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第30話『会長は抱きしめられたい。』
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お昼ご飯を食べ終わった後、お礼として俺は麗奈先輩と一緒に食事の後片付けを行なう。
「ありがとう、はやちゃん」
「いえいえ。美味しい食事を作っていただいたので、このくらいことはしないと」
昼飯代も浮いたし。こんなにも美味しい食事を外で食べようとしたら、なかなかのお値段になるんじゃないだろうか。
麗奈先輩と俺が食器の後片付けをしている間、咲夜と紗衣は食卓などの掃除をしている。
「はやちゃん、慣れている感じがするね」
「小さい頃から小雪と一緒に家の手伝いをしていましたから」
「そうなんだ。偉いね。それにしても、一緒にご飯を食べて、こうして隣同士で後片付けをしていると、何だか一緒に暮らしているみたい……なんて」
えへへっ、と麗奈先輩は笑うと左腕を俺の右腕に触れさせてくる。友達という関係だけれど、好きだという気持ちを伝えているからか距離が近いな。可愛らしいのでいいけれど。
「小さい頃から、颯人は家事が得意だよね。昔、私の家に泊まったとき、皿洗いを一緒にやって、お母さんからお駄賃をもらってコンビニにお菓子やジュースを買いに行ったことがあったよね」
「そうだな。小雪とは結構一緒にやったけれど、数兄はお菓子やジュースはいらないから手伝わないって言ったときもあったよな」
「あったあった。懐かしいね」
ただ、手伝わなかったとき、数兄は決して俺達がお駄賃で買ったお菓子やジュースを横取りすることはしなかった。だから、後片付けや掃除を手伝わないと言っても、あんまり反感を持つことはなかったな。
「さすがに従妹だけあって、はやちゃんとの小さい頃からの楽しい思い出があるんだね。紗衣ちゃんが羨ましい」
「……私達が小学生くらいまでの間は、お互いの家によく泊まりに行っていましたからね。それに、颯人は学校で色々と言われていますけど、私にとっては小さい頃からずっと優しくて落ち着きのある従兄ですから」
紗衣は楽しげな笑みを浮かべながら、昼食に使った食卓をふきんで拭いている。バイトをしているからか、キビキビと動いている。
紗衣と同じ高校に通うようになって良かったな。そういえば、合格発表は紗衣と一緒に見に行ったけれど、一緒に合格したことが分かったときは凄く喜んでいたっけ。そんなことを思い出しながら、麗奈先輩の横で後片付けをするのであった。
後片付けが終わり、俺達は2階にある麗奈先輩の部屋に通される。
『おおっ……』
麗奈先輩が部屋の扉を開け、部屋の中に入ったとき、俺達はそんな声を漏らした。
家が普通の家よりも広いので、先輩の部屋も広いだろうと予想していたけれど、実際に来てみるとやっぱり凄いなと思う。俺や咲夜、紗衣の部屋の倍くらいの広さがあるんじゃないだろうか。
部屋の床の大部分に水色の絨毯が敷かれており、ベッドに勉強机、テーブル、パソコン用のデスク、本棚、タンス、液晶テレビなどがある。そんな落ち着いた雰囲気の中、ベッドの上にクレーンゲームにありそうなまん丸い猫のぬいぐるみが置いてあるなど可愛らしいところもある。
「広くて素敵なお部屋ですね。驚いて顎が外れそうでした」
「大げさだなぁ、咲夜は。でも、私達の部屋よりも広いね。落ち着いた雰囲気だし、ここなら集中して試験勉強ができそう」
「ありがとう。……は、はやちゃんはどう思う?」
麗奈先輩はチラチラと俺のことを見ながらそう言う。
「素敵な部屋だと思います。紗衣の言うようにここなら勉強も集中できそうです」
「そっか、良かった。テーブルの周りにクッションを置いたから、そこで勉強しようね。飲み物を持ってくるけど、何がいい? 麦茶と紅茶、コーヒーならすぐに出せるよ」
「あたしはアイスティーがいいです!」
「私はアイスコーヒーをお願いできますか」
「俺も……アイスコーヒーをお願いします」
「分かった。じゃあ、適当にくつろいでて。もちろん、先に試験勉強を始めちゃってもいいからね」
麗奈先輩は部屋を後にする。
