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第3章

第9話『お見舞い-中編-』

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「これで背中も拭き終わったよ。リョウ君、どうかな?」
「……うん、スッキリした。ありがとう」

 愛実がバスタオルで上半身を拭いてくれたおかげでスッキリした。汗ばんだ感覚もなくなったので、これで体調がより良くなった感じがする。
 ありがとう、と愛実にお礼を言うと、愛実は持ち前の優しい笑顔になる。

「スッキリして良かった。じゃあ、このバスタオルと、今まで着ていたインナーシャツを1階の洗面所まで持っていくね」
「お願いします。ありがとう」
「いえいえ」

 愛実はバスタオルを折りたたみ、その上にさっきまで着ていた俺のインナーシャツを乗せて、部屋を出て行った。何から何までしてもらって有り難い限りだ。

「愛実ちゃん、慣れた雰囲気でしたね」
「ああ。今日みたいに熱が出て学校を休んだ日は、お見舞いに来て汗を拭いてくれることが多いから」
「そうですか。つ、次からは私にも汗拭きをお願いしていいですよ! 今日のことで、今の涼我君の上半身がどんな感じか分かりましたので……」

 あおいはそう言いながら、俺のことをじっと見つめている。ただ、俺の上半身裸の姿にも慣れてきたのか、脱いだ直後よりも顔の赤みは結構和らいでいた。この様子なら、次に体調を崩したときには汗拭きを頼んでも大丈夫そうかな。
 ベッドから降りてタンスに向かい、タンスから新しいインナーシャツを取り出して着る。さっき起きたときよりも爽やかな感じがしていいな。
 シャツを着た直後、お手洗いに行きたくなってきた。午前中から、つい15分くらい前までずっと寝ていたからな。汗拭き中は上半身裸だったし。

「あおい。俺、お手洗いに行ってくるよ」
「はい。いってらっしゃい」

 俺は部屋を出て、2階のお手洗いへ向かう。
 お手洗いで用を足しているときも、特に体がふらつくこともない。本当に体調が良くなったんだなぁと実感する。あと、日常生活で普段していることを普通にできるって幸せなことなんだな。
 お手洗いを済ませて部屋に戻ると、中ではあおいと愛実がクッションに座って談笑していた。

「あっ、おかえり。リョウ君」
「おかえりなさい、涼我君」
「ただいま。愛実、タオルとインナーシャツを置いてきてくれてありがとう」
「いえいえ。あと、インナーシャツ姿はあんまり見ないから新鮮だな」
「私は今日初めて見ます。インナーシャツ姿も素敵ですね」
「ありがとう」

 女子の前で着替えることはあまりないから、インナーシャツ姿を見せることはそんなにない。そういった姿も素敵だと言われると嬉しいもんだな。そう思いつつ、寝間着のワイシャツを着た。

「喉が渇いたし、汗も掻いたから……2人が買ってきてくれたスポーツドリンクを飲もうかな」
「分かりました! お腹を壊していないとのことでしたので、冷たいスポーツドリンクを買ってきました!」

 あおいはコンビニの袋からスポーツドリンクが入ったペットボトルを取り出して、俺に「はいっ!」と笑顔で渡してくれる。汗拭きは愛実が担当したからか、張り切ったようにも見えて。
 あと、こうしてスポーツドリンクを渡してくれると部活のマネージャーみたいだ。中学の陸上部でも、海老名さんを含めたマネージャーが冷たいスポーツドリンクを作ってくれて、休憩中に渡してくれたから。
 蓋を開けて、俺はスポーツドリンクをゴクゴクと飲む。

「……ああ、冷たくて美味しい」
「良かったです。あと、いい飲みっぷりですね」
「とても喉が渇いていたんだね」
「潤されて気持ちいいと思うほどだよ」

 俺がそう言うと、あおいと愛実は声に出して楽しそうに笑う。そんな2人を見ながら、スポーツドリンクをもう一口飲むと……さっきよりも味わい深く感じられた。

「スポーツドリンクを飲んだし、次は桃のゼリーを食べようかな」
「私が食べさせてあげますっ!」

 あおいは食い気味にそう言うと、右手をピシッと挙げた。そんなあおいはやる気に満ちた様子になっていて。汗拭きは愛実がやったから、ゼリーは自分が担当したいと考えているのだろう。あとは、母親の麻美さんがお粥とりんごのすり下ろしを食べさせた影響もありそうだ。

