サクラブストーリー

桜庭かなめ

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特別編3-文学姫の自宅編-

第4話『タルトタイム』

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「ふああっ……」

 とてもいい気分の中で目を覚まし、ゆっくりと上体を起こす。寝る前に感じていた疲れや熱っぽさは取れた。一紗のベッドで寝たからだろう。
 目を擦りながらテーブルの方を見ると、サクラ達がこちらを見ていた。きっと、大きなあくびをしたからだろう。ちょっと恥ずかしい。

「おはよう、ダイちゃん。40分くらい寝ていたけど、体調はどう?」
「良くなったよ。疲れも取れたし、熱っぽさもなくなった。気持ちのいいこのベッドで寝たからかな」

 サクラ達の方を向きながら、俺は再びベッドに横になる。
 体調が良くなったと伝えたからか、サクラ達はほっとした様子に。ただ、一紗だけはとても嬉しそうな笑顔になっているけど。

「私のベッドを気持ちいいって言ってくれるなんて……! ドキドキしちゃうわっ!」
「ベッドがふかふかで気持ち良かっただけさ。他意はない」
「ふふっ。ベッドに大輝君の匂いがついているから、今夜はよく眠れそう。もしかしたら、起きるのは明日の朝じゃなくて、月曜日の朝になってしまうかも。寝るのにいい環境過ぎて永遠に眠ってしまうかも!」

 うふふっ……と一紗は恍惚とした様子で笑っている。永眠はさすがにないと思うけど、一紗なら月曜の朝まで眠る可能性はありそうだ。

「あと、このシーツと枕カバーと布団カバーは一生洗わないわ!」
「……ご、ご自由に」

 ただ、今夜、一紗が寝たら、俺の匂いなんて消えちゃう気がするけどな。俺が寝たのは40分くらいだし。

「そういえば、地獄行きの子守歌も何度か聴けばいいなと思ったよ」
「3、4回歌ったところで、大輝君は気持ち良さそうに寝始めたものね。寝顔、可愛かったわ」
「可愛かったですよ、大輝さん。お姉ちゃんと文香さんと杏奈さんがスマホで写真を撮っていました」
「ははっ、そうだったんだね」

 そのときの様子が容易に思い浮かぶ。俺の寝姿が、サクラ達に少しでも癒しを与えていたなら幸いだ。

「じゃあ、大輝君も起きたし、休憩にしましょう。ゾソールで買ったかぼちゃタルトを食べましょうか」
『はーい!』

 とサクラ、杏奈、小泉さん、二乃ちゃん、羽柴が返事する。特に羽柴と小泉さんと二乃ちゃんが元気よく。かぼちゃタルトが待ち遠しかったのだろう。

「俺を待ってくれていたんだ」
「ええ。みんなで食べた方が美味しいと思うから。ただ、寝始めてから1時間……4時半までに起きなかったら、私達だけで食べて、大輝君には家に持って帰ってもらう話になっていたの。大輝君が寝てから数分くらい休憩して、それから今まで勉強していたの」
「そういうことだったのか。待ってくれてありがとう」
「いえいえ。でも、大輝君は起きたばかりよね。食べられる?」
「ああ、食べられるよ。むしろ、お腹空いているから食べたいくらいだ。お昼ご飯を食べてから、口に入れたのはアイスティーくらいだし」
「ふふっ、分かったわ。じゃあ、全員分のかぼちゃタルトを持ってくるわね」

 一紗はゆっくりと立ち上がり、部屋を出て行った。一紗がタルトを持ってきてくれるまではこのまま横になっているか。
 一紗が出て行った直後、サクラはクッションから立ち上がり、俺のすぐ側までやってくる。そんなサクラは優しい笑みを浮かべている。

「良かったよ、ダイちゃん。体調が良くなって」
「俺もほっとしてる。あと、友達からのご厚意は素直に受けた方がいいって実感した。ベッドで寝なかったら、体調がさらに悪化していたかもしれない。心配かけてごめんね、サクラ。みんなも」

 俺はそう謝罪をして、サクラの頭を優しく撫でる。そうすることで、サクラの髪からシャンプーの甘い匂いがふんわりと香ってきて。

「気にしないで。ダイちゃんが元気になって良かったよ」
「文香の言う通りだよ、速水君」
「体調が良くなって何よりです、先輩」
「あたしは気にしていませんよ、大輝さん」
「体調が悪くなるときもあるさ。それに、速水は病み上がりなんだから。それを考えずに、速水に質問しまくったことを反省してる」
「私も。私の場合はいつでも聞けるし」
「気にするな。俺も体調が悪くなったら、無理しないように心がけるよ」

 今は病み上がりの時期なのに、ペース配分などを考えずに勉強してしまっていた。数Ⅱを終わらせ、数Bにも取りかかりたいと考えて問題集を取り組んでいたし。それが疲れや熱っぽさを引き起こした原因だと思う。今後は気をつけていかないと。

「ねえ、ダイちゃん」
「うん?」
「……今夜は私のベッドで一緒に寝てほしいな」
「分かったよ」

 そう言い、俺はサクラの頭をポンポンと軽く叩く。そのことでサクラは嬉しそうに笑う。
 一紗のベッドで寝ていいとか、嫌だとは思わないとか言っていたけど、多少なりとも嫉妬があったのかもしれない。

