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第28話『夢でも現実でも可愛いと。』
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「颯人君。数Ⅰで分からないところがあるんだけど。今、いいかな?」
「ああ、いいぞ。どこだろう?」
昨日と同じように、自分で勉強するだけでなく、咲夜や紗衣の分からないところを教えることも。明日の科目は不安ではないし、教えることも一つの勉強だと思っているので、咲夜達のおかげで有意義な時間を過ごさせてもらっている。
「それで、この答えになるんだ。どうだろう?」
「うん、ようやく分かったよ! ありがとう。……ちょっとお花を摘みに」
咲夜はそう言って部屋を出ていった。
俺は自分のクッションに戻って、アイスティーを一口飲む。
「神楽君、さっきから見ているけれど教え方がとても上手だね。咲夜が言った通り、とても頭がいいからかな?」
「頭がいいかどうかは分かりませんが、理解が深くなければ分かりやすく教えるのは難しいとは聞きますね。あと、俺には妹がいて、宿題やテスト前の勉強で分からないところを何年も教えていましたから。夏休みになると紗衣の宿題の面倒を見ることもありましたし。そういった経験の積み重ねは大きいかもしれないですね」
「教えてもらったなぁ。実際に颯人のおかげで出すことができた宿題もあったし。麗奈会長は知っているかもしれませんが、颯人は中間で学年3位でしたよ」
「へえ、そうなの! それは凄いわね!」
「昇降口のところにある掲示板に各学年の成績上位者が張り出されるから、私は知っていたよ。嬉しくてスマホで写真撮っちゃった」
ほら、と麗奈先輩は俺や紗衣、美里さんにスマホを見せてくれる。確かに、彼女のスマホの画面には『3位 神楽颯人』と書かれていた。本当に3位だったんだな。麗奈先輩も美里さんも、そして紗衣もご褒美なのか俺の頭を撫でている。
期末試験も、よくできたと思えるように頑張りたいものだ。赤点だけは避けなければ。夏休みに特別課題が出たり、補習を受けたりしなければいけないから。
「いつまで撫でているんですか。恥ずかしいですよ」
「ふふっ、ごめんね、はやちゃん。さあ、みんな自分のところに戻ろうか」
「そうですね。期末で上位者になったらまた頭を撫でるよ」
「それいいね、紗衣ちゃん!」
紗衣達は自分の場所に戻っていき、紗衣と麗奈先輩は勉強を、美里さんは本棚から取り出した少女漫画を読む。その直後に咲夜が戻ってきた。
「さてと、また勉強を頑張り……きゃっ!」
「咲夜!」
クッションに足を取られてしまった咲夜が倒れそうになったので、俺は素早く立ち上がって彼女の落下点に入り込み、彼女の体を抱き止める。
しかし、とっさのことだったり、咲夜の体が倒れる勢いがあったりしたせいで、彼女の下敷きになってしまう。そのことで、腰から背中にかけて強打してしまった。
「颯人! 咲夜!」
「はやちゃん!」
「神楽君!」
気付けば、紗衣や麗奈先輩、美里さんが心配そうな様子で俺達の側までやってくる。
「……咲夜、大丈夫か?」
「う、うん。颯人君のおかげで大丈夫だよ。ありがとう。でも、颯人君の方は大丈夫? あたし、勢いよく颯人君の方に倒れちゃったし、結構な鈍い音も聞こえたから」
「腰と背中を強打しちまった。ただ、絨毯だったし、頭を打たなかっただけ良かった」
「……そっか。ごめんね、颯人君」
「……気にするな。咲夜がケガをしてなくて良かった」
涙ぐむ咲夜の頭を俺が優しく撫でる。そのことで、彼女の口角が上がった。咲夜にケガがないのなら、俺が抱き止めた甲斐があったな。
「咲夜の言う通り、結構な音が聞こえたよ。体に結構な痛みがあるようなら、無理して勉強はしちゃダメだよ」
「そうだな、紗衣。咲夜、そろそろ離れてくれると助かるんだが」
「ご、ごめんね!」