「あおいが志願してくれて嬉しいな。あおいに頼もうと思っていたから。あおい、お願いできるかな」
「もちろんですっ!」

 あおいはとても嬉しそうに言った。そんなあおいの笑顔は小さい頃によく見せてくれた笑顔に似ていて、とても可愛らしい。

「じゃあ、私は近くから見ているよ」

 楽しげにそう言う愛実。まあ、あおいに食べさせてもらうところは見られているし、恥ずかしさを感じることはなさそうかな。
 お粥やすり下ろしを食べたときと同じく、俺はベッドを背もたれにする形でクッションに腰を下ろした。
 あおいは俺のすぐ近くでクッションに正座する。コンビニの袋から桃のゼリーとプラスチックのスプーンを取り出す。ゼリーのフタを剥がして、スプーンを袋から出すと、とっても楽しそうな様子で俺の方に体を向ける。

「は~い、涼我君。桃のゼリーのお時間ですよ~」

 普段とはちょっと違う声色でそう言うあおい。今朝の麻美さんを思い出すなぁ。そんなあおいのことを愛実は「ふふっ」と笑いながら俺達のことを見ている。
 あおいはスプーンで桃のゼリーを一口分掬い、口元まで持っていく。

「涼我君。あ~ん」
「……あーん」

 俺はあおいに桃のゼリーを食べさせてもらう。
 あぁ……桃の優しい甘味が口の中に広がっていく。スポーツドリンクと同じで冷たいのもいいな。癒やされる。

「……とても美味しいよ、あおい」
「それは良かったです!」
「リョウ君は桃のゼリーが一番好きだよね」
「ああ。果実系のゼリーは全般好きだけど、一番好きなのは桃だなぁ。桃の優しい甘味が好きなんだ」
「分かる気がします。天然水とかも美味しいですよね」
「美味しいよな。たまに飲むことあるよ」
「私が飲んでいると、リョウ君が一口ちょうだいって言うこともあったよね」
「あったなぁ」

 愛実から一口もらった桃の天然水は一段と美味しいのだ。
 桃のゼリーを食べて、桃の天然水の話をしたら飲みたくなってきた。今度、買って飲もうかな。
 それからも、あおいに桃のゼリーを食べさせてもらう。

「涼我君、美味しそうに食べていますね。ですから私も楽しいです!」
「ははっ、そうか。あおいが食べさせてくれるから、いつもよりもゼリーが美味しく感じられるよ」
「嬉しい言葉ですね。お母さんも、お粥やすり下ろしを食べさせて美味しいと言ってもらえたそうですから、私も言ってもらえて嬉しいです」

 その言葉が嘘偽りないことを示すように、あおいはとても嬉しそうな笑顔を見せてくれる。麻美さんが俺にお粥とすり下ろしを食べさせたことが羨ましかったのだろう。
 あおいがとても可愛いので、気付けば右手であおいの頭を撫でていた。そんな俺の行動が予想外だったのか、撫でた瞬間、あおいは「ひゃあっ」と可愛い声を漏らす。

「りょ、涼我君……」
「可愛いと思ってさ。あと、ささやかだけど、ゼリーを食べさせてくれたお礼だよ」
「……そうですか」

 えへへっ、とあおいは嬉しそうに笑う。

「愛実も。体を拭いてくれたお礼に」
「……うんっ」

 俺が手招きすると、愛実は嬉しそうな様子で俺のすぐ側まで近づいてくる。左手で頭を優しく撫でると、あおいと同じくらいに可愛い笑顔を見せてくれた。

「2人とも、ありがとう。体調がもっと良くなったよ」

 あおいと愛実に感謝の想いを伝えると、2人とも笑顔で俺のことを見つめながら「いえいえ」と言ってくれる。
 それからも、俺はあおいに桃のゼリーを食べさせてもらった。そのおかげで難なく完食することができた。ごちそうさまでした。
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