麗奈先輩のために勉強机に近いクッションを空けておき、俺達はテーブルの周りにあるクッションに座る。その結果、俺はテーブルを挟んで咲夜と向かい合うようにして座り、紗衣は俺の右斜め前に座る。ちなみに、俺の後ろには麗奈先輩のベッドがある。
明日の試験科目は生物基礎に英語表現Ⅰ、社会と情報だ。明日も盛りだくさんだな。咲夜と紗衣が教科書やノート、プリントを持っていないので、さっそくテーブルに出す。
「明日の試験科目で特に不安なのはないけど、社会と情報は中間試験がなかったから範囲が広いんだよね。颯人、ちょっとノートを見させてくれる?」
「もちろんいいぞ」
紗衣は俺の社会と情報のノートを開く。彼女はさっそく試験勉強を始めるつもりのようだ。感心だな。
咲夜は……麗奈先輩の部屋にいるからかソワソワとした様子。初めて来たしそうなるのも仕方ないか。
「颯人のノート、分かりやすくまとめてあるね」
「そう言ってくれて嬉しいな」
「ふふっ。私はまず社会と情報から勉強しようかな。いいなとか、覚えておきたいっていうページがあったら、スマホで写真を撮ってもいい?」
「ああ、いいぞ」
「ありがとう」
爽やかな笑みを浮かべながら俺に礼を言うと、紗衣は引き続きノートを読んでいく。
紗衣が社会と情報の勉強をするなら、俺はまず生物基礎の勉強をしようかな。細胞の機能や構造とかの復習をしておきたい。間違えた名称を覚えてしまっているかもしれないし。そう思って、生物基礎の教科書とノートを開いたときだった。
「ねえねえ、2人とも。部屋に入ってからずっと気になっていたんだけど、この猫のぬいぐるみ、丸くてとっても可愛いと思わない?」
気付けば、俺の横で咲夜が猫のぬいぐるみを抱きしめていた。
「その猫のぬいぐるみ可愛いよね。それを抱きしめてる咲夜の姿も写真撮っておこう」
「じゃあ、その写真後で送ってくれるかな、紗衣ちゃん」
「オッケー」
咲夜は紗衣にカメラを向けられると、にっこりと笑って右手でピースサイン。その姿がとても可愛らしい。
「ねえ、紗衣ちゃん。颯人君にも持たせてみない? 颯人君、猫が大好きだもんね」
「面白そう。撮ってみようか」
「ちょっと待て。恥ずかしいし、そもそも人のベッドの上にあるものを勝手に抱きしめたらまずいんじゃ」
しかも、女性のベッドにあるものを男性が抱きしめるなんて。
「麗奈先輩が戻ってきたら、あたしからちゃんと説明するからさ。それに、颯人君……このぬいぐるみが可愛いと思わない? 猫好きにはたまらないものだと思うけど」
「……まあ、気にはなってた」
「じゃあ、ほら」
俺は強引に咲夜から猫のぬいぐるみを渡されてしまう。
このぬいぐるみ、柔らかくて結構抱き心地がいいな。気持ちも落ち着くし、こういうのを抱きしめると寝付きが良くなるかも。あと、麗奈先輩のベッドにあるもので、咲夜も抱きしめていたからか2人のいい匂いが感じられる。
「颯人君、かわいい!」
「ほら、颯人。こっちに向いてごらんよ」
いつになく、紗衣が意地悪そうな笑みを浮かべて俺にそんなことを言ってくる。単なるいたずら心なのか、それとも、こういった俺の姿がいいと思っているのか。
このまま撮影されるのは恥ずかしいので、ぬいぐるみをベッドに戻そうとしたときだった。
「お待たせ。飲み物を持ってきたよ……って、はやちゃん!」
麗奈先輩の声が聞こえたので、扉の方を向いてみると、そこには飲み物を乗せたトレイを持った先輩が、目を輝かせながら俺のことを見ていた。
「すみません、会長さん。あたしがこの猫のぬいぐるみのことが気になって、勝手に抱きしめてしまったことがきっかけで。凄くいい抱き心地です!」
「ううん、いいんだよ。結構抱き心地いいよね。この前、生徒会のみんなと駅の近くにあるゲームセンターのクレーンゲームで取ったの」
予想通り、クレーンゲームで取ったぬいぐるみだったか。
麗奈先輩はトレイをテーブルに置くと、俺のすぐ側まで近づいてくる。
「は、はやちゃんはどうかな。そのぬいぐるみを抱きしめてみて」
「とてもいいと思います」
「そっか。あと……に、臭ってない? 大丈夫?」
「麗奈先輩の匂いは感じますけど、全然嫌じゃないですよ」
「……良かった」
麗奈先輩はほっと胸を撫で下ろしている。
