アリア

桜庭かなめ

文字の大きさ
上 下
114 / 292
本編-ARIA-

第113話『選んだ、君の名は。』

しおりを挟む
 朝比奈美来。
 月村有紗。

 僕にとって、2人よりも好きになる人はきっと現れることはないだろう。一緒に人生を歩むなら、この2人のどちらかという前提で僕はずっと考えていた。逮捕され、拘留中も2人の顔を思い浮かべると心が救われた。2人は僕にとってかけがえのない存在だ。
 それでも、2人のうち、どちらかを選ばなければならない。僕は不器用だから、おそらく1人の女性を愛し抜くことで精一杯だと思う。どちらならより愛し抜けるか。そんなことをポイントにして、僕はたった1人の女性を選んだ。
 僕は共に人生を歩むと決めた女性の手をゆっくりと掴む。


「智也さん……」

「……美来。10年間、よく待ってくれたね。僕は美来からのプロポーズを受けます。僕からも言わせてほしい。僕と結婚してください」

「……ありがとうございます。ずっと待っていました。よろしくお願いします」


 美来はとても嬉しそうな表情を浮かべて、涙をこぼしていた。
 僕が選んだ女性は、朝比奈美来。
 10年前に出会った女の子。僕のことを10年間も好きで居続けてくれている女の子だった。

「どうして美来ちゃんを選んだのかな? あたしは、美来ちゃんを選ぶんじゃないかって薄々感じていたけど……」

 有紗さんはしんみりとした笑みを見せる。目の前で、自分ではなく美来を選んだことにショックを受けているはずなのに、それでも笑顔を見せてくれる有紗さんはとても心が強く広い方であると改めて思う。

「本当に迷いました。僕が結婚するなら、美来か有紗さんしかいないと思いました。ただ、この10年間を考えたとき、美来のことを段々と忘れてきていたことは事実なんですけど、10年前に助けた朝比奈美来という女の子に、僕はずっと支えられてきたのかなって思ったんです。10年前に美来と出会っていたから、今の僕があるような気がして」
「そうなんだ。そんな女の子とどっちにするか悩めるくらいに、あたしはなれていたんだ。凄く嬉しい。智也君と出会ったのは、美来ちゃんよりもずっと後なのに」
「有紗さんと出会ったのは去年で、2ヶ月前からは同じ現場で働く先輩としてずっと僕の側にいてくれましたもんね。有紗さんは時には厳しいですけど、優しいですし、可愛らしいですし。そんな人から好きだと言われたら、それは考えてしまいます。確実に言えることは、美来も有紗さんもどちらかとしか出会っていなかったら、絶対にその人が一緒にいたいと思える人だということです」

 仮に有紗さんとしか出会っていなかったら、有紗さんと確実に付き合っていたと思う。そのくらいに有紗さんも素敵な人だし、好きな気持ちも抱いている。

「そっか。美来ちゃんにした決め手とかはあったの? 10年ぶりの再会とか、いじめのことで一緒にいたとか。無実の罪で逮捕されたということもあったけれど……」
「色々ありましたれど、いじめとかストーカーとか僕が逮捕された事件を通して、美来のことを守りたい気持ちがどんどん強くなっていきましたね。10年前、遊園地で御両親とはぐれてしまって1人で泣いている美来の姿は今でも鮮明に覚えていて。特に拘留中、美来は当時のように1人で泣いているかもしれないって思いました。守らなきゃいけないというよりは、とにかく守りたいって気持ちの方が強かったです」

 だからこそ、逮捕されてしまったときにはとても悔しい想いを抱いた。無実の罪であっても、僕のせいで美来のことを泣かせてしまったかもしれないと。とても辛かった。

「智也君の話を聞いていると、10年って大きいんだね。積み重ねてきたものが、あたしよりも違うというか。きっと、美来ちゃんはあたしよりもずっと智也君のことを想ってきたんだよね。そうじゃなきゃ、結婚できる16歳まで待てないし、2度目のプロポーズもできないよ。あたしが選ばれなかったことに、もちろん悔しい気持ちもあるけど、美来ちゃんと渡り合えたことや智也君をここまで悩ませることができたことに、凄く誇らしく思えるし、嬉しいな」
「すみません、有紗さん……」
「いいの。それに、こんなに好きになれる人とは、たぶん二度と出会えないって思えるくらいに、あなたのことが好きになった。楽しい時間を過ごせた。本当にありがとう、智也君」
「いえ、こちらこそ……」

