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第37話『スイーツ研究部』
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5月10日、水曜日。
優奈と一緒に新居から登校し、優奈と一緒の学校生活を送ることにも少しずつ慣れてきた。優奈のおかげで毎日楽しく過ごせている。
俺と優奈が一緒にいるところを見慣れてきたのか、結婚報告をした日のような質問の嵐に遭うことはなくなった。これなら、落ち着いた学校生活を送れる日も近いだろう。
「それでは、これで終礼を終わります。委員長、号令をお願いします」
渡辺先生がそう言い、クラス委員長の生徒による号令で、今日も放課後となった。
これから、優奈と井上さんが所属しているスイーツ研究部の活動を見学しに行く。それが楽しみで、今日は時間の進みがいつもより早かった気がする。
「長瀬。今日はスイーツ研に行くんだっけか?」
「ああ。優奈に誘われてさ」
「そうか。楽しんでこいよ。また明日な!」
「ありがとう。西山も部活を楽しんでこいよ」
「おう! 今日もサッカー楽しんでくるぜ! じゃあな!」
西山は爽やかな笑顔でそう言うと、スクールバッグとエナメルバッグを持って教室を後にした。あの様子なら、今日もサッカーを大いに楽しめそうだな。
俺はスクールバッグを持って、優奈と井上さんのところへ向かう。
また、佐伯さんは部活に行くところで、優奈と井上さん、そして俺にも「またね」と手を振って教室を後にした。佐伯さんもバスケを楽しんでほしいな。
「おっ、長瀬君きた」
「ですね。3人とも掃除当番ではありませんし、さっそく行きましょうか」
「ああ、そうしよう」
優奈と井上さんと一緒に教室を後にして、スイーツ研究部の活動場所である家庭科調理室へと向かい始める。
家庭科調理室は特別教室が集まっている特別棟という建物の中にある。うちの教室があるこの第1教室棟とは、2階と3階にある渡り廊下で繋がっている。優奈と井上さんはいつも3階の渡り廊下から特別棟に行くそうなので、今回もそのルートで行くことに。
「調理室に行くのは久しぶりだな。高1の家庭科の授業であった調理実習が最後かもしれない」
「そうですか。私達みたいにスイーツ研に入っていなければ、家庭科調理室を使うのは調理実習のときくらいですもんね」
「家庭科は高1のときしかないもんね。私達も高2以降は調理室に行くのは部活動のときと、部活の買い出しで食材を冷蔵庫に入れに行くときくらいだし。あと、被服室の方は高2以降行っていないな」
「被服室あったなぁ。あそこに行ったのも家庭科の授業のときだけだな」
手芸の方はあまり得意じゃないから、被服室で課題をこなすのに苦労したことを思い出した。西山とか友達と協力したっけ。
「私も被服室は高2以降一度も行っていませんね。ちなみに、被服室は手芸部の活動場所になっています」
「そっか」
授業や部活で用がなければ、特別教室へ行くことは基本的にないもんな。中には一度も入ったことのない特別教室もある。美術室とか書道室とか。芸術科目は音楽、美術、書道から選択する形式で、俺は音楽を選んだから。
俺達は3階に到着し、渡り廊下を通って特別棟に入る。
そういえば、特別棟に入るのは高3になってからは初めてかも。3年生の授業は体育以外は教室でやるから。そんなことを思いながら、俺は優奈と井上さんと一緒に4階にある家庭科調理室へ向かった。
「みなさん、こんにちは」
「今日も授業お疲れ様、みんな」
「お邪魔します」
優奈と井上さんに続いて、俺も家庭科調理室の中に入る。高1のとき以来だから結構懐かしいな。
調理室には既に20人近くの生徒が来ており、全員がこちらに向かって「こんにちは」とか「お疲れ様です」と言ってきた。この様子だとみんな部員か。
