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本編-春休み編-
プロローグ『桜の花と幼馴染』
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『サクラブストーリー』
本編-春休み編-
「ダイちゃん」
近所の公園にある満開の桜の木の下で、大好きな幼馴染の女の子が俺に右手を差し出してきた。そのニッコリとした笑顔と、通っている高校の制服姿に見惚れてしまう。
でも、実際には何年も彼女から明るい笑顔を向けられたことがない。昔はよく見せてくれたけど。高校生になった今の彼女が明るく笑うとどんな感じになるのか、俺には分からないのだ。
「……サクラ」
彼女へのかつての呼び方を呟き、俺は彼女の右手を掴もうとする。
しかし、彼女の手を掴むことはできず、視界は白んでいく。皮肉にも、最初に見えなくなったのは彼女の笑顔だった。
「……やっぱり、夢だよな」
気付けば、薄暗い中で見慣れた天井が視界に入り、顔から首にかけて寒気を感じた。そのことに思わずため息付いてしまう。
「もうちょっと見ていたかったな」
彼女のことはたまに夢で見るけど、手を差し出すところまでは全然見たことがなかったから。
せめて、手を握るところまでは。彼女の手を握るとどんな感じなのか。彼女はどのような反応をするのか。夢でもそれは知りたかった。
3月23日、月曜日。
今日は東京都立四鷹高等学校で修了式が行なわれる。今日で高校1年生の日程も終わりだ。
俺・速水大輝の住んでいる四鷹市は朝から青空が広がっている。天気が崩れる心配もないので、1年生としていい締めくくりになりそうだ。
登校してから……大掃除のときも、テレビ中継による修了式のときも、通知表が渡される1年生最後のホームルームのときも、俺は幼馴染の桜井文香のことを何度も見た。
普段と同じく、文香は友人とはもちろんのこと、一緒の掃除当番の女子や、前の席に座っている女子とも楽しそうに喋っていた。そんなときに見せるクールで綺麗な顔に浮かぶ笑みはとても可愛らしかった。小さい頃から変わらない。そういったところも好きだ。
あと、いつもよりも文香が俺を見ていたのは気のせいだろうか。俺が文香を見ていたからそう感じただけかな。
「はーい、以上で1年生最後のホームルームは終わりです。みんな、1年間ありがとうございました! みんなのおかげで楽しい1年間になりました。私は地理と歴史科目担当ですから、文系を選んだ子達は来年度も担任になるかもしれませんね」
1年2組の担任・流川愛実先生がそう言うと、クラス全員で拍手を送り、クラス委員の女子生徒が流川先生に色紙を渡した。その色紙にはクラス全員からの感謝のメッセージが寄せ書きされている。
流川先生は微笑みながら、両眼から大粒の涙をいくつもこぼす。
「どうもありがとう! こういうものを渡されると、もうみんなが卒業しちゃうみたいね。でも、来年度もみんなと学校で会えるから嬉しいです! では、また4月に会いましょう!」
そして、1年生の日程はこれにて終わるのであった。
文系を選んだので、来年も流川先生のクラスになる可能性があるのか。そうなるといいな。先生は優しくてしっかりとしているし。
あと、できれば文香とも同じクラスがいいな。彼女も文系を選択したそうだから。
「1年も終わったな、速水! 成績はどうだった? 俺は学年110位だったぜ!」
終礼が終わるや否や親友の羽柴拓海が俺のところにやってきた。今日も爽やかな笑顔を俺に見せてくれる。彼とは高校に入学したときに出会った。出席番号が俺の一つ前であることや、俺と同じく漫画やアニメ、ライトノベルが大好きなこともあってすぐに仲良くなれた。高校での一番の親友と言っていいだろう。
1年の成績か。文香のことが気になって、順位は覚えてないな。改めて見てみることに。
「ええと……結構いい成績だった。学年順位は……15位だな」
「おっ、さすがは速水!」
凄えな、と羽柴は俺の肩を何度も叩いてくる。1学期の中間試験から、学年順位は10位から20位あたりを推移していた。2年になってもこの調子で頑張ろう。
「ありがとう。羽柴も順位が上がったんじゃないか? 最初は200位くらいだったし。300人以上いる中の110位はなかなかだと思う」
