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第3章
第22話『復活の陽』
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6月22日、土曜日。
今日は雨が降っていないけど、結構分厚い雲が空を覆っている。いつ雨が降り出してもおかしくない状況だ。
今日も決勝ラウンドの試合が行なわれており、月原高校の試合は午後にある。今日の対戦相手も金崎ではないので、金崎とは明日戦うことに。
今日は学校が休みだけど、部活の公式試合の応援なので、制服を着て応援にすることになった。
午後2時。
俺は彩花や一ノ瀬さんと一緒に試合会場に到着した。
電車が遅延してしまったので、会場に到着したときには月原高校は試合の真っ最中であり第2クォーターだった。スマホで試合経過を逐一確認し、第1クォーターが終わったところで月原高校がリードしていた。そのリードは今も守っている状況だ。電車遅延で嫌な予感がしたけど、これなら大丈夫そうかな。
また、金崎高校については午前中に試合が行なわれ、咲から勝利したとメッセージが届いた。これで月原高校が勝利しないと金崎高校が大きくリードする状況になる。
決勝ラウンドは4チームでの総当たり戦で、上位3チームがインターハイに出場する。勝った試合数が最優先されるので、既に2勝した金崎高校はインターハイ出場を決めた。俺もそのことについてはとても嬉しかった。インターハイで咲の戦う姿が観られるのだから。
観客席に行くと、遠くの方に金崎高校の制服を着た咲がチームメンバーらしき女子と一緒に月原高校の試合を観戦していた。咲は真剣な表情でコートの方を見ており、時折、周りの女子と話し合っている。明日対戦する月原高校のことを研究しているのだろうか。金崎にとって、一番注意しなければいけないのは月原だろうから。
「広瀬先輩の邪魔をしてはいけませんし、私達は離れたところで見ましょうか」
彩花のそんな一言によって、俺達は咲の邪魔にならず、彼女の姿は見える絶妙な場所に座った。
「渚先輩、今日はフルで出場しているんですよね」
「ああ、今日の試合で調子を上げていきたいらしい」
明日の試合の相手がまだ、金崎高校と決まったわけではないけど。決勝ラウンドという舞台で最高のバスケをしたいのだろう。
それにしても、渚の回復力には驚かされる。まさか、フル出場できるくらいまでに体調が良くなるなんて。
ちなみに、俺も昨日は普通に眠れたので体調も少しずつ良くなってきている。頭痛はまだあるものの、昨日よりも軽い痛みで済んでいる。
「吉岡先輩はフル出場できるほどに体調が良くなったのですか?」
「そうだよ。凄いよね、渚先輩って」
「そうですね。今の吉岡先輩もよく動いていましたし。これなら、明日だって絶対に勝てる気がします」
「私もそう思う! だって、渚先輩が帰ってきたんだもん。香奈ちゃんに部長さんに……女バスが全員力を合わせれば、絶対に勝てるよ」
いつになく、彩花は声を張らせてそう言った。今の言葉を部活の関係者に聞かせたら、すぐにマネージャーに内定ではないだろうか。彩花の女バス愛が存分に伝わる一言だったと思う。
今の彩花の声に気付いたのか、咲が俺達の方に視線を向けてきた。俺と目が合うと、咲は少し頬を赤くし慌ててコートの方を見る。その様子を見た周りの女子が何やらからかっているようで。
「広瀬先輩、本気なんですね。そして、そんな彼女のことを周りが応援している。私は酷い誤解をしていたのかもしれません。どっちも同じ。きっと、目指したいものに向かって、ただ一生懸命になっているだけなのでしょうね」
一ノ瀬さんは落ち着いた笑みを浮かべながらぼそっ、と呟いた。
