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第20話『引っ越し-前編-』

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 5月3日、水曜日。
 今日からゴールデンウィーク本番の5連休がスタートする。
 今日は朝からよく晴れており、たまに雲が出ることはあるものの、雨が降る心配はないという。今日から優奈との新生活がスタートするし、引っ越し作業もするのでいい天気になってくれて良かった。
 今日の引っ越し作業は俺の家族全員、陽葵ちゃん、彩さん。あとは井上さんも手伝ってくれる。昨日、優奈が部活から帰るときに「特に予定がないから手伝う。新居も見たいし」と志願してくれたのだそうだ。
 また、おじいさんと英樹さんは、どうしても出席しないといけない仕事の会議が複数あるため、引っ越し作業は手伝えないとのこと。夕方頃に様子を見に来てくれることになっている。
 午前9時頃。
 俺は引っ越し業者の男性と一緒に、俺の荷物を載せたトラックで新居のあるマンションに行く。
 マンションのエントランス前には優奈と陽葵ちゃん、井上さん、彩さんの姿があった。

「おはよう、優奈。みなさんもおはようございます」

 俺が挨拶すると、優奈達は笑顔で「おはよう」と挨拶してくれた。
 引っ越し作業をするからか、優奈はジーンズパンツに長袖のVネックシャツというラフな格好だ。パンツルックでシンプルな服装だから、優奈のスタイルの良さがよく分かる。また、胸元がやや広めに開いている。なので、優奈が「おはようございます」と言って少し頭を下げたとき、胸の谷間がチラリと見えた。
 陽葵ちゃん達も動きやすそうなシンプルな服装だ。みんなよく似合っている。
 それから数分ほどして、徒歩で向かっていた俺の両親と真央姉さんも到着。みんなで挨拶する。うちの家族と井上さんは初対面……かと思ったら、姉さんはバイト先の生活雑貨店で井上さんに何度か接客したことがあるらしい。

「みなさん。今日は優奈と俺の引っ越し作業のお手伝いをよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」

 俺と優奈が挨拶して、新居への引っ越し作業が始まった。
 まずは家具や家電など、大きな荷物の搬入から。
 個々の部屋については俺と優奈がそれぞれ、リビングダイニングキッチンついては主に優奈が指示する形で、引っ越し業者の方々に運んでもらうことに。ちなみに、部屋は2つ並んでおり、玄関側が俺、リビング側が優奈の部屋だ。
 俺は自分の部屋に、有栖川家に買ってもらった水色の絨毯を敷く。その後に、事前に考えていた部屋のレイアウトを基に、実家から運んできた勉強机や本棚、有栖川家に買ってもらったテレビなどを置いてもらう。

「次はベッドですが……どこに置きますか?」
「窓側の壁にくっつける形で置いてください。……このあたりにお願いします」
「分かりました」

 俺が指示した後、有栖川家に買ってもらったベッドを俺の部屋に運んでもらう。ただ、そのベッドは、

「……何か、実家の俺の部屋にあるベッドよりも大きくないか?」

 荷物の搬入を一緒に見守っている真央姉さんにそう言う。ちなみに、実家の俺の部屋にあるベッドのサイズはセミダブルである。

「大きそうだね。ダブルくらいあるんじゃない?」
「ありそうだよな」

 昨日、おじいさんが『ぐっすり眠れると評判なベッドを買ったよ』とメッセージをくれたけど……ベッドのサイズについては特に言及されなかった。
 引っ越し業者の方々に置いてもらったベッドを見ると……実家にあるものよりも大きい。大きさからしてダブルで確定だろう。一人ずつの部屋がある物件にしたけど、いつ優奈と一緒に寝てもいいようにと、おじいさんが気を遣ってダブルにしたのだろう。
 ベッドがダブルなのは予想外だけど、部屋が結構広いので、俺が考えたレイアウトには特に影響はない。