「それも試験の度に速水が勉強に付き合ってくれたおかげだ。礼を言うのはこっちの方さ。ありがとう。俺も文系だし、来年も速水と同じクラスになりたいぜ」
「俺も羽柴と同じクラスになれるといいな」
放課後や休日も、お互いにバイトがないときは、アニメショップやイベントに行ったりするけど。一緒のクラスになれたらより楽しいと思う。
「速水って今日はバイトあるのか?」
「ああ。でも、昼過ぎからだから、一緒に昼飯を食べるくらいの時間はあるよ」
「そっか。俺も同じ感じだ。これから佐藤達と一緒に駅前のラーメン屋に行くつもりなんだけど、速水も一緒に行かないか? 1年生の締めのラーメンを食おうぜ」
「ああ、一緒に食べよう」
「……大輝」
気付けば、俺の近くに文香が立っており、普段のクールな様子で俺を見ていた。それだけでドキッとする。セミロングの茶髪からシャンプーの甘い匂いが香ってきて、ドキドキが強くなっていく。
こうして間近で見ると、文香って綺麗な顔立ちをしている女の子だと思う。左の前髪に付けている桜のヘアピンがよく似合っている。今は真顔だけれど、夢で見た文香よりも可愛い。そう思ったからか、顔が熱くなってきた。
「ど、どうかしたか? 文香」
「……え、ええと……」
チラチラと俺を見る文香。段々と頬が赤くなっていくのが可愛らしい。
いったい、俺に何を話したいんだろう? そんなことを考えていると、文香は俺の目をしっかりと見て、
「えっと、その……こ、これからもよろしく!」
普段よりも大きめの声でそう言い、顔を真っ赤にして教室から走り去ってしまった。
「桜井、どうしたんだろうな? 速水によろしくって言って。恥ずかしそうにしているようにも見えたけど」
「……俺にもさっぱり」
「さっきの様子からして、速水に告白するのかと思ったけどな。桜井とは幼馴染だし、顔は結構かっこいいし」
「……どうなんだろうな。あと、顔はお前の方がいいと思うけど」
そんな端整な顔立ちの持ち主の羽柴は、この1年間で何人もの女子から告白された。ただ、今までの告白は全て「俺の愛する女は次元を越えた先にいる」などという理由で全て断っている。
「まあ、桜井にも色々あるんだろう。じゃあ、ラーメン屋行こうぜ」
「そうだな」
それから、俺は羽柴を含めた友人達と一緒に駅前のラーメン屋へ行き、大好きな醤油ラーメンを食べた。理系クラスに進む友人もいるので、ラーメンを食べているときは文化祭や体育祭など、1年生での思い出話で盛り上がった。
羽柴達と出会えたし、文香とも同じクラスだったから、高校1年生はいい1年間だったかな。
昼食後に羽柴達と別れた俺は、バイト先であるファーストフード店・マスバーガー四鷹駅南口店に行き、バイトを始める。普段はホール担当で、まれにキッチンの助っ人になることもある。
大学生など春休み中の人もいるからか、平日の昼過ぎでも休日並みにお客さんが来るなぁ。若い方が多く、四鷹高校を含め制服姿のお客さんもちらほらと。その中には、俺がバイトを始めてから何度も接客をしている方もいて。
多くの人と接客したからか、あっという間に時間は過ぎていき、休憩の時間に入った。
休憩室に入って、スマホを確認すると、
「……父さんから?」
LIMEというSNSアプリを通じて、新着メッセージが1件届いた通知があった。その差出人は、俺の父親・速水徹だ。
『バイトが終わったら、真っ直ぐ家に帰ってきてくれないか。大事な話があるから』
「大事な話……?」
いったい、何なのだろうか。気になるけど、今はバイト中だ。内容を知ったところで、俺がどうこうできるものではないだろう。父さんには『分かった』と返信を送っておいた。
15分ほどして休憩が終わり、再び仕事を始める。その間、父さんのメッセージの中にある『大事な話』や、下校する直前に文香の言った『よろしく』という言葉が頭から離れなかったのであった。
「お先に失礼します。お疲れ様です」
午後5時過ぎ。
バイト先を後にした俺は、家に向かって歩き始める。随分と陽が長くなったのか、今の時間でもまだまだ空は明るい。
「……それにしても、父さんは何を話すつもりなんだろう?」
父さんからのメッセージには『真っ直ぐ帰ってきてほしい』という文言もあった。おそらく、父さんは既に帰宅している可能性が高い。おそらく、何かあって会社を早退したんだ。まさか、急に転勤が決まって、俺も転校することになったとか?
