アドルフの微笑

桜庭かなめ

文字の大きさ
上 下
42 / 75

第41話『気になっていること』

しおりを挟む
 喫茶店・いぶにんぐで昼食を食べ終わった俺達は、ショッピングモールの近くにあるカラオケ屋さんへと向かう。そこは咲夜オススメのカラオケ店で、機種によってはマニアックな楽曲まで歌うことができるそうだ。また、とても広い部屋がたくさんあるのだとか。
 カラオケ屋さんに到着すると、今日で1学期が終わる高校が多いのか、フロントには夕立高校以外の制服を着た人が結構いる。
 4人で初めて来たし、明日から夏休みなのでたっぷりと歌おうという咲夜の提案で、俺達はフリータイムドリンクバー付きのプランを選んだ。フロントに学生が結構いるので空室があるか不安だったけれど、カラオケの機種によっては今すぐに利用できる部屋があるので、俺達はそれを利用することにした。
 また、フリータイムは午後8時までなので、さっそく母さんのスマホに8時過ぎになりそうだとメッセージを送っておいた。
 ドリンクバー用のグラスを持って、俺達は今日利用する部屋へと向かう。

「あたし達が歌う部屋はここですね」

 そう言って、咲夜はゆっくりと扉を開ける。
 4人で利用するには十分すぎるほどの広さの部屋だな。正面にはモニターがあり、今は何も操作していないからか、女性アイドルグループの新曲のミュージックビデオが映されている。
 マイクや曲入力用の機械の置いてあるテーブルを挟む形で、両側の壁に長めのソファーがある。とりあえずは喫茶店のときと同じように、咲夜と紗衣、麗奈先輩と俺で座ることにした。

「結構広い部屋だね、咲夜ちゃん」
「そうですね。小学校の高学年くらいから友達とカラオケに行くようになったんですけど、部屋が広くて、ドリンクの種類も多いので絶対にここに来ていました」
「そうなんだ」
「うちの地元の清田にもカラオケボックスはあるけれど、こんなに広い部屋に入ったことはないな。そういえば、颯人と一緒にカラオケに来るのってひさしぶりだよね」
「そうだな。中学以降は行ってないと思うから、少なくとも3年は経ってるな」
「そうだよね。ただ、最後に行ったときは声があまり低くなかったよね」
「ああ」

 紗衣と最後に来たのは、俺が声変わりをする前だったか。そう考えると、随分と来ていなかったのだと実感する。あと、そのときのことを覚えていてくれるのは嬉しいな。

「颯人君って低めの声だし、曲によってはかなり味わい深く聞こえそう」
「それ分かる! 紗衣ちゃん、はやちゃんってお歌は上手なの?」
「当時は小学生でしたけど、結構上手だと思いましたね。今の声になってから颯人の歌声は全然聴いていないので楽しみです」
「私も今の話を聞いてより楽しみになったよ!」
「あたしも聞いてみたいな、颯人君の歌声」

 咲夜と麗奈先輩は目を輝かせながら俺のことを見てくる。
 そこまで期待されると緊張してしまうな。ただ、玄米法師さんなど歌ってみたい曲はたくさんあるので楽しんで歌うことにするか。

「分かりました。ただ、まずはドリンクを持ってきましょう」

 俺達は部屋の近くにあるドリンクバーコーナーで、各々の好きな飲み物をグラスに注ぐ。咲夜の言う通り種類が豊富だな。俺はジンジャーエールにした。
 そういえば、昔、小雪が俺にブレンドジュースだって言って、コーラとメロンソーダとオレンジジュースを混ぜたヤツを作ってくれたな。凄く甘かったのを覚えている。オレンジの酸味があったから飲みきることができたけど。
 部屋に戻ると、俺はさっそく歌を歌い始める。紗衣から、自分も俺も好きな玄米法師さんの曲を歌ってほしいというリクエストがあったので、俺は『Melon』を歌うことに。
 玄米法師さんの『Melon』という曲は、悲しげな雰囲気のバラード曲。ただ、去年発売されたときから現在までヒットし続けており、カラオケでもチャート1位を取り続けている人気曲。だからか、3人とも笑みを浮かべながら聴き入っていた。

「……ありがとう」

 俺が歌い終わると、3人は拍手を送ってくれた。
 ひさしぶりにカラオケに来たけれど、こうやってしっかり歌うと気持ちがいいな。

「颯人君、上手だね!」
「スマホで録音しておいて良かったよ!」

 麗奈先輩、いつの間に録音していたんだか。上手だと言ってくれるのは嬉しいけれど、それが残るというのは恥ずかしいな。本人が幸せそうなので消せとは言わないが。

「昔より上手になってるね。声が低くなったからか、玄米法師さんの曲にピッタリだ」
「玄米さんも歌声が低いからな」
「あたしも玄米さんの曲で好きな曲が多いから、颯人君に色々と歌ってほしいかも」
「ふふっ、そうだね。私も玄米さんの曲は何曲か知ってるよ」

