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第17話『胃を掴まれる』

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 7月10日、水曜日。
 ゆっくりと目を覚ますと、エリカさんやリサさんの姿は……当然なかった。
 エリカさんの匂いが若干残っている程度なので、俺が眠った後にエリカさんが眠りに来たことはないだろう。
 寝室を出ると、リビングの方からエリカさんとリサさんの話し声が聞こえるな。2人はもう起きているのか。
 顔を洗って、歯を磨いた後、俺はリビングへと向かう。すると、中には部屋着姿のエリカさんと、メイド服姿のリサさんがいた。

「おはよう、宏斗さん」
「……おはようございます。風見様」
「おはようございます、エリカさん、リサさん」

 エリカさんは優しげな笑みを浮かべながら、リサさんはどこか気に食わない様子でそれぞれ俺に挨拶をしてくれた。

「風見様、そこに座っていてください。……ちょ、朝食を用意しますので」
「ありがとうございます」

 リサさんは台所の方に向かった。
 昨日は俺の夕食を作らなかったのに、いったい何があったんだろう。そんなことを考えながら、俺は椅子に座った。

「昨日、宏斗さんがメッセージをくれた後に、リサやお母さんと3人で宏斗さんのことについて話し合ったの。私が宏斗さんとここで暮らし始めてからのことを説明して、その内容にリサが意見してね」
「そうだったんですか。それで、ルーシーさんはどんなことを言っていましたか?」
「リサが宏斗さんのことを厭らしい人だと考えてしまうのも理解はできるって」
「そうですか……」

 一緒に寝たり、お風呂に入ったり、耳やしっぽを触ったり、頬にキスをしたり。人によっては、それを厭らしいと捉えてしまうのだろう。

「ただ、出会って間もないし、宏斗さんのことをもう少し知ってから、本当に厭らしい人なのかどうか考えてみてもいいんじゃないかって。あと、お母さんは宏斗さんのことを悪い人じゃないって考えているみたいだけれど」
「エリカさんとルーシーさんがそう考えてくれることが、せめての救いだと思います。ただ、これからは気を付けないといけないですね」
「私は今まで通りでいいと思うけれどな。本当に嫌だと思ったら、そのときは嫌だってちゃんと言うから。そうすれば、宏斗さんは止めてくれるって信じているからね」
「……そうですか」

 エリカさんの頭を撫でそうになったけれど、思い留まった。ただ、信じてくれることがたまらなく嬉しかったのだ。しかも、出会ってから数日ほどの異星人の女性が。

「あと、ここでお世話になっているのだから、私達を受け入れてくれた家主である宏斗さんに少しは奉仕しなさいってリサと私に命令してた」
「そうですか。ただ、無理強いしないようにしてください」
「うん」

 俺もリサさんやエリカさんが家のことをしてくれるからといって、甘えてしまわないように気を付けないと。

「お、お待たせしました。風見様」

 すると、リサさんが朝食を乗せたお盆を持ってリビングにやってきた。ルーシーさんからの命令に不服を抱いているのか、ムスッとした表情だ。
 朝食はご飯、豆腐とわかめの味噌汁、玉子焼きか。ご飯と味噌汁はもちろんだけど、玉子焼きはとても黄色く、ふんわりとしていて美味しそうだ。ただ、俺が食べるので味がおかしい可能性は捨てきれない。

「どうぞ、お召し上がりくださいませ」

 睨みながらそう言われると、美味しいご飯も美味しくなくなっちゃうよ。ただ、一日かそこらで俺に対する印象は変わらないよな。
 とりあえず、朝食をいただこう。

「いただきます」

 さっそく、味噌汁を一口飲む。温かいから身に沁みるなぁ。だしが利いていて美味しい。

「味噌汁、とても美味しいですよ」
「当然です。台所にあった粉末のだしを使いましたからね」
「……なるほど」

 そのだしは、俺も味噌汁や煮物を作るときなどに使っているけれど。
 次は一番気になっている玉子焼きをいただくことにしよう。箸で一口サイズに切って口の中に入れる。

「うん! これは美味しいですよ!」

 ふんわりとした食感に、玉子の優しい甘み。今まで食べてきた玉子焼きの中でも指折りの美味しさだと思う。

「ダイマ王星にも似たようなお料理がありますからね。それを100年以上作っていますから、美味しくできて当然なのです」

 ふふん、とリサさんはドヤ顔を浮かべている。しっぽも激しく振っているし。当然と言いながら、本当はとても嬉しかったりして。あと、俺に対して初めて笑顔を見せてくれた気がする。

「リサはお料理上手だからね。さすがだね。私が作った料理では宏斗さんがここまでの反応を見せなかったもん。もちろん、美味しいって言ってくれるけれど」
「なるほど。せっかく地球に住み始めたのですから、本場で地球の料理を一緒に勉強していきましょう、エリカ様。そうして、風見様の胃袋を掴み、私達に従わせるのです」
「従わせる必要はないと思うけれど、料理は重要だよね」

 胃袋を掴むということは、これからも俺に料理を作ってくれるということか。それが嬉しいと思うなんて、ある意味で2人に既に胃袋を掴まれている気がする。
 ただ、この朝食はとても美味しい。昨日のお昼から何も食べていなかったこともあって箸が進む。

「……美味しかった。ごちそうさまでした」
「食べるのが風見様でも嬉しくなるくらいの食べっぷりでしたね」
「もっと素直になればいいのに、リサ」
「ははっ、リサさんが俺に朝食を作ってくれて嬉しかったです。ありがとうございます。これで今日の仕事を頑張ることができそうです」
「……そうですか。せいぜい頑張ってください。仕事に支障が出たら、多くの方に迷惑をかけてしまいますから」
「今日もお仕事を無理せずに頑張ってね、宏斗さん」
「ありがとうございます」

 刺々しい言葉選びだけれど、昨日に比べたらリサさんとの距離が少しは縮まったのかなと思う。この調子でリサさんともっと話せるようになれば幸いだ。
 朝食を食べ終わった俺は寝室に戻ってスーツに着替える。そういえば、昨日は夕食がなかったけれど、洗濯はしてくれていたな。
 身支度をして寝室を出ると、玄関の近くにエリカさんとリサさんの姿が。

「いってらっしゃい、宏斗さん。お仕事頑張ってね」
「……いってらっしゃいませ、風見様」
「いってきます、エリカさん、リサさん」

 笑顔で手を振るエリカさんと、俺が家からいなくなるからなのか落ち着いた様子見せるリサさんに見送られながら俺は出勤をするのであった。


 十分な睡眠とリサさんの作ってくれた朝食のおかげで、今日は仕事に集中できるようになった。寝ることと食事をすることの大切さを、27歳で改めて思い知る。

「宏斗先輩、元気になりましたね。本当に安心しました」
「昨日は心配かけちゃってごめんね。愛実ちゃんの言うように、昨日はかなり早く寝たから元気になったよ。朝ご飯も食べられたし」
「それなら良かったです。……あの、宏斗先輩が少しでも元気になればいいなと思って、あたし、玉子焼きを作ってきたんです。お昼にいかがですか?」
「うん、いただくよ。ありがとう、愛実ちゃん」
「はい!」

 俺のことを心配して料理を作ってくれるなんて。とても優しい子だな。
 昼食には愛実ちゃんの作った玉子焼きを食べた。昨日はかなり調子が悪かった俺のことを考えてなのか、今朝のリサさんの玉子焼きに比べてかなり甘かったけれど、これはこれで美味しいなと思うのであった。
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