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第4章
第18話『恋人として』
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『私、実家に帰ります』
昨日の夜、宮原さんからの電話でその言葉を聞いたとき、あたしは驚きを隠せなかった。あの子なら、記憶が回復するまでは彼の側にいてくれると思ったから。
でも、理由を訊いたら、そんなあたしの考えは彼女への甘えでしかなかった。
直人にはあたしという恋人がいる。直人のことが好きだからこそ、そんな人の側にいることに罪悪感を抱いてしまった。あたしは宮原さんにとても苦しい想いをさせてしまったのかもしれない。
今日からは学校以外ではあたしが直人の側にいることにした。大好きな人の側にいて、大好きな人に笑顔になってほしいから。
午後6時半。
あたしは月原高校の体育館へと向かう。そこには部活が終わって、更衣室に向かい始める女バスの生徒達がいた。この前の試合もあってか、いい表情で私のことを見てくる人はあまりいない。自業自得だなぁ。
コートの横には直人、宮原さん、吉岡さん達もいる。彼らはまだ体育館の中で何かを話しているようだった。
「あっ、咲さん」
最初にあたしのことを気付いたのは直人だった。すぐにあたしのところへやってくる。
「今日もお疲れ様です、咲さん」
「うん、お疲れ様。直人の様子を見に来たの。あと、今日は金曜日だし、直人とずっと一緒にいようと思って」
「そうですか。嬉しいです。咲さんと一緒にいられるなんて」
直人の淀みない笑顔から、今の言葉が本心からのものであると分かる。こんな笑顔、記憶を失う以前には見たことがない。
ふと、宮原さんと吉岡さんのことが気になって、彼女達の方を見てみるとちょっと遠くの方であたし達のことを見ながら話しているようだった。やっぱり、あたしと直人のことを見て思うところがあるみたい。
宮原さんと吉岡さんがあたし達のところまでやってくる。
「広瀬先輩。今日もお疲れ様です」
「お疲れ様、宮原さん。吉岡さんもお疲れ様」
「うん、お疲れ様」
2人の笑顔も寂しそうだけど、何かを吹っ切ったような感じに見える。きっと、2人は今のこの状況を受け入れる決断をしたのだと思う。強いな。
「今日から、直人先輩のことをよろしくお願いしますね」
「何かあったときには彩花ちゃんや私に相談してきて」
「うん、分かった。ありがとう」
あたしの勝手な決め方で2人を振り回したのに、2人はあたしが直人の恋人という事実を受け入れてくれた。
直人が好きな気持ち。大切に想っている気持ち。2人が抱いているそんな気持ちに応えるためにも、あたしは直人と一緒に幸せにならないと。ううん、なりたい。
「あたしは直人のことが大好きだから。直人の側にいて、直人のことを幸せにするわ」
それがあたしの決意。
どんな経緯であれ、あたしは直人の彼女になった。彼女になった以上、直人のことを幸せにしたいし、あたしも幸せになりたい。彼とはそんな関係になりたい。
あたしのすぐ側に立っている直人は照れくさいのか頬を赤くしていた。彼ってこんなにかわいい表情を見せる人だったっけ?
「その言葉、叶えてくださいね、広瀬先輩」
「そうだね。もし、それができなかったら、いつでも彩花ちゃんや私が直人を恋人にするって思っておいてね。今だって、私達は直人のことが好きなんだから。だから、直人と一緒に幸せになって」
「……もちろん。あたしは直人と一緒に幸せになるわ」
何だか、2人からバトンをもらったような感じ。直人を好きであるという想いと、直人を大切に想うというバトン。2人から受け継いだこのバトンを大切にしなくちゃ。
「……直人。一緒に帰ろうか」
「そうですね。彩花さん、渚さん、また月曜日に」
「ええ。また、月曜日に会いましょう。直人先輩」
「広瀬さんと仲良くね」
「……はい」
あたしと直人は2人の元から歩き出す。恋人らしく、手を繋いで。
夕暮れの月原の街を直人と一緒に歩く。ううっ、直人と手を繋いでいるだけなのに凄くドキドキする。手汗が凄いことになってるよ。
「咲さんとこうして歩いていると、何だかドキドキしますね」
「あたしも同じことを思ってた」
「咲さんも、ですか。何だか緊張しちゃって、手汗が凄いことになっちゃって。恋人と手を繋ぐことが初めてだからですかね……」
「へえ、意外。宮原さんや吉岡さんがいたから、女の子と手を繋いでいることには慣れていると思ってた」
