、このことを桃花ちゃんに言わなきゃ。桃花ちゃんが人見知りっていう印象はないけれど、会ったことのない人がこれから家に来るから。
「桃花ちゃん、今から僕の親友と職場の人が来るけれどいいかな」
「うん、私は大丈夫だよ。どっちも女性だと安心だけれど……」
「職場の人は女性だけれど、親友の方は男だよ」
「そっか。あっ、もしかして……親友の人ってお兄ちゃんが昔、学校の話をしてくれたときにたまに出てきた人達のこと?」
「それで合っていると思うよ」
桃花ちゃんの家に行った時期がお盆とお正月が多かったので、桃花ちゃんや仁実ちゃんに学校でのことをよく話していたな。羽賀や岡村についても、名前は出さなかったけど話したことがあった気がする。
――ピンポーン。
おっ、羽賀と有紗さんが家の前まで来たのかな。再びモニターで確認してみると、家の前に羽賀と有紗さんが立っていた。
「はい」
『遊びに来たよー』
「今行きます」
玄関まで行って扉を開くと、そこには夏でも涼しげな様子でいるジャケット姿の羽賀と、ノースリーブの桃色のワンピース姿の有紗さんが立っていた。
「いらっしゃい、羽賀、有紗さん」
「氷室、遊びに来たぞ」
「智也君、風邪は大丈夫かしら?」
「ええ、もう大丈夫ですよ」
「氷室、風邪を引いていたのか。氷室がこの時期に体調を崩すとは珍しい。そういうのは決まって岡村だったんだがな」
そういえばそうだったな。夏風邪はバカが引くとはまさにこのことかもしれない。もちろん、それを本人に言ったことはない。
羽賀と有紗さんのことをリビングに通す。
「有紗さん、羽賀さん、いらっしゃいませ。……って、羽賀さん。ジャケットを着て暑くないんですか?」
「このジャケットは通気性が抜群の素材でできていて、晩夏の風が気持ちいいから結構快適なのだよ。それに、私は近くまで車で来たからな」
「そうなんですか」
言葉通り、羽賀は全然暑そうにしていないな。汗を掻いている様子も見られない。普段通りのクールな雰囲気を纏っている。晩夏の風が気持ちいいという言葉も羽賀が言うと詩的に聞こえるな。
「智也君、美来ちゃんと一緒にいる黒髪の彼女は? 美来ちゃんの高校のお友達?」
「いえ、彼女は僕の従妹の恩田桃花といいます」
「初めまして、恩田桃花といいます。大学1年生です。智也お兄ちゃんとは10年ぶりくらいに再会するんですけど、昔はよくお盆やお正月に一緒に遊んでいました」
「へえ、そうなのね。初めまして、あたしは月村有紗。智也君とは……元々同じ会社で1年先輩だったんだけど、色々とあって今は別々の会社なんだ。だけれど、運良く同じ仕事をやっているの」
「そうなんですね。月村さんって確か……お兄ちゃんのことが好きなんですよね。昨日、美来ちゃんから聞きました」
「う、うん……まあね。つい最近まで色々とあったわ。ただ、今もこうしてたまに遊びに来ているんだ」
「なるほどです」
美来、いつの間に有紗さんのことを桃花ちゃんに話していたのか。
「初めまして、羽賀尊といいます。氷室とは小学校に入学した頃に出会ったので、およそ20年の付き合いだ。今は警視庁に勤めているよ」
「そうなんですか。それにしても、羽賀尊……ってもしかして、お兄ちゃんの事件のときに巻き添いになって逮捕されてしまった刑事さんですか? 似たようなお顔をテレビで観た気がします」
「その通りだ。3ヶ月近く前のことをよく覚えているのだな。巻き添えという形で逮捕されてしまったという事実を覚えてもらえて安心している。警察側の不正によるものだから、釈放されてすぐに警察官に復帰できたが」
あの事件は僕だけじゃなくて羽賀も不当な逮捕をされたからな。でも、羽賀の作戦が上手くいって僕達は今、こうして平和に暮らすことができている。
「じゃあ、お兄ちゃんの昔の話しで何度も登場していたイケメンで頭のいい友達って羽賀さんのことだね。ひょうきんでドジな金髪さんじゃないし……」
「……きっと、その解釈で合っているだろう」
