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本編-ARIA-
第1話『さつき』
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みくちゃんと出会ったあの日から10年。
IT関係の中小企業・株式会社テクノロジーシステムズに入社した僕は、2年目の社会人生活を送っていた。今年の4月から、国内有数のIT企業である株式会社SKTTの協力会社の社員として派遣されている。
5月13日、金曜日。
ゴールデンウィーク明けのこの時期、僕は五月病になるかと思いきや、週明けから度重なる業務があったからか月曜日が終わったときには、大型連休明け特有のだるさがすっかりとなくなっていた。その代わり、仕事の疲れはあるけれど。
ただ、今日は金曜日。今日さえ終われば連休に入る。
先月から新入社員の歓迎会や、今の現場に異動した僕の歓迎会など……金曜日になると必ず飲み会をやっていた。だから、今日は久しぶりに何もなく家に帰ることができるのだ。定時に終われるように頑張って、今日はさっさと帰ることにしよう。
「何だか今日は元気そうね、智也君。金曜日だから?」
そう声をかけてくる女性は、僕の1年先輩である月村有紗さん。赤髪のワンサイドアップが印象的な可愛らしい女性だ。僕よりも半年前にこのチームに入っている。技術的なことはもちろんのこと、お客様とのコミュニケーションの取り方など、あらゆることを彼女から教わっている。
「そうですね。今日は久しぶりに真っ直ぐ帰れそうなので」
「ゴールデンウィークでお休みになった日以外は、新年度になってからずっと金曜日は飲み会が入っていたもんね」
「ええ。まあ、たまには真っ直ぐ帰ってゆっくりできればいいなと思って」
口ではそう言うけれど、本音としては飲み会自体があまり好きじゃない。同期や有紗さんのようなすぐ上の先輩、学生時代の友人と呑むことは好きなんだけど。
「そっか。あたしも呑むことは好きだけれど、金曜日は早く仕事を切り上げて家でゆっくりしたいわよね」
「……そう言ってくれる先輩が隣に座っていると心強いですよ」
一番近い先輩が常に隣にいるのは安心できる。
僕や有紗さんのいるチームは、お客様である株式会社SKTTが提供するサービスを技術的に支援する。
僕や有紗さんが担当するのは販売管理システムに導入する資料作り。また、その作業を高速化するためのプログラムを作っている。
スケジュール的にゴールデンウィーク明けの今週は、複数の提出物の〆切が連続していたのでかなり大変だった。でも、それらを全て〆切内に提出できたので、緊急の案件が入らなければ、定時で帰ることができるはずである。
「提出しないといけない資料は昨日までに全て終わったから、今日はプログラムの勉強をしよっか。いずれは智也君にもソースコードの編集を頼むことになるだろうから、コードを読んでいくのがいいかな。もちろん、今までの復習でもかまわないから。分からないことがあったらあたしに訊いてね。あたしの方が訊くかもしれないけれど」
「分かりました」
異動してから約1ヶ月。僕は主にこのチームでの業務に必要な知識を勉強している。分からないことは有紗さんに訊いて、逆に有紗さんの方が僕に技術的なことで訊いてくることもあるので、有紗さんと一緒に勉強している感覚が強い。
「ねえ、智也君」
「なんですか?」
「来週の金曜日、あたしと2人きりで呑まない? 今まで飲み会はあっても、智也君とゆっくりと呑むことはできなかったじゃない。もちろん、あたしが奢るからさ」
質問かと思いきや呑みの誘いか。
「そうですね……」
スケジュール帳を確認すると、来週の金曜日の5月20日は……何も予定はないな。有紗さんとなら楽しく呑めそうだし、奢ってくれるなら。
「いいですよ。来週の金曜日は空いてますので」
「うん! じゃあ、来週の金曜日に一緒に呑もうか」
有紗さんは嬉しそうな表情を浮かべて、卓上カレンダーの5月20日のところに『呑み』と赤い字で書き込んでいた。そんなに僕と呑みたかったのかな。