幼なじみの美緒だっているんだし。唯とも小さい頃は繋いでいたんじゃないかしら。もしかしたら、記憶を失ったから手を繋ぐことに緊張しちゃうのかな。
「緊張するに決まっているじゃないですか。だって、恋人と手を繋ぐことは僕にとって特別なことなんですから」
「直人……」
「でも、咲さんとこうして一緒に歩くとちょっとだけ懐かしい感じがします。もしかして、咲さんも洲崎町での方なのですか?」
「うん、そうだよ」
記憶を失っているといっても、完全に消えたわけじゃないんだ。だからこそ、唯のことで苦しみ、あたしと一緒にいることが懐かしいと思う。
「中学1年のときだけなんだけどね。直人のクラスメイトだったんだよ」
「……そうだったんですか」
「きっかけは忘れたけど、気付けば直人のことばかり気になって、遠くからずっと直人のことを見ていて。たまに、教室で話したり、校内を一緒に歩いたりしたことはあったけど。告白できないまま引越しになっちゃって。それから3年以上経っても、直人が好きだっていう気持ちは消えなかった。だから、直人と恋人同士になって、こうして一緒に歩けているのがとても嬉しいの」
直人が記憶を失った状態でも、あたしの恋人であり、あたしと今、手を繋いでいる人が直人であることに変わりはない。
直人は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「咲さんは僕のことをずっと想っていてくれたんですね。僕も今、咲さんにとても温かな気持ちを抱いています。それはきっと、好きな気持ちなんだと思います」
「直人……」
「……記憶を失ったこんな僕ですけど、僕と付き合ってください、咲さん」
好きな気持ちを抱いていること。付き合ってほしいと言ってくれること。それを直人の口から聞けることがとても嬉しくて。思わず涙が出そうになって。
「もちろんよ」
そんな短い返事でさえも、声が震えてしまっていた。
「良かったです。咲さんが恋人になって。咲さんが恋人で」
「……あたしも。直人が恋人になってくれて良かった」
でも、そんな有頂天の時間を味わえたのはほんの少しだけだった。
ふと、嬉しい気持ちの中にとても小さな穴が空く。
直人は記憶を失っているから、今のような言葉を言ってくれたんじゃないかと。そう思ってしまった。
大事なバスケの試合を利用して、あたしは直人の恋人になった。
その事実は変わらないのだから。もし、記憶がある状態だったら、直人はあたしのことが好きだと言って、付き合ってほしいと言ってくれたのかな。
「ねえ、直人。もし、記憶が戻ってもあたしの恋人でいてくれる?」
この不安な気持ちを少しでもなくしたくて。思わず直人にそんなことを訊いてしまう。
直人は私の目を見て一度、首肯する。
「もちろんですよ。過去にどんなことがあって、それを思い出しても僕が抱く咲さんへの気持ちは変わりません。だから、安心してください。それに、大切なのはこれからのことだと思います」
直人はそう即答し、あたしの頭を優しく撫でてくれた。
本当に優しいところは初めて会ったときから変わらないな。好きになったところが変わっていなくて安心する。
そうだよね。大切なのはこれから直人とどうやって付き合っていくかだよね。
「そういえば、今日は一緒にいてくれると言いましたよね。その……僕の家か、咲さんの家……どちらに泊まりますか? 僕はどちらでもかまいませんが」
「……へっ?」
思わず、間の抜けた声を出してしまう。
そういえば……今日は一緒にいるって言ったっけ。でも、直人はそれをお泊まりするっていう意味で受け取っちゃったのね。付き合って間もないのに、直人と、その……一夜を明かしていいのかしら。でも、直人は記憶喪失だから、何かあったときのためにあたしが一緒にいた方がいいわよね。
「咲さん?」
「は、はいっ!」
「どうしたんですか? 何だか凄く汗を掻いていますが……」
「空気が蒸し暑いからよ! き、気にしなくていいから」
緊張からの冷や汗だなんて言えない。
「それで、どうしましょうか。咲さんの意向に沿うつもりですが」
「そうね! じゃあ……あ、あたしの家にしよう!」
「分かりました。では、一旦、僕の家に戻って、荷物をまとめてもいいですか?」
「う、うん……」
しまった。思わず自分の家って言っちゃったけれど、直人の家だったら直人と2人きりで一夜を明かせたのに。
一旦、直人の家に寄るけど、直人の家がいいと言うことができなかった。実際にここにいると、2人きりになるのが緊張してきたし。
でも、直人と一緒にいられることが嬉しいし。それに、直人の家に上がれたことも嬉しくて。あたしの家でもいいかなと思うようになってきた。