ちなみに、部員達の大半は女子で、男子は片手で数えられる程度。スイーツを作って食べる部活だからか女子が多いな。俺のバイト先のマスタードーナッツも女性のお客様の方が多いし。
部員の中には2年までに同じクラスだった女子生徒や、マスタードーナッツで接客した記憶がある生徒が何人かいる。
また、2人の女子部員がホワイトボードに何やら書いている。『ホットケーキ』という文字が見えるので、今日の部活で作るホットケーキのレシピを書いているのだろう。
「あのっ、優奈部長! 一緒に来たそちらの男子生徒さんが部長の旦那さんですか?」
近くにいた茶髪の女子部員が、興味津々な様子で問いかけてくる。その質問もあって、女子部員中心にこちらを注目してきて。
「そうです。こちらの長瀬和真君が私の旦那さんです」
「そうなんですね! ご結婚おめでとうございます!」
質問した女子部員がそう言うと、調理室にいるほとんどの部員が俺達に向かって拍手を送ってくれる。中には「おめでとうございます!」と祝福の言葉を言ってくれる部員もいる。俺達のすぐ側から井上さんも拍手する。
中には黄色い声を上げたり、「旦那さんかっこいい」「イケメン」とか言ってくれたりする女子部員が何人もいて。
「みなさん。今日もおめでとうと言ってくださってありがとうございます」
「ありがとうございます」
優奈に続いて、俺もスイーツ研究部のみなさんにお礼を言って、軽く頭を下げた。
「みんな、こんにちは~。拍手が聞こえるけどどうしたのかな?」
そう言い、ロングスカートに縦ニット姿の女性が調理室の中に入ってきた。とても柔らかな雰囲気の笑顔と、ハーフアップに纏めた綺麗な茶髪が印象的だ。1年の頃は家庭科の授業でお世話になったし、当時から何度かバイト先で接客しているから覚えている。
「百瀬先生。こんにちは」
女性……百瀬美咲先生に挨拶すると、百瀬先生は俺に向かって優しい笑顔を向けてきた。
「あら、長瀬君。こんにちは。優奈ちゃんと結婚した長瀬君が来たから、拍手が起こっていたのね」
「はい。部員のみなさんが、優奈と俺が結婚したことを祝ってくれまして。……もしかして、百瀬先生がスイーツ研究部の顧問をされているんですか?」
「そうだよ。スイーツが大好きだからね」
やっぱり、百瀬先生がスイーツ研究部の顧問か。家庭科の教師だし、調理実習のときは教え方がとても上手だった。顧問なのも納得だ。
「そうなんですね。妻の優奈がいつもお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ。優奈ちゃんはスイーツ作りが上手だし、教え方も分かりやすいから、素晴らしい部長だと思っているよ」
「そうですか」
「……和真君と先生の話を聞いていると、ちょっと照れますね」
優奈は頬をほんのりと赤くし、言葉通りの照れくさそうな笑顔を見せる。その姿がとても可愛くて。
「ふふっ。あと、妻がお世話になっております、って言う長瀬君が優奈の夫らしいなって思ったわ」
「そういうところでも、和真君と結婚したんだって実感しますね」
「優奈と結婚したから、夫として百瀬先生にはこうやって挨拶した方がいいかなと思って」
「しっかりしているんだね。あと、生徒から『妻がお世話になっております』って言われたのは初めてだから、新鮮で良かったよ」
柔らかな笑顔で百瀬先生はそう言ってくれる。先生が教師を何年やっているのかは知らないけど、生徒から『妻がお世話になっております』と言われたのは初めてか。
そういえば、学校側に結婚報告をしたとき、担任の渡辺先生が「受け持つ生徒同士が結婚するのは初めて」だと言っていたな。優奈と俺の結婚が、うちの高校にとって本当に珍しい出来事なのだと実感する。いや、全国規模でみても、高校生同士の結婚は珍しいかもしれない。
