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第34話『家族と友人と先生と』

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 5連休、そしてゴールデンウィーク最終日。
 今日は午前10時から午後4時までマスタードーナッツでバイトしている。
 連休の最終日だけど、俺がシフトに入った時点でたくさんのお客様が来店されている。昨晩の雷雨が嘘であるかのような晴天で、気持ちのいい気候だからかもしれない。一昨日と同じく、カウンターに立っているときはほぼ休みなく接客している。忙しいけど、その分、時間の進みは結構早い。
 たまにある休憩では、アイスコーヒーを飲んだり、優奈とメッセージをしたりして過ごす。特に優奈とメッセージをすると気持ちが癒やされて、バイトの疲れが取れていく。
 お昼過ぎになると、優奈から井上さんと佐伯さん、陽葵ちゃんがうちに遊びに来たとメッセージが来た。佐伯さんはうちがどんな雰囲気なのか知りたいのと、連休明けの授業で提出する課題が終わっておらず、優奈に教えてもらうために来たらしい。頑張れ、佐伯さん。
 さらに、最後の休憩までの間に、真央姉さんと渡辺先生からそれぞれ、うちに来ているとメッセージが届いていた。姉さんは佐伯さんとはバイト先以外では会ったことがないから。渡辺先生は引っ越し作業が済んだのか、新居はどんな感じなのか確認するため家庭訪問したいことからだそうだ。
 また、人数が多いので、優奈から『和真君の部屋にあるクッションを借りていいですか?』というメッセージも届いていた。もちろん許可した。
 うちには今、優奈を含めて6人の女性がいるのか。実家にいた頃、真央姉さんが学校の友達を連れてきても、こんなにたくさん女性がいたことは全然なかったと思う。

「お土産にドーナッツを買っていくか」

 優奈はうちのドーナッツが大好きだし、真央姉さんと陽葵ちゃんと井上さんは引っ越し作業を手伝ってくれたし、佐伯さんと渡辺先生は優奈との結婚を報告したらおめでとうと言ってくれたから。そのお礼に。それに、全員が来店し、接客したことがあるので、ドーナッツならきっと喜んでくれると思う。
 西山も誘おうとメッセージを送ったら、今は友達と遊んでいる最中で来られないとのこと。
 シフト通りにバイトを終えた後、お客様用の出入口からマスタードーナッツに入る。
 1種類なら喧嘩せずに済むけど、2種類あった方が選ぶ楽しさがありそうでいいかな。あと、俺も1つ食べたい。そう考えて、オールドファッションを4つ、チョコレートドーナッツを3つ購入した。この2種類なら、どっちも嫌いな人はいないだろう。ちなみに、社員割引で通常の価格よりもちょっとお安く買えた。
 今から帰ると優奈にメッセージを送り、マスタードーナッツの小さな箱を持って、俺は帰路に就く。
 家に優奈がいると思うと、自然と足取りが軽くなる。実家にいた頃は、バイト帰りにこんなに足取りが軽いことはなかったと思う。
 住んでいるマンションの中に入り、俺は1001号室に入る。

「ただいま」

 そう言うと、リビングから優奈達の『おかえり~』の声が聞こえてきた。聞き心地がいい。
 おかえりと聞こえた直後、リビングの扉が開いた。優奈は笑顔で玄関まで来てくれる。とても可愛いお嫁さんが玄関まで出迎えてくれるなんて。幸せだし、それだけでバイトの疲れが取れていく。

「ただいま、優奈」
「おかえりなさい、和真君。えっと……ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……わ、わ・た・し?」

 優奈はほんのりと頬を赤くしながらも、笑顔でそう訊いてきた。
 ご飯かお風呂かわたしか。その3択の質問は漫画やアニメなどで何度か見たことがある。優奈と結婚したからいつかは俺にしてくれるかも……と思っていた。ただ、いざ実際にその質問をされるとドキッとするな。

