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なんだかとても疲れましたので
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「けど二年前ってことは、断ったんですか?」
「おお、当時はな」
「勿体ない、あんな大会社の新事業立ち上げですよ」
「だからだよ」
「え?」
「言ったろ、口先だけで適当に仕事をこなしてきた、無気力人間だったって」
「ああ、そうでしたね」
「そんな面倒なこと出来るかって、断ったんだけど、スッポン並みにしつこくてさ」
そういえば、英輔さんとはよく行くパチンコ屋が一緒だって言ってたけど。
「もしかして、類さんがギャンブルの世界に引き入れたんですか?」
「勝手について来るようになったんだよ」
「それで結局、ギャンブル仲間に?」
「いや、英輔はまだ諦めていないよ」
「類さんのことをですか?」
「そう、俺が首を縦に振るまで、一生付き纏うらしい」
英輔さんの執念もすごいけど、そこまでさせる類さんもすごい。
「そんな経緯もあって、今回の件だ」
資料に視線を落としたまま、彼は独り言のように呟く。
「うちの経営陣には愛想が尽きたし……俺も人生に一度くらいは、本気で仕事に向きあってみようか……ってな」
「それで、辞表を?」
「知ってたのか」
驚いた類さんが顔をあげる。
「DOMONに移るんですか?」
「ああ」
ゆったりと頷くその表情は、決意に満ちていた。
彼は本気で変わろうとしているんだ――。
それは嬉しいことでもあり、それと同時に少しだけ寂しかった。だからせいいっぱい、明るい笑顔をつくった。
「頑張ってくださいね!」
でも類さんは、資料を高速で捲り。
「ここ、読んで」
目的のページを見つけたのだろう。
「あった」と呟き、私に差し出した。
「ドール事業部、組織図?」
英輔さんが立ち上げたいという、新事業の組織図。
なぜこんなものを私に?
首を傾げると類さんの指が紙の上を滑り、ある箇所で止まった。
彼の指さすのは『ファッションドール・企画開発チーム』という文字。
ドキン――と、心臓が鳴った。
まさか……いや、でも、そんな夢みたいなこと。
でも、彼は言った。
「おまえの天職だと思わないか?」
「類……さん?」
目が合うと、類さんは深く頷く。
「今や人形は子供だけのものじゃない……世界中の大人が欲しがるドールを創るんだよ」
フルマラソンを走った後みたいに、心臓がうるさい。
商品企画という仕事は、私の夢だった。そして色んな衣装に囲まれる時間は、私の至福だ。
こんな仕事があるなんて、思いもしなかった。
「七海ちゃん、俺に力を貸してくれないか」
その言葉は、私の涙腺を崩壊させた。
「ほんとに……?」
「ああ、一緒に来て欲しい」
「私なんてお荷物になるんじゃ――」
「何言ってんだよ、おまえの企画力は今回のヒットで証明されただろう」
「あれは、たまたま」
「営業で培った度胸もある、TOEIC・TOEFL・商品開発コーディネーターまで持ってたよな?」
「……え、あ、はい」
何十人もいる部下の資格まで把握しているなんて。類さんの記憶力に驚いた。
「英輔に言ったら、どんな手段を使っても引き入れろってさ」
「そんな、困ります!」
「どうして」
「私なんて、まだぜんぜんダメだから」
「どこが」
「先日の開発会議だって、結局うまく説明できなくて類さんに代わって貰ったし」
「だれでも最初は、あんなもんだよ」
「類さんも?」
「ああ、俺もあんなもんだった」
笑って頭を撫でてくれるけど、きっと彼は昔から完璧だったに違いない。
「ずるいです、風俗店のポイントカードのあとにこんなの」
「……惚れた?」
揶揄うみたいにニヤリと笑う彼が憎らしくて、愛おしくて。
「惚れてますよ、もうずっと前から」
お返しに、恥ずかしげもなく愛の告白を投げつけてやった。
「おお、当時はな」
「勿体ない、あんな大会社の新事業立ち上げですよ」
「だからだよ」
「え?」
「言ったろ、口先だけで適当に仕事をこなしてきた、無気力人間だったって」
「ああ、そうでしたね」
「そんな面倒なこと出来るかって、断ったんだけど、スッポン並みにしつこくてさ」
そういえば、英輔さんとはよく行くパチンコ屋が一緒だって言ってたけど。
「もしかして、類さんがギャンブルの世界に引き入れたんですか?」
「勝手について来るようになったんだよ」
「それで結局、ギャンブル仲間に?」
「いや、英輔はまだ諦めていないよ」
「類さんのことをですか?」
「そう、俺が首を縦に振るまで、一生付き纏うらしい」
英輔さんの執念もすごいけど、そこまでさせる類さんもすごい。
「そんな経緯もあって、今回の件だ」
資料に視線を落としたまま、彼は独り言のように呟く。
「うちの経営陣には愛想が尽きたし……俺も人生に一度くらいは、本気で仕事に向きあってみようか……ってな」
「それで、辞表を?」
「知ってたのか」
驚いた類さんが顔をあげる。
「DOMONに移るんですか?」
「ああ」
ゆったりと頷くその表情は、決意に満ちていた。
彼は本気で変わろうとしているんだ――。
それは嬉しいことでもあり、それと同時に少しだけ寂しかった。だからせいいっぱい、明るい笑顔をつくった。
「頑張ってくださいね!」
でも類さんは、資料を高速で捲り。
「ここ、読んで」
目的のページを見つけたのだろう。
「あった」と呟き、私に差し出した。
「ドール事業部、組織図?」
英輔さんが立ち上げたいという、新事業の組織図。
なぜこんなものを私に?
首を傾げると類さんの指が紙の上を滑り、ある箇所で止まった。
彼の指さすのは『ファッションドール・企画開発チーム』という文字。
ドキン――と、心臓が鳴った。
まさか……いや、でも、そんな夢みたいなこと。
でも、彼は言った。
「おまえの天職だと思わないか?」
「類……さん?」
目が合うと、類さんは深く頷く。
「今や人形は子供だけのものじゃない……世界中の大人が欲しがるドールを創るんだよ」
フルマラソンを走った後みたいに、心臓がうるさい。
商品企画という仕事は、私の夢だった。そして色んな衣装に囲まれる時間は、私の至福だ。
こんな仕事があるなんて、思いもしなかった。
「七海ちゃん、俺に力を貸してくれないか」
その言葉は、私の涙腺を崩壊させた。
「ほんとに……?」
「ああ、一緒に来て欲しい」
「私なんてお荷物になるんじゃ――」
「何言ってんだよ、おまえの企画力は今回のヒットで証明されただろう」
「あれは、たまたま」
「営業で培った度胸もある、TOEIC・TOEFL・商品開発コーディネーターまで持ってたよな?」
「……え、あ、はい」
何十人もいる部下の資格まで把握しているなんて。類さんの記憶力に驚いた。
「英輔に言ったら、どんな手段を使っても引き入れろってさ」
「そんな、困ります!」
「どうして」
「私なんて、まだぜんぜんダメだから」
「どこが」
「先日の開発会議だって、結局うまく説明できなくて類さんに代わって貰ったし」
「だれでも最初は、あんなもんだよ」
「類さんも?」
「ああ、俺もあんなもんだった」
笑って頭を撫でてくれるけど、きっと彼は昔から完璧だったに違いない。
「ずるいです、風俗店のポイントカードのあとにこんなの」
「……惚れた?」
揶揄うみたいにニヤリと笑う彼が憎らしくて、愛おしくて。
「惚れてますよ、もうずっと前から」
お返しに、恥ずかしげもなく愛の告白を投げつけてやった。
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