「あと、前回の部活で優奈ちゃんには伝えたけど、2人とも結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます、美咲先生。先生からもみんなからも祝ってもらえて嬉しいです」
「それは良かった。そういえば、優奈ちゃん。この前の部活では『明日、長瀬君と一緒に住む家に引っ越す』って言っていたけど、新居の生活には慣れてきた?」
百瀬先生は優奈にそう問いかける。2年以上、部活の顧問として優奈と関わっているから、優奈が新生活に慣れてきているかどうか気になったのだろう。ましてや、クラスメイトである夫との新婚生活だし。
優奈は「はい」と柔らかな笑顔で返事する。
「段々と慣れてきました。新居から通うことも。和真君との新婚生活が楽しいなって思います」
「俺も同じです。優奈との生活にも慣れてきて、楽しく過ごしています」
「それなら良かったよ。2人とも笑顔で話すから、新婚生活のいいスタートが切れたのが伝わってくるよ」
「伝わってきますよね、美咲先生」
井上さんと百瀬先生は納得した様子で頷き合っている。本当のことを話しているので、こういう反応をしてもらえるのは嬉しい気持ちになる。
その直後、井上さんは百瀬先生の胸に顔を埋める。先生……優奈よりも大きそうな胸の持ち主だからなぁ。いつも、部活では先生にこうしているのだろうか。百瀬先生は優しい笑顔で井上さんの頭を撫でている。
「長瀬君。今日はうちの部活に来てくれてありがとう。前回の部活で優奈ちゃんが結婚したって報告したら、結婚相手の長瀬君に会ってみたいって言う子が多くて」
「いえいえ。部活をしている優奈の姿を見てみたかったですし、今日作る予定のホットケーキも好きですから。誘ってもらえて嬉しく思います」
「そう言ってくれて嬉しいわ。ゆっくりしていってね」
「楽しんでもらえたら嬉しいです、和真君」
「はい。楽しんでいきたいと思います」
部活をしている優奈を見たり、ホットケーキを食べたりするのが楽しみだ。見学者としてここに来ているので、部活動の邪魔になってしまわないように気をつけなければ。
優奈と井上さんは教室前方の窓側にあるテーブルの椅子に座る。俺は椅子を一つ借りて、そこのテーブル近くの窓側に運んで座った。
それから数分ほどして、スイーツ研究部の部員のみなさんが全員集まった。そのタイミングで優奈は席から立ち上がり、教師用の調理台の前まで行く。
「みなさん。これから今週のスイーツ研究部の活動を始めます。今回はホットケーキを作ります。ココアパウダーと抹茶の粉もありますので、それらの味のホットケーキを作ってもいいですよ」
優奈は今日の活動内容を説明する。落ち着いているし、柔らかい笑顔で話しているから部長らしい雰囲気が感じられる。
あと、ココア味と抹茶味も作れるのか。いくつかの味のホットケーキを作れるのは楽しそうだ。
「また、みなさんの希望もあって、今日は私の夫の長瀬和真君が見学しに来てくれました。和真君、何か一言お願いできますか?」
「分かった」
まさか、話を振られるとは。ただ、誘われた立場なので、挨拶はちゃんとしないとな。
俺は椅子から立ち上がり、優奈の近くまで行く。
「スイーツ研究部のみなさん、こんにちは。3年2組の長瀬和真です。妻の優奈がお世話になっております。先ほどは優奈との結婚を祝ってくれてありがとうございます。とても嬉しいです。今日は活動の様子を見学させていただきます。よろしくお願いします」
俺がそう挨拶して軽く頭を下げると、部員のみなさんと百瀬先生が拍手してくれた。優奈と井上さんはもちろんのこと、笑顔で拍手してくれる部員が何人もいて。それが嬉しかった。
軽く頭を下げて、俺はさっき座っていた席に戻った。
「では、みなさん。ホットケーキ作りを始めましょう!」
『はーい』
こうして、今日のスイーツ研究部の活動が始まった。