目指したいものか。それはインターハイ出場と俺と付き合うということ。そして、何よりも試合に勝つこと。渚も咲も、それに向かってただひたすら頑張っているんだ。そんな2人はもちろんのこと、双方のチーム全員が眩しく見える。
「さあ、そろそろ第3クォーターが始まりますよ! 月原高校を応援しましょう!」
さすがに女バスのサポートをしているだけあって、彩花は張り切っている。
そして、試合は後半へと突入した。
先週ほどではないものの、渚の安定したプレーは対戦校の選手を上回り、香奈さんの攻撃的なプレーと上手くかみ合っている。部長さん達など、他の3人のメンバーとのチームプレーもいい。月原高校というチームが復活し始めているのが分かる。
時々、咲達の方も見ていたけど、みんな真剣そうな表情をして試合を観戦していた。咲以外のメンバーは焦りのような様子も見せることもあったけど、咲だけは別だった。このくらいのプレーは想定内なのか、それとも、自分の方が上手いと思っているのか。そんな咲を見て、やっぱり咲はエースなんだと実感する。
試合の主導権は常に月原高校が握り、相手の高校に逆転されることがないまま試合が終了した。昨日の試合も勝っているので、この瞬間、月原高校のインターハイ出場が決定した。そのことが分かって、俺のすぐ側では彩花と一ノ瀬さんは喜びの抱擁をして、コートでは渚が嬉しそうな様子で香奈さん達と抱きしめ合っていた。
「勝ったよ! インターハイだよ!」
「ええ! 香奈ちゃんもさすがでしたが、何よりも吉岡先輩の復活が凄いです!」
「そうだね! 明日は金崎高校に絶対に勝てるよ!」
試合の全てを観られなかったけれど、2人の言うとおり渚の復活したことが実感できた試合だった。消去法で明日の試合が金崎であることが分かっている。一時期はとても暗くなっていた勝利への道に、今は陽が差している。
渚と香奈さんが俺達の方に気付いたので、3人で手を振ると、コートにいる月原高校のメンバーが喜んだ様子で手を振ってきてくれた。
「インターハイ出場決定おめでとう」
気付けば、咲が俺達のすぐ側まで来ていた。そうか、月原は2勝したから上位3チームになることは確定したか。
「金崎の方も出場決定おめでとう」
「ありがとう、直人。……あと、吉岡さんは凄いわね。友達から、吉岡さんが体調を悪くしていたことは知っていたわ。そこから、ここまで復活するなんて」
「渚先輩のことはもちろんですが、月原の女バスを舐めない方がいいですよ」
彩花がそう言うと、咲はふっと笑った。
「舐めているわけがないじゃない。むしろ、月原だけが警戒している高校よ。だから、今回の試合を見て月原のことを研究していたの。月原のメンバーだって、午前中のあたしたちの試合を観ていたわよ」
「そうだったのか」
こちら側も、決勝ラウンドに進んだ高校の中で一番強い高校は金崎だと考えている。渚は午前中に金崎のことを研究した上で、今日の試合に臨んだのかもしれない。自分の思い描くプレーを実現できるように。
「宮原さん、あなたは悔しくないの? 自分のことを吉岡さんに任せちゃって」
「……そういう風に仕向けたのは広瀬さんじゃないですか。悔しい思いはとっくにしています。だからこそ、私は渚先輩達と一緒に戦うくらいの気持ちで応援しているんです。これ以上、悔しい思いをしたくないから」
そう言う彩花は咲と立派に肩を並べているように見えた。試合に勝ちたいという想いの強さは渚と変わらない。彩花だって立派なチームメイトだ。
「宮原さんのその想いがどれだけ強いのか確かめたくなってくるわね。あたし達が勝って、今、あなたの隣にいる直人があたしの恋人になっても悔しい想いをしないのか。それは吉岡さんにも同じことを言えるわ。彼女もあなたと同じように見えるから」