これまでの呑み会で知ったことだけれど、有紗さんのことが気になっている独身の男性社員が結構多いとか。確かに、彼女は可愛らしいし、明るいし、しっかりしているし、仕事もできる人だから人気になるのは必然なのかも。この前、昼休みにSKTTの方とバッタリ会ったときにも、有紗さんのことを色々と訊かれたし。
ただ、隣に座って1ヶ月も一緒に仕事をしていると、彼女のおっちょこちょいなところだったり、初歩的なことで僕に質問してくることもあったりと周りのイメージとはかなり違うことが分かる。
「智也君、今、あたしのことで失礼なこと考えてたでしょ」
「……そんなことないですよ」
「今の間はなあに?」
「いや、その……有紗さんって第一印象は頼れるお姉さんだったんですけど、実際にこうして一緒に仕事をすると、可愛い妹みたいだなって思っただけです」
何を言っているんだろうな、僕。姉妹はいないのに。
ただ、先輩なのに目の離せない妹のような感じだというのは本当。だからか、有紗さんについては異性として気になるというよりも、仕事の仲間としてどうしても気になってしまう存在だ。
「何よ、もう……」
有紗さんは不機嫌そうに頬を膨らます。
「だけど、ちょっと嬉しいかも。妹か……」
まさか、嬉しいと言われるとは。女心は……分からないものだなぁ。仕事以外ではあまり女性と話したことのない僕にとっては尚更のこと。
時にはそんな雑談をしながら、今日は何事もなく勉強に費やすことができた。勉強できるのは有り難いことだ。
今日は定時である午後6時に仕事が終わり、有紗さんと一緒に職場を後にする。帰る方向が一緒なので、途中まで有紗さんと一緒に電車に乗る。
「ゴールデンウィーク明けの1週間、お疲れ様」
「お疲れ様です、有紗さん」
「やらなきゃいけないことがたくさんあったから、本当に1週間が早く感じたよ」
「そうですね。そのおかげで、5月病になりませんでした」
「それどころじゃなかったもんね。でも、疲れが溜まっているように見えるから、土日はゆっくりと休みなさい」
「ええ、そうしたいと思います」
1人暮らしをしているので、平日にあまりできなかった家事をすることになる。1人暮らしも慣れ始めたので、そんな苦ではないけれど。特に料理は結構好んでする。
自宅の最寄り駅よりも3つ手前の駅で、有紗さんは下車する。
「お疲れ様、智也君」
「お疲れ様でした。また月曜日に」
扉が閉まり、発車するまで有紗さんが手を振って見送ってくれる。これが毎日、彼女と別れるときの決まりになっていた。
有紗さんと別れて数分後、最寄り駅に到着する。僕の住むアパートまでは徒歩10分ほどのところにある。
アパートまでの間にあるコンビニで、夕食後のデザートにとエクレアと缶コーヒーを買った。学生時代から金曜の帰りには必ずスイーツを買うようになっており、社会人になってからは1週間の中でも一番の楽しみになっていた。
「夕ご飯は何にしようか……」
確か、冷蔵庫には豚肉、人参、キャベツ、もやしがあったから……肉野菜炒めにしよう。そうしよう。
アパートに近づく度に、人も段々と少なくなっていく。この静かな空気がとても好きだ。人が多く、ざわつくこともあるう職場はいつも緊張感があるから。今日も仕事が終わったんだと安心できる。
僕の住むアパートの入り口まで到着し、僕の部屋の前まで行こうとしたとき─―。
「あの子は……誰だ?」
玄関の前に、制服姿の女の子が立っていた。
パッと見た感じ、有紗さんよりも背が高い。セミロングの金髪だからか、僕は自然と10年前に出会ったみくちゃんのことを思い出してしまう。
「まさか。いや、まさか……」
10年前に出会ったみくちゃんは可愛らしい印象が強かったけど、今、玄関の前にいる女の子は綺麗さと可愛さが両立していて。でも、よく見てみると、みくちゃんの面影が残っていた。
「みくちゃん、なのか……?」
僕はそう言うと、女の子の目の前まで近づいた。
すると、女の子は僕の顔を見てにっこりと笑った。
「お久しぶりです。朝比奈美来です。10年ぶりですね、氷室智也さん。私のことを覚えていてくれて嬉しいです」
やっぱりそうなんだ。目の前にいる女の子は10年前に出会ったみくちゃんなんだ。信じられない気持ちでいっぱいだった。
みくちゃんは僕の右手を両手で優しく掴む。
「先月で私、結婚できる16歳になりました。ですから、智也さんに会いに来ました。智也さんのことが大好きです。私と……結婚してください」