俺は主に優奈と井上さんのいるテーブルの様子を見ることにしよう。井上さん達と一緒に部活をするお嫁さんの姿が楽しみだ。
優奈と一緒に新居から登校し、優奈と一緒の学校生活を送ることにも少しずつ慣れてきた。優奈のおかげで毎日楽しく過ごせている。
俺と優奈が一緒にいるところを見慣れてきたのか、結婚報告をした日のような質問の嵐に遭うことはなくなった。これなら、落ち着いた学校生活を送れる日も近いだろう。
「それでは、これで終礼を終わります。委員長、号令をお願いします」
渡辺先生がそう言い、クラス委員長の生徒による号令で、今日も放課後となった。
これから、優奈と井上さんが所属しているスイーツ研究部の活動を見学しに行く。それが楽しみで、今日は時間の進みがいつもより早かった気がする。
「長瀬。今日はスイーツ研に行くんだっけか?」
「ああ。優奈に誘われてさ」
「そうか。楽しんでこいよ。また明日な!」
「ありがとう。西山も部活を楽しんでこいよ」
「おう! 今日もサッカー楽しんでくるぜ! じゃあな!」
西山は爽やかな笑顔でそう言うと、スクールバッグとエナメルバッグを持って教室を後にした。あの様子なら、今日もサッカーを大いに楽しめそうだな。
俺はスクールバッグを持って、優奈と井上さんのところへ向かう。
また、佐伯さんは部活に行くところで、優奈と井上さん、そして俺にも「またね」と手を振って教室を後にした。佐伯さんもバスケを楽しんでほしいな。
「おっ、長瀬君きた」
「ですね。3人とも掃除当番ではありませんし、さっそく行きましょうか」
「ああ、そうしよう」
優奈と井上さんと一緒に教室を後にして、スイーツ研究部の活動場所である家庭科調理室へと向かい始める。
家庭科調理室は特別教室が集まっている特別棟という建物の中にある。うちの教室があるこの第1教室棟とは、2階と3階にある渡り廊下で繋がっている。優奈と井上さんはいつも3階の渡り廊下から特別棟に行くそうなので、今回もそのルートで行くことに。
「調理室に行くのは久しぶりだな。高1の家庭科の授業であった調理実習が最後かもしれない」
「そうですか。私達みたいにスイーツ研に入っていなければ、家庭科調理室を使うのは調理実習のときくらいですもんね」
「家庭科は高1のときしかないもんね。私達も高2以降は調理室に行くのは部活動のときと、部活の買い出しで食材を冷蔵庫に入れに行くときくらいだし。あと、被服室の方は高2以降行っていないな」
「被服室あったなぁ。あそこに行ったのも家庭科の授業のときだけだな」
手芸の方はあまり得意じゃないから、被服室で課題をこなすのに苦労したことを思い出した。西山とか友達と協力したっけ。
「私も被服室は高2以降一度も行っていませんね。ちなみに、被服室は手芸部の活動場所になっています」
「そっか」
授業や部活で用がなければ、特別教室へ行くことは基本的にないもんな。中には一度も入ったことのない特別教室もある。美術室とか書道室とか。芸術科目は音楽、美術、書道から選択する形式で、俺は音楽を選んだから。
俺達は3階に到着し、渡り廊下を通って特別棟に入る。
そういえば、特別棟に入るのは高3になってからは初めてかも。3年生の授業は体育以外は教室でやるから。そんなことを思いながら、俺は優奈と井上さんと一緒に4階にある家庭科調理室へ向かった。
「みなさん、こんにちは」
「今日も授業お疲れ様、みんな」
「お邪魔します」
優奈と井上さんに続いて、俺も家庭科調理室の中に入る。高1のとき以来だから結構懐かしいな。
調理室には既に20人近くの生徒が来ており、全員がこちらに向かって「こんにちは」とか「お疲れ様です」と言ってきた。この様子だとみんな部員か。
ちなみに、部員達の大半は女子で、男子は片手で数えられる程度。スイーツを作って食べる部活だからか女子が多いな。俺のバイト先のマスタードーナッツも女性のお客様の方が多いし。