俺が咲夜のことを離すと、咲夜はすぐに俺から離れる。
ゆっくりと体を起こそうとすると、
「いててっ」
背面に痛みが走る。そのことで小学生や中学生の頃を思い出す。ただ、あのときとは違って、今回は咲夜のことを助けようとしたことが原因なんだ。体が痛むことは同じだけど、その種類は全然違う。
「颯人君、どこが痛い?」
「……腰から背中にかけて。体の丈夫さには自信があったんだけどな」
人を助けるのって簡単じゃないんだな。それをここで学ぶことができたと思えばいいか。現に咲夜にケガを負わせずに済んだし。
「ごめんね、颯人君。とりあえず、あたしのベッドの上で楽な姿勢になって。そうすれば、少しは痛みも治まるかもしれないから」
「それは有り難いが、いいのか? 男の俺がベッドで横になっちまって」
「もちろんだよ。勝手にベッドに入ったり、匂いを嗅がれたりするのは嫌だけどね。颯人君はあたしの恩人なんだから。さあ、横になって」
「……じゃあ、ご厚意に甘えさせてもらうよ」
俺は咲夜に体を支えられながら、彼女のベッドで横になることに。こうしていると、もう老人になった気分だ。
さっき、咲夜が言ったとおり、ベッドで楽な姿勢になると少し痛みが和らいだ気がする。ベッドがふかふかだからか、それとも咲夜の匂いが優しく香ってくるからか。
「どうかな?」
「……ちょっと楽になった。少し休めばきっと大丈夫だ。だから、咲夜達は試験勉強を続けてください」
「……そうだね。颯人の言うとおりにしよう」
「それがいいね、紗衣ちゃん。はやちゃんはゆっくりして。長時間勉強するときはたまに休憩を入れた方がいいし。今はその休憩だと思えばいいんだよ」
「そうですね」
お手洗いに行ったとき以外はほぼノンストップで勉強していたからな。麗奈先輩の言う通り、今は勉強の休憩時間だと思ってゆっくりと休もう。
俺がそんなことを考えていると、咲夜は俺の左手をぎゅっと掴んできた。そんな彼女の表情は真剣そのもの。
「……あたしはここにいる。だって、あたしのせいで颯人君にケガを負わせちゃったんだし。少しの間だけでもいいから、こうさせて」
「……分かった。咲夜が手を握ってくれたおかげか、少し痛みが引いた気がするぞ。ありがとう」
「うん」
そう呟くと、彼女はようやく微笑んでくれた。そのことでまた痛みが引いたような気がする。しかし、そう思ったのは束の間で、彼女の笑顔の可愛さやベッドで寝ていることによるドキドキが全身に響き、そのことで再び痛みが。
「颯人君。明日からの期末試験に影響が出たらごめんね」
「明日になれば、きっと大丈夫だ」
「……だといいな」
頭を打ったわけじゃないので、試験に大きく影響が出ることはない……と信じたい。
それにしても、このベッドは本当に気持ちいいな。だからか、段々と眠くなってきた。
「颯人君。眠たいときには寝た方がいいよ。ぐっすり眠っちゃっても、夕方にはあたし達が起こすからさ」
「……ああ。じゃあ、お言葉に甘えて」
ゆっくりと目を瞑っていく中で見えた咲夜の笑みは、今までの中で一番優しく思えたのであった。
気付けば、咲夜のベッドの側には咲夜、紗衣、麗奈先輩がいた。まるで、可愛いものを目の前にしたときのような笑顔で俺のことを見ている。
「やっぱり、颯人君って可愛いよね。小さい頃はもっと可愛かった?」
「可愛かったよ。今度アルバムを見せるよ」
「うん、約束だよ!」
俺のどこが可愛いのだろうか。小さい頃の俺を知っている紗衣ならともかく、咲夜がここまで興奮した様子で可愛いと言うなんて。
「やっぱり気持ちいいな。はやちゃんのしっぽ。毛も柔らかいし、温かくていい匂いもするし。もっともふもふしたい」
「会長さんばっかりするいですよ! あたしももふもふします!」
「2人がもふもふしている間、私は颯人の耳を触ろう」
そう言って、紗衣は俺の頭の方に手を伸ばしている。咲夜や会長さんはしっぽとかもふもふとか訳の分からないことを言っているし。いったい、何が起こっているんだ?