どうやら、咲は月原に勝つことに絶対的な自信があるようだ。決して彼女の『悪』が今の言葉を言わせているようには見えなかった。試合に対して熱い想いを抱いている、バスケットボールの大好きな女の子だ。
「広瀬先輩、やっぱり、あなたは2人のことを……」
「……どう思ってくれてもかまわないよ。一ノ瀬さん。直人のことを幸せにしたいし、恋人として一緒にいたい。何よりも月原に勝った上でインターハイで戦いたい。その決意は変わらないから」
今の言葉が咲の本音だと思う。それを最初から言えれば、一ノ瀬さんに敵視されるようなことはないのに。本当は悔しい想いをさせてやろうなんて思ってないはずなのに。
「さあ、入り口の方に行きましょう。……分かってはいるけど、もうすぐ、明日の試合の組み合わせが発表されるから」
「そうだな。彩花、一ノ瀬さん、一緒に行こう」
今もなお興奮が冷めない観客席を離れ、俺達は試合会場のエントランスに向かう。
これから最終日の組み合わせが発表されるだけあって、エントランスには多くの人達が集まっていた。そこには試合のユニフォーム姿の月原高校女バス部のメンバーもいた。分かっていても、発表の瞬間を見たいのかな。
「インターハイ出場おめでとう! 香奈ちゃん!」
「おめでとうございます! 感動しました!」
「ありがとう! みんなの応援のおかげだよ!」
彩花と一ノ瀬さんは香奈さんと3人で熱く抱き合った。
俺はその横で3人のことを微笑ましく観ていた渚の頭を撫でた。
「インターハイ出場おめでとう、渚。去年のリベンジ、果たせたな」
「……ありがとう。まずはインターハイ出場できたよ」
渚が落ち着いてそう言うのは、もちろん俺のことがあるからだろう。でも、インターハイに出場できる嬉しい気持ちは十分に伝わってきた。
「広瀬さん、金崎もインターハイ出場おめでとう」
「……月原の方もね」
バスケットボールを愛する人間として、互いにインターハイ出場が決定したことを称え、渚と咲は握手を交わした。
「直人、彩花ちゃん、一ノ瀬さん。応援してくれてありがとう。広瀬さんも観てくれていたよね。休憩中に金崎高校の子達と一緒にいたのが見えたよ」
「ええ。吉岡さん、素晴らしい復活ね。今日のあなたのプレーを観て、明日の試合がとても楽しみになった。桐明さんのプレーも凄かったし」
「……ありがとうございます。でも、あたし達のことを舐めてはいけませんよ」
「さっきも宮原さんに同じことを言われた」
彩花が自分と同じことを言ったことに、香奈さんは驚いているようだった。彩花はそういうことをあまり言わないタイプだもんな。
「でも、2人の言うとおり。今日の私はまだ本調子じゃないからね。明日にはもっと強くなる。だから、今日の私を見て舐めない方がいいと思うよ」
「……そう言って、負けたときになるべく傷付かないための予防線を張っているだけじゃない?」
「そう思いたいならそれでいいよ」
渚はきっと、相手がどうとかは関係なくて、あくまでも自分がもっと強くなることが、勝利への一番の近道だと思っているかもしれない。
「それでは、明日の試合の組み合わせを発表します!」
大会スタッフのそんな一言で、一瞬にしてこの場の空気が張り詰めたもの変わる。対戦相手が誰なのか分かりきっていても、発表の瞬間になると緊張する。
筒状に巻かれたポスターを持ってきた男性スタッフがやってくる。ポスターを広げて目の前の掲示板に貼った。
決勝ラウンド、最終日の対戦の組み合わせ。月原高校の名前は最終試合の所に書かれていた。
『第4試合 月原高校 対 金崎高校』
もちろん、対戦相手は咲が率いる金崎高校。
互いにインターハイ出場が決まった今となって重要なのは、月原にとっては金崎に勝つこと、金崎にとっては月原に勝つこと。そのことによって順位が決まって、俺が咲の恋人になるのか、咲が現れる以前の状態に戻るのかが決まるから。
明日の直接対決で全てに決着が付く。