今日はいつにないことがいくつも起こるな。終礼が終わった直後には、いきなり文香が俺のところに来て「これからよろしく!」なんて言ってきたし。
「……まさか、父さんの言う大事な話って、文香絡みなのか?」
なんてことも考えてしまう。
まあ、それも家に帰ったら分かることだ。あまり深く考えないでおこう。そんなことを思いながら、近くにある自販機でボトル缶のブラックコーヒーを買った。
近くに人がいないので、俺は桜並木の下を歩きながらブラックコーヒーをゴクゴクと飲む。
「綺麗だな……」
駅の近くにある桜並木はとても美しい。
暖冬の影響もあり、今年、東京ではホワイトデーに桜の開花が宣言された。史上最速らしい。ただ、それ以降は寒い日が続いたため、10日ほど経った今頃になって、ようやく桜の花を楽しめるようになった。
桜の木を見ると昨日見た夢を思い出す。
夢の中の文香は楽しそうな笑顔を俺に向けてくれた。それが現実となる日が来るのだろうか。コーヒーを一口飲むと、さっきよりもかなり苦く感じた。
それから10分もしないうちに帰宅した。
「ただいま」
家の中に入ると、普段よりも玄関にある靴の数がかなり多い。その中には父さんが仕事に行くときに履く革靴もあった。なので、父さんは帰ってきている。
靴の多さからして、現在、複数人の来客がいるようだ。父さんの話したい大事なことは、家族だけに関わることではないようだ。
玄関に上がってスリッパを履いたとき、リビングから母さんが姿を現した。
「ただいま、母さん」
「おかえり、大輝。あなた、やっぱり大輝だったわ」
「そうだったか、優子。ありがとう」
リビングの方から、父さんの声が聞こえた。普段と同じく落ち着いた雰囲気だ。
「母さんは知っているのか? 父さんが話そうとしている大事なことって」
「うん!」
母さんはニッコリとした表情で返事し、頷いた。どうして楽しそうにしているんだろう。逆にこれから何を言われるのか怖くなってきたぞ。
「リビングで話すから、そのまま来てくれる?」
「分かった」
母さんについて行く形でリビングに入る。
すると、近くのソファーにはワイシャツ姿の父さんが座っている。父さんは俺と目を合わすと穏やかに笑って「おかえり」と言った。そんな父さんの隣に母さんが腰を下ろす。
そして、テーブルを挟んだ向かい側のソファーには、
「おかえり、大輝」
私服姿の文香が座っていたのだ。ブラウス姿がとても可愛い。
文香を挟むようにして、彼女の父親の哲也おじさんと母親の美紀さんが座っていた。ちなみに、美紀さんがおばさんと言われるのが嫌がるので、彼女は名前呼びをしている。実際、おばさんと呼ぶには違和感があるほどに若々しく、快活な雰囲気の方だ。
「ただいま、文香。哲也おじさんと美紀さん、こんにちは」
「こんにちはー、大輝君」
「……こんにちは、大輝君。今日もバイトがあったそうだね。お疲れ様」
「あ、ありがとうございます」
元来の細い目で真剣に見つめられ、とても低い声でそう言われると、高校生の今でも背筋が伸びてしまう。哲也おじさんは見た目は恐いけど、父さんと同じく穏やかな性格で優しい人だ。
隣に座るように母さんに促されたので、俺はスクールバッグをソファーの側に置き、母さんの隣に腰を下ろす。
「……父さん。さっきくれたメッセージに書いてあった『大事な話』っていうのは、桜井家絡みなのか?」
「ああ、そうだ」
そう言い、父さんは真剣な表情で俺のことをじっと見てくる。
「明日、文香ちゃんが家に引っ越してくる。これからは文香ちゃんもここで一緒に暮らすことになった」
「えええっ!」
あまりにも予想外の内容だったので、思わず絶叫してしまうのであった。
本編-春休み編-
「ダイちゃん」
近所の公園にある満開の桜の木の下で、大好きな幼馴染の女の子が俺に右手を差し出してきた。そのニッコリとした笑顔と、通っている高校の制服姿に見惚れてしまう。
でも、実際には何年も彼女から明るい笑顔を向けられたことがない。昔はよく見せてくれたけど。高校生になった今の彼女が明るく笑うとどんな感じになるのか、俺には分からないのだ。