ふふっ、と羽賀は口に手を添えながら笑っている。ここまで笑っている羽賀を見るのはひさしぶりだ。きっと、ひょうきんでドジな金髪さんというのが岡村だと分かったからだろう。
「そうだ、羽賀さん、有紗さん! 桃花さんが持ってきてくれたアルバムやDVDを見てみませんか? 昔の智也さんが見られますよ!」
「えっ、そうなの? あたし、DVDが観たい!」
「私は……今の氷室と適当に話すかな。気持ちが向いたら、過去の氷室の姿も見てみることにしよう」
ということで、女性陣はソファーでくつろいで、紅茶を飲みながら桃花ちゃんの持ってきてくれたホームビデオのDVDを鑑賞。男性陣はテーブルの方でコーヒーを飲みながらゆっくりすることに。
「羽賀、旅行のお土産だ。こっちの都合で遅くなってごめん。地酒と温泉饅頭だ。佐藤さんの分もあるから、すまないけど渡しておいてくれないか」
佐藤さんというのは、今月行った旅行で僕と美来が宿泊したホテルのチケットを譲ってくれた方だ。羽賀と同じく警察関係者である。
「分かった。佐藤さんには私から渡しておく」
「ああ、頼んだよ」
「……そういえば、今、思い出したが……よく2学期や3学期になると、母方の実家の方に帰省したと言っていたな」
「僕が小学生くらいのときはそうだったね。最後に泊まりに行ったのは……中学2年生の夏だったかな」
それで、その年の秋に遊園地で迷子になっていた美来と出会った。
「あははっ! 智也君、かわいい! 昔の方が元気だったんだね。やんちゃというか」
「今の智也さんからはちょっと想像できないですよね」
大人になってからの僕しか知らない人がDVDを見ると、昔の僕がちょっと信じられないようだ。
「そういえば、岡村がいたから当時はあまり思わなかったが、思い返せば小学生の頃の氷室はそれなりに元気だった気がする。あと、好きなことにはかなり没頭するタイプだったな。漫画やゲームとか」
「そうだったね」
昔はそれなりに元気だったって言われると、今はもう四六時中疲れているように聞こえてしまうんだけど。僕ってそんなに元気がなさそうに見えるのか?
「桃花ちゃん、大学生って言っていたよね」
「はい、そうです」
「そっかぁ。じゃあ、今は夏休み真っ只中なんだね。あたしもよく大学の夏休みは、友達やサークルの仲間と一緒に遊んだっけ」
いいなぁ、と有紗さんのため息が聞こえる。今、家の中にいる人の中でも最年長ということもあってか、かなりの年配者のように感じられる。
「智也君と久しぶりに会おうと思ってこっちに来たの? DVDの桃花ちゃんは仁実ちゃんっていう子と一緒に、智也君にかなり懐いているみたいだし」
「お兄ちゃん、昔からとても優しかったので。この前、誤認逮捕されたこともあって……お兄ちゃんが元気かどうか実際に会って確かめたくて」
釈放されたニュースも大々的に流れたけど、昔、一緒に遊んだ従妹としては実際に会って僕の様子を確かめたかったのだろう。
「でも、お兄ちゃんが元気そうで良かったです。しかも、美来ちゃんっていう可愛らしい将来の奥さんまでいて」
「……そっか。智也君はとても素敵な男性よ。だから、美来ちゃんと……智也君のことを争った。最終的には美来ちゃんを選んだけれど、彼と出会う前よりも今の方がよっぽど毎日が楽しいの。今でも彼のことを見るとドキドキして」
有紗さんのそんな言葉が耳に入って……こっちがドキドキしてくる。これまでの彼女の色々な姿を思い出したから。
そんな僕の姿を見たからか、羽賀はくすっと笑った。
「愛されているのだな、氷室は。美来さんだけでなく月村さんや恩田さんにも」
「……おかげさまで」
「岡村がこの状況を見たら羨ましがって、氷室の胸倉を掴みそうだが」
「それは……僕も容易に想像できたよ。そういえば、岡村とは全然会わないな。お土産を渡そうと思っているのに。こっちから行った方がいいのかな」
「彼に誘いの電話を入れたが、今日は用事があるようだ。ただ、あの声色だと……女性絡みだろうな」
「そっか」
