アリア

桜庭かなめ

文字の大きさ
56 / 292
本編-ARIA-

第55話『音声検証』

しおりを挟む
 午後4時半。
 僕達が美来の家に戻ると、小学校の授業が終わっていたからか、既に結菜ちゃんが家に帰ってきていた。結菜ちゃんはリビングで紅茶を飲みながらスマートフォンを見ている。その姿は何だか大人っぽい。

「あっ、おかえりなさい」
「ただいま、結菜。彼女、私のクラスメイトの絢瀬詩織ちゃん」
「そうなんだ。初めまして、美来お姉ちゃんの妹の朝比奈結菜です」
「初めまして、絢瀬詩織です。結菜ちゃん、美来ちゃんに似てかわいいなぁ」

 あまりにも可愛いと思ったのか、詩織ちゃんは結菜ちゃんのことを抱きしめている。その際に「もふもふ~」と呟いている。

「……あっ、ごめんなさい! 結菜ちゃんが凄く可愛くて思わずもふもふしちゃった」
「いえいえ、気にしないでください。詩織さんに抱かれて気持ち良かったので」

 なんて可愛くてピュアな世界なのだろうか。

「……美来ちゃん。結菜ちゃんを妹にほしいんだけど」
「ごめんね。結菜は私以外の妹にはなれない決まりになっているんだ」
「それは残念」

 詩織ちゃん、妹にしたいほど結菜ちゃんのことが好きになったのか。そんな詩織ちゃんの言葉を上手くかわす美来の妹愛もなかなかだ。

「ふふっ、もうあまりしなくなったけど、姉妹で喧嘩して結菜が家出したくなったときは、詩織ちゃんの家でお世話になればいいかもね」
「いい提案ですね、お母さん」

 そんなことが実際にあったら、詩織ちゃんはずっと結菜ちゃんのことをもふもふしていそうだな。
 ――プルルッ。
 僕のスマートフォンが鳴る。
 確認してみると、新着メールが1通。その送信者は『羽賀尊』となっている。

『諸澄司は素直に引き返してくれた。ただ、今回のことで、朝比奈さんのご自宅の最寄り駅が知られてしまったから、今後は駅周辺に行かない方がいいだろう』

 諸澄君、さすがに警察官の言うことに対しては素直に応じたということか。羽賀の言うとおり、しばらくは駅の方に行かないほうがいいだろう。

「詩織ちゃん、さっそく録音した内容を聞かせてくれるかな」
「いいですけど……美来ちゃんも聞く?」

 これから聞く内容は、アンケートを実施する際に、いじめはなかったと書くように促す後藤さんの話だ。言葉によっては、美来の心を深く傷つけてしまうかもしれない。

「大丈夫だよ。聞いてみたい。どんなことがあったのか知りたいし」
「……分かった。でも、無理しないでね」

 僕達はソファーに腰を下ろす。僕の隣に座っている美来は僕の手をぎゅっと握っていた。
 詩織ちゃんは制服のポケットから、スマートフォンを出し色々と操作をしてから、テーブルの上に置く。

「では、再生しますね」

 詩織ちゃんが再生ボタンを押すと、ざわざわとした音が聞こえてきた。おそらく、いじめのアンケートを実施することになったから、生徒達が話しているんだろう。

『アンケート用紙は全員に行き渡ったか?』

 後藤さんの声だ。音が多少こもってはいるけれど、誰がどんなことを言っているか判別するには充分だ。
 何人かの生徒から「来てます」という返事が聞こえる。

『朝比奈さんはいじめがあったと言っているが、先生はいじめがなかったと思っている。だから、いじめはないとアンケートには書いてほしい』

 ここまでストレートにいじめはないとアンケートに書けと言っていると、怒りを通り越して呆れてしまう。どういう考えを持っていれば、こういうことをさらりと言えてしまうのだろうか。

『アンケートは形として残る。後で面倒なことになりたくないなら、どういう風に書けばいいのか……この学校に入学できたお前達なら分かるよな?』

 これはモロに圧力を掛けてきているな。おそらく、後藤さんも詩織ちゃんのようにいじめの場では何も言えなかったものの、アンケートには事実を書く生徒がいると危惧して言ったのだろう。

『あと、このことは誰にも話すんじゃないぞ。話したら、みんなもこの学校にはいられなくなるからな』

 というところで、録音が終わっていた。
 これは……決定的な証拠だな。後藤さんが、アンケートにはいじめはないという記述をするように圧力を掛けている。

「これが録音した内容の全てです。本当だったら、もっと録音した方がいいと思ったんですが、後藤先生があんなことを言っていたので、アンケート内容の写真を撮った方がいいと思って、その機会を伺うことにしたんです」
「それは英断だったと思うよ、詩織ちゃん」
「無記名だったので、写真に撮った回答で提出しました。ただ、筆跡とかでその回答を書いたのが私なのは、いずれ分かってしまうと思います」

 それでも、詩織ちゃんはいじめの内容を詳細に記述して提出した。そして、後藤先生の発言を録音し、アンケートの自身の回答を写真に撮っておいた。今の僕らにとって、詩織ちゃんの行動力には頭が上がらない。