ポスターが貼られてからは互いに話すことはなく、俺達は程なくして会場を後にするのであった。
今日は雨が降っていないけど、結構分厚い雲が空を覆っている。いつ雨が降り出してもおかしくない状況だ。
今日も決勝ラウンドの試合が行なわれており、月原高校の試合は午後にある。今日の対戦相手も金崎ではないので、金崎とは明日戦うことに。
今日は学校が休みだけど、部活の公式試合の応援なので、制服を着て応援にすることになった。
午後2時。
俺は彩花や一ノ瀬さんと一緒に試合会場に到着した。
電車が遅延してしまったので、会場に到着したときには月原高校は試合の真っ最中であり第2クォーターだった。スマホで試合経過を逐一確認し、第1クォーターが終わったところで月原高校がリードしていた。そのリードは今も守っている状況だ。電車遅延で嫌な予感がしたけど、これなら大丈夫そうかな。
また、金崎高校については午前中に試合が行なわれ、咲から勝利したとメッセージが届いた。これで月原高校が勝利しないと金崎高校が大きくリードする状況になる。
決勝ラウンドは4チームでの総当たり戦で、上位3チームがインターハイに出場する。勝った試合数が最優先されるので、既に2勝した金崎高校はインターハイ出場を決めた。俺もそのことについてはとても嬉しかった。インターハイで咲の戦う姿が観られるのだから。
観客席に行くと、遠くの方に金崎高校の制服を着た咲がチームメンバーらしき女子と一緒に月原高校の試合を観戦していた。咲は真剣な表情でコートの方を見ており、時折、周りの女子と話し合っている。明日対戦する月原高校のことを研究しているのだろうか。金崎にとって、一番注意しなければいけないのは月原だろうから。
「広瀬先輩の邪魔をしてはいけませんし、私達は離れたところで見ましょうか」
彩花のそんな一言によって、俺達は咲の邪魔にならず、彼女の姿は見える絶妙な場所に座った。
「渚先輩、今日はフルで出場しているんですよね」
「ああ、今日の試合で調子を上げていきたいらしい」
明日の試合の相手がまだ、金崎高校と決まったわけではないけど。決勝ラウンドという舞台で最高のバスケをしたいのだろう。
それにしても、渚の回復力には驚かされる。まさか、フル出場できるくらいまでに体調が良くなるなんて。
ちなみに、俺も昨日は普通に眠れたので体調も少しずつ良くなってきている。頭痛はまだあるものの、昨日よりも軽い痛みで済んでいる。
「吉岡先輩はフル出場できるほどに体調が良くなったのですか?」
「そうだよ。凄いよね、渚先輩って」
「そうですね。今の吉岡先輩もよく動いていましたし。これなら、明日だって絶対に勝てる気がします」
「私もそう思う! だって、渚先輩が帰ってきたんだもん。香奈ちゃんに部長さんに……女バスが全員力を合わせれば、絶対に勝てるよ」
いつになく、彩花は声を張らせてそう言った。今の言葉を部活の関係者に聞かせたら、すぐにマネージャーに内定ではないだろうか。彩花の女バス愛が存分に伝わる一言だったと思う。
今の彩花の声に気付いたのか、咲が俺達の方に視線を向けてきた。俺と目が合うと、咲は少し頬を赤くし慌ててコートの方を見る。その様子を見た周りの女子が何やらからかっているようで。
「広瀬先輩、本気なんですね。そして、そんな彼女のことを周りが応援している。私は酷い誤解をしていたのかもしれません。どっちも同じ。きっと、目指したいものに向かって、ただ一生懸命になっているだけなのでしょうね」
一ノ瀬さんは落ち着いた笑みを浮かべながらぼそっ、と呟いた。
目指したいものか。それはインターハイ出場と俺と付き合うということ。そして、何よりも試合に勝つこと。渚も咲も、それに向かってただひたすら頑張っているんだ。そんな2人はもちろんのこと、双方のチーム全員が眩しく見える。
