このたびゲスの極み上司に脅されまして

まさかの真相にガクブルです

5

「類さん、大丈夫ですか」


タフな彼にしては珍しく、とても疲れた顔をしている。
心配になって、その頬に触れようと手を伸ばすけど、直前で手首を掴まれる。


「大丈夫じゃねえよ、なにヘラヘラ笑ってんだ」


彼は私を一睨みしたかと思うと、片手でほっぺたをムギューっと抓ってくる。


「いっ痛い、痛いですってば！」


大声で抗議するけど、今度は反対側の頬まで抓られる。


「にゃんれ、こんなころっ、はにゃしてくらさい」


口を左右に引っ張られているせいで、上手く喋れない。


「りゅいさんてばっ、暴力反対れす！」


目の前の胸をバシバシと叩く。
私の猛抗議にようやくほっぺたを離してくれるけど、ホッとしたのも束の間。今度は息も出来ないくらいに抱きしめられた。


「ちょ、類さん、私は玩具じゃ――」
「心配した」
「……え？」


彼の声は震えていた。


「たのむから、ビビらせんな」


頼りなく揺れる声が私の鼓膜を揺らす。まるでなにかに怯えているみたいに。


「るい……さん」


困ったな……こんな風に抱きしめられたら、勘違いしてしまう。
自分が愛されているんじゃないかって――。


「ごめんなさい、心配かけて」


彼の広い背中に手を回し、目の前の胸に顔を埋める。
ほんの一瞬だけ、勘違いの幸せを噛みしめてから、私は顔を上げた。


「さっきは動揺しちゃったけど、もう平気ですから」


暴漢に襲われた、あの時とは違う。
怖いなんて言っている場合じゃないんだ。
ここで私が潰れる訳にはいかない。


「……七海ちゃん？」
「わ、もう夕方！　晩御飯、作りますね」


時計を見ると、五時を回っている。
立ち上がろとしたけど、背中に回された彼の手はビクともしない。


「夕飯なら俺が作るから、もう少し寝てろ」
「すっかり元気になりましたから」
「いいから、言うこと聞けよ」
「だから、もう平気ですってば」
「頼むからっ！」


切羽詰まった声と一緒に、一層強く抱きしめられた。


「類……さん？」


明らかに様子がおかしい。
いったいなにが、彼を追い詰めているのだろう。


その答えは耳元で呟かれた言葉が教えてくれる。


「七海ちゃんまでいなくなったら……俺……」


ユキさんだ――。


瞬時に悟った。
彼女は体が弱かったのかもしれない。もしかすると、病気で亡くなったのかもしれない。


そう、きっと彼は恋人を失った恐怖を、この状況に重ねて。


怖がっているんだ――。