「言った! 言ったよ、お姉ちゃん!」
「言ったね、陽葵ちゃん!」
「優奈ちゃん羨ましい! 私もカズ君に言ってみたいよっ!」

 陽葵ちゃんと佐伯さん、真央姉さんの声がちょっと遠くの方から聞こえてくる。
 声がする方に視線を向けると、リビングの扉が開かれた状態であり、そこから陽葵ちゃん達5人がこちらを見ているではありませんか。陽葵ちゃんと佐伯さんにいたってはニヤニヤしていて。その様子を見て、優奈がこうして3択質問をした理由を察した。きっと、陽葵ちゃんや佐伯さんあたりが、俺が帰ってきたらやってほしいと頼んだんじゃないだろうか。

「えっと……どれがいいですか?」

 依然として頬が赤いまま、優奈はそう問いかけてくる。上目遣いなのもあって本当に可愛いな。
 きっと、優奈も勇気を出して、俺に3択質問をしてくれたんだと思う。ここはしっかりと返事をしないとな。

「ご飯……正確に言えばおやつにしたいな。みんなが来ているってメッセージが来たから、お土産にドーナッツを買ってきたんだ」
「ありがとうございます!」

 優奈はとても嬉しそうにお礼を言ってくれる。
 また、今の俺の言葉が聞こえたのか、佐伯さんや真央姉さんを中心に「やった!」と喜ぶ声が聞こえる。ドーナッツを買ってきて良かったな。

「ただ、その前にちょっと……優奈を」
「ほえっ?」

 優奈は可愛らしい声を漏らすと、頬の赤みが顔全体に広がっていく。
 俺は右手の優奈の頭に乗せて、優しく撫でる。

「玄関まで出迎えてくれたのが嬉しかったし、今の3択の質問をする優奈が可愛かったから。頭を撫でたくて」
「そ、そういうことでしたかっ。私……陽葵達がいる前で、和真君にどんなことをされるんだろうってドキドキしちゃいました」

 えへへっ……優奈ははにかむ。赤みの強い顔に両手を当てる仕草が可愛くて。
 優奈は俺に何をされると思っていたんだろうな。顔が真っ赤になっているし、詳しくは訊かないでおこう。

「ありがとう、優奈。あと、ただいま」
「おかえりなさい。見えていると思いますが、みんなは今もいますよ」
「ああ。良かった。みんなにドーナッツを買ってきたから」
「そうでしたか」
「あと、みんなは結婚を祝ってくれたり、引っ越しを手伝ってくれたりしてくれたからな。それもあって、ドーナッツを買ってきたんだ。だから、俺達からのお礼ってことにしよう」
「分かりました。ありがとうございます」

 優奈はニコッと笑いながらそう言った。
 優奈と一緒にリビングに行くと、そこには真央姉さん、陽葵ちゃん、井上さん、佐伯さん、渡辺さんの姿が。リビングに入った瞬間、5人は「おかえり」と言ってくれた。

「ただいま。そして、みなさんいらっしゃい。バイトが終わったときに、ドーナッツを買ってきました。ささやかではありますが、俺達から結婚祝いや引っ越し作業の手伝いのお礼です。1人1つずつですが、みんなで一緒に食べましょう」

 俺がそう言うと、5人は笑顔で声を揃えて「ありがとう!」と言ってくれた。事前に打ち合わせをしたわけでもないだろうに、ここまで声を揃うとは。凄い。
 その後、俺が買ってきたドーナッツを食べることに。
 優奈達の話によると、これまで佐伯さんの課題を手伝っていたり、学校や新婚生活の話題で談笑したりして過ごしていたらしい。
 俺と優奈、真央姉さんがソファーに座り、陽葵ちゃん、井上さん、佐伯さん、渡辺先生がローテーブルに囲んで置いてあるクッションに座る。ちなみに、俺は優奈と姉さんに挟まれている。
 俺がドーナッツを入っている箱を開けると、みんな「美味しそう」と言ってくれた。良かった。
 俺、優奈、佐伯さん、渡辺先生がオールドファッション。真央姉さん、陽葵ちゃん、井上さんがチョコレートドーナッツを選んだ。