「あと、これを抱きしめたらよく眠れそうです」
「はやちゃんもそう思う? 私もたまに抱きしめて寝てるんだ。も、もし勉強に疲れてお昼寝がしたくなったら、ベッドでぬいぐるみを抱きしめて遠慮なく寝ていいからね! はやちゃんさえ良ければ、ぬいぐるみじゃなくて私を抱きしめてくれてもいいんだよ?」
そういう状況を想像しているのか、麗奈先輩は幸せそうな笑みを浮かべている。麗奈先輩を抱きしめたら、ぐっすり眠るどころかドキドキして眠気が吹っ飛びそうだ。あと、みんなの前で抱きしめるのは恥ずかしい。咲夜のことを抱きしめた経験はあるけど、あれは2人きりだったり、転びそうなところを助けようとしたときだったりしたからな。
さすがに、今の麗奈先輩の言葉には咲夜だけではなく、紗衣までも頬が赤くなっている。
「えっと、その……お気持ちだけ受け取っておきますね」
「……うん」
麗奈先輩はちょっと残念そう。一緒に眠ることはしなくても、ここで抱きしめられたかったのかな。
「忘れてた。猫のぬいぐるみを抱きしめている咲夜の写真を撮ったんですけど、颯人の写真はまだ撮ってなかったんですよ」
「素敵なことをしているじゃない! 撮ったら、私にも送ってくれるかな?」
「もちろんいいですよ」
ちくしょう、紗衣の奴。このまま試験勉強を始めようと思ったのに。麗奈先輩にまで写真のことを話して。断れない空気になっちゃったな。
「分かったよ。ただ、この写真……変にばらまいたり、人に見せたりしないでください」
「もちろんだって。じゃあ、颯人。撮るよー」
紗衣によって、猫のぬいぐるみを抱きしめた写真を何枚も撮影される。それを咲夜と麗奈先輩のスマホに送ったのか、咲夜は「ふふっ」と笑い、麗奈先輩はとても幸せそうな表情でスマホを眺めていた。そういった好意的な反応を示してくれるのが救いだ。
写真を撮られて恥ずかしくなってしまったので、猫のぬいぐるみをベッドに置き、自分が注文したアイスコーヒーをゴクゴクと飲む。
コーヒーのおかげで何とか気持ちが落ち着き、咲夜と麗奈先輩が写真やぬいぐるみのことで話が盛り上がる中、俺は明日の試験勉強をするのであった。もちろん、途中で眠たくなって、ぬいぐるみや麗奈先輩を抱きしめて寝るということはなかった。
「ありがとう、はやちゃん」
「いえいえ。美味しい食事を作っていただいたので、このくらいことはしないと」
昼飯代も浮いたし。こんなにも美味しい食事を外で食べようとしたら、なかなかのお値段になるんじゃないだろうか。
麗奈先輩と俺が食器の後片付けをしている間、咲夜と紗衣は食卓などの掃除をしている。
「はやちゃん、慣れている感じがするね」
「小さい頃から小雪と一緒に家の手伝いをしていましたから」
「そうなんだ。偉いね。それにしても、一緒にご飯を食べて、こうして隣同士で後片付けをしていると、何だか一緒に暮らしているみたい……なんて」
えへへっ、と麗奈先輩は笑うと左腕を俺の右腕に触れさせてくる。友達という関係だけれど、好きだという気持ちを伝えているからか距離が近いな。可愛らしいのでいいけれど。
「小さい頃から、颯人は家事が得意だよね。昔、私の家に泊まったとき、皿洗いを一緒にやって、お母さんからお駄賃をもらってコンビニにお菓子やジュースを買いに行ったことがあったよね」
「そうだな。小雪とは結構一緒にやったけれど、数兄はお菓子やジュースはいらないから手伝わないって言ったときもあったよな」
「あったあった。懐かしいね」
ただ、手伝わなかったとき、数兄は決して俺達がお駄賃で買ったお菓子やジュースを横取りすることはしなかった。だから、後片付けや掃除を手伝わないと言っても、あんまり反感を持つことはなかったな。
「さすがに従妹だけあって、はやちゃんとの小さい頃からの楽しい思い出があるんだね。紗衣ちゃんが羨ましい」
「……私達が小学生くらいまでの間は、お互いの家によく泊まりに行っていましたからね。それに、颯人は学校で色々と言われていますけど、私にとっては小さい頃からずっと優しくて落ち着きのある従兄ですから」
紗衣は楽しげな笑みを浮かべながら、昼食に使った食卓をふきんで拭いている。バイトをしているからか、キビキビと動いている。