咲夜の部屋の中には全身鏡があったので、俺は3人を払いのけて鏡の前に行くと、
「な、何じゃこりゃあっ!」
まるで本物の狼になったかのように、頭には白い耳がついていて、腰からも白いしっぽが生えていた。それらを取ろうとするけれど、自分の体の一部分になってしまったのか取れる気配が全くない。
「颯人君、どうしたの? 耳とかしっぽとか引っ張って」
「そんなことをしたら、めっですよ。はやちゃん」
「颯人。今度は私にもふもふさせてよ」
笑顔で3人が迫ってくる。凄く恐いぞ。身の危険を感じたので、部屋から出ようと扉を開けると、そこには美里さんの姿が。
「私も神楽君のことをもふもふしたいな。大丈夫、悪いようにはしないから」
そう言って、美里さんは俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。
「さあ、みんなで神楽君をもふもふしましょう」
『はーい!』
4人に部屋の中に連れ戻され、ベッドに押し倒されてしまう。笑顔の4人に見下ろされたところで、急に視界が白んだのであった。
「……ゆ、夢か……」
ゆっくりと目を覚ますと、テーブルでは咲夜と紗衣と麗奈先輩が勉強しており、美里さんは勉強机の椅子に座って少女漫画を読んでいた。アイスティーを飲み終わって新しく作ったのか、コーヒーの香りがしてくる。
部屋にかかっている時計を見てみると、俺は1時間くらい寝ていたのか。
「颯人君、目を覚ましたんだね。……あまり表情が良くないけれど、まだ体が痛む?」
「えっ? ど、どうだろうなぁ……」
ゆっくりとベッドから降りて、体を動かしてみる。
「もう痛みはほとんどない」
「それなら良かった。じゃあ、どうして表情が良くなかったの?」
「実は……」
俺はさっき見た夢のことを咲夜達に話した。すると、
『あははっ!』
4人全員から盛大に笑われてしまった。紗衣まで大きな声を出して笑うとは。そんなに面白かったのか? 俺にとってはただのホラーでしかなかったんだが。
「まさか、颯人君がそんな夢を見るなんて」
「これまでに何度か、颯人が夢で見た話を聞いたことはあるけれど、こんな内容は初めてだ」
「でも、狼の耳としっぽをついているはやちゃんの姿も見てみたいよね」
「見てみたい。今日出会った私まで登場するのは何だか嬉しいかも」
バカにされている感じもするけれど、好意的な意見も聞けたので話して良かったと思うことにしよう。そうしよう。
「でも、颯人君がそんな夢を見ちゃったのは、あたし達に原因があるかも」
「……えっ?」
今、全身に悪寒が走った。
「ど、どういうことだ?」
「颯人君が寝ているとき、颯人君の寝顔が可愛いねってベッドの側で話していたの。きっと、こういう姿を見ることのできる機会はあまりないだろうからって、みんなでスマホで寝顔の写真も取ったりしたの」
そう言うと、咲夜はスマートフォンを見せてくれる。画面には俺の寝顔が表示されている。俺が寝ている間に4人はそんなことを話していたのか。
「はやちゃんの寝顔、可愛かったし、かっこよかったよ。きっと、私達の話し声が耳に入って、はやちゃんがそんな夢を見ちゃったのかもね」
「……そうかもしれませんね」
あとは、普段から「狼」とか「アドルフ」とか言われているのも影響していそうだな。まったく、変な夢を見てしまったな。
ただ、狼の耳やしっぽをつけた咲夜達は可愛いかもしれない。期末試験が終わったら、それをモチーフにイラストを描いてみるのも面白そうだ。
「さてと、昼寝して体の痛みもほとんど取れたから、俺も勉強を再開しますか」
「良かった、元気になって。颯人君のアイスティーも残り少ないから、新しく作るよ。コーヒーが好きだから、コーヒーの方がいいかな?」
「じゃあ、眠気覚ましにもアイスコーヒーを作ってくれるかな」
「分かった」
「ありがとう、咲夜」
