アリア

桜庭かなめ

文字の大きさ
上 下
69 / 292
本編-ARIA-

第68話『黒幕候補』

しおりを挟む
 氷室が解決のために尽力したという美来さんの受けたいじめ。
 私も氷室からの話や報道などによって、大まかな内容は知っているが、真犯人を突き止めるためには詳しく知る必要がある。

「美来さん。氷室が逮捕されたことには、君が受けたいじめが大きく関わっていると考えている。辛いとは思うが、それについて私達に教えてくれるだろうか」
「それはかまいませんけど……羽賀さんはどのくらいのことまで知っていますか?」
「とりあえず、氷室から聞いた話や報道では、美来さんはクラスと部活でいじめを受けており、クラスの方でのいじめを学校側が隠蔽としようとしていた。それを一部の生徒がアンケートの写真や隠蔽に関わった教師の発言を録音したことを証拠に、組織的に行なわれた隠蔽の事実を氷室が突き止めた。そこまでは分かっている」
「そうですね。大まかに言えばそんな感じです。智也さんがいなければ、今頃、クラスでいじめは隠蔽されたままで世間に公表されず、隠蔽に関わった先生達は今も学校で普通に働いていたと思います」

 そういえば、報道で隠蔽を指示した校長と教頭、美来さんの担任が懲戒解雇処分になったと報道されていたな。しかし、生徒の方についてはまだ断定されておらず、アンケートや個別面談をしている最中だとか。

「氷室の話では、声楽部の方は顧問が誠実に対応していると聞いている。なので、真犯人はクラスのいじめに関わった人物であると考えているのだが、どうだろうか?」
「なるほどです。となると、真犯人の可能性があるのは5人ですね」
「ご、5人もいるのか……?」

 氷室は諸澄司と、いじめの中心となった女子生徒である佐相柚葉の2人だと言っていたのだが。ここからさらに3人、黒幕候補に挙がる人物が増えるのか。

「その5人とは誰なのか教えていただけるだろうか」
「はい。生徒2人に教職員3人です。生徒は諸澄司君に佐相柚葉さんです。諸澄君は羽賀さんもご存じの通り、私にストーカーをしていました。しかし、智也さんが私を守り、いじめも解決の方向に導いたことに恨みを持っているかもしれません。佐相さんはクラスで私をいじめる中心となった女子生徒です。智也さんと直接の面識がありますし、反省の姿勢も見せず、私に謝罪の言葉もないです」
「なるほど。その2人については氷室からも聞いている。美来さんも同じことを考えているか」
「……佐相。どこかで聞いたことがありますね……」

 浅野さんのその言葉が気になるが、腕を組んで考えている最中のようなので後で訊いてみることにするか。
 私も諸澄司が一番怪しいとばかり考えていて、佐相柚葉については全然考えていなかったな。

「2人については、智也さんから話を聞いていたんですね。では、教職員3人の方も聞いていますか?」
「いいえ。氷室は諸澄司と佐相柚葉の2人が怪しいと考えているようで、教職員のことは全然言っていなかった。……教職員は3人か。もしかして今回の一件で懲戒解雇された君のクラスの担任、月が丘高校の校長と教頭だろうか?」
「その通りです。さっきも言いましたが、智也さんさえいなければ、今も普通に学校で働いていたかもしれません。特に私の担任である後藤先生は、複数回の電話で智也さんにいじめのことで追及されていましたから……」
「なるほど……」

 確かに、氷室も美来さんの担任がいじめを隠蔽しようとしていたと何度も言っていたな。

「こちらとしては、氷室さんにはとても感謝しています。氷室さんがいなかったらどうなっていたのかと思う場面が何度もありましたし……」
「……氷室は他人第一のところもありますからね。困っている人がいると、いてもたってもいられなくなるといいますか」

 そんな性格の彼に私も何度か救われたことがある。もう少し、自分中心に考えてもいいような気はするが……いい意味でも悪い意味でも、氷室は昔から変わっていない。

「そんな氷室さんのことを、羽賀さんは好きなんですよね!」
「話を脱線させようとしないでくれませんか、浅野さん。氷室という男は、信頼できる親友の一人ですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「……そうなんですか」

 浅野さん、つまらなさそうな表情をしている。何に期待していたのか。

「話は戻りますが、担任の後藤先生、教頭の阿久津先生、校長の松坂先生にも智也さんを嵌める動機はあります」
「氷室さえいなければ、いじめの隠蔽に成功し、今も月が丘高校で仕事ができていたから、か。確かに氷室を嵌める動機としては十分か」

 2人だけだと思っていたのだが、倍以上の5人に増えてしまったか。黒幕はこの中の1人だけなのか、複数人が協力して氷室を逮捕させるように動いたのか。詳しく調べていかなければならないな。

「あああっ!」

 突然、浅野さんが大きな声を上げた。

「ど、どうしたんですか! いきなり大声を上げて……」
「佐相さんですよ! 同じ捜査一課にいる!」
「捜査一課の……あっ!」

 灯台下暗しとはこういうことを言うのか!
 捜査一課には人数がそれなりにいるし、関わったことのある警察官以外はあまり名前を覚えていなかったが……佐相という刑事がいたではないか!