「それしゃ、いただきます」
『いただきまーす』

 俺の号令によって、みんなでドーナッツを食べ始める。
 俺はオールドファッションを一口食べる。この香ばしさと優しい甘さ、サクサクの食感がたまらない。とても美味しい。甘さのおかげで今日のバイトの疲れが取れていくよ。

「カズ君が買ってきてくれたドーナッツ、本当に美味しい……」
「オールドファッションうまーい! 今まで課題やってたからマジでうまい! 長瀬、優奈、ありがとね!」
「チョコドーナッツ美味しいわ」
「美味しいですよね、萌音さん! 2人ともありがとうございます!」
「家庭訪問感覚で来たけど、まさかドーナッツを食べられるなんてね。専門店のドーナッツだから本当に美味しいよ。ありがとう」

 5人ともドーナッツを美味しそうに食べてくれている。買ってきた人間として、そしてマスタードーナッツでバイトするスタッフとしてとても嬉しく思う。

「やはり、オールドファッション美味しいですね。結婚前日のことを思い出します」
「あの日は俺がオススメしてオールドファッションを選んでくれたんだよな」
「ええ。今まで以上にこれが好きになりました」

 優奈はニッコリと笑いながらそう言うと、オールドファッションを一口食べた。笑顔でモグモグ食べる姿が本当に可愛い。
 俺がオールドファッションをオススメしたのは結婚前日か。ということは、今から10日ほど前になるのか。あれ以降、色々なことがあってもっと昔のことのように思うよ。

「お姉ちゃん達、いい雰囲気ですね」
「ええ。優奈の笑顔が可愛くなったわ」
「優奈が男子と一緒にいて、こんなにいい笑顔になるなんて。前に優奈から聞いたけど、いずれは2人が目指す好き合う夫婦になれそうだね」

 陽葵ちゃん、井上さん、佐伯さんは楽しげな様子でそう言ってくる。そのことに優奈は頬をほんのりと赤くなって。ただ、優奈の笑みは顔から消えることはない。

「優奈ちゃんと長瀬君が隣に座っているのを見ると、引っ越してからはこういう感じで過ごしているのかなって思うよ」
「私も隣に座っていますが、カズ君と優奈ちゃんを見てそう思います」
「引っ越し作業も終わって、ここでの優奈との新婚生活に少しずつ慣れてきました。楽しく過ごしています」
「そうですね、和真君」

 優奈はいつもの優しい笑みを浮かべながらそう言う。
 新居に住み始めてから5日目。優奈と楽しく過ごすことができている。日々の生活はもちろん、引っ越し作業、買い物、2人で誕生日ケーキを食べる、映画デート、雷を怖がる優奈と一緒に寝るなど様々なことを通じて、優奈との距離が縮んできていると実感している。

「そういえば、渡辺先生は俺達がどういう新居で暮らし始めたのかを知るために来たんですよね。どう思われましたか?」
「優奈ちゃんには言ったけど、とてもいい家で過ごしていると思うよ。広いし、それぞれの部屋もあるし。私は近くにある1Kのマンションに住んでいるけど、もし結婚したら、こういう家に住めたらいいなって思ったよ」
「そうですか。そう言ってもらえて良かったですし、嬉しいです。ありがとうございます」

 担任の渡辺先生にいいと言ってもらえて良かった。
 高校生夫婦の俺達がこんなにいい家に一緒に住めるのは、両家の大人、特に優奈のおじいさんのおかげだ。感謝の気持ちでいっぱいだ。
 あと、渡辺先生に俺達が一緒に住んでいても大丈夫だと思ってもらえるように、勉強を中心に頑張っていかないとな。