それから、咲夜が作ってきてくれたアイスコーヒーを飲んで、俺も試験勉強を再開する。
美里さんと色々と話したり、転びそうになった咲夜を抱き止めたり、変な夢を見たりと勉強以外で色々なことがあったけれど、忘れられない時間になったのであった。
「ああ、いいぞ。どこだろう?」
昨日と同じように、自分で勉強するだけでなく、咲夜や紗衣の分からないところを教えることも。明日の科目は不安ではないし、教えることも一つの勉強だと思っているので、咲夜達のおかげで有意義な時間を過ごさせてもらっている。
「それで、この答えになるんだ。どうだろう?」
「うん、ようやく分かったよ! ありがとう。……ちょっとお花を摘みに」
咲夜はそう言って部屋を出ていった。
俺は自分のクッションに戻って、アイスティーを一口飲む。
「神楽君、さっきから見ているけれど教え方がとても上手だね。咲夜が言った通り、とても頭がいいからかな?」
「頭がいいかどうかは分かりませんが、理解が深くなければ分かりやすく教えるのは難しいとは聞きますね。あと、俺には妹がいて、宿題やテスト前の勉強で分からないところを何年も教えていましたから。夏休みになると紗衣の宿題の面倒を見ることもありましたし。そういった経験の積み重ねは大きいかもしれないですね」
「教えてもらったなぁ。実際に颯人のおかげで出すことができた宿題もあったし。麗奈会長は知っているかもしれませんが、颯人は中間で学年3位でしたよ」
「へえ、そうなの! それは凄いわね!」
「昇降口のところにある掲示板に各学年の成績上位者が張り出されるから、私は知っていたよ。嬉しくてスマホで写真撮っちゃった」
ほら、と麗奈先輩は俺や紗衣、美里さんにスマホを見せてくれる。確かに、彼女のスマホの画面には『3位 神楽颯人』と書かれていた。本当に3位だったんだな。麗奈先輩も美里さんも、そして紗衣もご褒美なのか俺の頭を撫でている。
期末試験も、よくできたと思えるように頑張りたいものだ。赤点だけは避けなければ。夏休みに特別課題が出たり、補習を受けたりしなければいけないから。
「いつまで撫でているんですか。恥ずかしいですよ」
「ふふっ、ごめんね、はやちゃん。さあ、みんな自分のところに戻ろうか」
「そうですね。期末で上位者になったらまた頭を撫でるよ」
「それいいね、紗衣ちゃん!」
紗衣達は自分の場所に戻っていき、紗衣と麗奈先輩は勉強を、美里さんは本棚から取り出した少女漫画を読む。その直後に咲夜が戻ってきた。
「さてと、また勉強を頑張り……きゃっ!」
「咲夜!」
クッションに足を取られてしまった咲夜が倒れそうになったので、俺は素早く立ち上がって彼女の落下点に入り込み、彼女の体を抱き止める。
しかし、とっさのことだったり、咲夜の体が倒れる勢いがあったりしたせいで、彼女の下敷きになってしまう。そのことで、腰から背中にかけて強打してしまった。
「颯人! 咲夜!」
「はやちゃん!」
「神楽君!」
気付けば、紗衣や麗奈先輩、美里さんが心配そうな様子で俺達の側までやってくる。
「……咲夜、大丈夫か?」
「う、うん。颯人君のおかげで大丈夫だよ。ありがとう。でも、颯人君の方は大丈夫? あたし、勢いよく颯人君の方に倒れちゃったし、結構な鈍い音も聞こえたから」
「腰と背中を強打しちまった。ただ、絨毯だったし、頭を打たなかっただけ良かった」
「……そっか。ごめんね、颯人君」
「……気にするな。咲夜がケガをしてなくて良かった」
涙ぐむ咲夜の頭を俺が優しく撫でる。そのことで、彼女の口角が上がった。咲夜にケガがないのなら、俺が抱き止めた甲斐があったな。
「咲夜の言う通り、結構な音が聞こえたよ。体に結構な痛みがあるようなら、無理して勉強はしちゃダメだよ」
「そうだな、紗衣。咲夜、そろそろ離れてくれると助かるんだが」
「ご、ごめんね!」
俺が咲夜のことを離すと、咲夜はすぐに俺から離れる。
ゆっくりと体を起こそうとすると、