私服姿に着替えた直人と一緒にあたしの家に向かうのであった。
昨日の夜、宮原さんからの電話でその言葉を聞いたとき、あたしは驚きを隠せなかった。あの子なら、記憶が回復するまでは彼の側にいてくれると思ったから。
でも、理由を訊いたら、そんなあたしの考えは彼女への甘えでしかなかった。
直人にはあたしという恋人がいる。直人のことが好きだからこそ、そんな人の側にいることに罪悪感を抱いてしまった。あたしは宮原さんにとても苦しい想いをさせてしまったのかもしれない。
今日からは学校以外ではあたしが直人の側にいることにした。大好きな人の側にいて、大好きな人に笑顔になってほしいから。
午後6時半。
あたしは月原高校の体育館へと向かう。そこには部活が終わって、更衣室に向かい始める女バスの生徒達がいた。この前の試合もあってか、いい表情で私のことを見てくる人はあまりいない。自業自得だなぁ。
コートの横には直人、宮原さん、吉岡さん達もいる。彼らはまだ体育館の中で何かを話しているようだった。
「あっ、咲さん」
最初にあたしのことを気付いたのは直人だった。すぐにあたしのところへやってくる。
「今日もお疲れ様です、咲さん」
「うん、お疲れ様。直人の様子を見に来たの。あと、今日は金曜日だし、直人とずっと一緒にいようと思って」
「そうですか。嬉しいです。咲さんと一緒にいられるなんて」
直人の淀みない笑顔から、今の言葉が本心からのものであると分かる。こんな笑顔、記憶を失う以前には見たことがない。
ふと、宮原さんと吉岡さんのことが気になって、彼女達の方を見てみるとちょっと遠くの方であたし達のことを見ながら話しているようだった。やっぱり、あたしと直人のことを見て思うところがあるみたい。
宮原さんと吉岡さんがあたし達のところまでやってくる。
「広瀬先輩。今日もお疲れ様です」
「お疲れ様、宮原さん。吉岡さんもお疲れ様」
「うん、お疲れ様」
2人の笑顔も寂しそうだけど、何かを吹っ切ったような感じに見える。きっと、2人は今のこの状況を受け入れる決断をしたのだと思う。強いな。
「今日から、直人先輩のことをよろしくお願いしますね」
「何かあったときには彩花ちゃんや私に相談してきて」
「うん、分かった。ありがとう」
あたしの勝手な決め方で2人を振り回したのに、2人はあたしが直人の恋人という事実を受け入れてくれた。
直人が好きな気持ち。大切に想っている気持ち。2人が抱いているそんな気持ちに応えるためにも、あたしは直人と一緒に幸せにならないと。ううん、なりたい。
「あたしは直人のことが大好きだから。直人の側にいて、直人のことを幸せにするわ」
それがあたしの決意。
どんな経緯であれ、あたしは直人の彼女になった。彼女になった以上、直人のことを幸せにしたいし、あたしも幸せになりたい。彼とはそんな関係になりたい。
あたしのすぐ側に立っている直人は照れくさいのか頬を赤くしていた。彼ってこんなにかわいい表情を見せる人だったっけ?
「その言葉、叶えてくださいね、広瀬先輩」
「そうだね。もし、それができなかったら、いつでも彩花ちゃんや私が直人を恋人にするって思っておいてね。今だって、私達は直人のことが好きなんだから。だから、直人と一緒に幸せになって」
「……もちろん。あたしは直人と一緒に幸せになるわ」
何だか、2人からバトンをもらったような感じ。直人を好きであるという想いと、直人を大切に想うというバトン。2人から受け継いだこのバトンを大切にしなくちゃ。
「……直人。一緒に帰ろうか」
「そうですね。彩花さん、渚さん、また月曜日に」
「ええ。また、月曜日に会いましょう。直人先輩」
「広瀬さんと仲良くね」
「……はい」
あたしと直人は2人の元から歩き出す。恋人らしく、手を繋いで。
夕暮れの月原の街を直人と一緒に歩く。ううっ、直人と手を繋いでいるだけなのに凄くドキドキする。手汗が凄いことになってるよ。
「咲さんとこうして歩いていると、何だかドキドキしますね」
「あたしも同じことを思ってた」
「咲さんも、ですか。何だか緊張しちゃって、手汗が凄いことになっちゃって。恋人と手を繋ぐことが初めてだからですかね……」
「へえ、意外。宮原さんや吉岡さんがいたから、女の子と手を繋いでいることには慣れていると思ってた」
幼なじみの美緒だっているんだし。唯とも小さい頃は繋いでいたんじゃないかしら。もしかしたら、記憶を失ったから手を繋ぐことに緊張しちゃうのかな。
「緊張するに決まっているじゃないですか。だって、恋人と手を繋ぐことは僕にとって特別なことなんですから」