「さあ、そろそろ第3クォーターが始まりますよ! 月原高校を応援しましょう!」
さすがに女バスのサポートをしているだけあって、彩花は張り切っている。
そして、試合は後半へと突入した。
先週ほどではないものの、渚の安定したプレーは対戦校の選手を上回り、香奈さんの攻撃的なプレーと上手くかみ合っている。部長さん達など、他の3人のメンバーとのチームプレーもいい。月原高校というチームが復活し始めているのが分かる。
時々、咲達の方も見ていたけど、みんな真剣そうな表情をして試合を観戦していた。咲以外のメンバーは焦りのような様子も見せることもあったけど、咲だけは別だった。このくらいのプレーは想定内なのか、それとも、自分の方が上手いと思っているのか。そんな咲を見て、やっぱり咲はエースなんだと実感する。
試合の主導権は常に月原高校が握り、相手の高校に逆転されることがないまま試合が終了した。昨日の試合も勝っているので、この瞬間、月原高校のインターハイ出場が決定した。そのことが分かって、俺のすぐ側では彩花と一ノ瀬さんは喜びの抱擁をして、コートでは渚が嬉しそうな様子で香奈さん達と抱きしめ合っていた。
「勝ったよ! インターハイだよ!」
「ええ! 香奈ちゃんもさすがでしたが、何よりも吉岡先輩の復活が凄いです!」
「そうだね! 明日は金崎高校に絶対に勝てるよ!」
試合の全てを観られなかったけれど、2人の言うとおり渚の復活したことが実感できた試合だった。消去法で明日の試合が金崎であることが分かっている。一時期はとても暗くなっていた勝利への道に、今は陽が差している。
渚と香奈さんが俺達の方に気付いたので、3人で手を振ると、コートにいる月原高校のメンバーが喜んだ様子で手を振ってきてくれた。
「インターハイ出場決定おめでとう」
気付けば、咲が俺達のすぐ側まで来ていた。そうか、月原は2勝したから上位3チームになることは確定したか。
「金崎の方も出場決定おめでとう」
「ありがとう、直人。……あと、吉岡さんは凄いわね。友達から、吉岡さんが体調を悪くしていたことは知っていたわ。そこから、ここまで復活するなんて」
「渚先輩のことはもちろんですが、月原の女バスを舐めない方がいいですよ」
彩花がそう言うと、咲はふっと笑った。
「舐めているわけがないじゃない。むしろ、月原だけが警戒している高校よ。だから、今回の試合を見て月原のことを研究していたの。月原のメンバーだって、午前中のあたしたちの試合を観ていたわよ」
「そうだったのか」
こちら側も、決勝ラウンドに進んだ高校の中で一番強い高校は金崎だと考えている。渚は午前中に金崎のことを研究した上で、今日の試合に臨んだのかもしれない。自分の思い描くプレーを実現できるように。
「宮原さん、あなたは悔しくないの? 自分のことを吉岡さんに任せちゃって」
「……そういう風に仕向けたのは広瀬さんじゃないですか。悔しい思いはとっくにしています。だからこそ、私は渚先輩達と一緒に戦うくらいの気持ちで応援しているんです。これ以上、悔しい思いをしたくないから」
そう言う彩花は咲と立派に肩を並べているように見えた。試合に勝ちたいという想いの強さは渚と変わらない。彩花だって立派なチームメイトだ。
「宮原さんのその想いがどれだけ強いのか確かめたくなってくるわね。あたし達が勝って、今、あなたの隣にいる直人があたしの恋人になっても悔しい想いをしないのか。それは吉岡さんにも同じことを言えるわ。彼女もあなたと同じように見えるから」
どうやら、咲は月原に勝つことに絶対的な自信があるようだ。決して彼女の『悪』が今の言葉を言わせているようには見えなかった。試合に対して熱い想いを抱いている、バスケットボールの大好きな女の子だ。
「広瀬先輩、やっぱり、あなたは2人のことを……」
