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震えるほど愛おしくて【side類】
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* * *
怖かったんだ――。
理由は分からならい。
けれど……せいいっぱい強がる七海ちゃんを見ていると、亡くなる前のユキの姿と重なった。
二十年近く生きたユキは、猫としては長寿の部類に入るのだろう。
特に大きな病気もせず、ただ亡くなる前の数日は、体を横たえたまま、水も口にすることが出来なくなっていた。痩せ細った体で、それでも俺の悲しみを埋めようと、力の入らない手足を動かし、懸命に立ち上がろうとする。
あの時のユキが七海ちゃんに重なって――。
「七海ちゃんまでいなくなったら……俺……」
分かってはいるんだ。彼女はユキとは違う。閉鎖された空間で、俺だけを見つめていたユキではない。
仕事が好きで、突拍子もないことを仕出かして、泣いたり笑ったり怒ったり。純粋で天真爛漫な、俺などが手を出していい女ではない。
それなのに、どうしてもこの腕の拘束を解けなかった。
永遠にこうしていられるはずもないのに、手離すことが怖くて。
ストーカー野郎に何かされたら?
もしも又、過呼吸で倒れたりしたら?
考えただけでも気が狂いそうだった。
けれども、それは突然だった。
「ねえ、類さん……知ってるでしょう、私って強いんですよ」
明るい声と一緒に、太陽のような笑顔が向けられる。
「……へ?」
「やだ、間抜けな顔」
そう言って、ケラケラと笑う彼女は、するりと俺の腕の中から抜け出した。
ベッドから降り、ファイティングポーズポーズを取った彼女は更に続ける。
「小学校は皆勤賞の健康優良児、徹夜だってへっちゃらだし、肝臓は最強、なにより鍛えてますからね」
小刻みにステップを踏みながら、ジャブを繰り出す彼女を見ていると、不思議な感覚に襲われた。
体をびっしりと覆っていた、見えない鱗が剥がれていくような。まるで重力が半減したように、心と体が軽く……そして温かくなってくる。
「そうだったな……おまえの右ストレートの怖さは、誰よりも身に染みているよ」
「それはっ!」
揶揄う俺に対して一瞬だけムキになりかけた彼女だったが、何故だか顔を赤らめて「自業自得です」と口の中で呟いた。
くるくると表情を変える彼女が可愛くて。先の不安を、今この時間の幸せが覆い隠してくれる。
「晩御飯、卵と玉葱があったから――、類さんの好きなチャーハンにしましょうか」
「巨大な蝋燭をぶっ刺すのだけはやめてくれよ」
誕生日に披露してくれた、マリリンモンローを思い出して頬が緩む。
「せっかく一生懸命お祝いしたのに、馬鹿にしてるでしょう」
「まさか、嬉しかったよ」
ニヤニヤしながら否定すると、彼女はムッとしながらも「じゃあ、作ってきます」と部屋を後にしようとして。
「そうだ、工藤さんと電話してましたよね、どうなったんですか?」
足を止めて振り返った。
「うん……それなんだがな」
どう話せば、優しく伝わるだろう。
考えながら口を開いたのに。
「やっぱり先にご飯にしましょう、腹が減っては戦ができぬ、ですからねっ!」
ニッコリ笑って、出て行ってしまった。
彼女の足音が遠ざかり、俺はベッドに倒れ込んだ。
大の字に寝転がって天井を仰ぐ。
「……参ったな」
言葉とは裏腹に、胸の奥は澄み切った秋の空のように、スッキリとしていた。
考えても仕方がない。なんせ七海ちゃんは、赤ん坊みたいにグズグズに弱ったと思ったら、次の瞬間には驚くほどの強さ持って走り出すのだから。
だから……俺はただ、彼女の受け皿になれたら、それが一番の幸せなのだと思う。
怖かったんだ――。
理由は分からならい。
けれど……せいいっぱい強がる七海ちゃんを見ていると、亡くなる前のユキの姿と重なった。
二十年近く生きたユキは、猫としては長寿の部類に入るのだろう。
特に大きな病気もせず、ただ亡くなる前の数日は、体を横たえたまま、水も口にすることが出来なくなっていた。痩せ細った体で、それでも俺の悲しみを埋めようと、力の入らない手足を動かし、懸命に立ち上がろうとする。
あの時のユキが七海ちゃんに重なって――。
「七海ちゃんまでいなくなったら……俺……」
分かってはいるんだ。彼女はユキとは違う。閉鎖された空間で、俺だけを見つめていたユキではない。
仕事が好きで、突拍子もないことを仕出かして、泣いたり笑ったり怒ったり。純粋で天真爛漫な、俺などが手を出していい女ではない。
それなのに、どうしてもこの腕の拘束を解けなかった。
永遠にこうしていられるはずもないのに、手離すことが怖くて。
ストーカー野郎に何かされたら?
もしも又、過呼吸で倒れたりしたら?
考えただけでも気が狂いそうだった。
けれども、それは突然だった。
「ねえ、類さん……知ってるでしょう、私って強いんですよ」
明るい声と一緒に、太陽のような笑顔が向けられる。
「……へ?」
「やだ、間抜けな顔」
そう言って、ケラケラと笑う彼女は、するりと俺の腕の中から抜け出した。
ベッドから降り、ファイティングポーズポーズを取った彼女は更に続ける。
「小学校は皆勤賞の健康優良児、徹夜だってへっちゃらだし、肝臓は最強、なにより鍛えてますからね」
小刻みにステップを踏みながら、ジャブを繰り出す彼女を見ていると、不思議な感覚に襲われた。
体をびっしりと覆っていた、見えない鱗が剥がれていくような。まるで重力が半減したように、心と体が軽く……そして温かくなってくる。
「そうだったな……おまえの右ストレートの怖さは、誰よりも身に染みているよ」
「それはっ!」
揶揄う俺に対して一瞬だけムキになりかけた彼女だったが、何故だか顔を赤らめて「自業自得です」と口の中で呟いた。
くるくると表情を変える彼女が可愛くて。先の不安を、今この時間の幸せが覆い隠してくれる。
「晩御飯、卵と玉葱があったから――、類さんの好きなチャーハンにしましょうか」
「巨大な蝋燭をぶっ刺すのだけはやめてくれよ」
誕生日に披露してくれた、マリリンモンローを思い出して頬が緩む。
「せっかく一生懸命お祝いしたのに、馬鹿にしてるでしょう」
「まさか、嬉しかったよ」
ニヤニヤしながら否定すると、彼女はムッとしながらも「じゃあ、作ってきます」と部屋を後にしようとして。
「そうだ、工藤さんと電話してましたよね、どうなったんですか?」
足を止めて振り返った。
「うん……それなんだがな」
どう話せば、優しく伝わるだろう。
考えながら口を開いたのに。
「やっぱり先にご飯にしましょう、腹が減っては戦ができぬ、ですからねっ!」
ニッコリ笑って、出て行ってしまった。
彼女の足音が遠ざかり、俺はベッドに倒れ込んだ。
大の字に寝転がって天井を仰ぐ。
「……参ったな」
言葉とは裏腹に、胸の奥は澄み切った秋の空のように、スッキリとしていた。
考えても仕方がない。なんせ七海ちゃんは、赤ん坊みたいにグズグズに弱ったと思ったら、次の瞬間には驚くほどの強さ持って走り出すのだから。
だから……俺はただ、彼女の受け皿になれたら、それが一番の幸せなのだと思う。
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