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第18話『夫婦一緒に登校』

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 5月2日、火曜日。
 今日も朝からよく晴れている。最近は、晴れていると朝もさほど冷え込まなくなってきたな。とても過ごしやすい季節になったと思う。
 午前7時55分。
 登校中の俺は今、NR高野駅の改札口の近くにいる。
 俺は徒歩通学だし、自宅も通っている常盤学院大学附属高校も駅の北側にある。なので、登校するのに駅の方へ行く必要はなく、いつもは立ち寄らない。
 なのに、どうしてここにいるのか。
 実は昨日の夜に優奈から、

『明日は一緒に登校しませんか?』

 と、メッセージが送られてきたのだ。夫婦になったし、学校の生徒にも結婚したことを公表したので、一緒に登校することを快諾した。
 優奈は電車通学なので、高野駅の改札前のこの場所で午前8時頃に待ち合わせすることにしたのだ。
 俺と同じように待ち合わせして登校するつもりなのか、改札前や学校のある北口の近くで立っているうちの高校の制服姿の人は何人もいる。
 通勤通学ラッシュの時間帯なのもあり、制服姿やスーツ姿の人、フォーマルな雰囲気の服装をした人が改札を通っていく。普段は徒歩通学だから、この光景が新鮮に思える。
 そんなことを考えていると、発車メロディが聞こえてきた。このメロディは……都心へ向かう上り方面の快速列車の方だな。土曜日にデートに行ったときに乗ったから覚えている。優奈の家は上り方面にあるから、今到着した電車には乗っていないな。
 メロディが鳴ってすぐ、上り方面のホームに向かう階段やエスカレーターから多くの人が降りてきて、改札を出てくる。その中にはうちの高校の制服を着た人も結構いて。うちの高校は駅から近いのもあり、電車通学している生徒は多い。親友の西山もそのうちの一人である。
 降りてきた人の波が収まった直後、再び発車メロディが聞こえてきた。さっき聞こえたメロディとは違う。このメロディは……下り方面の快速列車の発車メロディだ。土曜日のデートから帰ってきたときにこのメロディを聴いたから覚えている。

「これに乗っている可能性がありそうだ」

 高野駅と優奈の家の最寄り駅の琴宿駅は、東京中央線快速列車と東京中央線各駅停車の2つの路線で行き来できる。快速列車は途中の駅を通過するため、こちらの方が早く到着できる。快速の方に乗っている可能性が高いんじゃないだろうか。
 下り方面のホームへ向かう階段やエスカレーターの方を見ていると、人がたくさん降りてきた。今回もうちの高校の制服を着た人は何人もいる。この中に優奈がいるだろうか。改札を注視していると、

「和真君!」

 優奈が大きめの声で俺を呼んできた。
 声がした方に視線を向けると……改札を向こう側にいる制服姿の優奈を見つけた。俺と目が合うと、優奈は笑顔で手を振ってきた。その姿を見て、俺のお嫁さんはとても可愛いと改めて思う。優奈に向かって俺も手を振る。
 優奈は改札から出ると、小走りで俺のところにやってきた。おさげに纏めた髪が揺れるのもあって結構可愛い。

「おはようございます、和真君」
「おはよう、優奈。行こうか」
「はいっ」

 優奈から手を繋いで、俺達は高校に向かって歩き始める。
 高校のある北口を出ると、周りにはうちの高校の制服を着た人が結構いるな。そして、優奈は有名人で人気者だから、こちらを見てくる人もそれなりにいる。

「明日引っ越すマンション……近くで見ると、本当に高い建物ですよね」
「そうだなぁ。20階建てだもんな」

 新居の入っているマンションは高野駅の北口のすぐ近くにあるので、北口を出るとかなりの存在感を放っている。

「高さがありますから、電車に乗っていると遠くからでも見えるんです」
「見えるよな。あのマンションが見えると、高野に帰ってきた気分になれるよ」
「何だか分かります。私も登校するときにマンションが見えると、もうすぐ高野に着くんだと思えて」
「そうなんだ。……そういえば、優奈って電車通学なんだな。あんなに立派なリムジンがあるし、運転手さんもいるから、てっきりリムジン通学かと。今まで、学校前でリムジンから降りる姿は見たことないけど」
「基本的には電車通学ですね。快速電車で5分くらいですから、満員電車も耐えられますし。それに、車窓から見える景色が好きで。リムジンに乗って通学するのは大雨や雪が降ったときくらいですね。あと、昨日は両親とおじいちゃんが一緒だったのでリムジンで登校しました」
「そうだったんだ」

 天候が悪い日や普段と違う状況の日にはリムジンを使うのか。さすがは有栖川家。
 徒歩通学できるほど近い場所に住んでいるけど、大雨や雪の日の登校は嫌だなって思う。もし、あの快適なリムジンに乗れたら、そういう日の方が好きになれそうだ。

「ただ、電車通学も今日で終わりですけどね」
「あのマンションに一緒に住むもんな。これからは徒歩通学になるな」
「ええ。最後ですから、一度、和真君と待ち合わせして登校してみたいなって思って。それで、昨日の夜にお誘いのメッセージを送ったんです」
「そうだったのか」