「……どう思ってくれてもかまわないよ。一ノ瀬さん。直人のことを幸せにしたいし、恋人として一緒にいたい。何よりも月原に勝った上でインターハイで戦いたい。その決意は変わらないから」
今の言葉が咲の本音だと思う。それを最初から言えれば、一ノ瀬さんに敵視されるようなことはないのに。本当は悔しい想いをさせてやろうなんて思ってないはずなのに。
「さあ、入り口の方に行きましょう。……分かってはいるけど、もうすぐ、明日の試合の組み合わせが発表されるから」
「そうだな。彩花、一ノ瀬さん、一緒に行こう」
今もなお興奮が冷めない観客席を離れ、俺達は試合会場のエントランスに向かう。
これから最終日の組み合わせが発表されるだけあって、エントランスには多くの人達が集まっていた。そこには試合のユニフォーム姿の月原高校女バス部のメンバーもいた。分かっていても、発表の瞬間を見たいのかな。
「インターハイ出場おめでとう! 香奈ちゃん!」
「おめでとうございます! 感動しました!」
「ありがとう! みんなの応援のおかげだよ!」
彩花と一ノ瀬さんは香奈さんと3人で熱く抱き合った。
俺はその横で3人のことを微笑ましく観ていた渚の頭を撫でた。
「インターハイ出場おめでとう、渚。去年のリベンジ、果たせたな」
「……ありがとう。まずはインターハイ出場できたよ」
渚が落ち着いてそう言うのは、もちろん俺のことがあるからだろう。でも、インターハイに出場できる嬉しい気持ちは十分に伝わってきた。
「広瀬さん、金崎もインターハイ出場おめでとう」
「……月原の方もね」
バスケットボールを愛する人間として、互いにインターハイ出場が決定したことを称え、渚と咲は握手を交わした。
「直人、彩花ちゃん、一ノ瀬さん。応援してくれてありがとう。広瀬さんも観てくれていたよね。休憩中に金崎高校の子達と一緒にいたのが見えたよ」
「ええ。吉岡さん、素晴らしい復活ね。今日のあなたのプレーを観て、明日の試合がとても楽しみになった。桐明さんのプレーも凄かったし」
「……ありがとうございます。でも、あたし達のことを舐めてはいけませんよ」
「さっきも宮原さんに同じことを言われた」
彩花が自分と同じことを言ったことに、香奈さんは驚いているようだった。彩花はそういうことをあまり言わないタイプだもんな。
「でも、2人の言うとおり。今日の私はまだ本調子じゃないからね。明日にはもっと強くなる。だから、今日の私を見て舐めない方がいいと思うよ」
「……そう言って、負けたときになるべく傷付かないための予防線を張っているだけじゃない?」
「そう思いたいならそれでいいよ」
渚はきっと、相手がどうとかは関係なくて、あくまでも自分がもっと強くなることが、勝利への一番の近道だと思っているかもしれない。
「それでは、明日の試合の組み合わせを発表します!」
大会スタッフのそんな一言で、一瞬にしてこの場の空気が張り詰めたもの変わる。対戦相手が誰なのか分かりきっていても、発表の瞬間になると緊張する。
筒状に巻かれたポスターを持ってきた男性スタッフがやってくる。ポスターを広げて目の前の掲示板に貼った。
決勝ラウンド、最終日の対戦の組み合わせ。月原高校の名前は最終試合の所に書かれていた。
『第4試合 月原高校 対 金崎高校』
もちろん、対戦相手は咲が率いる金崎高校。
互いにインターハイ出場が決まった今となって重要なのは、月原にとっては金崎に勝つこと、金崎にとっては月原に勝つこと。そのことによって順位が決まって、俺が咲の恋人になるのか、咲が現れる以前の状態に戻るのかが決まるから。
明日の直接対決で全てに決着が付く。
ポスターが貼られてからは互いに話すことはなく、俺達は程なくして会場を後にするのであった。
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