10年ぶり、2度目のプロポーズを同じ女の子にされるのであった。
IT関係の中小企業・株式会社テクノロジーシステムズに入社した僕は、2年目の社会人生活を送っていた。今年の4月から、国内有数のIT企業である株式会社SKTTの協力会社の社員として派遣されている。
5月13日、金曜日。
ゴールデンウィーク明けのこの時期、僕は五月病になるかと思いきや、週明けから度重なる業務があったからか月曜日が終わったときには、大型連休明け特有のだるさがすっかりとなくなっていた。その代わり、仕事の疲れはあるけれど。
ただ、今日は金曜日。今日さえ終われば連休に入る。
先月から新入社員の歓迎会や、今の現場に異動した僕の歓迎会など……金曜日になると必ず飲み会をやっていた。だから、今日は久しぶりに何もなく家に帰ることができるのだ。定時に終われるように頑張って、今日はさっさと帰ることにしよう。
「何だか今日は元気そうね、智也君。金曜日だから?」
そう声をかけてくる女性は、僕の1年先輩である月村有紗さん。赤髪のワンサイドアップが印象的な可愛らしい女性だ。僕よりも半年前にこのチームに入っている。技術的なことはもちろんのこと、お客様とのコミュニケーションの取り方など、あらゆることを彼女から教わっている。
「そうですね。今日は久しぶりに真っ直ぐ帰れそうなので」
「ゴールデンウィークでお休みになった日以外は、新年度になってからずっと金曜日は飲み会が入っていたもんね」
「ええ。まあ、たまには真っ直ぐ帰ってゆっくりできればいいなと思って」
口ではそう言うけれど、本音としては飲み会自体があまり好きじゃない。同期や有紗さんのようなすぐ上の先輩、学生時代の友人と呑むことは好きなんだけど。
「そっか。あたしも呑むことは好きだけれど、金曜日は早く仕事を切り上げて家でゆっくりしたいわよね」
「……そう言ってくれる先輩が隣に座っていると心強いですよ」
一番近い先輩が常に隣にいるのは安心できる。
僕や有紗さんのいるチームは、お客様である株式会社SKTTが提供するサービスを技術的に支援する。
僕や有紗さんが担当するのは販売管理システムに導入する資料作り。また、その作業を高速化するためのプログラムを作っている。
スケジュール的にゴールデンウィーク明けの今週は、複数の提出物の〆切が連続していたのでかなり大変だった。でも、それらを全て〆切内に提出できたので、緊急の案件が入らなければ、定時で帰ることができるはずである。
「提出しないといけない資料は昨日までに全て終わったから、今日はプログラムの勉強をしよっか。いずれは智也君にもソースコードの編集を頼むことになるだろうから、コードを読んでいくのがいいかな。もちろん、今までの復習でもかまわないから。分からないことがあったらあたしに訊いてね。あたしの方が訊くかもしれないけれど」
「分かりました」
異動してから約1ヶ月。僕は主にこのチームでの業務に必要な知識を勉強している。分からないことは有紗さんに訊いて、逆に有紗さんの方が僕に技術的なことで訊いてくることもあるので、有紗さんと一緒に勉強している感覚が強い。
「ねえ、智也君」
「なんですか?」
「来週の金曜日、あたしと2人きりで呑まない? 今まで飲み会はあっても、智也君とゆっくりと呑むことはできなかったじゃない。もちろん、あたしが奢るからさ」
質問かと思いきや呑みの誘いか。
「そうですね……」
スケジュール帳を確認すると、来週の金曜日の5月20日は……何も予定はないな。有紗さんとなら楽しく呑めそうだし、奢ってくれるなら。
「いいですよ。来週の金曜日は空いてますので」
「うん! じゃあ、来週の金曜日に一緒に呑もうか」
有紗さんは嬉しそうな表情を浮かべて、卓上カレンダーの5月20日のところに『呑み』と赤い字で書き込んでいた。そんなに僕と呑みたかったのかな。
これまでの呑み会で知ったことだけれど、有紗さんのことが気になっている独身の男性社員が結構多いとか。確かに、彼女は可愛らしいし、明るいし、しっかりしているし、仕事もできる人だから人気になるのは必然なのかも。この前、昼休みにSKTTの方とバッタリ会ったときにも、有紗さんのことを色々と訊かれたし。
