ルピナス

桜庭かなめ

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第1章

第14話『メッセージ』

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 午後4時。
 午後になってからも、彩花が俺や渚の前に姿を現すことはなかった。俺のスマートフォンに電話やメール、メッセージなどの連絡は一切来ていない。念のために渚にも訊いたけれど、それらしき着信はないという。ここまで何も音沙汰がない状況だと逆に不安になる。彩花はいったいどうしているのか。
 第1体育館に行くと、そこには体操着姿の香奈さんがいた。

「渚先輩と藍沢先輩、こんにちは。藍沢先輩は放課後も来るんですね」
「本格的な練習を見ていないからね」
「そういえば、朝に練習を見たいって言っていましたね。男子バスケ部があるのにどうして女子の方を見たがるんです?」

 なかなか鋭いことを訊いてくるな。そういえば、朝に渚が男子バスケよりも女子バスケを見たがっているって言っちゃっていたか。
 女子バスケ部が強いせいで注目されていないけれど、男子バスケ部もちゃんとある。といっても、男子の方は予選で一度勝てばいい方。バスケ部のみならず、男女で分かれている部活はほとんど女子だけが成果を挙げている状況となっている。

「男子バスケは弱いからな。それに、渚のバスケをする姿が見たいっていうのが一番だ」
「な、直人……」

 渚が気を乱しそうだったので「そういう設定にしておく」と耳打ちする。渚と話を合わせないとふとしたところでボロが出る。
 そうだ、いい機会だから香奈さんに彩花のことを訊いてみるか。

「香奈さん。彩花はどうだった?」
「どうだった、って今日は欠席してましたよ。風邪を引いたからって。あたしにその旨のメッセージが来ましたから」
「そ、そうか……」
「どうして一緒に住んでいる藍沢先輩がそんなことを訊くんです? 先輩には連絡してこなかったんですか? 連絡がなくても、家を出発する前に彩花ちゃんから直接言われなかったんですか?」

 しまった、今のは墓穴だった。上手く答えないと。
 まさか、彩花が学校を休んでいるとは思わなかった。俺が家を出たことで精神的なダメージが大きかったのか? 深夜の着信ではあんなに長いメッセージを言っていたのに。
 とにかく、この状況をどうにかしないと。香奈さんは疑いの目で俺のことを見ているぞ。

「い、いや……昨日、寝る前に彩花が具合を悪そうにしてたんだ。だから、今日は学校に行けるかどうか分からなかったんだ。今日は女バスの朝練を見に行くから、彩花の分まで朝食を作ってから家を出たんだよ。彩花も自分のことは気にせずに練習を見に行ってほしいと言っていたし。彩花には体調が良くなり次第、学校に来いって昨日のうちに言っておいたんだ」
「そうだったんですか」
「一晩経っても体調が良くなかったら無理せずゆっくり休めって言ったからな。それで連絡がなかったんだ。でも、実際に連絡が来ないと心配になっちゃって」
「そういうことだったんですか」

 どうやら香奈さんは納得してくれたようだ。
 けれど、嘘を重ねるのは心苦しいな。香奈さんには本当のことを話そうかどうか迷っている状況である。

「今日は彩花ちゃんが来なかったので、うちのクラスは大騒ぎでした。特に男子は天使が来なかったと絶叫しまくりです」
「あいつ、クラスでは天使って呼ばれているのか」
「彩花ちゃんのいないところでですけどね。彩花ちゃんはクラスの中でも一二を争う可愛さを持っていますから」

 確かに彩花はかなり可愛い女子だと思う。天使と呼ばれることに違和感はないけど、俺にとっては堕天使という印象が強い。

「彩花はクラスでどんな感じなんだ?」
「好きな漫画のことなども話しますけど、基本的には藍沢先輩のことが中心です。うちのクラスでも藍沢先輩のことが気になっている女子が多いですから。話の中心はいつも彩花ちゃんです」