紗衣と同じ高校に通うようになって良かったな。そういえば、合格発表は紗衣と一緒に見に行ったけれど、一緒に合格したことが分かったときは凄く喜んでいたっけ。そんなことを思い出しながら、麗奈先輩の横で後片付けをするのであった。
後片付けが終わり、俺達は2階にある麗奈先輩の部屋に通される。
『おおっ……』
麗奈先輩が部屋の扉を開け、部屋の中に入ったとき、俺達はそんな声を漏らした。
家が普通の家よりも広いので、先輩の部屋も広いだろうと予想していたけれど、実際に来てみるとやっぱり凄いなと思う。俺や咲夜、紗衣の部屋の倍くらいの広さがあるんじゃないだろうか。
部屋の床の大部分に水色の絨毯が敷かれており、ベッドに勉強机、テーブル、パソコン用のデスク、本棚、タンス、液晶テレビなどがある。そんな落ち着いた雰囲気の中、ベッドの上にクレーンゲームにありそうなまん丸い猫のぬいぐるみが置いてあるなど可愛らしいところもある。
「広くて素敵なお部屋ですね。驚いて顎が外れそうでした」
「大げさだなぁ、咲夜は。でも、私達の部屋よりも広いね。落ち着いた雰囲気だし、ここなら集中して試験勉強ができそう」
「ありがとう。……は、はやちゃんはどう思う?」
麗奈先輩はチラチラと俺のことを見ながらそう言う。
「素敵な部屋だと思います。紗衣の言うようにここなら勉強も集中できそうです」
「そっか、良かった。テーブルの周りにクッションを置いたから、そこで勉強しようね。飲み物を持ってくるけど、何がいい? 麦茶と紅茶、コーヒーならすぐに出せるよ」
「あたしはアイスティーがいいです!」
「私はアイスコーヒーをお願いできますか」
「俺も……アイスコーヒーをお願いします」
「分かった。じゃあ、適当にくつろいでて。もちろん、先に試験勉強を始めちゃってもいいからね」
麗奈先輩は部屋を後にする。
麗奈先輩のために勉強机に近いクッションを空けておき、俺達はテーブルの周りにあるクッションに座る。その結果、俺はテーブルを挟んで咲夜と向かい合うようにして座り、紗衣は俺の右斜め前に座る。ちなみに、俺の後ろには麗奈先輩のベッドがある。
明日の試験科目は生物基礎に英語表現Ⅰ、社会と情報だ。明日も盛りだくさんだな。咲夜と紗衣が教科書やノート、プリントを持っていないので、さっそくテーブルに出す。
「明日の試験科目で特に不安なのはないけど、社会と情報は中間試験がなかったから範囲が広いんだよね。颯人、ちょっとノートを見させてくれる?」
「もちろんいいぞ」
紗衣は俺の社会と情報のノートを開く。彼女はさっそく試験勉強を始めるつもりのようだ。感心だな。
咲夜は……麗奈先輩の部屋にいるからかソワソワとした様子。初めて来たしそうなるのも仕方ないか。
「颯人のノート、分かりやすくまとめてあるね」
「そう言ってくれて嬉しいな」
「ふふっ。私はまず社会と情報から勉強しようかな。いいなとか、覚えておきたいっていうページがあったら、スマホで写真を撮ってもいい?」
「ああ、いいぞ」
「ありがとう」
爽やかな笑みを浮かべながら俺に礼を言うと、紗衣は引き続きノートを読んでいく。
紗衣が社会と情報の勉強をするなら、俺はまず生物基礎の勉強をしようかな。細胞の機能や構造とかの復習をしておきたい。間違えた名称を覚えてしまっているかもしれないし。そう思って、生物基礎の教科書とノートを開いたときだった。
「ねえねえ、2人とも。部屋に入ってからずっと気になっていたんだけど、この猫のぬいぐるみ、丸くてとっても可愛いと思わない?」
気付けば、俺の横で咲夜が猫のぬいぐるみを抱きしめていた。
「その猫のぬいぐるみ可愛いよね。それを抱きしめてる咲夜の姿も写真撮っておこう」
「じゃあ、その写真後で送ってくれるかな、紗衣ちゃん」
「オッケー」
咲夜は紗衣にカメラを向けられると、にっこりと笑って右手でピースサイン。その姿がとても可愛らしい。
「ねえ、紗衣ちゃん。颯人君にも持たせてみない? 颯人君、猫が大好きだもんね」
「面白そう。撮ってみようか」
「ちょっと待て。恥ずかしいし、そもそも人のベッドの上にあるものを勝手に抱きしめたらまずいんじゃ」
しかも、女性のベッドにあるものを男性が抱きしめるなんて。