「直人……」
「でも、咲さんとこうして一緒に歩くとちょっとだけ懐かしい感じがします。もしかして、咲さんも洲崎町での方なのですか?」
「うん、そうだよ」
記憶を失っているといっても、完全に消えたわけじゃないんだ。だからこそ、唯のことで苦しみ、あたしと一緒にいることが懐かしいと思う。
「中学1年のときだけなんだけどね。直人のクラスメイトだったんだよ」
「……そうだったんですか」
「きっかけは忘れたけど、気付けば直人のことばかり気になって、遠くからずっと直人のことを見ていて。たまに、教室で話したり、校内を一緒に歩いたりしたことはあったけど。告白できないまま引越しになっちゃって。それから3年以上経っても、直人が好きだっていう気持ちは消えなかった。だから、直人と恋人同士になって、こうして一緒に歩けているのがとても嬉しいの」
直人が記憶を失った状態でも、あたしの恋人であり、あたしと今、手を繋いでいる人が直人であることに変わりはない。
直人は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「咲さんは僕のことをずっと想っていてくれたんですね。僕も今、咲さんにとても温かな気持ちを抱いています。それはきっと、好きな気持ちなんだと思います」
「直人……」
「……記憶を失ったこんな僕ですけど、僕と付き合ってください、咲さん」
好きな気持ちを抱いていること。付き合ってほしいと言ってくれること。それを直人の口から聞けることがとても嬉しくて。思わず涙が出そうになって。
「もちろんよ」
そんな短い返事でさえも、声が震えてしまっていた。
「良かったです。咲さんが恋人になって。咲さんが恋人で」
「……あたしも。直人が恋人になってくれて良かった」
でも、そんな有頂天の時間を味わえたのはほんの少しだけだった。
ふと、嬉しい気持ちの中にとても小さな穴が空く。
直人は記憶を失っているから、今のような言葉を言ってくれたんじゃないかと。そう思ってしまった。
大事なバスケの試合を利用して、あたしは直人の恋人になった。
その事実は変わらないのだから。もし、記憶がある状態だったら、直人はあたしのことが好きだと言って、付き合ってほしいと言ってくれたのかな。
「ねえ、直人。もし、記憶が戻ってもあたしの恋人でいてくれる?」
この不安な気持ちを少しでもなくしたくて。思わず直人にそんなことを訊いてしまう。
直人は私の目を見て一度、首肯する。
「もちろんですよ。過去にどんなことがあって、それを思い出しても僕が抱く咲さんへの気持ちは変わりません。だから、安心してください。それに、大切なのはこれからのことだと思います」
直人はそう即答し、あたしの頭を優しく撫でてくれた。
本当に優しいところは初めて会ったときから変わらないな。好きになったところが変わっていなくて安心する。
そうだよね。大切なのはこれから直人とどうやって付き合っていくかだよね。
「そういえば、今日は一緒にいてくれると言いましたよね。その……僕の家か、咲さんの家……どちらに泊まりますか? 僕はどちらでもかまいませんが」
「……へっ?」
思わず、間の抜けた声を出してしまう。
そういえば……今日は一緒にいるって言ったっけ。でも、直人はそれをお泊まりするっていう意味で受け取っちゃったのね。付き合って間もないのに、直人と、その……一夜を明かしていいのかしら。でも、直人は記憶喪失だから、何かあったときのためにあたしが一緒にいた方がいいわよね。
「咲さん?」
「は、はいっ!」
「どうしたんですか? 何だか凄く汗を掻いていますが……」
「空気が蒸し暑いからよ! き、気にしなくていいから」
緊張からの冷や汗だなんて言えない。
「それで、どうしましょうか。咲さんの意向に沿うつもりですが」
「そうね! じゃあ……あ、あたしの家にしよう!」
「分かりました。では、一旦、僕の家に戻って、荷物をまとめてもいいですか?」
「う、うん……」
しまった。思わず自分の家って言っちゃったけれど、直人の家だったら直人と2人きりで一夜を明かせたのに。
一旦、直人の家に寄るけど、直人の家がいいと言うことができなかった。実際にここにいると、2人きりになるのが緊張してきたし。
でも、直人と一緒にいられることが嬉しいし。それに、直人の家に上がれたことも嬉しくて。あたしの家でもいいかなと思うようになってきた。
私服姿に着替えた直人と一緒にあたしの家に向かうのであった。
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