 話のネタが何であれ、彩花がクラスに馴染んでいるようで良かった。俺のことばかり話すから避けられているかと思ったけど、それは杞憂だったようだ。

「それを聞いて安心したよ。一緒に住んでいるから、あいつのことは何かと心配になるんだ。これからも彩花のことをよろしく頼む」
「藍沢先輩に言われなくてもそうしますって」

 そう言う香奈さんのはじけた笑顔はとても頼もしく見えた。香奈さんがいればクラスでも大丈夫だろう。
 こちらからは連絡をしないつもりだったけど、風邪を引いてしまえば別だ。具合の悪い彩花を無視することはできない。
「じゃあ、一度、彩花に電話をしてくるよ」
 俺が体育館の外に外を出ようとしたときだった。
「ちょっと待って」
 渚が俺の腕を引っ張り、

「電話をして大丈夫なの? メールやメッセージでも十分なんじゃない?」

 耳元でそう囁いてきた。
 渚が心配になる気持ちは分かる。今の彩花と俺は一触即発の可能性もあるから。電話で直接話すよりもメールやメッセージで話す方が安全なのは間違いないだろう。

「でも、実際に声を聞いた方が彩花も安心すると思うんだ。それに、電話1本くらいで渚から離れたりしないから安心しろ」
「……そう。じゃあ、今すぐに電話してあげて」
「ありがとう」

 俺は第1体育館の外に出て、体育館の横にある人気のないベンチまで行く。
「彩花、出るといいんだけどな」
 俺はスマホで彩花に電話をかける。
 呼び出し音は聞こえるけれど、なかなか彩花が出てくれない。寝ているのかな。
『留守番電話サービスに接続します』
 10回ほど呼び出したところで案内音声に切り替わった。どうやら、今は彩花と話すことは無理そうだ。
『合図の音が鳴りましたら伝言をどうぞ』
 しつこくかけても彩花に悪いし、しっかりとメッセージを入れておくことにしよう。

「彩花、風邪引いて休んだらしいな。クラスメイトの桐明香奈さんから聞いた。まずはゆっくりと休んで体調を整えてほしい。俺のせいで色々と悩んでいると思うけど、病は気からって言うだろう? 俺が言うのは何だけど、そういうことは一切考えずに今はゆっくりと休むことに徹してほしい。俺のせいで風邪になったなら謝る。本当にごめん。彩花の元気な顔を見られるのをいつでも待っているから」

 このくらいでいいだろう。
 彩花のところに行くとは言わなかった。彩花の気持ちが纏まったときに会うという決断を覆したくなかったからだ。もしくは、束縛したがる原因を俺の方から暴いたとき。中途半端な状況で彩花と会っても、以前とあまり変わらない関係に戻るだけだと思う。
「辛いだろうけど、頑張ってくれ」
 今、俺がすべきことは渚の側にいることだ。それを忘れてはならない。
 第1体育館に戻ると、体操着に着替え終えた渚が俺のことを待っていた。

「どうだった? 宮原さんと話せた?」
「電話は繋がらなかった。もしかしたら、今は寝ているのかもしれない。音声メッセージを入れておいたから、それを聞けば少しは元気になるんじゃなかな」
「そっか。風邪を引いているときは静かに寝るのが1番いいよね」
「そうだな」

 病状が酷くなければいいけれど。早く回復することを祈ろう。

「もうすぐ練習が始まるんじゃないか? 俺は朝練のときと同じように体育館の端で見ていていいかな」
「うん。あと……もしかしたら直人に何か頼むかもしれないけどいい?」
「俺にできることなら遠慮なく言ってくれ」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるね!」
「おう、頑張れよ」

 朝練と同じように渚は俺とハイタッチをして、元気な姿で部員達のところへ駆け出していった。
 風邪を引いて休んでいるからか、午後の練習時間の間に彩花が現れることはなかった。
 練習自体もスムーズに進み、俺が駆り出されたのはシュート練習の際のボール拾いのみだった。俺がボール拾いなのを分かってか、わざと失敗する部員が多い気がしたけれど、それは気のせいだと思っておこう。
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