何だかんだであいつはあいつなりに頑張っており、楽しんでいるみたいだ。お土産を渡すときにどんな状況なのか訊いてみることにしよう。
「ねえ、お兄ちゃん」
「うん? どうかした?」
「今なら、言えそうな気がする。私がここに来たもう一つの理由。実は夜中に何度か起きて……色々と考えていたの。それに、お兄ちゃんは仕事もあるから、日曜日中に話したいと思っていたから」
「そっか」
ゆっくりと話を聞くという意味では、今日中に話してくれるのは有り難いな。
「どうやら、恩田さんにも色々とあるようだな」
「ああ。僕と会う以外に理由があることは昨日の夜に聞いていたんだ」
「そうか。そうとなれば、彼女の話を聞こうではないか」
「そうだね」
羽賀と有紗さんなら……大丈夫だろう。それに、桃花ちゃんも2人なら大丈夫だと思って話そうと決めたんだと思う。
僕と羽賀は椅子から立ち上がって、ソファーに座っている桃花ちゃんのすぐ側まで向かう。
「お兄ちゃん、私ね……」
「……うん」
すると、桃花ちゃんは頬を染めて僕のことを見つめ、
「私……ひとみんのことが好きなの。彼女に告白するためにここに来たんだ」
ゆっくりと目を覚ますと、僕のことを見つめながら優しく微笑んでいる美来の顔が見える。薄暗くても、目の前にあるものはしっかりと見えるんだな。
「おはようございます、智也さん」
「おはよう、美来」
「智也さん、いい夢は見ることができましたか?」
「内容は覚えていないけれど、目覚めがいいからきっといい夢を見ることができたんじゃないかな」
「ふふっ、それなら良かったです。私の腕を抱きしめていたからいい夢を見られていたら嬉しいですね」
「……あっ」
美来の腕にしっかりと抱きしめていることに全然気付かなかった。ただ、こうしているのも悪くはないな。彼女の温もりや甘い匂いを感じられるからだと思うけど。
「ふふっ、こうしているとまるで智也さんが小さくなったみたいです。実は、夢で小さくなった智也さんと遊んだんですよ」
「それは良かったね」
「……でも、目が覚めて今の智也さんの方がいいと思いました」
美来は目覚めのキスをしてきた。どんな夢を見ていたかは覚えていないけれど、こうして彼女のことを感じていられる現実の方がいいかな。
「ふにゃあっ」
という声にビックリして、思わず美来から唇を離す。
僕と美来以外に声を上げることができるのは桃花ちゃんしかいないので、彼女の方を見てみると、桃花ちゃんは上半身を起こして目を擦っていた。
「……あっ、お兄ちゃんが元に戻ってる」
「桃花さんも小さい頃の智也さんの夢を見たんですか?」
「うん。でも、美来ちゃんは今の姿のままだった」
どうやら、桃花ちゃんが持ってきたアルバムやDVDは、彼女自身の夢にも影響を及ぼしたらしい。
「まあ、私の小さい頃の写真や動画は見せていませんからね。あっ、おはようございます」
「うん、おはよう美来ちゃん。お兄ちゃんもおはよう」
「おはよう、桃花ちゃん」
桃花ちゃんが来てから初めて迎える朝は、穏やかでほっこりとするものだった。
平日は美来に家事をほとんど任せてしまっているので、今日の朝食は僕が作ることに。といっても、野菜たっぷりの味噌汁と目玉焼きだけれど。
そんな僕の作った朝食を美来と桃花ちゃんは全部食べてくれた。食べているときの2人の笑顔を見ると、とても心が温かくなる。
「ごちそうさまでした、智也さん」
「美味しかったよ、お兄ちゃん。ごちそうさまでした」
「いえいえ。ごちそうさまでした」
僕が朝食を作ったからということで、美来と桃花ちゃんが一緒に朝食の後片付けをしてくれた。僕はそんな2人の後ろ姿を温かい日本茶を飲みながら眺める。2人がお互いのことを見るときに、彼女達の横顔が見えるけれど可愛らしい笑顔だ。桃花ちゃんが帰るまで今のように平和であってほしい。
後片付けも終わって、3人でゆっくりとお茶を飲みながら食休みをしていると、時刻は午前10時を過ぎていた。
――ピンポーン。
うん、誰だろう?