「……サクラ」
彼女へのかつての呼び方を呟き、俺は彼女の右手を掴もうとする。
しかし、彼女の手を掴むことはできず、視界は白んでいく。皮肉にも、最初に見えなくなったのは彼女の笑顔だった。
「……やっぱり、夢だよな」
気付けば、薄暗い中で見慣れた天井が視界に入り、顔から首にかけて寒気を感じた。そのことに思わずため息付いてしまう。
「もうちょっと見ていたかったな」
彼女のことはたまに夢で見るけど、手を差し出すところまでは全然見たことがなかったから。
せめて、手を握るところまでは。彼女の手を握るとどんな感じなのか。彼女はどのような反応をするのか。夢でもそれは知りたかった。
3月23日、月曜日。
今日は東京都立四鷹高等学校で修了式が行なわれる。今日で高校1年生の日程も終わりだ。
俺・速水大輝の住んでいる四鷹市は朝から青空が広がっている。天気が崩れる心配もないので、1年生としていい締めくくりになりそうだ。
登校してから……大掃除のときも、テレビ中継による修了式のときも、通知表が渡される1年生最後のホームルームのときも、俺は幼馴染の桜井文香のことを何度も見た。
普段と同じく、文香は友人とはもちろんのこと、一緒の掃除当番の女子や、前の席に座っている女子とも楽しそうに喋っていた。そんなときに見せるクールで綺麗な顔に浮かぶ笑みはとても可愛らしかった。小さい頃から変わらない。そういったところも好きだ。
あと、いつもよりも文香が俺を見ていたのは気のせいだろうか。俺が文香を見ていたからそう感じただけかな。
「はーい、以上で1年生最後のホームルームは終わりです。みんな、1年間ありがとうございました! みんなのおかげで楽しい1年間になりました。私は地理と歴史科目担当ですから、文系を選んだ子達は来年度も担任になるかもしれませんね」
1年2組の担任・流川愛実先生がそう言うと、クラス全員で拍手を送り、クラス委員の女子生徒が流川先生に色紙を渡した。その色紙にはクラス全員からの感謝のメッセージが寄せ書きされている。
流川先生は微笑みながら、両眼から大粒の涙をいくつもこぼす。
「どうもありがとう! こういうものを渡されると、もうみんなが卒業しちゃうみたいね。でも、来年度もみんなと学校で会えるから嬉しいです! では、また4月に会いましょう!」
そして、1年生の日程はこれにて終わるのであった。
文系を選んだので、来年も流川先生のクラスになる可能性があるのか。そうなるといいな。先生は優しくてしっかりとしているし。
あと、できれば文香とも同じクラスがいいな。彼女も文系を選択したそうだから。
「1年も終わったな、速水! 成績はどうだった? 俺は学年110位だったぜ!」
終礼が終わるや否や親友の羽柴拓海が俺のところにやってきた。今日も爽やかな笑顔を俺に見せてくれる。彼とは高校に入学したときに出会った。出席番号が俺の一つ前であることや、俺と同じく漫画やアニメ、ライトノベルが大好きなこともあってすぐに仲良くなれた。高校での一番の親友と言っていいだろう。
1年の成績か。文香のことが気になって、順位は覚えてないな。改めて見てみることに。
「ええと……結構いい成績だった。学年順位は……15位だな」
「おっ、さすがは速水!」
凄えな、と羽柴は俺の肩を何度も叩いてくる。1学期の中間試験から、学年順位は10位から20位あたりを推移していた。2年になってもこの調子で頑張ろう。
「ありがとう。羽柴も順位が上がったんじゃないか? 最初は200位くらいだったし。300人以上いる中の110位はなかなかだと思う」
「それも試験の度に速水が勉強に付き合ってくれたおかげだ。礼を言うのはこっちの方さ。ありがとう。俺も文系だし、来年も速水と同じクラスになりたいぜ」
「俺も羽柴と同じクラスになれるといいな」
放課後や休日も、お互いにバイトがないときは、アニメショップやイベントに行ったりするけど。一緒のクラスになれたらより楽しいと思う。