「麗奈先輩が戻ってきたら、あたしからちゃんと説明するからさ。それに、颯人君……このぬいぐるみが可愛いと思わない? 猫好きにはたまらないものだと思うけど」
「……まあ、気にはなってた」
「じゃあ、ほら」
俺は強引に咲夜から猫のぬいぐるみを渡されてしまう。
このぬいぐるみ、柔らかくて結構抱き心地がいいな。気持ちも落ち着くし、こういうのを抱きしめると寝付きが良くなるかも。あと、麗奈先輩のベッドにあるもので、咲夜も抱きしめていたからか2人のいい匂いが感じられる。
「颯人君、かわいい!」
「ほら、颯人。こっちに向いてごらんよ」
いつになく、紗衣が意地悪そうな笑みを浮かべて俺にそんなことを言ってくる。単なるいたずら心なのか、それとも、こういった俺の姿がいいと思っているのか。
このまま撮影されるのは恥ずかしいので、ぬいぐるみをベッドに戻そうとしたときだった。
「お待たせ。飲み物を持ってきたよ……って、はやちゃん!」
麗奈先輩の声が聞こえたので、扉の方を向いてみると、そこには飲み物を乗せたトレイを持った先輩が、目を輝かせながら俺のことを見ていた。
「すみません、会長さん。あたしがこの猫のぬいぐるみのことが気になって、勝手に抱きしめてしまったことがきっかけで。凄くいい抱き心地です!」
「ううん、いいんだよ。結構抱き心地いいよね。この前、生徒会のみんなと駅の近くにあるゲームセンターのクレーンゲームで取ったの」
予想通り、クレーンゲームで取ったぬいぐるみだったか。
麗奈先輩はトレイをテーブルに置くと、俺のすぐ側まで近づいてくる。
「は、はやちゃんはどうかな。そのぬいぐるみを抱きしめてみて」
「とてもいいと思います」
「そっか。あと……に、臭ってない? 大丈夫?」
「麗奈先輩の匂いは感じますけど、全然嫌じゃないですよ」
「……良かった」
麗奈先輩はほっと胸を撫で下ろしている。
「あと、これを抱きしめたらよく眠れそうです」
「はやちゃんもそう思う? 私もたまに抱きしめて寝てるんだ。も、もし勉強に疲れてお昼寝がしたくなったら、ベッドでぬいぐるみを抱きしめて遠慮なく寝ていいからね! はやちゃんさえ良ければ、ぬいぐるみじゃなくて私を抱きしめてくれてもいいんだよ?」
そういう状況を想像しているのか、麗奈先輩は幸せそうな笑みを浮かべている。麗奈先輩を抱きしめたら、ぐっすり眠るどころかドキドキして眠気が吹っ飛びそうだ。あと、みんなの前で抱きしめるのは恥ずかしい。咲夜のことを抱きしめた経験はあるけど、あれは2人きりだったり、転びそうなところを助けようとしたときだったりしたからな。
さすがに、今の麗奈先輩の言葉には咲夜だけではなく、紗衣までも頬が赤くなっている。
「えっと、その……お気持ちだけ受け取っておきますね」
「……うん」
麗奈先輩はちょっと残念そう。一緒に眠ることはしなくても、ここで抱きしめられたかったのかな。
「忘れてた。猫のぬいぐるみを抱きしめている咲夜の写真を撮ったんですけど、颯人の写真はまだ撮ってなかったんですよ」
「素敵なことをしているじゃない! 撮ったら、私にも送ってくれるかな?」
「もちろんいいですよ」
ちくしょう、紗衣の奴。このまま試験勉強を始めようと思ったのに。麗奈先輩にまで写真のことを話して。断れない空気になっちゃったな。
「分かったよ。ただ、この写真……変にばらまいたり、人に見せたりしないでください」
「もちろんだって。じゃあ、颯人。撮るよー」
紗衣によって、猫のぬいぐるみを抱きしめた写真を何枚も撮影される。それを咲夜と麗奈先輩のスマホに送ったのか、咲夜は「ふふっ」と笑い、麗奈先輩はとても幸せそうな表情でスマホを眺めていた。そういった好意的な反応を示してくれるのが救いだ。
写真を撮られて恥ずかしくなってしまったので、猫のぬいぐるみをベッドに置き、自分が注文したアイスコーヒーをゴクゴクと飲む。
コーヒーのおかげで何とか気持ちが落ち着き、咲夜と麗奈先輩が写真やぬいぐるみのことで話が盛り上がる中、俺は明日の試験勉強をするのであった。もちろん、途中で眠たくなって、ぬいぐるみや麗奈先輩を抱きしめて寝るということはなかった。
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