「僕が出るね」
モニターを見てみると、そこには羽賀と有紗さんが映っていた。
そういえば、羽賀が今日に旅行のお土産を受け取りに来るって言っていたな。有紗さんはお土産を渡しているから……遊びに来ただけかな。
「羽賀に有紗さん、おはようございます」
『おはよう、氷室。このマンションに来たら。エントランスで月村さんと会ったのだよ』
『そうなの。智也君、遊びに来ちゃった』
「はいはい。今開けますね」
美来はいいとして、桃花ちゃんには2人が来ることを話さないと。
「誰でしたか?」
「羽賀と有紗さん。2人はエントランスでばったり会ったらしい」
「そうでしたか。羽賀さんは確か、旅行のお土産を受け取りに来るんですよね。有紗さんは……お土産は前に渡しましたし、遊びに来ただけですね」
「大正解」
そうだ、このことを桃花ちゃんに言わなきゃ。桃花ちゃんが人見知りっていう印象はないけれど、会ったことのない人がこれから家に来るから。
「桃花ちゃん、今から僕の親友と職場の人が来るけれどいいかな」
「うん、私は大丈夫だよ。どっちも女性だと安心だけれど……」
「職場の人は女性だけれど、親友の方は男だよ」
「そっか。あっ、もしかして……親友の人ってお兄ちゃんが昔、学校の話をしてくれたときにたまに出てきた人達のこと?」
「それで合っていると思うよ」
桃花ちゃんの家に行った時期がお盆とお正月が多かったので、桃花ちゃんや仁実ちゃんに学校でのことをよく話していたな。羽賀や岡村についても、名前は出さなかったけど話したことがあった気がする。
――ピンポーン。
おっ、羽賀と有紗さんが家の前まで来たのかな。再びモニターで確認してみると、家の前に羽賀と有紗さんが立っていた。
「はい」
『遊びに来たよー』
「今行きます」
玄関まで行って扉を開くと、そこには夏でも涼しげな様子でいるジャケット姿の羽賀と、ノースリーブの桃色のワンピース姿の有紗さんが立っていた。
「いらっしゃい、羽賀、有紗さん」
「氷室、遊びに来たぞ」
「智也君、風邪は大丈夫かしら?」
「ええ、もう大丈夫ですよ」
「氷室、風邪を引いていたのか。氷室がこの時期に体調を崩すとは珍しい。そういうのは決まって岡村だったんだがな」
そういえばそうだったな。夏風邪はバカが引くとはまさにこのことかもしれない。もちろん、それを本人に言ったことはない。
羽賀と有紗さんのことをリビングに通す。
「有紗さん、羽賀さん、いらっしゃいませ。……って、羽賀さん。ジャケットを着て暑くないんですか?」
「このジャケットは通気性が抜群の素材でできていて、晩夏の風が気持ちいいから結構快適なのだよ。それに、私は近くまで車で来たからな」
「そうなんですか」
言葉通り、羽賀は全然暑そうにしていないな。汗を掻いている様子も見られない。普段通りのクールな雰囲気を纏っている。晩夏の風が気持ちいいという言葉も羽賀が言うと詩的に聞こえるな。
「智也君、美来ちゃんと一緒にいる黒髪の彼女は? 美来ちゃんの高校のお友達?」
「いえ、彼女は僕の従妹の恩田桃花といいます」
「初めまして、恩田桃花といいます。大学1年生です。智也お兄ちゃんとは10年ぶりくらいに再会するんですけど、昔はよくお盆やお正月に一緒に遊んでいました」
「へえ、そうなのね。初めまして、あたしは月村有紗。智也君とは……元々同じ会社で1年先輩だったんだけど、色々とあって今は別々の会社なんだ。だけれど、運良く同じ仕事をやっているの」