「速水って今日はバイトあるのか?」
「ああ。でも、昼過ぎからだから、一緒に昼飯を食べるくらいの時間はあるよ」
「そっか。俺も同じ感じだ。これから佐藤達と一緒に駅前のラーメン屋に行くつもりなんだけど、速水も一緒に行かないか? 1年生の締めのラーメンを食おうぜ」
「ああ、一緒に食べよう」
「……大輝」
気付けば、俺の近くに文香が立っており、普段のクールな様子で俺を見ていた。それだけでドキッとする。セミロングの茶髪からシャンプーの甘い匂いが香ってきて、ドキドキが強くなっていく。
こうして間近で見ると、文香って綺麗な顔立ちをしている女の子だと思う。左の前髪に付けている桜のヘアピンがよく似合っている。今は真顔だけれど、夢で見た文香よりも可愛い。そう思ったからか、顔が熱くなってきた。
「ど、どうかしたか? 文香」
「……え、ええと……」
チラチラと俺を見る文香。段々と頬が赤くなっていくのが可愛らしい。
いったい、俺に何を話したいんだろう? そんなことを考えていると、文香は俺の目をしっかりと見て、
「えっと、その……こ、これからもよろしく!」
普段よりも大きめの声でそう言い、顔を真っ赤にして教室から走り去ってしまった。
「桜井、どうしたんだろうな? 速水によろしくって言って。恥ずかしそうにしているようにも見えたけど」
「……俺にもさっぱり」
「さっきの様子からして、速水に告白するのかと思ったけどな。桜井とは幼馴染だし、顔は結構かっこいいし」
「……どうなんだろうな。あと、顔はお前の方がいいと思うけど」
そんな端整な顔立ちの持ち主の羽柴は、この1年間で何人もの女子から告白された。ただ、今までの告白は全て「俺の愛する女は次元を越えた先にいる」などという理由で全て断っている。
「まあ、桜井にも色々あるんだろう。じゃあ、ラーメン屋行こうぜ」
「そうだな」
それから、俺は羽柴を含めた友人達と一緒に駅前のラーメン屋へ行き、大好きな醤油ラーメンを食べた。理系クラスに進む友人もいるので、ラーメンを食べているときは文化祭や体育祭など、1年生での思い出話で盛り上がった。
羽柴達と出会えたし、文香とも同じクラスだったから、高校1年生はいい1年間だったかな。
昼食後に羽柴達と別れた俺は、バイト先であるファーストフード店・マスバーガー四鷹駅南口店に行き、バイトを始める。普段はホール担当で、まれにキッチンの助っ人になることもある。
大学生など春休み中の人もいるからか、平日の昼過ぎでも休日並みにお客さんが来るなぁ。若い方が多く、四鷹高校を含め制服姿のお客さんもちらほらと。その中には、俺がバイトを始めてから何度も接客をしている方もいて。
多くの人と接客したからか、あっという間に時間は過ぎていき、休憩の時間に入った。
休憩室に入って、スマホを確認すると、
「……父さんから?」
LIMEというSNSアプリを通じて、新着メッセージが1件届いた通知があった。その差出人は、俺の父親・速水徹だ。
『バイトが終わったら、真っ直ぐ家に帰ってきてくれないか。大事な話があるから』
「大事な話……?」
いったい、何なのだろうか。気になるけど、今はバイト中だ。内容を知ったところで、俺がどうこうできるものではないだろう。父さんには『分かった』と返信を送っておいた。
15分ほどして休憩が終わり、再び仕事を始める。その間、父さんのメッセージの中にある『大事な話』や、下校する直前に文香の言った『よろしく』という言葉が頭から離れなかったのであった。
「お先に失礼します。お疲れ様です」
午後5時過ぎ。
バイト先を後にした俺は、家に向かって歩き始める。随分と陽が長くなったのか、今の時間でもまだまだ空は明るい。
「……それにしても、父さんは何を話すつもりなんだろう?」
父さんからのメッセージには『真っ直ぐ帰ってきてほしい』という文言もあった。おそらく、父さんは既に帰宅している可能性が高い。おそらく、何かあって会社を早退したんだ。まさか、急に転勤が決まって、俺も転校することになったとか?