 とても可愛いことを考えるなぁ。待ち合わせして登校したい理由を知って微笑ましい気持ちになった。

「夫になったし、優奈と待ち合わせして登校することができて良かったよ」
「良かったです。ただ、これからは一緒に住みますし、こうして一緒に登校するのが日常の一つになるんでしょうね」
「そうだな。俺は部活に入ってないし、優奈の入っているスイーツ研も朝に活動はないもんな」
「ええ。ですから、毎日一緒に登校しましょうね」

 優奈はとても柔らかな笑顔でそう言った。俺が「ああ」と返事すると、優奈の笑顔が嬉しそうなものに変わった。そのことに胸が温かくなる。
 優奈と話しながら歩いているので、気付けば高校のすぐ近くまで来ていた。正面には俺達の教室がある第1教室棟が見えていて。
 また、学校の近くを歩いているので、俺達の周りにはうちの高校の生徒がいっぱいいる。駅を出た直後よりも視線がこちらに集中している気がした。

「結構見られているなぁ」
「和真君と手を繋いでいますし、結婚の報告をしましたしね。いつもよりも多いです」
「そうか。優奈は大丈夫か?」
「大丈夫です。視線が集まることには慣れていますからね。それに、隣に和真君がいますから安心です」

 そう言うと、優奈は俺に優しく微笑みかけてくれる。そのことにキュンとなった。それと同時に、夫として役に立てているのだと嬉しい気持ちにもなる。

「和真君はどうですか?」
「……何とか大丈夫だ。昨日一日で視線が集まることの耐性が少し付いたし、隣に優奈がいるから」
「それなら良かったです」

 優奈はニコッと笑う。その可愛い笑顔を見ていると、視線が集まることの緊張が解けていく。頼もしいお嫁さんだ。
 それから程なくして、俺達は校門を通り、学校の敷地に入る。
 既に学校にいる生徒達からの視線もあって、さらに注目が集まっている気が。優奈の人気の高さを改めて実感する。
 俺達の教室がある第1教室棟に入ろうとしたときだった。

「あ、あのっ! 有栖川先輩!」

 横から、かなり大きな声で男子生徒が優奈のことを呼ぶので、俺達は立ち止まる。
 声がした方に向くと、すぐ目の前には黒髪の男子生徒の姿が。頬を赤くしており、緊張しい様子だ。
 あと、先輩って呼んでいるから、この生徒は下級生か。ブレザーのラペルホールに付けられている校章バッジを見ると……赤色か。ということは、彼は2年生か。バッジの色は学年ごとに違い、俺達3年は緑、2年は赤、1年は青である。

「何でしょう? 私に何か用でしょうか?」

 優奈は微笑みながら男子生徒に言う。

「……き、昨日、有栖川先輩が結婚したという話を聞いたのですが……それは本当のことなんですか! もしかして、隣の男子生徒と……?」

 と、男子生徒は優奈と俺のことを交互に見ながら問いかけてくる。
 昨日のうちに、優奈と俺の結婚が他学年の生徒にも伝わったんだな。ただ、それが信じられないのか、あるいは信じたくないのか、真偽を確かめるために直接訊きに来たと。

「ええ、そうです」

 優奈は落ち着いた様子でそう言うと、俺の左手を離す。俺が優奈の手を軽く掴んでいたので、優奈の手は俺の手からするりと抜ける。その流れで、優奈は俺の左腕にそっと腕を組んできた。

「こちらのクラスメイトの男子生徒と結婚しました」

 優奈は微笑み、男子生徒を見ながらそう言った。
 今の言葉と俺への腕組みもあって、女子生徒達の「きゃあっ!」という黄色い声や、男子生徒達の「おおっ」という野太い声が響き渡る。また、女子中心に何人かの生徒がこちらに向かって拍手している。
 それにしても、優奈がいきなり腕を組んできたからドキッとする。腕を組まれるのはこれが初めてだし、制服越しだけど……優奈の胸の柔らかさが伝わってくるから。
 優奈に質問してきた黒髪の男子生徒は両目に涙を浮かべ、

「そ、そうだったんですか。お、お幸せにぃー!」

 絶叫とも言えるような大きな声でそう言い、第2教室棟の方に向けて走り去ってしまった。……あの様子からして、男子生徒は優奈に好意を抱いていたんだろうな。

「これで一件落着ですかね」
「そうなることを願おう」
「ええ。……あと、突然腕を組んでしまってすみません。こうした方が、和真君と結婚していることがより伝わりやすいかと思ったので」
「なるほど。そういうことか」

 これまで、告白を全て断ってきている優奈が腕を組んでいるんだ。しかも、男子生徒に。そうなれば、その男子生徒としたのは本当なのだと伝わると優奈は考えたのだろう。今の拍手している生徒が何人もいるし、優奈の目的通りになったんじゃないだろうか。
 また、今のこともあって、より多くの生徒に「優奈がクラスメイトの男子生徒と結婚した」ことが事実として広まっていくだろう。

「謝る必要なんてないさ。優奈がより近くにいる感じになるし」
「そ、そうですかっ。良かったです」

 えへへっ、と優奈は頬をほんのりと赤くしながら笑った。
 俺達は腕を組んだ状態のままで、再び歩き始める。この状態でいたのは昇降口で上履きに履き替える直前までだったけど、優奈は結構嬉しそうにしていた。
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