 麗奈先輩も玄米法師さんの曲を知っているのか。嬉しいな。
 俺はジンジャーエールを一口飲む。1曲歌ったからかとても美味しく感じるな。

「あの、颯人に麗奈会長」

 紗衣は俺達と名前を呼ぶと、グラスに入ったレモンティーを一口飲み、真剣な様子で俺達のことを見てくる。

「何かな、紗衣ちゃん」
「……ここにいるのが私達だけなので訊きますけど、先週末に颯人が麗奈会長の家に遊びに行ったとき、何かありましたか? 喫茶店で一口交換しようっていう話になったときの2人の様子が気になって……」
「ええと……」
「そ、そうだね……」

 麗奈先輩と目を合わせると、彼女は可愛らしくはにかむ。
 思い返せば、一口交換するときの麗奈先輩の顔は赤かった。俺も顔が熱くなっていたし、普段とは違う様子だったのだろう。あと、先週末に麗奈先輩の家に遊びに行ったと話したから、そのときに何かあったんじゃないかと考えるのは当然か。

「紗衣ちゃん、そんなことを考えていたんだ。あたしはてっきり、颯人君と一口交換するのは初めてで恥ずかしいのかなって。あたしもタピオカドリンクを交換したときは……ちょっと待って」

 咲夜はそう言うと、段々と赤くなっていき、俺と麗奈先輩のことを交互に見るようになる。タピオカドリンクを一口交換したときの咲夜と今日の麗奈先輩は同じような状況か。

「もしかして、会長さん……颯人君とキスしました?」

 咲夜にそう言われると、全身に衝撃が走り、体がビクついてしまった。

「……そ、そうです。はやちゃんとキスしました」

 麗奈先輩は頬を真っ赤にして、咲夜と紗衣のことを見ながらそう言った。

「はやちゃんのことが好きだって2人に伝えているけれど、キスのことを思い出すと凄くドキドキして。恥ずかしくなって、今まで言うことができなかったの。ごめんなさい」
「俺も同じような感じだ。恥ずかしくて言えなかった。自分一人だけじゃなくて、麗奈先輩とのことでもあるから、勝手に言うのも良くないと思ったのもある。今まで言わなくてすまなかった」
「い、いいんだよ! キスのことを思い出すとドキドキしちゃうっていう気持ち、あたし凄く分かるから……」
「咲夜は事情があったとはいえ、颯人とキスした経験があるもんね」

 紗衣は優しげな笑みを浮かべながら、恥ずかしがる咲夜の頭を優しく撫でた。

「……それにしても、麗奈会長は颯人とキスしたんですね」

 そっか……と紗衣は長く息を吐く。隣で悶える咲夜も影響してか、紗衣の笑みは落ち着いていている印象があるけれど、どこか寂しそうにも見えた。

「は、はやちゃんの口は柔らかくて、優しかったです!」

 絶叫とも言えるような大きな声で麗奈先輩はそう言う。咲夜の恥ずかしさがうつったのか顔の赤みがさっきよりも強くなっている。

「わ、分かっちゃいます。だからこそより恥ずかしいです……」
「ご、ごめんね、咲夜ちゃん」
「私からも謝るよ。ごめんね。ただ、気になっていることが分かってスッキリしました。2人とも、教えてくれてありがとうございます」

 確かに、気になったことが分かってスッキリしたようには見えるけれど、さっきの寂しげな笑みを見せられると本当にスッキリしているとは思えない。

「せっかくカラオケに来たんですから、たくさん歌いましょうよ」
「そ、そうだね! 咲夜ちゃん、一緒に何か歌わない?」
「……も、もうちょっと気持ちが落ち着いたら一緒に歌わせてください」
「分かったわ。じゃあ、紗衣ちゃん、一緒に歌おうか」
「いいですね。一緒に歌いましょう」

 それから、俺達はフリータイムの時間制限である午後8時まで歌いまくった。1人ではもちろんのこと、3人とデュエットしたり、みんな知っている曲で点数勝負をして、負けたら罰ゲームでポテトの料金を払うことにしたり。
 キスの話をした直後は、どこか微妙な空気だったけれど、歌っていくうちに楽しいものに変わっていって。そんな時間はあっという間に過ぎていき、フリータイムギリギリまで楽しんだのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ラストグリーン

桜庭かなめ
恋愛
「つばさくん、だいすき」  蓮見翼は10年前に転校した少女・有村咲希の夢を何度も見ていた。それは幼なじみの朝霧明日香も同じだった。いつか咲希とまた会いたいと思い続けながらも会うことはなく、2人は高校3年生に。  しかし、夏の始まりに突如、咲希が翼と明日香のクラスに転入してきたのだ。そして、咲希は10年前と同じく、再会してすぐに翼に好きだと伝え頬にキスをした。それをきっかけに、彼らの物語が動き始める。  20世紀最後の年度に生まれた彼らの高校最後の夏は、平成最後の夏。  恋、進路、夢。そして、未来。様々なことに悩みながらも前へと進む甘く、切なく、そして爽やかな学園青春ラブストーリー。  ※完結しました!(2020.8.25)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

処理中です...