「いててっ」
背面に痛みが走る。そのことで小学生や中学生の頃を思い出す。ただ、あのときとは違って、今回は咲夜のことを助けようとしたことが原因なんだ。体が痛むことは同じだけど、その種類は全然違う。
「颯人君、どこが痛い?」
「……腰から背中にかけて。体の丈夫さには自信があったんだけどな」
人を助けるのって簡単じゃないんだな。それをここで学ぶことができたと思えばいいか。現に咲夜にケガを負わせずに済んだし。
「ごめんね、颯人君。とりあえず、あたしのベッドの上で楽な姿勢になって。そうすれば、少しは痛みも治まるかもしれないから」
「それは有り難いが、いいのか? 男の俺がベッドで横になっちまって」
「もちろんだよ。勝手にベッドに入ったり、匂いを嗅がれたりするのは嫌だけどね。颯人君はあたしの恩人なんだから。さあ、横になって」
「……じゃあ、ご厚意に甘えさせてもらうよ」
俺は咲夜に体を支えられながら、彼女のベッドで横になることに。こうしていると、もう老人になった気分だ。
さっき、咲夜が言ったとおり、ベッドで楽な姿勢になると少し痛みが和らいだ気がする。ベッドがふかふかだからか、それとも咲夜の匂いが優しく香ってくるからか。
「どうかな?」
「……ちょっと楽になった。少し休めばきっと大丈夫だ。だから、咲夜達は試験勉強を続けてください」
「……そうだね。颯人の言うとおりにしよう」
「それがいいね、紗衣ちゃん。はやちゃんはゆっくりして。長時間勉強するときはたまに休憩を入れた方がいいし。今はその休憩だと思えばいいんだよ」
「そうですね」
お手洗いに行ったとき以外はほぼノンストップで勉強していたからな。麗奈先輩の言う通り、今は勉強の休憩時間だと思ってゆっくりと休もう。
俺がそんなことを考えていると、咲夜は俺の左手をぎゅっと掴んできた。そんな彼女の表情は真剣そのもの。
「……あたしはここにいる。だって、あたしのせいで颯人君にケガを負わせちゃったんだし。少しの間だけでもいいから、こうさせて」
「……分かった。咲夜が手を握ってくれたおかげか、少し痛みが引いた気がするぞ。ありがとう」
「うん」
そう呟くと、彼女はようやく微笑んでくれた。そのことでまた痛みが引いたような気がする。しかし、そう思ったのは束の間で、彼女の笑顔の可愛さやベッドで寝ていることによるドキドキが全身に響き、そのことで再び痛みが。
「颯人君。明日からの期末試験に影響が出たらごめんね」
「明日になれば、きっと大丈夫だ」
「……だといいな」
頭を打ったわけじゃないので、試験に大きく影響が出ることはない……と信じたい。
それにしても、このベッドは本当に気持ちいいな。だからか、段々と眠くなってきた。
「颯人君。眠たいときには寝た方がいいよ。ぐっすり眠っちゃっても、夕方にはあたし達が起こすからさ」
「……ああ。じゃあ、お言葉に甘えて」
ゆっくりと目を瞑っていく中で見えた咲夜の笑みは、今までの中で一番優しく思えたのであった。
気付けば、咲夜のベッドの側には咲夜、紗衣、麗奈先輩がいた。まるで、可愛いものを目の前にしたときのような笑顔で俺のことを見ている。
「やっぱり、颯人君って可愛いよね。小さい頃はもっと可愛かった?」
「可愛かったよ。今度アルバムを見せるよ」
「うん、約束だよ!」
俺のどこが可愛いのだろうか。小さい頃の俺を知っている紗衣ならともかく、咲夜がここまで興奮した様子で可愛いと言うなんて。
「やっぱり気持ちいいな。はやちゃんのしっぽ。毛も柔らかいし、温かくていい匂いもするし。もっともふもふしたい」
「会長さんばっかりするいですよ! あたしももふもふします!」
「2人がもふもふしている間、私は颯人の耳を触ろう」
そう言って、紗衣は俺の頭の方に手を伸ばしている。咲夜や会長さんはしっぽとかもふもふとか訳の分からないことを言っているし。いったい、何が起こっているんだ?