今日はいつにないことがいくつも起こるな。終礼が終わった直後には、いきなり文香が俺のところに来て「これからよろしく!」なんて言ってきたし。
「……まさか、父さんの言う大事な話って、文香絡みなのか?」
なんてことも考えてしまう。
まあ、それも家に帰ったら分かることだ。あまり深く考えないでおこう。そんなことを思いながら、近くにある自販機でボトル缶のブラックコーヒーを買った。
近くに人がいないので、俺は桜並木の下を歩きながらブラックコーヒーをゴクゴクと飲む。
「綺麗だな……」
駅の近くにある桜並木はとても美しい。
暖冬の影響もあり、今年、東京ではホワイトデーに桜の開花が宣言された。史上最速らしい。ただ、それ以降は寒い日が続いたため、10日ほど経った今頃になって、ようやく桜の花を楽しめるようになった。
桜の木を見ると昨日見た夢を思い出す。
夢の中の文香は楽しそうな笑顔を俺に向けてくれた。それが現実となる日が来るのだろうか。コーヒーを一口飲むと、さっきよりもかなり苦く感じた。
それから10分もしないうちに帰宅した。
「ただいま」
家の中に入ると、普段よりも玄関にある靴の数がかなり多い。その中には父さんが仕事に行くときに履く革靴もあった。なので、父さんは帰ってきている。
靴の多さからして、現在、複数人の来客がいるようだ。父さんの話したい大事なことは、家族だけに関わることではないようだ。
玄関に上がってスリッパを履いたとき、リビングから母さんが姿を現した。
「ただいま、母さん」
「おかえり、大輝。あなた、やっぱり大輝だったわ」
「そうだったか、優子。ありがとう」
リビングの方から、父さんの声が聞こえた。普段と同じく落ち着いた雰囲気だ。
「母さんは知っているのか? 父さんが話そうとしている大事なことって」
「うん!」
母さんはニッコリとした表情で返事し、頷いた。どうして楽しそうにしているんだろう。逆にこれから何を言われるのか怖くなってきたぞ。
「リビングで話すから、そのまま来てくれる?」
「分かった」
母さんについて行く形でリビングに入る。
すると、近くのソファーにはワイシャツ姿の父さんが座っている。父さんは俺と目を合わすと穏やかに笑って「おかえり」と言った。そんな父さんの隣に母さんが腰を下ろす。
そして、テーブルを挟んだ向かい側のソファーには、
「おかえり、大輝」
私服姿の文香が座っていたのだ。ブラウス姿がとても可愛い。
文香を挟むようにして、彼女の父親の哲也おじさんと母親の美紀さんが座っていた。ちなみに、美紀さんがおばさんと言われるのが嫌がるので、彼女は名前呼びをしている。実際、おばさんと呼ぶには違和感があるほどに若々しく、快活な雰囲気の方だ。
「ただいま、文香。哲也おじさんと美紀さん、こんにちは」
「こんにちはー、大輝君」
「……こんにちは、大輝君。今日もバイトがあったそうだね。お疲れ様」
「あ、ありがとうございます」
元来の細い目で真剣に見つめられ、とても低い声でそう言われると、高校生の今でも背筋が伸びてしまう。哲也おじさんは見た目は恐いけど、父さんと同じく穏やかな性格で優しい人だ。
隣に座るように母さんに促されたので、俺はスクールバッグをソファーの側に置き、母さんの隣に腰を下ろす。
「……父さん。さっきくれたメッセージに書いてあった『大事な話』っていうのは、桜井家絡みなのか?」
「ああ、そうだ」
そう言い、父さんは真剣な表情で俺のことをじっと見てくる。
「明日、文香ちゃんが家に引っ越してくる。これからは文香ちゃんもここで一緒に暮らすことになった」
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冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
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