ただ、隣に座って1ヶ月も一緒に仕事をしていると、彼女のおっちょこちょいなところだったり、初歩的なことで僕に質問してくることもあったりと周りのイメージとはかなり違うことが分かる。
「智也君、今、あたしのことで失礼なこと考えてたでしょ」
「……そんなことないですよ」
「今の間はなあに?」
「いや、その……有紗さんって第一印象は頼れるお姉さんだったんですけど、実際にこうして一緒に仕事をすると、可愛い妹みたいだなって思っただけです」
何を言っているんだろうな、僕。姉妹はいないのに。
ただ、先輩なのに目の離せない妹のような感じだというのは本当。だからか、有紗さんについては異性として気になるというよりも、仕事の仲間としてどうしても気になってしまう存在だ。
「何よ、もう……」
有紗さんは不機嫌そうに頬を膨らます。
「だけど、ちょっと嬉しいかも。妹か……」
まさか、嬉しいと言われるとは。女心は……分からないものだなぁ。仕事以外ではあまり女性と話したことのない僕にとっては尚更のこと。
時にはそんな雑談をしながら、今日は何事もなく勉強に費やすことができた。勉強できるのは有り難いことだ。
今日は定時である午後6時に仕事が終わり、有紗さんと一緒に職場を後にする。帰る方向が一緒なので、途中まで有紗さんと一緒に電車に乗る。
「ゴールデンウィーク明けの1週間、お疲れ様」
「お疲れ様です、有紗さん」
「やらなきゃいけないことがたくさんあったから、本当に1週間が早く感じたよ」
「そうですね。そのおかげで、5月病になりませんでした」
「それどころじゃなかったもんね。でも、疲れが溜まっているように見えるから、土日はゆっくりと休みなさい」
「ええ、そうしたいと思います」
1人暮らしをしているので、平日にあまりできなかった家事をすることになる。1人暮らしも慣れ始めたので、そんな苦ではないけれど。特に料理は結構好んでする。
自宅の最寄り駅よりも3つ手前の駅で、有紗さんは下車する。
「お疲れ様、智也君」
「お疲れ様でした。また月曜日に」
扉が閉まり、発車するまで有紗さんが手を振って見送ってくれる。これが毎日、彼女と別れるときの決まりになっていた。
有紗さんと別れて数分後、最寄り駅に到着する。僕の住むアパートまでは徒歩10分ほどのところにある。
アパートまでの間にあるコンビニで、夕食後のデザートにとエクレアと缶コーヒーを買った。学生時代から金曜の帰りには必ずスイーツを買うようになっており、社会人になってからは1週間の中でも一番の楽しみになっていた。
「夕ご飯は何にしようか……」
確か、冷蔵庫には豚肉、人参、キャベツ、もやしがあったから……肉野菜炒めにしよう。そうしよう。
アパートに近づく度に、人も段々と少なくなっていく。この静かな空気がとても好きだ。人が多く、ざわつくこともあるう職場はいつも緊張感があるから。今日も仕事が終わったんだと安心できる。
僕の住むアパートの入り口まで到着し、僕の部屋の前まで行こうとしたとき─―。
「あの子は……誰だ?」
玄関の前に、制服姿の女の子が立っていた。
パッと見た感じ、有紗さんよりも背が高い。セミロングの金髪だからか、僕は自然と10年前に出会ったみくちゃんのことを思い出してしまう。
「まさか。いや、まさか……」
10年前に出会ったみくちゃんは可愛らしい印象が強かったけど、今、玄関の前にいる女の子は綺麗さと可愛さが両立していて。でも、よく見てみると、みくちゃんの面影が残っていた。
「みくちゃん、なのか……?」
僕はそう言うと、女の子の目の前まで近づいた。
すると、女の子は僕の顔を見てにっこりと笑った。
「お久しぶりです。朝比奈美来です。10年ぶりですね、氷室智也さん。私のことを覚えていてくれて嬉しいです」
やっぱりそうなんだ。目の前にいる女の子は10年前に出会ったみくちゃんなんだ。信じられない気持ちでいっぱいだった。
みくちゃんは僕の右手を両手で優しく掴む。
「先月で私、結婚できる16歳になりました。ですから、智也さんに会いに来ました。智也さんのことが大好きです。私と……結婚してください」
10年ぶり、2度目のプロポーズを同じ女の子にされるのであった。
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