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魔力を無くした抱き枕【side類】

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* * *


「夕飯、出来てますよ」


レンターカ―を返却して帰宅すると、七海ちゃんはやけに嬉しそうだった。


「なにか、手伝うことは?」
「ありません、いいから早く着替えて居間に来て下さい」


急きたてるように、自室に追い込まれる。


「ふふふ、今日のチャーハンは特別ですよ」


怪しい笑みを浮かべる七海ちゃん。


「お、おう」


頷くと「首をながーくして、お待ちしています」と、背中を丸めて消えていく。


いったいどんなチャーハンが出て来るんだ?
まさかカレーに媚薬を仕込もうとした俺への復讐では。


疑心暗鬼になりながら着替えを済ませ、居間へと急ぐ。そうしていつもの定位置、ちゃぶ台の前に座ったときだった。


「うわっ!」


突然、辺りが暗闇に覆われる。けれども廊下の向こうに、ほのかな灯が揺れている。


ミシリ――と床を踏む音。続いて目の前に現れたモノ。
そのあまりの恐ろしさに「ヒッ」と、短い悲鳴が漏れた。


人を呪う為に作られたに違いない、赤く巨大な和蝋燭。暗闇を揺らす沈んだ灯りに照らされ、白髪の……まるで山姥のような髪型をした女が笑っていた。しかもその口は人肉を貪った直後のように赤く濡れている。


く、食われる。
咄嗟に立ち上がって逃げ出そうとした。けれどもその瞬間。


「ヴワッ……ピ…ブァス」


苦し気な呼吸音にも似たうめき声が響き、腰が抜けた。
赤い唇から吐き出されるその声は更に続く。
しかもゆっくりと、俺に向かって近づいてくるではないか。


「スッ…ドゥェイ………ゥフッ、ユゥー、フッン」


怖い。怖すぎる。三十六にもなって、ちびりそうになる。
やがて女が俺の目の前にたどり着き、ゴトン――と呪いの蝋燭を置いた。


「っ……七海……ちゃん?」


真っ白で乱れた髪、毒々しいまでに赤く分厚い唇。けれども目の前に居るのは間違いなく彼女で。


「ファ……ピブァスドゥェイ………ティュゥ、ユゥー」


なに……まさかこれは、呪いの呪文ではなく。


「ファッ、ピブァス、ドゥェイ………ミスタッ、ルイさぁーん」


バースデイソングか? ということはこの髪形と、赤い唇は……。


「ファッ、ピブァス、ドゥェイ、トゥ、ユゥ~!」


マリリンモンローだと気づいた瞬間に、目の前の蝋燭が吹き消された。
七海ちゃんの吐く息によって。
待て、知識が乏しい俺でも分かるぞ、蝋燭を吹き消すのは、誕生日を迎えた本人だろう。


矛盾を指摘しようと口を開く前に、盛大な拍手の音と、バタバタと遠ざかる足音。直後に室内が明るくなった。


「……マジか」


それしか、言えなかった。
予想通り、白髪はマリリンの金髪だった。実際の唇よりも大きく塗られた口紅の横には、ご丁寧に黒子まで付いている。なにより言葉を失ったのは、ちゃぶ台の上の物体だ。


和蝋燭の存在は分かっていた。問題はその土台だ。直径十センチはあろうかという蝋燭がぶっ刺さっていたのは、こんもりと盛られたチャーハンだったのだ。


「……狂気……だな」
「おめでとうございまあす!」


俺のつぶやきは、七海ちゃんの明るい声にかき消される。


「どうでした、私のマリリン、似てました?」
「似ている似ていない以前に、シュチュエーションに度肝を抜かれた」
「ん? というと?」
「いや……ありがとう」
「いいえ、あっ……それにこれっ、アイディア賞でしょう」


得意顔の七海ちゃんの人差し指が、狂気のチャーハンを指している。


「この強そうな蝋燭は、どこで手に入れたんだ?」
「非常袋に入っていたのを思い出したんです、私って冴えてますよね」


ちゃぶ台の正面に彼女が座ると、白いモンロードレスがふわりと舞った。
両肘で頬杖をつき、俺の反応を伺う七海ちゃん。
そのあまりに嬉しそうな様子を見ていると、突如として腹の底から笑いがこみ上げてきた。


「クッ……ハハハハハ、ブワッハハハ!」
「類さん?」


俺が女々しく悩みながら車を返しに行っている間に、いったい彼女はなにをしてくれているんだ。


「笑うようなことはありませんよ!」


そう言われても、もう止まらない。涙まで出てくる。


「ワハハハハ、おまっ……最高だよ」


かつて俺は、こんなに笑ったことがあっただろうか。
いや、間違いなく初めてだ。


参ったな……完敗だ。


いつか遠くない未来、七海ちゃんは新しい恋をして自分のもとを離れていくに違いない。
そのとき俺は、想像を絶する痛みを味わうだろう。二度と立ち直れないかもしれない。


でも……もう、それもでいい。


こうして、今この瞬間、彼女と一緒に居られるなら、俺はいくらでも演じてやる。
彼女にとって居心地のよい、クズな類さんを。


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