部員の中には2年までに同じクラスだった女子生徒や、マスタードーナッツで接客した記憶がある生徒が何人かいる。
また、2人の女子部員がホワイトボードに何やら書いている。『ホットケーキ』という文字が見えるので、今日の部活で作るホットケーキのレシピを書いているのだろう。
「あのっ、優奈部長! 一緒に来たそちらの男子生徒さんが部長の旦那さんですか?」
近くにいた茶髪の女子部員が、興味津々な様子で問いかけてくる。その質問もあって、女子部員中心にこちらを注目してきて。
「そうです。こちらの長瀬和真君が私の旦那さんです」
「そうなんですね! ご結婚おめでとうございます!」
質問した女子部員がそう言うと、調理室にいるほとんどの部員が俺達に向かって拍手を送ってくれる。中には「おめでとうございます!」と祝福の言葉を言ってくれる部員もいる。俺達のすぐ側から井上さんも拍手する。
中には黄色い声を上げたり、「旦那さんかっこいい」「イケメン」とか言ってくれたりする女子部員が何人もいて。
「みなさん。今日もおめでとうと言ってくださってありがとうございます」
「ありがとうございます」
優奈に続いて、俺もスイーツ研究部のみなさんにお礼を言って、軽く頭を下げた。
「みんな、こんにちは~。拍手が聞こえるけどどうしたのかな?」
そう言い、ロングスカートに縦ニット姿の女性が調理室の中に入ってきた。とても柔らかな雰囲気の笑顔と、ハーフアップに纏めた綺麗な茶髪が印象的だ。1年の頃は家庭科の授業でお世話になったし、当時から何度かバイト先で接客しているから覚えている。
「百瀬先生。こんにちは」
女性……百瀬美咲先生に挨拶すると、百瀬先生は俺に向かって優しい笑顔を向けてきた。
「あら、長瀬君。こんにちは。優奈ちゃんと結婚した長瀬君が来たから、拍手が起こっていたのね」
「はい。部員のみなさんが、優奈と俺が結婚したことを祝ってくれまして。……もしかして、百瀬先生がスイーツ研究部の顧問をされているんですか?」
「そうだよ。スイーツが大好きだからね」
やっぱり、百瀬先生がスイーツ研究部の顧問か。家庭科の教師だし、調理実習のときは教え方がとても上手だった。顧問なのも納得だ。
「そうなんですね。妻の優奈がいつもお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ。優奈ちゃんはスイーツ作りが上手だし、教え方も分かりやすいから、素晴らしい部長だと思っているよ」
「そうですか」
「……和真君と先生の話を聞いていると、ちょっと照れますね」
優奈は頬をほんのりと赤くし、言葉通りの照れくさそうな笑顔を見せる。その姿がとても可愛くて。
「ふふっ。あと、妻がお世話になっております、って言う長瀬君が優奈の夫らしいなって思ったわ」
「そういうところでも、和真君と結婚したんだって実感しますね」
「優奈と結婚したから、夫として百瀬先生にはこうやって挨拶した方がいいかなと思って」
「しっかりしているんだね。あと、生徒から『妻がお世話になっております』って言われたのは初めてだから、新鮮で良かったよ」
柔らかな笑顔で百瀬先生はそう言ってくれる。先生が教師を何年やっているのかは知らないけど、生徒から『妻がお世話になっております』と言われたのは初めてか。
そういえば、学校側に結婚報告をしたとき、担任の渡辺先生が「受け持つ生徒同士が結婚するのは初めて」だと言っていたな。優奈と俺の結婚が、うちの高校にとって本当に珍しい出来事なのだと実感する。いや、全国規模でみても、高校生同士の結婚は珍しいかもしれない。
「あと、前回の部活で優奈ちゃんには伝えたけど、2人とも結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます、美咲先生。先生からもみんなからも祝ってもらえて嬉しいです」