「そうなんですね。月村さんって確か……お兄ちゃんのことが好きなんですよね。昨日、美来ちゃんから聞きました」
「う、うん……まあね。つい最近まで色々とあったわ。ただ、今もこうしてたまに遊びに来ているんだ」
「なるほどです」
美来、いつの間に有紗さんのことを桃花ちゃんに話していたのか。
「初めまして、羽賀尊といいます。氷室とは小学校に入学した頃に出会ったので、およそ20年の付き合いだ。今は警視庁に勤めているよ」
「そうなんですか。それにしても、羽賀尊……ってもしかして、お兄ちゃんの事件のときに巻き添いになって逮捕されてしまった刑事さんですか? 似たようなお顔をテレビで観た気がします」
「その通りだ。3ヶ月近く前のことをよく覚えているのだな。巻き添えという形で逮捕されてしまったという事実を覚えてもらえて安心している。警察側の不正によるものだから、釈放されてすぐに警察官に復帰できたが」
あの事件は僕だけじゃなくて羽賀も不当な逮捕をされたからな。でも、羽賀の作戦が上手くいって僕達は今、こうして平和に暮らすことができている。
「じゃあ、お兄ちゃんの昔の話しで何度も登場していたイケメンで頭のいい友達って羽賀さんのことだね。ひょうきんでドジな金髪さんじゃないし……」
「……きっと、その解釈で合っているだろう」
ふふっ、と羽賀は口に手を添えながら笑っている。ここまで笑っている羽賀を見るのはひさしぶりだ。きっと、ひょうきんでドジな金髪さんというのが岡村だと分かったからだろう。
「そうだ、羽賀さん、有紗さん! 桃花さんが持ってきてくれたアルバムやDVDを見てみませんか? 昔の智也さんが見られますよ!」
「えっ、そうなの? あたし、DVDが観たい!」
「私は……今の氷室と適当に話すかな。気持ちが向いたら、過去の氷室の姿も見てみることにしよう」
ということで、女性陣はソファーでくつろいで、紅茶を飲みながら桃花ちゃんの持ってきてくれたホームビデオのDVDを鑑賞。男性陣はテーブルの方でコーヒーを飲みながらゆっくりすることに。
「羽賀、旅行のお土産だ。こっちの都合で遅くなってごめん。地酒と温泉饅頭だ。佐藤さんの分もあるから、すまないけど渡しておいてくれないか」
佐藤さんというのは、今月行った旅行で僕と美来が宿泊したホテルのチケットを譲ってくれた方だ。羽賀と同じく警察関係者である。
「分かった。佐藤さんには私から渡しておく」
「ああ、頼んだよ」
「……そういえば、今、思い出したが……よく2学期や3学期になると、母方の実家の方に帰省したと言っていたな」
「僕が小学生くらいのときはそうだったね。最後に泊まりに行ったのは……中学2年生の夏だったかな」
それで、その年の秋に遊園地で迷子になっていた美来と出会った。
「あははっ! 智也君、かわいい! 昔の方が元気だったんだね。やんちゃというか」
「今の智也さんからはちょっと想像できないですよね」
大人になってからの僕しか知らない人がDVDを見ると、昔の僕がちょっと信じられないようだ。
「そういえば、岡村がいたから当時はあまり思わなかったが、思い返せば小学生の頃の氷室はそれなりに元気だった気がする。あと、好きなことにはかなり没頭するタイプだったな。漫画やゲームとか」
「そうだったね」
昔はそれなりに元気だったって言われると、今はもう四六時中疲れているように聞こえてしまうんだけど。僕ってそんなに元気がなさそうに見えるのか?