「これだけ広いベッドなら、お姉ちゃんが泊まりに来ても大丈夫だね!」

 真央姉さんはとっても嬉しそうな笑顔でそう言ってきた。ここに泊まりに来たら、俺のベッドで一緒に寝るつもりなのか。さすがはブラコン姉さん。
 事前に部屋のレイアウトを考えていたのもあり、俺の部屋への大きな荷物の搬入はスムーズに進んだ。全て置いてもらったあとは、服や本、勉強道具などが入っている段ボールも運んでもらった。

「これで、長瀬和真様の荷物を全て運び終わりました」
「ありがとうございました」

 俺の荷物を運んでくださった引っ越し業者の方々に深く頭を下げた。
 俺の部屋の荷物運びは終わったので、優奈の部屋の様子をチラッと見ると……こちらも全て運び終えたところだったようだ。優奈が引っ越し業者の方にお礼を言っていた。
 リビングに行くと、家具と家電は運び終えており、荷物の入った段ボールがいくつも置かれている。これで、両家からの荷物は全て運び終えたことになるかな。
 それから程なくして、荷物の搬入をしてくれた引っ越し業者の方々が全員リビングに入ってきた。

「これにて、全ての荷物をこちらのお住まいに運び終えました」

 無事に荷物を全て新居に運び入れることができたか。
 俺達は8人全員でお礼を言い、作業完了の書類に俺がサインした。
 その後、荷物整理などの作業を行なうことに。俺と真央姉さんが俺の部屋、優奈と陽葵ちゃんと井上さんが優奈の部屋、両親と彩さんがリビングという割り振りだ。

「優奈。何か俺にしてほしいことがあったら遠慮なく言って」
「分かりました。ありがとうございます。和真君も私にしてほしいことがあったら言ってくださいね」
「分かった。ありがとう」

 俺がお礼を言うと、優奈はニコッと優しい笑顔を見せる。今までこの笑顔を何度も見てきたけど、新居に荷物を運び終えたのもあって、この笑顔がとても近くにあるように感じられる。
 俺は真央姉さんと一緒に自分の部屋に戻る。その際、優奈達が声を掛けやすいように、部屋の扉は全開にして、ドアストッパーで固定する。

「ねえ、カズ君。私は何をすればいいかな? カズ君の部屋だから、カズ君の指示通りに動くよ!」

 真央姉さんはやる気いっぱいの様子。俺の新しい部屋だからかもしれないけど。何にせよ、やる気になってくれるのは嬉しい。

「分かった。じゃあ……実家から持ってきたこの本棚に本を入れてくれるかな。実家にあったときの本棚の写真をスマホに送るから、その通りに入れてほしい。本は『本』って書いてある段ボールに入っているから」
「分かった!」

 俺は真央姉さんのスマホに本が入っている状態の本棚の写真を送った。本を段ボールに入れる直前に撮ったから、全ての本とアルバムがちゃんと入るだろう。
 本は真央姉さんに任せたから、俺は……まずは教科書やノート、参考書などの勉強関連のものを荷解きして、勉強机に入れるか。
 優奈の部屋の扉も開けた状態にしているのだろうか。優奈と陽葵ちゃんと井上さんの楽しげな会話が聞こえてくる。
 俺は勉強机の近くに行き、『勉強関連』と書かれた段ボールを開ける。中には教科書やノート、参考書などの勉強関連のものがいっぱい入っている。普段の勉強で色々なものを使っているんだなと実感する。ただ、付属校に通っているからこの程度で済んでおり、進学校に通う受験生だったらもっと多かったのかもしれない。
 勉強関連のものを整理していると、

「カズ君かわいい~」

 真央姉さんのとっても甘い声が背後から聞こえてきた。俺が可愛いってどういうことだ。俺は妻帯者の高校生だぞ。
 真央姉さんが担当している本棚の方を振り返ると、姉さんは本棚の前でアルバムを広げてうっとりとしていた。アルバムを見ていたから、俺が可愛いと言っていたのか。やれやれ。