 有紗さんも僕のことが好きだと知った瞬間はとても驚いたけど、だからこそ温かく楽しい時間を過ごせたのもまた事実で。有紗さんには感謝している。

「もし、解雇が撤回されて、現場に復帰できたらまたよろしくね」
「はい、そのときはよろしくお願いします」
「残念なことにそれが叶わなくてもね」
「ええ」

 解雇が撤回され、有紗さんのいるあの現場に復帰できれば一番いいけど。どんな展開になろうと、有紗さんとは何かしらの関係を持ち続けると思う。

「何だか、あたしが色々と智也君に質問する形になっちゃったけれど、当の本人の美来ちゃんは……恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして俯いちゃってるね」

 そういえば、僕のプロポーズに対する返事を言ってから、美来は全然話してないな。

「……智也さんがそこまで私への想いを口にしてくれるのが嬉しくて。嬉しすぎて、恥ずかしくなってきちゃって……」

 まあ、2人への想いをこんなに話すのは初めてだからな。美来が恥ずかしくなってしまう気持ちも分かる。僕も恥ずかしくなってきたし。
 ようやく見えた美来の顔はとても赤く、嬉しそうな想いに満ちているように見えた。

「10年間、好きな気持ちを持ち続けて良かった。凄く嬉しいです。智也さん、これからもよろしくお願いします」

 そう言ったときの美来の表情は、10年前に僕へプロポーズをしてくれたときの表情によく似ていた。
 あのとき、幼かった女の子がここまで大きくなって。僕に対する好きな気持ちもどんどん大きくなっていったんだと思う。10年という歳月はそれだけ長かったんだ。

「美来ちゃん。智也君の隣に座って」
「はい」

 美来は有紗さんに言われたように僕の隣に座った。
 有紗さん、急にどうしたんだろう? 美来を僕の隣に座らせるなんて。

「2人には、新郎新婦の誓いをやってもらおうかな。結婚式みたいに」

 そう言うと、有紗さんは優しい笑みを浮かべた。
 新郎新婦の誓いなんて気が早いなと思ったけれど、美来も2回プロポーズしたし、さっき僕が美来にプロポーズ返しをしたんだよな。


「氷室智也さん。あなたは朝比奈美来さんを生涯愛することを誓いますか?」
「……誓います」

「朝比奈美来さん。あなたは氷室智也さんを生涯愛することを誓いますか?」
「誓います!」


 本当に結婚式のようだな。3人しかいないけど。
 僕と美来が互いに相手のことを生涯愛すると誓うと、有紗さんは「そっか」と小さく呟いた。そんな彼女の眼は潤んでいた。

「それでは、誓いのキスを」

 そこまでやるか……と思ったけれど、互いに愛することを誓ったら、キスするよな。これまで何度も美来とのキスを有紗さんに見られてきたけど、改めてキスするとなると何だか気恥ずかしい。
 僕と美来は向かい合って、

「美来、好きだよ」
「私も大好きです。智也さん」

 僕から美来にキスした。
 今日も美来の唇は柔らかく、温かく、優しかった。本当の結婚式でもないのに、僕は美来と結ばれたような気がした。

「おめでとう。智也君、美来ちゃん」

 有紗さんは涙を流しながら、僕らに拍手を送った。もしかしたら、今のことで自分の気持ちにけじめをつけたかったのかもしれない。

「2人とも幸せになってほしいっていう気持ちは本当にあるけれど、それを口にすると、しばらく会えない感じになっちゃうね」
「……そんな。私、もっと有紗さんとも楽しい時間を過ごしたいし、思い出も作っていきたいです」
「……ありがとう、美来ちゃん。気持ちの整理をしたいから……ちょっとの間、2人とは会わないかもしれないけれど、また2人のところに遊びに来るね。あと、2人がもし別れちゃったときには、あたしがすぐに智也君の恋人になるから。それは覚悟しておいてよね」

 美来と一生を共にするという僕の決断を受け入れながらも、僕に対する好きな気持ちがこれからもずっとあること。それが有紗さんの答えなのかもしれない。

「今日はもう帰るわね。あとは2人の時間をゆっくりと楽しんで。新しい関係になった2人の初めての夜を。またね」

 にっこりと笑って小さく手を振りながら、有紗さんは僕の家を後にするのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

JC💋フェラ

山葵あいす
恋愛
森野 稚菜(もりの わかな)は、中学2年生になる14歳の女の子だ。家では姉夫婦が一緒に暮らしており、稚菜に甘い義兄の真雄(まさお)は、いつも彼女におねだりされるままお小遣いを渡していたのだが……

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

処理中です...