「桃花ちゃん、大学生って言っていたよね」
「はい、そうです」
「そっかぁ。じゃあ、今は夏休み真っ只中なんだね。あたしもよく大学の夏休みは、友達やサークルの仲間と一緒に遊んだっけ」
いいなぁ、と有紗さんのため息が聞こえる。今、家の中にいる人の中でも最年長ということもあってか、かなりの年配者のように感じられる。
「智也君と久しぶりに会おうと思ってこっちに来たの? DVDの桃花ちゃんは仁実ちゃんっていう子と一緒に、智也君にかなり懐いているみたいだし」
「お兄ちゃん、昔からとても優しかったので。この前、誤認逮捕されたこともあって……お兄ちゃんが元気かどうか実際に会って確かめたくて」
釈放されたニュースも大々的に流れたけど、昔、一緒に遊んだ従妹としては実際に会って僕の様子を確かめたかったのだろう。
「でも、お兄ちゃんが元気そうで良かったです。しかも、美来ちゃんっていう可愛らしい将来の奥さんまでいて」
「……そっか。智也君はとても素敵な男性よ。だから、美来ちゃんと……智也君のことを争った。最終的には美来ちゃんを選んだけれど、彼と出会う前よりも今の方がよっぽど毎日が楽しいの。今でも彼のことを見るとドキドキして」
有紗さんのそんな言葉が耳に入って……こっちがドキドキしてくる。これまでの彼女の色々な姿を思い出したから。
そんな僕の姿を見たからか、羽賀はくすっと笑った。
「愛されているのだな、氷室は。美来さんだけでなく月村さんや恩田さんにも」
「……おかげさまで」
「岡村がこの状況を見たら羨ましがって、氷室の胸倉を掴みそうだが」
「それは……僕も容易に想像できたよ。そういえば、岡村とは全然会わないな。お土産を渡そうと思っているのに。こっちから行った方がいいのかな」
「彼に誘いの電話を入れたが、今日は用事があるようだ。ただ、あの声色だと……女性絡みだろうな」
「そっか」
何だかんだであいつはあいつなりに頑張っており、楽しんでいるみたいだ。お土産を渡すときにどんな状況なのか訊いてみることにしよう。
「ねえ、お兄ちゃん」
「うん? どうかした?」
「今なら、言えそうな気がする。私がここに来たもう一つの理由。実は夜中に何度か起きて……色々と考えていたの。それに、お兄ちゃんは仕事もあるから、日曜日中に話したいと思っていたから」
「そっか」
ゆっくりと話を聞くという意味では、今日中に話してくれるのは有り難いな。
「どうやら、恩田さんにも色々とあるようだな」
「ああ。僕と会う以外に理由があることは昨日の夜に聞いていたんだ」
「そうか。そうとなれば、彼女の話を聞こうではないか」
「そうだね」
羽賀と有紗さんなら……大丈夫だろう。それに、桃花ちゃんも2人なら大丈夫だと思って話そうと決めたんだと思う。
僕と羽賀は椅子から立ち上がって、ソファーに座っている桃花ちゃんのすぐ側まで向かう。
「お兄ちゃん、私ね……」
「……うん」
すると、桃花ちゃんは頬を染めて僕のことを見つめ、
「私……ひとみんのことが好きなの。彼女に告白するためにここに来たんだ」
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