「ほんと、2人はいい家に住み始めたよな。リビングは凄く広いし、優奈の部屋もあたしの部屋よりも広くていい雰囲気だし」
「ありがとうございます、千尋さん。いつでも遊びに来てくださいね」
「佐伯さんならいつでもいいぞ」
「ありがとう! 優奈がここに住み始めたから、今までよりも会いやすくなったよ」

 佐伯さんは嬉しそうな笑顔でそう言う。
 高野と優奈の実家がある琴宿は快速電車で5分ほど。決して遠い距離ではない。ただ、高野に引っ越してきたら、会いやすくなったと佐伯さんが思う気持ちは分かる。ここなら徒歩や自転車で気軽に来られるし。駅の南側に住む佐伯さんにとって、うちは高校の行き帰りの途中にあるから。

「あの、長瀬君。もし良ければ、あなたの部屋がどんな感じなのか見せてくれる? 優奈ちゃんの部屋は見せてもらったんだけど」
「あたしも長瀬の部屋は興味あるかな」
「いいですよ。引っ越しの荷物も片付きましたし」
「ありがとう」

 渡辺先生は俺にお礼を言った。担任教師として、俺がどういう部屋で過ごしているのか一度見ておきたいのだろう。
 また、先生が言った直後に佐伯さんも「ありがとね」と言った。
 全員でリビングを後にして、俺の部屋に案内する。

「ここが俺の部屋です」

 渡辺先生や佐伯さん達を俺の部屋に通す。
 俺の部屋に初めて訪れる渡辺先生と佐伯さん達は「おぉ」と声を上げて、部屋を見渡している。18歳の男子高校生の部屋を見てどう思うのか。

「とてもいい雰囲気の部屋ね」
「そうですね、夏実先生。長瀬の性格なのか、引っ越した直後だからなのかは分からないけど、結構綺麗な部屋だね。あたしの部屋よりも綺麗」
「カズ君の性格だと思うよ。実家にいた頃も、部屋は綺麗なことが多かったし」
「先日、お家デートでご実家の部屋に行ったときも、ゴミが落ちていることはありませんでしたもんね」
「部屋を褒めてくれたり、俺をフォローしてくれたりしてくれてありがとうございます」

 引っ越した直後でも、綺麗でいい雰囲気の部屋だと言われるのは嬉しい。
 思い返せば、実家にいた頃から、勉強机やローテーブルに本とかを置きっぱなしにすることはあるけど、床にゴミを落としたままにすることはなかったな。それもあって、真央姉さんと優奈が「俺の性格だろう」と言ってくれたのだと思う。

「そうなんですね。長瀬、しっかりしてるじゃん」
「どうもありがとう」
「段ボールとかも片付けられて、より広い部屋になったね」
「なりましたよね、萌音さん。この部屋でお姉ちゃんと和真さんがゆっくり過ごすこともあるんでしょうね」
「ありそうね」

 ふふっ、と陽葵ちゃんと井上さんは楽しそうに笑い合っている。優奈が雷を苦手なのがきっかけだけど、昨日は俺のベッドで一夜を共にしたよ。昨日のことを思い出しているのか、優奈の頬がほんのりと赤くなっていた。
 今は優奈と一緒に過ごすのはリビングがメイン。ただ、いずれはそれぞれの部屋でも優奈と一緒に過ごすのが普通になっていければいいな。
 渡辺先生と佐伯さんにも、俺達の住まいがいいと思ってもらえて良かった。
 それからはリビングに戻って、みんなでドーナッツを食べたり、佐伯さんが取り組んでいる課題を助けたり、全員が共通して知っているアニメを観たり、井上さんは女性陣の胸を楽しんだりして過ごす。
 みんな楽しそうだな。また、真央姉さんと佐伯さんは姉さんのバイト先で接客されるとき以外に会うのは初めてらしいけど、さっそく仲良くなっていた。
 今後、このリビングで、優奈がみんなと楽しそうにしている風景を見るのも日常になるかもしれないな。
 陽葵ちゃん達が来てくれたのもあり、今年のゴールデンウィークはとても楽しい中で締めくくることができた。
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