「ありがとう、ダイちゃん。約束だよ」

 優しげな声色で言うと、サクラは俺にそっとキスをしてきた。そのことで体に再び熱を感じるようになるが……きっと大丈夫だろう。

「あぁ……キュンキュンしますっ。一緒に住んでいるからこそのやり取りですね……」

 気づけば、二乃ちゃんは俺達のすぐ側に立っており、赤くなった頬に両手を当てながらこちらを見つめていた。キュンキュンすると言うだけあり、二乃ちゃんはうっとりした様子。

「あたしのいるクラスにもカップルはいます。でも、大輝さんと文香さんはそんなカップルよりも大人っぽいといいますか。落ち着きがあるといいますか。高校生だからでしょうか」
「それもあると思う。ただ、3年くらいわだかまりがあったけど、文香と速水君は幼馴染だからね。それが大きいんじゃないかな。あと、高校では2人を夫婦だって言う生徒もいるよ」

 小泉さんの言うとおり、サクラと付き合い始めてから、学校で一緒にいると「よっ、夫婦!」とか、「結婚式には呼んでくれよ!」とか言われることはある。

「ふふっ、夫婦ですか。お二人の雰囲気からして、それも納得ですね。素敵ですっ」

 今の言葉が本心からのものであると示すかのように、二乃ちゃんは明るい笑みを俺達に見せてくれる。いつか、サクラと結婚して、結婚式を行うことになったら、二乃ちゃんも俺達の友人として招待しようじゃないか。

 ――ガチャッ。
「みんな、かぼちゃタルトを持ってきたわ」

 一紗のそんな声が聞こえたので、俺は起き上がってベッドから降り、自分の座っていたクッションへと戻る。

「はい、どうぞ」

 と、一紗は俺達の前にかぼちゃタルトを乗せたお皿を置いてくれる。とても美味しそうだ。ゾソールのスイーツは食べたことがあるけど、このタルトは初めて。どんな感じの味なのか楽しみだ。
 一紗は全てのクッションの前にかぼちゃタルトを置くと、トレーを勉強机に置いて、自分のクッションへと座った。

「じゃあ、食べましょうか。いただきます」
『いただきまーす』

 一紗の挨拶で、俺達はかぼちゃタルトタイムに。
 俺はフォークでタルトを一口サイズに切り分け、口の中に入れる。

「あぁ、美味しいなぁ」

 かぼちゃの優しい甘味が口の中に広がっていく。甘いもの好きな人はもちろんのこと、そんなに得意でない人でも楽しめるんじゃないかと思う。

「美味しいね、ダイちゃん」
「美味いよな」

 俺がそう言うと、サクラはもう一口。美味しそうに食べている姿は本当に可愛らしい。サクラは甘いもの好きだからなぁ。

「やっぱりこのタルト美味えな! 勉強した後だからより美味え!」

 羽柴はそう言うと、幸せそうにタルトを食べている。こいつはサクラ以上の甘いもの好きだからなぁ。タルトを奢ってもらえると分かったときも一番喜んでいたし。今の彼をゾソールの関係者に見せたら、スイーツ商品の宣伝オファーが来るんじゃないか?

「速水。もし全部食えなさそうなら、俺が食ってやるからな」
「……お気持ちだけ受け取っておくよ。腹減ってるし、このタルトは美味いから俺も全部食えそう」
「そいつは残念だ」

 爽やかに笑いながらそう言う羽柴。このタルトがよほど気に入っているんだ。
 サクラや羽柴ほどではないものの、一紗や杏奈達もタルトを美味しそうに食べている。みんなのことを見ていると、4時半までに起きられて良かったと思える。

「ダイちゃん、一口食べさせてあげるよ」
「ありがとう」

 俺達がそんな会話をしたから、一紗達がこちらを見ている。学校の昼休みもお弁当のおかずを食べさせ合うことに慣れているので、みんなに見られることに特に恥ずかしさは感じない。
 サクラは楽しげな様子で、自分のタルトをフォークで一口サイズに切り分ける。それを俺の口元まで持っていく。

「はーい、ダイちゃん。あ~ん」
「あーん」

 サクラにかぼちゃタルトを食べさせてもらう。その瞬間、二乃ちゃんが「きゃっ」と可愛らしい声を漏らす。彼女だけはこういう光景は見ていないからかな。
 自分で食べたときは優しい甘味だったけど、今回は結構強い甘味を感じる。サクラのフォークで食べさせてもらったからだろうか。

「どう? 美味しい」
「美味しいよ。じゃあ、お礼にサクラに一口食べさせてあげよう」
「ありがとう!」

 笑顔で返事をするサクラ、可愛いな。俺のタルトを全部あげてもいいくらい。
 さっきのサクラのように、俺はフォークでタルトを一口分に切り分け、サクラの口元に持っていく。

「サクラ、あーん」
「あ~ん」

 俺はサクラにかぼちゃタルトを食べさせる。すると、二乃ちゃんは再び「きゃっ」と黄色い声を。
 さっきと同じく、サクラは美味しそうにタルトを食べている。甘いものを食べているときの可愛い笑顔は昔と変わらないな。

「本当に美味しいね、このタルト。一紗ちゃん、買ってくれてありがとう」
「いえいえ。まあ、代金は両親持ちだけれどね。みんなが美味しそうに食べてくれて嬉しいわ。このタルトが大好きな人間の一人として」

 一紗はとても嬉しそうに言った。そんな一紗のかぼちゃタルトは、あと一口で食べ切れるくらいの大きさになっていた。さすがはこのタルトが大好きなだけある。
 それからも、俺達はかぼちゃタルトを楽しむのであった。
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