「ありがとう、詩織ちゃん。この録音データと美来に送ってくれた写真があれば、アンケートに不正があったと証明できるよ」
「……少しでも、状況が改善するのであれば嬉しいです。私にはこのくらいしかできませんでした。早くこのことを知らせた方がいいと思っていました。そんな中で美来ちゃんから、アンケートのことについてメッセージを受け取ったので、例の写真を送ったんです」
「そうだったんだね」

 詩織ちゃんその判断は正しいだろう。アンケートは誰が書いたのかいずれバレる恐れがあるなら、早くこのことを誰かに伝えた方がいい。

「……ごめんなさい。私、お手洗いに行ってきますね」

 そう言う美来は今にも眼から涙がこぼれ落ちそうだった。泣く姿を見られたくないのか、足早にリビングを後にした。

「許せないよ! こんなことを言う先生も、お姉ちゃんをいじめた人達も……」

 結菜ちゃんは大きな声で怒りを口にする。美来の悲しげな様子を見て、より強い怒りを抱いているんだろう。

「落ち着きなさい、結菜」
「だって、今の話を聞いたら、後藤っていう担任の先生だって、お姉ちゃんをいじめているようなものじゃない! 面倒だとか言って……」
「結菜の気持ちは痛いほどに分かるわ。お母さんだって同じ気持ちよ……」

 結菜ちゃんの言うとおりだ。本人がいないからって、美来の受けたいじめを「面倒なこと」と言って、それを適当に流そうにしていることが伺える。結菜ちゃんが先生もいじめていると捉えるのも頷ける。
 僕も今の録音内容を聞いて、当然怒りを覚える。しかし、僕ぐらいは冷静でいないと。感情だけで事を進めようとしたら、再び学校側の思う壺になってしまうかもしれない。

「詩織ちゃん、美来のために本当にありがとう。あとは僕達が絶対に何とかするから」
「……お願いします」

 詩織ちゃんが頑張って収集してくれた情報を基に、後藤さんに対する反論をしっかりと考えていかないと。
 ――プルルッ。
 家の電話が鳴っている。まさかとは思うけれど、学校からか?

「学校からです」

 前回の電話から3時間くらいしか経っていないぞ。この短い時間の中で何が分かったというのだろうか。

「詩織ちゃんは声を出さないでね」
「……はい」

 スマートフォンで録音の準備ができてから、果歩さんに通話に出てもらう。

「はい、朝比奈ですが」
『月が丘高等学校の後藤です。お世話になっております』
「お世話に……なっております」

 果歩さんは震えるほどに右手を強く握っている。
 やはり、相手は後藤さんか。おそらく、美来が名を挙げた生徒への個人面談をしたけれど、本人達はいじめなんてしないと言っている、ということを伝えてくるんじゃないかな。

『おや、氷室さんはいないのですか? 彼に伝えたいことがあるのですが……』
「すぐに代わりますね。氷室さん」
「……ええ」

 このタイミングで後藤さんから電話がかかってきたのは予想外だけど、こうなったらここで彼に釘を刺してやろうじゃないか。事実に勝る嘘なんてないんだと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

人生の攻略本を拾いました~彼女の行動がギャルゲー感覚で予測できるので、簡単にハーレム……とおもいきや誰かが死んでしまうらしい~

星上みかん(嬉野K)
恋愛
ギャルゲーマスターに攻略本を与えた結果。 この作品は、 【カクヨム】 【ノベルアップ+】 【アルファポリス】 に投稿しております。 ☆ 会話が苦手で、女性と楽しく話すなんて縁がない主人公。 ある日『人生の攻略本』と書かれた本を拾う。その本には学校でもトップクラスの美少女4人の攻略法が示されていた。まるで未来予知のように、彼女たちの行動が示されていたのである。 何を言えば好感度が上がるのか。どの行動をすれば告白されるのかまで、詳しく書かれていた。 これを使えば簡単に彼女およびハーレムが作れる、と浮足立つ主人公。 しかし攻略本を読み進めていくと、どうやらとあるキャラクターが死んでしまうようで。 その人の死は回避したい。しかし誰が死んでしまうのかはわからない。 ということで、全員と仲良くならないといけない。 仕方がなく、やむを得ず、本意ではないけれどハーレムを作ることになってしまう。 あくまでも人命救助に必要なだけですよ。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の低田悠真のクラスには『高嶺の花』と呼ばれるほどの人気がある高嶺結衣という女子生徒がいる。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正な高嶺さんは男女問わずに告白されているが全て振っていた。彼女には好きな人がいるらしい。  ゴールデンウィーク明け。放課後にハンカチを落としたことに気付いた悠真は教室に戻ると、自分のハンカチの匂いを嗅いで悶える高嶺さんを見つける。その場で、悠真は高嶺さんに好きだと告白されるが、付き合いたいと思うほど好きではないという理由で振る。  しかし、高嶺さんも諦めない。悠真に恋人も好きな人もいないと知り、 「絶対、私に惚れさせてみせるからね!」  と高らかに宣言したのだ。この告白をきっかけに、悠真は高嶺さんと友達になり、高校生活が変化し始めていく。  大好きなおかずを作ってきてくれたり、バイト先に来てくれたり、放課後デートをしたり、朝起きたら笑顔で見つめられていたり。高嶺の花の高嶺さんとの甘くてドキドキな青春学園ラブコメディ!  ※2学期編4が完結しました!(2025.8.4)  ※お気に入り登録や感想、いいねなどお待ちしております。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...