「姉さん……アルバム見ているんだ」
「だって、段ボールの中身を取り出したら、カズ君のアルバムが出てきたんだもん! アルバムの魅力に吸い寄せられちゃって」
「姉さんらしいな。まあ、整理すると、その物に夢中になっちゃうことってあるよな」

 俺も本棚にある本を段ボールに詰めているとき、久しく読んでいない漫画が懐かしくてちょっと読んじゃったし。だから、姉さんをあまり責められない。

「アルバムを見てもいいけど、手も動かしてくれよ」
「そうだね。ごめんごめん。じゃあ、アルバムはベッドの上に置いておこう」

 そう言うと、真央姉さんはアルバムを閉じてベッドに置いた。休憩がてらに見るつもりなのかな。
 真央姉さんが本入れ作業を再開したのを見て、俺も勉強関連のものの整理を再開する。
 受験生ではないけど、2年生までの科目の教科書やノート、ルーズリーフも持ってきている。1年生の科目は懐かしい。中身を見たくなるけど、今は整理しないと。そう思いながら作業をしていると、

「あの、和真君」

 気付けば、俺にすぐ近くに優奈が立っていた。引っ越し作業をして体が温かくなっているのか、先ほどまでとは違い、シャツの袖を肘近くまで捲っていた。

「どうした、優奈」
「お願いしたいことがありまして。和真君って機械には強いですか?」
「うん。それなりには」
「良かったです。実はテレビの配線をお願いしたくて。私、そういった作業が苦手でして。陽葵も萌音ちゃんも苦手な方で」
「それで、俺にお願いしに来たんだな」
「はい」

 有栖川さんは学年1位を取り続けるほどに頭がいいし、どんなことでも難なくできるイメージがあったけど、苦手なこともあるんだな。それが可愛く思えた。

「カズ君は機械強いよ。何年か前に買った私の部屋のテレビの配線もしてくれたし。パソコンやスマホの初期設定も一緒にしてくれたし」
「そうなんですね!」
「小学校の高学年のあたりから、家電とか電子機器のことは父さんと一緒にやるようになったな。……分かった。テレビの配線は俺がやるよ」
「ありがとうございます。お願いします」

 俺は優奈と一緒に自分の部屋を後にして、優奈の部屋の中に入る。
 今は陽葵ちゃんが服の整理。井上さんが本棚の整理……をしているんだろうけど、本棚の前で漫画を読んでいる。パッと見た感じ、BLものだろうか。もしそうなら、井上さんも真央姉さんと気が合いそう。
 部屋の広さや形が同じだからか、家具やテレビなど大きなものが置かれている場所は俺の部屋と似ている。ただ、絨毯やベッドのシーツ、クッションの色が暖色系なのもあり、優奈の実家の部屋のような温かな雰囲気を感じる。

「優奈のベッドも俺のベッドと同じものなんだな」
「同じですね。サイズがダブルなのを含めて。きっと、私達がいつでも一緒に寝てもいいようにと、おじいちゃんがダブルベッドを買ってくれたのでしょう」
「俺も同じことを思った。まあ、ダブルでかまわないよ。ゆったりできるし」
「ですね。ダブルになったからといって、部屋が狭く感じるわけでもありませんし。それに、夫婦ですから……か、和真君と一緒に寝ることもあるでしょうから」

 そう言うと、優奈は頬をほんのりと赤くしながら微笑んだ。俺と目が合うと、頬の赤みがちょっと強くなったような気がした。そんな優奈を見て、俺の頬が少し熱を帯びていくのが分かった。

「そ、そうだな。……じゃあ、さっそくテレビの配線作業をするか」
「お、お願いしますっ」

 それから、優奈にテレビの取扱説明書を受け取って配線作業を始める。
 ちなみに、このテレビもおじいさんに買ってもらったもので、俺の部屋に運ばれたものと全く同じ機種だ。Blu-rayレコーダーが内蔵された優れもの。