「それは良かった。そういえば、優奈ちゃん。この前の部活では『明日、長瀬君と一緒に住む家に引っ越す』って言っていたけど、新居の生活には慣れてきた?」
百瀬先生は優奈にそう問いかける。2年以上、部活の顧問として優奈と関わっているから、優奈が新生活に慣れてきているかどうか気になったのだろう。ましてや、クラスメイトである夫との新婚生活だし。
優奈は「はい」と柔らかな笑顔で返事する。
「段々と慣れてきました。新居から通うことも。和真君との新婚生活が楽しいなって思います」
「俺も同じです。優奈との生活にも慣れてきて、楽しく過ごしています」
「それなら良かったよ。2人とも笑顔で話すから、新婚生活のいいスタートが切れたのが伝わってくるよ」
「伝わってきますよね、美咲先生」
井上さんと百瀬先生は納得した様子で頷き合っている。本当のことを話しているので、こういう反応をしてもらえるのは嬉しい気持ちになる。
その直後、井上さんは百瀬先生の胸に顔を埋める。先生……優奈よりも大きそうな胸の持ち主だからなぁ。いつも、部活では先生にこうしているのだろうか。百瀬先生は優しい笑顔で井上さんの頭を撫でている。
「長瀬君。今日はうちの部活に来てくれてありがとう。前回の部活で優奈ちゃんが結婚したって報告したら、結婚相手の長瀬君に会ってみたいって言う子が多くて」
「いえいえ。部活をしている優奈の姿を見てみたかったですし、今日作る予定のホットケーキも好きですから。誘ってもらえて嬉しく思います」
「そう言ってくれて嬉しいわ。ゆっくりしていってね」
「楽しんでもらえたら嬉しいです、和真君」
「はい。楽しんでいきたいと思います」
部活をしている優奈を見たり、ホットケーキを食べたりするのが楽しみだ。見学者としてここに来ているので、部活動の邪魔になってしまわないように気をつけなければ。
優奈と井上さんは教室前方の窓側にあるテーブルの椅子に座る。俺は椅子を一つ借りて、そこのテーブル近くの窓側に運んで座った。
それから数分ほどして、スイーツ研究部の部員のみなさんが全員集まった。そのタイミングで優奈は席から立ち上がり、教師用の調理台の前まで行く。
「みなさん。これから今週のスイーツ研究部の活動を始めます。今回はホットケーキを作ります。ココアパウダーと抹茶の粉もありますので、それらの味のホットケーキを作ってもいいですよ」
優奈は今日の活動内容を説明する。落ち着いているし、柔らかい笑顔で話しているから部長らしい雰囲気が感じられる。
あと、ココア味と抹茶味も作れるのか。いくつかの味のホットケーキを作れるのは楽しそうだ。
「また、みなさんの希望もあって、今日は私の夫の長瀬和真君が見学しに来てくれました。和真君、何か一言お願いできますか?」
「分かった」
まさか、話を振られるとは。ただ、誘われた立場なので、挨拶はちゃんとしないとな。
俺は椅子から立ち上がり、優奈の近くまで行く。
「スイーツ研究部のみなさん、こんにちは。3年2組の長瀬和真です。妻の優奈がお世話になっております。先ほどは優奈との結婚を祝ってくれてありがとうございます。とても嬉しいです。今日は活動の様子を見学させていただきます。よろしくお願いします」
俺がそう挨拶して軽く頭を下げると、部員のみなさんと百瀬先生が拍手してくれた。優奈と井上さんはもちろんのこと、笑顔で拍手してくれる部員が何人もいて。それが嬉しかった。
軽く頭を下げて、俺はさっき座っていた席に戻った。
「では、みなさん。ホットケーキ作りを始めましょう!」
『はーい』
こうして、今日のスイーツ研究部の活動が始まった。
俺は主に優奈と井上さんのいるテーブルの様子を見ることにしよう。井上さん達と一緒に部活をするお嫁さんの姿が楽しみだ。
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