佐相繁さそうしげるさんですか。確か彼は警視だったはず……」

 彼くらいの地位なら、警察内部で色々と働きかけることはできるはずだ。しかし、佐相という苗字はあまり聞いたことはないが、佐相柚葉さんと佐相繁警視が親子などの繋がりがあると確信はまだ持てない。

「美来さん。佐相柚葉さんの父親について聞いたことはあるか?」
「いえ、特には……」
「そうか」
「でも、何か関係がありそうなんですか?」
「私や浅野さんが所属する警視庁捜査一課には、佐相繁という警察官がいるのだよ。年齢も50歳前後だと思われる。高校生の娘がいてもおかしくはないだろう。彼の階級は警視。つまり、私よりも偉い立場にいる」
「ということはその刑事さんなら、無実の智也さんを逮捕するように動かすことができたと?」
「……そう考えている」

 しかし、それは佐相柚葉さんと佐相繁刑事が何らかの繋がりがあり、なおかつ、佐相柚葉さんが黒幕だった場合だ。一番ありそうなのは2人が親子という可能性だが。

「浅野さんは何か知っていませんか? 娘がいるとか……」
「いえ、特には……すみません、あまり役に立てなくて」
「そんなことはありません。浅野さんが佐相警視の名を挙げてくれたことで、一気に真相へと近づくことができる可能性が広がりました」

 美来さんが黒幕候補として挙げてくれた5人はいずれも民間人。無実の氷室を逮捕するように動かすには、警察関係者の協力が必要だ。つまり、真犯人と警察関係者の繋がりを明らかにしなければならないということだ。
 仮に佐相柚葉さんが真犯人で、その父親が佐相繁警視であるなら、娘を追い詰めた氷室のことを逮捕させるために、警察内部に口を利いたことも十分にあり得る。

「浅野さん、佐相警視についてはまだ可能性の段階です。警視庁に戻ったら、まずは佐相さんに高校生の娘がいるかどうかを訊いてみましょう」
「分かりました」

 これで、佐相警視と佐相柚葉さんの繋がりがあると分かれば、彼女が真犯人の筆頭候補になるか。仮にそうなったら、より慎重に捜査していなければならないが。
 ――プルルッ。
 誰かのスマートフォンが鳴っているようだ。私のスマートフォンではないようだが。

「私ですね。……月村さんからだ」

 美来さんはそう言って、電話に出る。月村さんから電話ということは、何か氷室のことであったのだろうか。

「お、落ち着いてください! そうなったのは月村さんがせいではないので……」
「どうかしたのか?」
「智也さんが会社を解雇されたって……」

 すると、美来さんはスマートフォンをテーブルの上に置いて、スピーカーホンにする。

『現場のメンバーには説得したから、これから抗議するつもりだけど……』

 そう言う中、時々、月村さんの嗚咽が聞こえてくる。おそらく、現場から何も発言できぬまま氷室の懲戒解雇が決定してしまったということか。

「テレビを点けますね」

 果歩さんがテレビを点けると、映っているのは氷室が逮捕されたことに関するニュース。そして、速報として字幕に出ていたのは、

『氷室智也容疑者が働く株式会社テクノロジーシステムズが、
 本日付で懲戒解雇処分としたことが明らかになった。夕方に記者会見の予定』

 という内容だった。会社側は氷室が逮捕されたことを受けて、社会的責任として彼に懲戒解雇処分を下したのだろう。これも真犯人の目的の1つなのだろうな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

学年一のイケメンに脅されて付き合うことになりました!

hayama_25
恋愛
ひょんなことから学年一のイケメンに弱みを握られて、渋々付き合うことになりました。初めはただの嫌な奴だと思っていたけど…

アニラジロデオ ~夜中に声優ラジオなんて聴いてないでさっさと寝な!

坪庭 芝特訓
恋愛
 女子高生の零児(れいじ 黒髪アーモンドアイの方)と響季(ひびき 茶髪眼鏡の方)は、深夜の声優ラジオ界隈で暗躍するネタ職人。  零児は「ネタコーナーさえあればどんなラジオ番組にも現れ、オモシロネタを放り込む」、響季は「ノベルティグッズさえ貰えればどんなラジオ番組にもメールを送る」というスタンスでそれぞれネタを送ってきた。  接点のなかった二人だが、ある日零児が献結 (※10代の子限定の献血)ルームでラジオ番組のノベルティグッズを手にしているところを響季が見つける。  零児が同じネタ職人ではないかと勘付いた響季は、献結ルームの職員さん、看護師さん達の力も借り、なんとかしてその証拠を掴みたい、彼女のラジオネームを知りたいと奔走する。 ここから第四部その2⇒いつしか響季のことを本気で好きになっていた零児は、その熱に浮かされ彼女の核とも言える面白さを失いつつあった。  それに気付き、零児の元から走り去った響季。  そして突如舞い込む百合営業声優の入籍話と、みんな大好きプリント自習。  プリントを5分でやっつけた響季は零児とのことを柿内君に相談するが、いつしか話は今や親友となった二人の出会いと柿内君の過去のこと、更に零児と響季の実験の日々の話へと続く。  一学年上の生徒相手に、お笑い営業をしていた少女。  夜の街で、大人相手に育った少年。  危うい少女達の告白百人組手、からのKissing図書館デート。  その少女達は今や心が離れていた。  ってそんな話どうでもいいから彼女達の仲を修復する解決策を!  そうだVogue対決だ!  勝った方には当選したけど全く行く気のしない献結啓蒙ライブのチケットをプレゼント!  ひゃだ!それってとってもいいアイデア!  そんな感じでギャルパイセンと先生達を巻き込み、ハイスクールがダンスフロアに。 R15指定ですが、高濃度百合分補給のためにたまにそういうのが出るよというレベル、かつ欠番扱いです。 読み飛ばしてもらっても大丈夫です。 検索用キーワード 百合ん百合ん女子高生/よくわかる献血/ハガキ職人講座/ラジオと献血/百合声優の結婚報告/プリント自習/処世術としてのオネエキャラ/告白タイム/ギャルゲー収録直後の声優コメント/雑誌じゃない方のVOGUE/若者の缶コーヒー離れ

私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。 柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。 そして… 柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編4が完結しました!(2024.8.2)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...