「おおっ、スムーズにやってる。さすがは男子」
「説明書を見ながら作業している和真さん、かっこいいですね!」
「素敵ですね。和真君から頼りになるオーラが出ています」

 気付けば、近くから優奈達に見られていた。チラッと見ると、3人とも俺にキラキラとした眼差しで見ている。俺は説明書を見ながら配線をしているだけなんだけど……3人とも苦手意識を持っているから、滞りなく作業している俺が凄いと思えるのかもしれない。
 3人から見られているのはちょっと緊張するけど、褒めてくれるのもあって嫌だとは思わない。ただ、3人とも俺の様子を見ずに、それまで自分のやっていた作業をしていていいんだよとは思う。

「……これでOKかな」

 説明書に書いてある配線作業の手順を最後まで踏んだ。配線がちゃんとされているかどうかを見ると……大丈夫そうだな。
 リモコンでテレビの電源スイッチを押し、チューナーの地域設定などの初期設定を終えると、画面にはワイドショーが映し出された。

『おおっ』

 テレビが映った瞬間、女子3人の可愛らしい声が重なった。優奈は拍手までしてくれる。優奈につられてか、陽葵ちゃんと井上さんも拍手している。まさか、引っ越し作業中に拍手されるとは思わなかったな。

「テレビ映りましたね。和真君、ありがとうございます!」
「いえいえ。あと、Blu-rayもちゃんと観られるか確認しよう。家電って初期不良のものがまれにあるから」
「分かりました」

 優奈はBlu-rayが入っていると思われる半透明のケースをテレビの近くまで持ってくる。あの大きさからして、ケースの中には録画したBlu-rayが入っているのかな。
 優奈は半透明のケースから、盤面が白いディスクを取り出す。盤面は優奈の綺麗な字で『みやび様は告られたい。第3期』と書かれていた。ちなみに、この作品は最近完結したラブコメ漫画で、アニメが第3期まで作られるほどの人気を誇っている。俺はもちろん、優奈の本棚にも漫画があったな。あと、この作者がストーリーを考えた漫画が原作のアニメが放送されている。題名は……『推しの娘』だったか。
 Blu-rayトレーにディスクを設置して、テレビに挿入する。すると、画面にはBlu-rayを再生するかどうか表示される。

「説明書によると、決定ボタンを押せば、ディスクに記録されている番組一覧が出るって」
「決定ボタンですね」

 優奈が決定ボタンを押すと、画面にはディスクに記録された番組一覧が表示される。みやび様第3期の第1話から抜けることなく記録されている。優奈は第1話を選択した状態で決定ボタンを押した。
 画面にはCMが数秒ほど流れ、本編がスタートした。

「Blu-rayもちゃんと再生できてるな。OKだ」
「はい! ありがとうございます!」
「いえいえ。ちゃんとできて良かった」
「頼りになる旦那さんですっ」
「かっこいいです、和真さん!」
「落ち着いて作業したところもいいね、長瀬君」
「どうもありがとう」

 優奈はもちろん、陽葵ちゃんと井上さんからも褒められて凄く嬉しい。

「じゃあ、俺は部屋に戻るよ。また何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「はいっ」

 優奈の可愛らしい返事を聞いて、俺は優奈の部屋を後にする。
 リビングの様子を見に行くと、こちらも結構順調に作業が進んでいるらしい。
 また、父さんがリビングにあるテレビの配線作業をしていた。部屋にあるものよりも画面が大きいだけで、機種が一緒なので手伝おうかと言ったら、父さんは「説明書があるし大丈夫だよ」と言っていた。
 自分の部屋に戻ると、

「カズ君、偉いよ!」

 俺達の会話が聞こえていたのか、真央姉さんが可愛い笑顔で労いのハグをしてくれた。そういえば、これまで姉さん所有の家電の配線や初期設定をすると、今のように笑顔でハグしてくれたっけ。
 懐かしい気分になりつつ、俺は勉強道具の整理作業を再開するのであった。
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