咲夜の部屋の中には全身鏡があったので、俺は3人を払いのけて鏡の前に行くと、
「な、何じゃこりゃあっ!」
まるで本物の狼になったかのように、頭には白い耳がついていて、腰からも白いしっぽが生えていた。それらを取ろうとするけれど、自分の体の一部分になってしまったのか取れる気配が全くない。
「颯人君、どうしたの? 耳とかしっぽとか引っ張って」
「そんなことをしたら、めっですよ。はやちゃん」
「颯人。今度は私にもふもふさせてよ」
笑顔で3人が迫ってくる。凄く恐いぞ。身の危険を感じたので、部屋から出ようと扉を開けると、そこには美里さんの姿が。
「私も神楽君のことをもふもふしたいな。大丈夫、悪いようにはしないから」
そう言って、美里さんは俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。
「さあ、みんなで神楽君をもふもふしましょう」
『はーい!』
4人に部屋の中に連れ戻され、ベッドに押し倒されてしまう。笑顔の4人に見下ろされたところで、急に視界が白んだのであった。
「……ゆ、夢か……」
ゆっくりと目を覚ますと、テーブルでは咲夜と紗衣と麗奈先輩が勉強しており、美里さんは勉強机の椅子に座って少女漫画を読んでいた。アイスティーを飲み終わって新しく作ったのか、コーヒーの香りがしてくる。
部屋にかかっている時計を見てみると、俺は1時間くらい寝ていたのか。
「颯人君、目を覚ましたんだね。……あまり表情が良くないけれど、まだ体が痛む?」
「えっ? ど、どうだろうなぁ……」
ゆっくりとベッドから降りて、体を動かしてみる。
「もう痛みはほとんどない」
「それなら良かった。じゃあ、どうして表情が良くなかったの?」
「実は……」
俺はさっき見た夢のことを咲夜達に話した。すると、
『あははっ!』
4人全員から盛大に笑われてしまった。紗衣まで大きな声を出して笑うとは。そんなに面白かったのか? 俺にとってはただのホラーでしかなかったんだが。
「まさか、颯人君がそんな夢を見るなんて」
「これまでに何度か、颯人が夢で見た話を聞いたことはあるけれど、こんな内容は初めてだ」
「でも、狼の耳としっぽをついているはやちゃんの姿も見てみたいよね」
「見てみたい。今日出会った私まで登場するのは何だか嬉しいかも」
バカにされている感じもするけれど、好意的な意見も聞けたので話して良かったと思うことにしよう。そうしよう。
「でも、颯人君がそんな夢を見ちゃったのは、あたし達に原因があるかも」
「……えっ?」
今、全身に悪寒が走った。
「ど、どういうことだ?」
「颯人君が寝ているとき、颯人君の寝顔が可愛いねってベッドの側で話していたの。きっと、こういう姿を見ることのできる機会はあまりないだろうからって、みんなでスマホで寝顔の写真も取ったりしたの」
そう言うと、咲夜はスマートフォンを見せてくれる。画面には俺の寝顔が表示されている。俺が寝ている間に4人はそんなことを話していたのか。
「はやちゃんの寝顔、可愛かったし、かっこよかったよ。きっと、私達の話し声が耳に入って、はやちゃんがそんな夢を見ちゃったのかもね」
「……そうかもしれませんね」
あとは、普段から「狼」とか「アドルフ」とか言われているのも影響していそうだな。まったく、変な夢を見てしまったな。
ただ、狼の耳やしっぽをつけた咲夜達は可愛いかもしれない。期末試験が終わったら、それをモチーフにイラストを描いてみるのも面白そうだ。
「さてと、昼寝して体の痛みもほとんど取れたから、俺も勉強を再開しますか」
「良かった、元気になって。颯人君のアイスティーも残り少ないから、新しく作るよ。コーヒーが好きだから、コーヒーの方がいいかな?」
「じゃあ、眠気覚ましにもアイスコーヒーを作ってくれるかな」
「分かった」
「ありがとう、咲夜」
それから、咲夜が作ってきてくれたアイスコーヒーを飲んで、俺も試験勉強を再開する。
美里さんと色々と話したり、転びそうになった咲夜を抱き止めたり、変な夢を見たりと勉強以外で色々なことがあったけれど、忘れられない時間になったのであった。
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